第15話「ムチと天下一緊縛会1」
深夜、キャンドル、クリス、エドワード、ダリル、エリザベスの部屋のドアの下の隙間に赤い二つ折りにされた紙が入れられた。
「皆さん、準備は良いですか?」
ニコルが全員に声をかけた。
キャンドル、クリス、エドワード、ダリル、エリザベスは無言で頷く。
「では、出発しましょう」
全員がキャンドルの部屋を出た。
「えっ、会場ってここなの?」
私は驚いた。目の前には立派な闘技場の建物があったからだ。
「そうです。ここで大会が開かれます。さあ、皆さん入りましょう」
そう言ってニコルが受付へと案内する。
全員が受付に行き、二つ折りにされた招待状の赤い紙を受付の人間に渡す。
「開会式がまもなく行われるので、控室ではなくそのまま闘技場の方へお向かいください」
と言われ、闘技場の方へ行く。
闘技場の中央には石畳みが敷かれたステージが作られていた。
他の闘技者が既にステージに上がっているので、私たちもステージに上がる。
どうやら私たちが最後の到着だったようだ。
会場の観客は…2割程埋まってる程度か。
そりゃそうだ、こんなマニアックな大会に大勢の人間が来るわけがない。
「えー、ご来場の皆様。及び闘技者の皆さん、お待たせいたしました。ついに!ようやく!この日が参りました!我々の悲願が成就された記念すべき日であります!」
と司会進行役と思われるオトコ♂が来賓席の隣の小ステージから大声を張り上げる。
「色々と私の思いを語りたいところではありますが!その前に何よりこの世界に緊縛という新しい世界を生み出し、世に広め、この大会の主催者でもある、あの名著『エドとマルゲリータ』の作者でもある、ジェイコブ・ジェイムス・エバンス。略してJ.J.エバンス様に登場して頂きます!」
会場だけでなく、闘技者や私達のチームまで色めき立つ。
「ええっ!あのJ.J.エバンス様が来ていらっしゃいますの!?」
「あ、あのエバンス殿が!?」
「サササササ、サインが欲しいサインが欲しい!」
「僕は読んだ事ないのでなんとも」
エリザベス、クリス、エドワードが興奮しているが、ダリルは読んだ事ないみたいで冷めている様だ。ちなみに私も読んだ事ないので、別段興奮はしていない。
「それでは、ジェイコブ・ジェイムス・エバンス様のご登場です!」
観客や闘技者の万雷の拍手に迎えられて、ブラウンのスーツにでっぷりと太った身体に、白髪と白髭をたくわえた、赤い服を着せればそのままサンタになることができそうなオトコ♂が来賓席から横の小ステージに入ってきた。
「お父さんじゃないの!!!!!!!」
思わず叫んだ。
「「「な、なんだって!!!」」」
色めきだったクリスとエドワードとエリザベスや他の闘技者がキャンドルを囲む。
「な、なんだって!キャンドルはJ.J.エバンス様の娘さんだったのか!」
「どうりであのムチさばき、理解したぜ!」
「素敵ですわ、さすがキャンドル様のお父様ですわ!」
3人が興奮して私を揺さぶる。
あの親父…しょっちゅう書斎に籠って何かしてると思ってたら、あんな小説(だいたい察しはつく)書いてたのか!私に小さい頃からムチを仕込んだのもそのせいか!ゆ、ゆるせん!
「私、帰る!!!」
私は踵を返した。が、ニコルが私の前を遮る。
「ちょっとニコル、どいてよ!」
「こればっかりはいくら姉様の命令でも聞けません」
「どうしてよ!」
「姉様がこの大会に参加する事は長年の父上の夢でしたし、何より昨夜、姉様がいなくなると話が進まなくなると作者が泣いてせがんできました。それに姉様はすでに覚悟をお決めになったはずでしょう」
「くっ、参加するしかないの!?」
「はい、そういう事です」
「会場の皆様、闘技者の皆様。ご紹介にあずかりましたジェイコブ・ジェイムス・エバンスです」
わああ!と歓声が上がる。
歓声が少し静まるのを待ってから、お父様は話を続けた。
「栄ある天下一緊縛会の第1回を開催できた事を非常に喜ばしく思っております。この大会の開催にはとても多くの困難がありました。しかし、この場でその困難を語る様な事は致しません。会場の皆様には是非この大会を楽しんでいただきたい、それが私の願いであります」
歓声が上がる。
「それでは皆様、大会を楽しんでください。私からは以上です」
また歓声が上がる。
交代して司会進行役が出てくる。
「さあ、お待たせいたしました!それでは、第1回!天下一緊縛会の開催を宣言いたします!!!」
大きな歓声が上がる。
どこかで聞いた様な大会名だが、あえて気にしない事にした。
「それではルールの説明です。この大会は5対5のチーム戦で、先鋒・次鋒・中堅・副将・大将同士が戦っていただきます。先に3勝した方の勝ちです。この大会ではムチや縄以外にも、ナイフや剣や棍棒の使用も認められております」
おい!緊縛会じゃないのかよ!ただの格闘会じゃないの!
「ただし、美しく相手を完璧に縛った場合にはその時点で1本勝ちとなります。つまり、相手を気絶するまでノックアウトするか、緊縛で一本勝ちを狙うか、ステージから相手を落として場外勝ちを狙うかになります」
しめた!このルールなら私たちにはクリスとエドワードがいる!
彼らは緊縛の技術もなかなかの上、普通に格闘させてもめちゃくちゃ強い。
あとは私かニコルかエリザベスが勝てば3勝になる。勝ち上がる確率は高い。
「さらにこの大会は逆シード方式つまりパラマストーナメント方式となっておりまして、抽選により1番を引けば決勝戦からのスタート、逆に5番を引くと一回戦からのスタートとなります。それでは、さっそく抽選にかかりましょう!」
私が抽選に行こうとすると、クリスに止められた。
「私が行こう。キャンドルは大将としてどんと構えてて欲しい。先鋒の私が抽選に行こう」
そう、これはニコルの提案で先鋒がクリス、次鋒がエドワードで確実に2勝を取りに行く。そして、中堅にニコル、副将にエリザベス、大将に私という事になったのだ。
私が中堅で出ようかと提案したが、ニコルは「姉様に傷一つつけたくないので大将にいてください。副将までに確実に勝負をつけます」と言われてしぶしぶ大将に回ったのだ。
私、大将ってガラじゃないんだけどな…。
ちなみにダリルは基本的に戦闘能力も緊縛能力もないので、補欠として入れてある。
彼も一応ファンクラブの勧誘には協力してくれたんだけど、数名の女子を連れてきては「変態」と言って逃げられてしまったので、結局会員は増えていない。
結局あんな頑張ってダリルを仲間にした意味はあったんだろうか…。
と、とにかくクリス様にはなんとしても1番を引いてもらわないと!完全に運任せの抽選方式だけど、クリス様ならなんとかしてくれそうな気がする。
幸い抽選は一番最初になり、クリスは抽選番号の書かれたボールの入った箱に手を入れ、しばらくグルグルと手を回した後、ピタッと動かしていた手を止めたと思ったら、ボールを高高と掲げた。
「お願い!1番とはいわないまでも良い番号引いて!」
私は両手を握って祈った。
「クリス選手、5番です」
ガッツポーズを取るクリス。
一番最悪な番号じゃないか!
私たちも入れて全部で5チームだから、4戦もしなきゃなんないの!?優勝は難しいかも…。
しかもガッツポーツ取ってんじゃないわよ、クリス様も!
「いいじゃねぇか、大将。4回も戦えるなんてヤリ甲斐があるってもんだゼ」
ニヤリと笑ったエドワードからそう言われるとなんか安心する。
まあいっか、この2人がいればある程度の勝率は確保される。あとは私とニコルとエリザベスがどれだけ頑張れるかよ!
私は覚悟を決めてムチの握り手を握りしめた。
「それでは、早速第一回戦を始めます!
キャンドルチーム対モブチームです!!」
両チームの先鋒がステージ上に上がる。
やっぱりだ…。最低限の人の形をした人形に顔に「先」とか「次」とか書いてあるだけのモブだ。
この作者、キャラ作りがめんどくさいからってまた手抜きしやがったな。
まあいいわ。それだけモブって事でしょ。
うちの圧勝ね。
あれ?ダリルは?補欠だけどうちのチームのはずなのに。
……いた!観客席に!観客が少ないからすぐ見つけられた。
同時にエドワードも気付いたらしく、
「てめぇ、ダリル何やってんだ!補欠だろ。こいよ!」
ダリルは本を読みながらメガネをクイっと上げてから応えた。
「僕がそっちにいっても何の役にも立たないのは分かっているだろう?なら勉強してた方がまだマシだ」
「それでもこっちこいよ!あと、お前自分の事忠犬っていってたなら『中堅は任せたまえ。忠犬だけに』くらいの事は言えよ!」
「忠犬だろうが、役立たずは役立たずだ。僕はここから応援させてもらうよ」
だめだこいつ…前々から薄々分かってたけど、バトル展開になるとまるで役に立たないわ。
「もう仕方ないわ。私たちだけでなんとかするしかない!」
エドワードもエリザベスとニコルは頷いた。
「さあさあ!ついに始まる天下一緊縛会!その第一回戦が始まります!まずは先鋒戦、クリス選手とモブ先鋒選手の試合です!」
司会進行役が上段の小ステージから闘技用のステージに移っていた。
「…雑魚だな。モブチームは。名前の通りだ」
観客席のおじさんがさも貫禄ありげに座って両チームを見ている。
それはさも高校野球に精通して高校野球を語りたがるおじさんの様だ。
「そうなのかい?」
その精通おじさんの隣に座っているおじさんが話しかけた。
「ああ。モブチームは大した事はない。逆にキャンドルチームはなかなかのものだな。大将は実力を秘めてるし、先鋒次鋒中堅もかな。のポテンシャルを持ってる。こいつは優勝候補になるかもしれんぞ」
「へえ、あんた初めて見るんだろう?パッと見ただけで分かるのかい?」
「ああ、ケツの筋肉を見ればすぐわかる」
「そ、そういうものなのかい」
そして、司会進行役兼審判のオトコ♂がステージにあがり両チームを選手を紹介する。
「それでは先鋒戦、クリス選手対モブ先鋒選手の試合を始めます!」
わっと歓声があがる。
「それでは、試合開始!」
「一本!モブ先鋒選手の勝ち!」
………は?
クリスはモブ先鋒に綺麗に縛られたまま負けを宣告され、頬を赤らめながら興奮した様子で私達の元へ戻ってくる。
私が呆然としているところへ、
「一本!モブ次鋒選手の勝ち!」
という声があっという間に聞こえてきた。
エドワードも頬を赤らめたまま興奮した様子で私達の元へ帰ってくる。
そしてクリスとエドワードはハイタッチをした。
「負けたのになんでハイタッチしてんのよ!」
「さすがクリスだぜ、5番を引き当てるとはな。大当たりだぜ」
「いやな、あの抽選ボール、抽選する時に触っていたらわずかに文字の部分に凹凸があるのが分かったんだ。それで5番を」
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!
「ま、まさかわざと5番を引いたの!?」
クリスが何も答えずにフッと笑う。
クリスとエドワード!この2人!自分が愉しむためにわざと技をかけられにいってる!4試合分愉しむためにわざと5番を引いたんだわ!
最悪だ。勝ちの計算をしてた2人が全敗するつもりでいる。こうなったら、ニコルとエリザベスと私で3勝するしかなくなった!
エドワード戦が終わってニコルが立ち上がる。
「役立たずの豚どもが。姉様、僕が何とかしてみせます」
「ニコル、頑張って!」
「それではニコル選手とモブ中堅選手、試合開始!」
ニコルは速攻で勝負を仕掛けに行く!
「Diamond Dust!」
「一本!ニコル選手の勝ち!」
さ、さすがニコル。あっという間に一本だわ。
「え、エリザベスさん、頑張って!」
「ええ。あの役に立たない豚どもに変わってキャンドル様の役に立って見せますわ」
そしてエリザベスはステージへと上がる。
「それでは4回戦、エリザベス選手対モブ副将選手の試合、開始!」
エリザベスも早めに決着をつけようと先制する。
「Diamond Dust!」
「一本!エリザベス選手の勝ちです!」
さ、さすがエリザベス!まだDiamond Dustだけしか使えないけど、かなりサマになってきたもんね!
これなら勝てるかも。
「じゃあ、行ってくる」
私は立ち上がる。
「姉様、相手は雑魚です。油断のないように」
「ニコル、任せといて」
「期待しておりますわ、キャンドル様」
「任せといて!期待ハズレにならない様に頑張る!」
そしてクリスとエドワードが激励した。
「「頑張れよキャンドル」」
「おまえらは黙っとけ!」
つい暴言を吐いてしまった。
いけないいけない。試合試合っと。
「それではついに大将戦、キャンドル選手対モブ大将選手の試合…開始!」
モブ如きに時間かけてらんない!
「クイットネス奥義
Diamond Dust!」
「一本!勝者キャンドル選手!2回戦進出はキャンドルチームです!」
わああと歓声が上がる。
確かにモブチームは名前の通り、実力もモブだった。全員奥義の中でも基本技のダイアモンドダストだけでなんとかなった。
そこへ、後ろから声をかけてきた女性がいた。
「フフフ、そいつらは参加チームの中でも最弱。次の相手は私たち、ミツアミーズよ!」
そこには5人全員麦わら帽子に三つ編みをして農夫の格好をした5人の女たちが立っていた。
「ミツアミーズが本物の緊縛を教えてあげる♡」