第13話「ムチとニコルの1日(前編)」
「そういうわけで、今週の姉様はこういう感じでした」
ニコルは目の前の白髪と白髭のオトコ♂に報告した。
「なるほど、今週もつつがなく過ごした様だね。良かった。今後も頼むよ、ニコル」
「了解しました。父上」
ニコルは週に一度父親にキャンドルの様子がどうだったかを報告している。
父親は特にどう指示するでもなく、ただ静かに聞いている場合が多い。
ニコルは父親の書斎を出て扉を閉めた。
「ふぁ〜」
私は起きた。今日は休息日だ。
「姉様っ」
ニコルが私に抱きついてきた。
「もうニコルったらぁ。甘えん坊なんだからぁ」
「甘えん坊でもいいじゃないですか。僕たちは結婚するんだから」
「もうニコルったら相変わらず冗談言うんだからっ。姉弟で結婚出来ないでしょっ」
(僕は本気ですよ)
ニコルはボソッと呟いた。
「ん?何か言ったニコル?」
「何にも。最近いろんな虫がついてきてるけど、姉様は僕だけのものですからねっ」
「もう、虫だなんてっ。確かに変態だけど♡」
「さて、姉様の目覚めのコーヒーを用意してきますね」
ニコルは従者用の部屋に戻った。
従者用の部屋と私の部屋は一つのドアで繋がっている。いちいち廊下に出て私の部屋に入り直す必要はない。
ニコルは他の人間の前にいる時とは違って、私と2人きりの時には本当に甘えん坊になる。けど、結婚だなんてニコルもまだまだ年相応の子供だな。
コーヒーはすぐ出てきた。
「姉様はゆっくりコーヒーを飲んでてくださいね」
ニコルは微笑んで、従者部屋の方へ入って行った。
ニコルはドアを閉めると、机の横の棚の中からクナイを取り出して窓を開けて外に出る。
窓から近くの木にジャンプして移る。
「やはりいたか」
キャンベルの部屋の窓の外側に簀巻き状態で上半身を縄でグルグル巻きになっているクリスが、ミノムシの様に逆さになってキャンドルの部屋を覗いていた。
ニコルはすぐさまクナイを投げる。
一瞬にしてクリスは消えた。
投げたクナイは窓の上に突き刺さる。ニコルは引っ張って、釣り糸で縛られたクナイを回収する。
「チッ」
ニコルも屋根上にジャンプする。
そこには逃げようとするクリスがいた。
既に早業で体に巻いていた縄を解いていた様だ。
走るクリス、追うニコル。
ニコルがクナイを投げる。
だが、それをニコルを背を向けたまま避けるクリス。
クリスは屋根上から壁へとルートを変える。
それを追うニコル。
2人は壁を走る。
さらにクナイを投げるニコル。
だが、クリスの足に刺さろうかというその瞬間、クリスはジャンプしてそれを避ける。
クリスはナイフを取り出す。
ニコルはクリスに向かってクナイを振りかざす、ナイフで受け流すクリス。
「なんか外でキンキンって音がするけどなんだろ?ま、いっか」
私はコーヒーを口に含んだ。
「ニコル君、今日は随分としつこいね」
クリスは、爽やかな笑顔をしながらニコルの方を振り向く。
キンキン!
「しつこいのはあなたですよ、クリス王子。毎日毎日姉様の部屋を覗くなんて変態ですよ」
キンキン!
「変態?僕たちはそのうち付き合うんだから問題ないだろう?」
「仮に付き合っていたとしても問題ですよ!大体、姉様と付き合うのは無理です」
キンキン!
「何故だい?」
「姉様と結婚するのは僕だからです」
「面白いことを言うね、ニコル君。姉弟で結婚しようってのかい?」
ナイフとクナイがかち合ってギリギリと音を立てながら均衡を保つ。
「ええ、僕は本気ですよ。そのためには周りを付き纏う虫を排除しないといけないのでね」
「残念ながらキャンドルとそのムチは僕のモノだよ、さらば!」
クリスは壁から屋根の上に走り、屋根上に着いた途端に大きく息を吸ってから、ポケットから玉を取り出して地面に投げつける。
ボンッという音と共に煙が発生した。
ニコルがクナイを構えたまま煙の中に突っ込むと、そこにクリスは既にいなかった。
次の瞬間、ニコルの鼻の中を刺激するものが入った。
「くしゅん!あいつ、煙玉に胡椒を混ぜやがったな、くしゅん!」
くしゃみが止まらずに、クリスを追うのをニコルは諦めた。
煙から逃げ出してしばらく落ち着かせてから、ニコルはそのまま従者部屋に戻らずに、より近い図書室へと足を向ける。
図書室の窓から中を覗き込む。
そこにはすでにダリルがいた。
「犬は朝から図書室で勉強か。殊勝な事で。とりあえずこいつが一番害が少なそうだな」
ニコルは図書室を離れた。
寮内に入ると走れないので、そのまま寮の建物の外を走って移動する。
「ニコルー、いる?」
「いますよ、姉様」
ニコルが従者部屋から出てくる。
「コーヒーも飲んだし、ちょっと外を散歩してくるね」
「あ、僕も行きます」
「あ、ちょっと1人で静かに散歩したいんだ。ニコルはここで待ってて」
「分かりました。姉様」
姉からはそう言われたが、護衛を解くわけにはいかないので、ニコルは再度、従者部屋の窓から木へ移り、木から木へ移動しながら姉を追う。
ご機嫌で爽やかな朝を散歩していた。
「うーん、気持ちいいー!休みってのがまたいいよねー」
私は両腕を上に伸ばしながら気持ちよく散歩していた。
が、その気持ち良さは一瞬で消え去った。
「キャンドル、俺を縛ってくれ!」
上半身をグルグルと簀巻きにした状態で木から逆さ吊りになってキャンドルを待ち伏せしていたエドワードがいたからだ。
「ちょ、ちょっといきなりなんですか、エドワードさん!やめてよ!」
「いやよいやよも好きのうち、つまり俺を縛りたいんだな?」
「そんな事一言も言ってません!!!」
私がそう言った瞬間、エドワードの視線が鋭くなって眼球が横に動いた。
瞬間、エドワードが消え、エドワードのいた所にクナイが突き刺さる。
「姉様、大丈夫でしたか?」
「ええ、大丈夫よニコル。助かったわ」
「変態の相手は僕にお任せください」
エドワードが吊り下がっていた位置の下には既に解かれた縄が落ちていた。
(クナイを避ける前に既に縄をほどいていたのか、相変わらずの腕前だな)
ニコルはすぐにエドワードを追った。
エドワードの足は相変わらず速い。ニコルですら追うのがやっとだった。
クナイを投げる、避けられる。
クナイを投げる、避けられる。
「はんっ、その程度かいニコル君。俺を倒してみろよ」
「言われずともそのつもりです、この変態っ」
エドワードは振り向いてニコルを待ち受ける。エドワードは右手の人差し指を真っ直ぐ立てて仁王立ちになった。
ニコルはクナイを構えてクナイの刃先を縦に立てて真っ直ぐ突きの形でエドワードに突っ込んだ。
それはスローモーションに見えた。
エドワードは指の側面をクナイの側面に当てて、スッとクナイの軌道を変えた。
クナイがエドワードの顔の右側をギリギリ通り過ぎる。
そのままニコルはエドワードにぶつかる。
「つーかまえたっ」
ニコルはエドワードにサバ降りをかけられて、「うっ」とうめいた後にクナイを地面に落としてしまった。
「おーらよっ!」
ニコルを背負い投げの形を投げ飛ばすエドワード。
ニコルは地面に叩き付けられまいと、猫の様にしなって身体を回転させ、地面に両足で着地する。
「くっ、」
ニコルが顔を上げてエドワードを見ると、エドワードはすでに遠くへ逃げていた。
「じゃーなー坊主」
ニコルはエドワードを追うのをやめた。
相変わらずクリスとエドワードは凄腕だ。僕より才能あるんじゃないか。と思わずニコルは変態2人を称賛してしまった。
「あーまたエドワードさんに絡まれて大変だった…。もーいーかげんにしてよー」
私は部屋に戻って着替えながらボヤいた。
「姉様、準備は出来ましたか?」
「あ、ニコル入っていいよー」
私はニコルを呼んだ。
今日はニコルと一緒に街に出かける事にしていたのだ。
今日は月に一度の休息日でも銀行が開いてる日なので、ニコルがお金をおろしたいと言ってきたので、どうせなら先日邪魔されて満足にスイーツを味わえなかったのをやり直したくてティーハウスに行くためにニコルに同行する事を提案した。ニコルは当然了承してくれた。
街を歩く。
ニコルは手を握るのではなく腕を組んできた。
「全くニコルったら、これじゃ恋人みたいじやない」
「そうですよー。僕は姉様の恋人ですっ」
「ニコルは可愛いなー」
私たちはまずティーハウスへ入ってスイーツと紅茶を喫した。
ニコルがあ〜んをせがんできたので、あ〜んしてあげた。ニコルが満面の笑みで私を見る。
こうして見てるとホント可愛い弟なんだけどなー。たまになんか怖い時がある。
おおよそ紅茶やスイーツを食べきった後、私はニコルに相談した。
「ニコル、あのさ」
「なんです、姉様」
「この後ニコルはお金おろしに銀行行くんでしょ?それあたしにやらせてくれない?」
「どうしてです?こういう雑事は僕の仕事ですよ?」
「うーん、一回やってみたいのよね。銀行って所も一度行って見たいし」
「では一緒に行きましょう」
「いや、1人で行きたいの。っていうか、1人でやって見たいの」
「そうですか、わかりました。では…」
私はニコルからお金を下ろすのに必要な一式書類等とおおまかなやり方を教わった。
「じゃ、行ってくるね」
「姉様、気をつけて」
私は銀行に着いた。
(へ〜この世界の銀行はこんな感じかぁ。映画で見た事ある昔のアメリカの銀行っぽいわね)
窓口の方へ行こうとするものの、今日は月に一度の休息日に開いてる日だからか、窓口はやたらと人が並んでいる。
この世界の銀行には初めて来たけど、当然ATMなんてない。全部窓口で処理してる。
まいったなぁ、ニコルに1人で行くから待っててと言ったけど、これじゃニコルを思ってたよりも待たせちゃうかも。
そう考えていた時だった。
「全員動くな!!!」
パァーンと音が鳴る。
振り返ると、覆面をしたオトコ♂が3人後ろにいた。
手には最近広まり始めたというピストルを手に持っている。
上に向かってそのピストルを撃ったようだった。
「客どもは全員中央へ固まれ!」
3人のオトコ♂の1人がそう叫んだ。
「早くしろ!トロトロ鈍い奴は撃つぞ!」とピストルをこっちの方へ向けて脅してきた。
少し間を空けて場内が悲鳴で満たされる。
私たち客は全員銀行の中央へと集められた。
オトコ♂たちの1人が窓口に行き、
「こいつに金をありったけ入れろ!」
とバッグを置く。
「遅い…」
ニコルは少しイラだっていた。
姉様がお金をおろすのが初めてにしても、姉様は愚鈍じゃない。にしては時間がかかり過ぎてる。
ニコルは銀行へ姉を迎えに行く事にした。
ニコルが銀行につくと入り口には人だかりができていた。どうしたものかと入り口を見てみると、ドアがクローズドの文字の札と共に閉まっていた。
おかしい、今日は開いてるはずだが。
事実、銀行が開いてると思ってここに来ている人間で人だかりができている。
窓やドアの全てのカーテンが締まり、中が見えない。
ニコルは銀行の裏手に回って壁に耳を当てる。
叫ぶ様なオトコ♂の声が3人分聞こえる。
女性の悲鳴の様な声も小さく聞こえる。
「…銀行強盗か!…姉様!」
ニコルは建物の裏手のドアへと行く。
流石に銀行なだけあって堅牢な鍵になっているようで、てこずりはしたものの、なんとか鍵を解錠できた。
「姉様、待っててください」
ニコルは銀行の中へ入った。