第三話:「不思議な出会い」
エルナ村での生活が始まって数日が過ぎた。ルナはシアの家に居候しながら、少しずつ村の生活に慣れていった。シアの家で朝食を共にし、昼間は薬草畑の手伝いや、村の中を歩き回りながら村人の仕事を見学している。
この日も、シアの家のキッチンでお茶を飲みながら、ルナは村での日課を計画していた。ふと、シアが少し照れくさそうに、しかしどこか楽しげな表情で話しかけてきた。
「ルナ、今日は村の大きな薬草畑まで行ってみない?そこに行けば、村で一番腕のいい薬師に会えるよ」
「えっ、シアより腕がいい薬師さんがいるんですか?」
驚いたルナが問い返すと、シアは小さく笑って肩をすくめた。
「腕の良さじゃ負けないつもりだけど、あの人は薬の知識がとにかく豊富なのさ。村のほとんどの人たちがあの人のおかげで病気にならずに済んでるくらいだからね」
シアが話している薬師の名前は「リオ」。リオは薬草に詳しく、エルナ村で採れる薬草だけでなく、周辺の村や山々に生える珍しい植物についても知識を持っているらしい。どうやらその薬草畑にはリオが世話している様々な薬草が育てられているらしい。ルナはその話に興味を引かれ、ぜひとも会ってみたいと思った。
シアに案内され、村の中心から少し離れた場所にある大きな薬草畑に向かうことになった。道中、シアはリオのことについて色々と教えてくれた。
「リオはね、すごく真面目で頭も良いんだけど、人付き合いがちょっと苦手なの。だから一人で黙々と作業をしていることが多いんだ」
「へぇ……。でも、薬草に対する情熱が伝わってくる感じがしますね」
ルナが興味津々で話を聞いていると、やがて緑豊かな草原が広がり、その奥に整然と手入れされた薬草畑が見えてきた。畑には色とりどりの薬草が並び、それぞれの植物には小さな木製の札が立てられ、名前や用途が記されている。思わず息を呑んだルナの隣で、シアが微笑んだ。
「ここがリオの薬草畑。どう?すごいでしょ?」
「うん、本当に綺麗……!こんなにたくさんの薬草が一度に見られるなんて」
ルナが感嘆の声を漏らしていると、畑の奥から一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。彼女は背が高く、ストレートな黒髪が風に揺れている。鋭い眼差しと落ち着いた雰囲気を漂わせているが、どこか冷たさを感じさせるような表情をしていた。
「シア、今日は誰を連れてきたんだい?」
「この子はルナ。この村に最近来たばかりで、私の家に泊まってるんだ。薬草のことに興味があるみたいだから、リオにも紹介したくて」
シアが説明すると、リオは少しだけ興味を示したようにルナを見つめ、軽くうなずいた。
「そうか。君がルナか。……薬草に興味があるなら、ここで少し働いてみるといい。この畑の手入れをするのは簡単じゃないからね」
ルナはその提案に少し緊張しつつも、嬉しさを隠しきれなかった。リオのような人から薬草について学ぶ機会が得られるのは、まさに願ってもないことだ。
「ありがとうございます!ぜひ手伝わせてください」
リオは冷静な表情を崩さないまま、黙ってルナを畑の一角へと案内した。そこには青い葉をつけた小さな植物が整然と並んでいる。リオはその植物の一つを指し示し、ルナに説明を始めた。
「これは『ミルテア』という薬草だ。熱を下げる効果があって、風邪や体調不良の時に飲むといい。ただ、葉を直接食べると苦すぎて食べられないから、煎じて使うんだ」
ルナは真剣にメモを取りながら、リオの説明に耳を傾けた。彼女の言葉には深い知識と経験が滲み出ており、その凛とした態度からは、薬草に対する確かな愛情が伝わってくる。リオが見せる薬草一つひとつが、この村を支える命の支えとなっていることが感じられた。
その後も、リオは畑の各所を案内しながら薬草の効能や育て方について教えてくれた。ルナは真剣に耳を傾け、質問を交えながら一つひとつ理解していった。シアもその様子を微笑ましそうに見守っている。
午後の陽射しが傾き始めた頃、リオはふと立ち止まり、遠くの方を見つめながら言った。
「ルナ、君はこの村に来たばかりだと言っていたね。この世界のことも、まだあまり知らないのだろう?」
ルナは少し戸惑いながらも、頷いた。
「はい、まだ村のことしかよく分からなくて。でも、これからもっと色々なことを学んで、この村で役に立てるようになりたいと思っています」
リオはその言葉に満足げに頷き、少しだけ優しい表情を見せた。
「その意気だ。薬草だけじゃなく、この村やこの世界には、まだまだたくさんの不思議がある。少しずつでもいいから、焦らずに学んでいけばいい」
その後もリオはルナに、薬草の収穫や簡単な薬の調合の手伝いをさせてくれた。ルナは喜びと感謝を胸に、一つひとつの作業を丁寧にこなしていった。
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夕方になり、ルナとシアはリオに別れを告げて薬草畑を後にした。村へ帰る道すがら、シアが楽しげに笑いかけてきた。
「リオもルナのこと、気に入ったみたいだね。普段あんなに丁寧に教えることなんて滅多にないんだから」
ルナはその言葉に照れ笑いを浮かべながら、シアに礼を言った。
「シアのおかげで、今日はとても貴重な体験ができました。リオさんもとても優しい人なんですね」
「うん、ちょっと不器用だけどね。でも、あの畑を見ればわかる通り、リオは村の人たちを支えたいと思っているんだ」
その夜、ルナはシアの家に戻り、疲れた体を癒しながら一日を振り返っていた。エルナ村での新生活は決して楽ではないが、村の人々の温かさと優しさに触れる度に、自分の居場所がここにあるような気がしてきた。そして、村のために少しでも役立ちたいという思いが、ルナの心の中で強くなっていく。
こうしてルナはエルナ村の生活にさらに溶け込み、リオとの出会いを通じて薬草やこの世界の知識を深める日々が始まった。