もとのお兄ちゃんはどんなやつ?
リップルはいろいろなことを教えてくれた。
どうやら僕はこの世界では、普通の平民の子供であり、
お父さんとお母さんは、この山奥で自給自足的な生活をしているらしい。
「それで、あの、僕の性格ってわかる?」
僕が気になったのはそれ、ノエルという少年はいったいどんな人間だったんだろうか?
「えっと、その…お兄ちゃんは、その…」
言いにくそうにするリップル。
なんだか目が泳いでるな…そう言えば両親ももうすでに畑仕事をしているみたいだし、
僕だけどうして部屋で寝ていたんだろう?
「えっと、その…正直、駄目人間っていうか…」
「え?」
「あっ、別に今のお兄ちゃんがそうってわけじゃないよ? ただその、あんまりお父さんたちの手伝いもしてくれなかったし、お母さんの言うことも聞かないし、私のこともめんどくさがって全然構ってくれなかったっていうか…」
言いにくそうに口にするリップルに、僕は逆に少しだけ安心した。
良かった、どうやら生前の僕はクズだったらしい。
まあ、反抗期なのかもしれないけれど、でも、僕としては気楽だ。
「そうなんだ。 ごめんね。」
むしろノエルが今頃僕の体に転移しているかもしれない。
まあでも、だとしたらちょっとだけ気の毒だなと思うけれども。
「リップル! 早くこっちを手伝ってちょうだい!」
そんなふうに話していると、女性の声がする。
おそらくお母さんの声だと言うことはわかった。
「はーいっ。 じゃあごめんねお兄ちゃん。 私、お母さんを手伝ってこなくちゃ」
「僕も行くよ…まあ、役に立つかはわからないけどね」
僕がそう言って立ち上がると、リップルは驚きで言葉も出なかったようだ。
「というか…リップルに居なくなられたら僕、どうしていいかわからないし」
「そ、そうだよね。 じゃあ、ついでに案内するね」
僕はその日初めて仕事というものをしたような気がする。
肉体的には確かに疲れるかもしれないけれど、
この世界の体は、なんというか、丈夫で、疲れにくいなと思った。
両親は僕の顔を見ると、
リップルと同じように、驚きで言葉も出なかったみたいだったけれど、
数時間後には、仕事を通して少しだけ馴染めた気がした。
「ノエル。」
「はい。」
「その、敬語みたいなの、やめていいわよ。 私たちは家族なんだから、平等なんだから…」
「ははは、それでもコミュニケーションがなかった頃よりマシじゃないか、母さん?」
「まあ、それもそうだけどねえ」
お父さんとお母さんはどうやら仲がいいようで良かった。
最初は僕も緊張していたけれど、
両親が二人いるというのは、やはりどうにもおかしい感じがする。
前の世界でのお父さんは仕事で忙しかったし、
お母さんもやっぱり、仕事で忙しかったなあ。
僕が病弱だったばかりに、大変な思いをさせてしまっていただろうけど、
それでもやっぱり、僕はそれを寂しいと思っていた。
大切にされていたんだけど…
でも、それに比べてこちらの両親は家族って感じがすごくする。
そりゃそうだ、家族みんなで自給自足の生活なのだから。
そんなことを考えていると、リップルが話しかけてくる。
「ねえねえ、お兄ちゃん。」
「ん?」
「どう? 少しは思い出した?」
リップルの言葉が、僕には苦しかった。
リップルにとってのお兄ちゃんは、僕じゃないのだ、
そして僕は、残念ながら、ノエルではない。
「その、ほんとにごめん…」
「別にそういう意味じゃないよ。 記憶ないの、辛くないのかなって」
リップルもまた、申し訳なさそうにしている。
「辛い…か…」
残念だけど、僕はと言えば辛くなかった。
むしろこの健康的な肉体で、
いい人たちに恵まれて暮らしている僕の生活は、昔の生活よりもずっと充実しているような気がする。
まあ、強いて言うなら、昔の世界の両親のことは確かに気になる。
でも、あの世界には僕の大切なものが存在しなかった。
つまり、どうでもよかった。
でもこの世界では、どうなんだろう?
少なくとも、リップルがいる。
リップルの優しさに救われている。
「辛くないよ、みんな優しいから… でもリップルは早く元のノエルに戻った方が嬉しいよね?」
僕がそういうと、リップルはどうやらそうではないらしかった。
「いや、私は実は今のお兄ちゃんの方が好きなんだけど」
リップルの言葉に僕は苦笑した。
ごめんねノエル…
でも妹を大事にしなかった君が悪いんだけどね。