ヒトならぬモノ
第一章
――教えてくださいな、本当のことを。
◇ ◇ ◇
帯刀している侍は言うまでもなく、丁髷姿の男衆さえついぞ見かけない。
着物に昔ながらの髷を結う婦人はまだ多いが、洋装にも合う束髪も増えつつある。
すでに武士の時代は遠くなり、文明開化とはやされた激動の頃も、少年少女はもはや話に聞くだけとなってしまった。
通りには瓦斯燈が明るく灯り、煉瓦造りの西洋風の建物も作られるようにはなったが、それでもまだまだ少ない例えになる。
大多数の家々と同じように、その家も、端から見ればごくごく普通の――一般庶民のものにしてはいささか大きくはあったが――木造家屋に見えた。
この国で初の大学が管理する、大きな植物園のほど近く。
満月の明かりに照らされ、夜空の下に佇む平屋である。周囲に巡らされた垣根の中、狭くはない庭では、雑草と植木がそれぞれの存在を主張していた。
そんな小さな野原のような庭に面した縁側で、月見をしていたひとつの影が、おや、と首を傾げたようだった。
『久しぶりに狼かの?』
『む? 犬じゃろう? 狼はとんと聞かぬもの』
わさりわさりとうごめくモノがある。
ぽそりぽそりと語らう音がある。
『そうじゃな。犬も月に吠えようよ。明るい夜じゃ』
『近頃の夜は明るいからのぉ』
『満月前後じゃからの』
『いやいや、黒い船のせいじゃ』
『おお、人間の灯りか』
『どれほど明るうても闇は消えぬよ』
『人間が忘れるだけじゃ』
そして、けらけらと楽しげな笑いが起こる。
『じゃが、我らはあるがまま』
『我らの居場所は消えはせぬ』
あたりが白々と明けゆく前に、それらの気配はゆるゆると朝に溶けていった。
それに入れ替わるように、子供特有の甲高い声が響く。
「まったく。好き勝手言いおった上に、よう食うたものよ!」
丸い団子が山と積まれていたはずの皿は、見事に空になっている。
腰に手を当て憤然とする童女の背後で、くつりと小さな笑みが生じた。
庭を眺める部屋の中で、文机に頬杖をついていた人影が身じろぎをすると、背の半ばまでを覆う絹糸のような黒髪がさらと流れる。
「笑いごとではなかろう。大体、おまえもおまえじゃ、みちる! 中秋は過ぎておるというのに、団子まで用意して! 妖怪と月見なぞして楽しいか?」
「なかなか乙なものだと思っているよ。色々な話が聞けておもしろい」
「……人間は人間と群れれば良いものを」
幼い外見に似合わぬ諦めたような仕草で、童女は首を振ったのだ。