第九話 何のために
翼の錬成による試験が終わり1週間。
合格者はキメラ討伐のための訓練に明け暮れていた。
午前は翼の操作精度向上のため飛行訓練。
キメラの身体を再現した簡易的な模型を使用して、その周囲を飛び回ることで翼に慣れる。
そうすることで自然とキメラとの間合いの取り方を学ぶことができる。
今回、襲来したキメラは翼を有した個体のため、模型には翼も再現されている。
「いやー、探せばいるんだね。
若いと成長も早いし、ね、オスカーくん。
お気に入りの子はもう見つけましたか?」
オスカーの横に立ち、候補生の訓練を眺めている女性。
不揃いな黒髪にギョロギョロの瞳、そして唇に銀のピアス。
身長は女性の平均と比べるとかなり低めだが軍服を着ていても際立つほど魅力的な体つきをしている。
彼女は近衛兵精鋭部隊第4班班長グローセ・プラル。
キメラと一対一で討伐できる戦闘力に加え、キメラや人体の構造に深い知識がある。
このキメラ模型は目撃情報や戦闘を行った者からの情報を参考に彼女が作成した。
医務室の管理も行っている。
「彼ら彼女らの成長には目を見張るものがある。
作戦決行時には皆が私の想像を超える素晴らしい成果を上げることでしょう」
オスカーは手を後ろで組み、表情を変えず前を見つめて答える。
そんな態度を見て、グローセは目を細めながらすり寄る。
「頭の中までガチガチなのかなー?」
微動だにせず見つめる、オスカーの視線の先。
他の候補生を大きく上回る速度で飛行する癖毛に切れ長が特徴の少年。
ハーレン・ガルシア。
近衛兵と比較しても類を見ない翼の操作精度を持つ。
温和な性格で周囲との関係も良好。
「まだ甘いですわ、方向転換のタイミングはもっとシビアですのよ」
茶髪の長い髪につり目で整った顔立ちの少女。
マリリン・ヴォーガード。
頭の回転が速く、要領も良いため状況への適応が柔軟。
しかし自分だけでなく他人にも厳しい考えから軋轢を生みやすい。
翼を折りたたみ、歩きながら周囲を観察している、
白い髪に黒メッシュのショートボブが特徴の少女。
シエラ・オウマ。
戦闘のセンスは高いが、単独行動が多く仲間との連携に難あり。
太ももまで届く長い白い髪を器用に操り、優雅に舞う少女。
エマ・バースト。
斧や剣といった錬成武器の操作が抜群に上手い。
「クソッ!!」
小柄で右目の上に傷があるオールバックの少年。
リアム・フォーク。
キメラに対して強い恨みを持ち鍛錬に励む。
才能はあるが短気が目立ち、錬成の制御が甘い。
「リアム、もっと肩の力を抜くんだ」
大人顔負けの肉体を持つ短髪の少年。
ディエゴ・ムスケル。
鍛えられているのは身体だけではなく、高い精神性も併せ持つ。
仲間との信頼関係も築いており、錬成の精度もトップクラス。
「あ、ごめん!」
誰かの翼にぶつかってしまった。
黒髪に赤い瞳の少女。
フラマ・バーナー。
天賦の才か、技術を教えれば即座に吸収する。
切り替えが早いと言えば聞こえはいいが、すぐに諦めてしまう癖がある。
「仕方がないさ、誰にでもミスはある。
もちろん僕にも……」
左目に眼帯をしたぱっつん髪の少年。
マクラウル・モーセス。
空気を読まない発言が多く孤立しがちだが、錬成の腕は申し分ない。
会話は成り立っていないが他者の意図を理解して連携も可能。
「だがそれも一つずつ正していくことで、完璧で、完全で、無敵の無敵の無敵の! がッ?!!」
「あ……ごめん」
金髪ツインテールのジト目の少女。
ラウーシャ・チェイス。
内気な性格だが十分な才能を秘めている。
他者への関心が低く、責任感も弱い。
「あっはっはっは!
何やってんだよマクラウル! うおッ?!!」
水色の髪を持つ少年。
ユルト・メルクラリス。
錬成の操作は未熟だが高い潜在能力を秘めている。
誰とでも友好的な関係を築いているが緊張感に欠ける態度が目立つ。
「はぁ…はぁ…痛ッ……」
マクラウルに気を取られてキメラの角にぶつかり落下してしまった。
「ほら、早く立ちなよ」
ハーレンは一瞬でこちらに近寄り手を伸ばしてくる。
俺は汗だくだっていうのにハーレンの額にはさわやかな水滴しか見えない。
心配してくれているのは伝わってくるが、ここまで実力差があるといい気分はしない。
俺はハーレンの手を強めに握った。
――
太ももまで届く長い髪を靡かせながら、翼を広げて飛翔する少女。
10メートルほどの高さに達すると大斧を錬成して構える。
翼を折りたたみ回転しながら急降下して勢いそのまま、地面に置かれた錬成物を叩き割った。
バツンッ!!
「すげぇ、一撃だ」
「えへへ~、すごいでしょ」
午後の訓練は、キメラの首に見立てた錬成物を切断するというもの。
キメラを倒すためには首を切り落とし絶命させる必要がある。
しかし直径3メートルの肉塊を骨ごと切断するのは容易ではない。
武器の重さ、振り下ろす力、落下の勢い、使えるモノは全て使うことで初めて達成できるのだ。
エマは俺が作った首を一発で切って見せた。
「もう一回俺にやらせてくれよ」
「何回やっても同じだよ~、ユルトに私の首は切れない」
「やってみなきゃ分かんないだろ?!」
「分かるよ~。
だって私は、少なくとも君よりかは、真剣に生きてる」
ガキンッ!!
隣で金属がぶつかり合うような音が響く。
見ればシエラの用意した首をリアムが切断しようとしていた。
しかし、リアムの刃は骨の部分に阻まれて切断には至っていない。
「はぁ…はぁ…クソがッ!
固すぎるだろ!」
「アンタのが貧弱すぎるんじゃない?
ほら、早く次の首を作ってよ」
「なんでだよ、もう俺のは切れたじゃねぇか」
「いや、そういう訓練だから。
アンタがもう少し手応えあるヤツ作れば楽しいゲームになるんじゃない?」
「チッ…クソが……!」
リアムは手に持っていた斧を捨てて、キメラの首を作り始めた。
「ユルトはさ~」
エマが再び口を開き、視線を戻した。
「なんで殲滅部隊に入ろうと思ったの?」
「は?
何の話だよ、それよりもう一回首を――」
「答えてよ。
それが一番大切なことでしょ?」
エマは頭を振って白く長い髪を直す。
その髪の隙間からは、若干イラついた表情が見える。
何なんだよ、意味が分からない。
一体この話にどういう意図があるんだ。
殲滅部隊に入ったのは、つまり、
「……キメラを、叩き潰すためだ」
「どうして?
どうしてキメラを倒したいの?」
エマの顔がどんどんきつく変化する。
何か怒りをぶつけられているような、八つ当たりされているような。
気分が暗くなってくる。
そして、身体の中が沸々と煮えるような感覚。
「………母さんの命を奪ったからだ」
「本当に?」
「は?」
「本当に家族のため?
お母さんの無念を晴らすためなの?」
「…………そうだって言ってるだろ。
だからこうして頑張って訓練を――」
「自己満足じゃないよね?」
エマの言葉が耳に届いたとき、
身体の中で燃えていた炎が少し小さくなった気がした。
「喰われるかもしれない。
殺されるかもしれない。
それが生存競争だよ。
そんな運命に抗うために若き力が集った。
ここにいる人たちは皆、確固たる意志を持ってる。
自分で考えて考え抜いて、
自分を苛めて追い詰めて、
何としてでもその目的を達成するために必死に生きてる」
俺だって努力してる。
それは自分のためなんかじゃない。
強くならなければいけないんだ。
そうすればきっと母さんも、えっと、母さんのために、
エマは目を細めて、蔑むような表情をして、
「ユルトの考え方さー、甘いんじゃない?」
ガァンッ。
「危なーーーーい!!
とうッ!」
いきなりマクラウルが空中で一回転しながら飛び込んできた。
思わず顔を背けそうになるところで、マクラウルは翼を展開して静止した。
見れば、マクラウルは両手で大斧を受け止めている。
「フッ、決まった……!
大丈夫か!? エマ、ユルト!
危ないところだったな。
僕が助けていなければ今頃――」
「ありがと~、大丈夫だよ~!」
「あ、ああ……俺も大丈夫」
エマは笑っていた。
先程までの表情は夢だったのかと錯覚してしまうほどに、自然な笑顔だった。
「そうか、また何かあればいつでも呼んでくれ…!
助けを呼ぶ声があれば! どれだけ離れていようとも――!」
「はいは~い、ありがとね~。
じゃあユルト、訓練の続きやろっか」
エマは手際よく首の作成を始めた。
「えッ……ああ……」
頭が混乱して、まともに返事ができなかった。
何を言われたのかも正直あまりよく分かっていない。
その夜、このモヤモヤをベッドにも持ち込んだが解決することはできなかった。
――
キメラ殲滅計画の人員選抜が始まってから11日が経過した。
人員選抜といっても2日目の翼錬成試験から追加の試験は行われておらず、一日中基礎訓練が続けられていた。
そして本日、午後の訓練は早めに切り上げられると、負傷者や離脱者を除いた36名で部隊編成をすることが決定した。
明日は作戦や陣形の共有が行われ、その2日後にはキメラ殲滅作戦が開始される。
一人一人が近衛兵の精鋭部隊隊員に匹敵すると評価され、総合力では精鋭部隊最強の第1班をも凌駕するという話だ。
日が沈んだ頃、各々が休息を取り作戦に備える中、オスカーに一つの連絡が届いた。
「報告します。
ヲハニア北領域にてキメラの集団を確認。
北防衛拠点に進行しているとのこと。
数はおよそ50、それを率いる一頭は特異な外見から未確認の変異個体であると推測しています。
北防衛拠点を担当する精鋭部隊第2班のみでは対応が難しく、至急応援を求めます」
辺りに沈黙が広がる。
「どうするの?」
初めに口を開いたのは唇に銀のピアスをつけた女性。
「グローセさん、ここはお願いします」
オスカーは深い緑のマントを羽織り歩き始める。
「オスカーくんが行くのかい?」
「私とレーナンさんで行きます」
オスカーに名前を呼ばれた、洒落たツーブロックのこの男。
先ほど東防衛拠点から到着したばかりだが、そうそうに指名された。
天井を見上げながら大きく深呼吸をすると席を立ち、オスカーと同じマントを羽織った。
近衛兵精鋭部隊第3班班長であるレーナンは変異個体『六脚』との戦闘を経験し、無傷で生還している。
そのことを買われ指名されたのだろうと本人も理解していた。
「2日後、私たちが戻ってこなければグローセさんを新たなキメラ殲滅部隊隊長として作戦の遂行をよろしくお願いします」
オスカーとレーナンは宿舎の外に出ると松明を持ち馬小屋に急いだ。
「なんか難儀やな、オスカーくんは」
「レーナンさんも来ていただいて早々に申し訳ありません」
「気にすんな、絶対に生きて帰るで」
馬に跨ると勢いよく駆け出し、王都の明かりを目指して暗闇に消えていった。