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第八話 合格者

翌日、朝起きると候補生は配られた質素な制服に着替える。

そして宿舎の清掃を終えると朝食の時間だ。

献立はボソボソのパンと豆のスープ。

食器には限りがあるので4班に分かれて順番に食事を摂る。

味についてだが、今日の適正試験のことばかり考えてしまいよく分からなかった。

美味しくはなかったと思う。


「フラマ、どうしたの?」


ハーレンの声でふと我に返ると、訓練場に向かって歩いていた。

ハーレンを挟んで反対側にいるフラマの顔を見ると頬から耳まで紅潮していた。


「……別に、話かけないで」

「あぁ…ごめん」


これはたまにあるやつだ。

急に機嫌が悪くなって口を聞いてくれなくなる。

ハーレンだけじゃなくて、俺が話しかけても同じ反応をされる。

こういう時はそっとしておいてあげるのが一番らしい。


そのまま会話することは無く歩き続けていたら、来てしまった。


「只今より、錬成の適正試験を始める。

 昨日とは形式を変えて一人ずつ確認していくので名前を呼ばれたらこちらに来ること。

 その他の候補生は木材加工を進めよ、以上だ」


ついに始まった。

これに落ちたら拠点防衛を担当することになってしまう。


「マクラウル・モーセス!」

「ふっふっふ、僕の力の一端をみせてやろう……!」


フラマとハーレンはおそらく合格する。

俺だけ脇役なんて死んでもごめんだ。


「マリリン・ヴォーガード!」

「ふん、これが試験だなんて、ヌルいですわ」


集中しろ、俺はできる。

やればできる。


「ディエゴ・ムスケル!」

「はいッ!!」


それにしても、この斧が重すぎる。

人手が足りないのは分かるけど、これじゃすぐに体力がなくなっちまう。


「エマ・バースト!」

「は~い」


そもそも木造の防衛拠点でキメラの攻撃を防げるのか?

奴らは一撃で俺の家をぶっ壊せるんだ。


「リアム・フォーク!」

「………」


そうだ、忘れちゃいけない。

奴らは母さんを殺した。


「シエラ・オウマ!」

「………」


何が何でも殲滅部隊に入って、

キメラを全て残らず叩き潰してやるんだ。


「ユルト・メルクラリス!」

「……! はい!」


手に持っていた斧を置いて、駆け足で試験官の元へ向かう。


「では始めてくれ」


深く考えなくていい。

これはただの通過点だ。

ビビってんじゃねえ。

ハーレンも言ってたじゃないか。

俺はすごい奴だ。


落ち着いて翼を錬成し、羽ばたくと同時に大地を蹴り飛び上がった。

ぐんぐん上昇して高さは10メートルを超える。

翼を広げて滞空すると、見渡す限りの山と大地が広がっていた。


「すげぇ」


その景色を目の当たりにして、俺は自由を感じた。

胸の鼓動はおさまり安らかな平穏が訪れる。

顔は自然と綻んで、万能感で溢れた。


「良し、降りていいぞ」


合図が聞こえて試験官の方を見ると、


「うおッ!」


バランスが崩れて落下しそうになる。

冷や汗をかいたが、姿勢を戻せば安定した。

今まで、下を見続けていたのが不味かったのだろう。

背中が丸まって無意識に滑空する体勢になってしまっていた。

ただそれだけのことだったんだ。


「合格だ。

 今後の活躍を期待している」

「…! はいッ!!」


やったぞ。

これで二人に追いついた。

絶対に足手纏いになんてならない。

必ず三人でやり遂げるんだ。


自分の持ち場に戻ると、手を振るフラマと笑顔のハーレンが待っていた。


談笑する三人の姿を見て試験官の男は、


(レオ、お前のとこは優秀だな)


苦楽を共にした親友の姿を思い浮かべていた。


――


昼前には全員の試験が終了して、合格者と不合格者の振り分けが行われた。


「合格した者は食堂で昼食を取れ。

 残りの者は荷馬車前に整列して待機、各拠点へ移動する」

「はぁ…はぁ…行こうぜ、腹が減って死にそうだ」

「ああ」


試験後も休むことなく木材加工に従事していたせいで、空腹はとうに限界を超えている。

とにかく何か食べ物を、いや、水を飲みたい。

ハーレンに声を掛けて宿舎に向かう。


「フラマは?」

「さあ?

 合格してたのは見たけど」


フラマはまだ気分が優れないようだ。

合格はしているようだから、また後で会えるだろう。


「ならいいか」


ドサッ。

背後で何かが落ちたのか、結構な音がした。


「ん?」


後ろを振り返り音の鳴る方を見た。

そこには倒れた一人の少女。

顔はよく見えないが、左右でまとめられたツインテールの金髪。

それはどこか見覚えがあった。


「大丈夫?!」


ハーレンが倒れた少女に駆け寄る。

ゆっくりと仰向けにすると少女の顔が見えた。


(ッ! 間違いない、この前酒場で見つけた踊り子の女の子だ)


「ユルトは先に行ってていいよ。

 僕はこの子を医務室に運んでから向かう」


この子も候補生として集められたのだろう。

ハーレンは覚えていないのか?

少女の見ると、息が荒く、顔が赤く染まっている。

緊急の処置が必要なのは確かだ。

俺が介抱してあげたいが、俺も気を抜けば倒れてしまいそうな状態。

悔しいがここはハーレンに任せよう。


「…あ、ああ」

「何してるんですの?」


ハーレンと倒れた少女の横に立つ、別の少女。

サラサラの長い茶色の髪。

つり目の整った顔立ちで、映えない制服を着ていてもカッコよく見える抜群のスタイルを持っている。


「ラウーシャ・チェイス、中毒ですわね」

「え?」


倒れた少女の顔を覗き込むとそう言った。

ハーレンは困惑している様子だ。


「ラウーシャって…」

「その子の名前ですわ。

 無様ですわね。

 力には相応の代償がつきものですのよ。

 制御できなければ命は短い。

 ハーレン・ガルシア、あなたも合格者でしょう?

 これから背中を預ける仲間の名前くらい覚えておいたらどう?」

「……」


ハーレンは固まってしまった。


「私が運びますわ」

「…いや、大丈夫だよ。

 君も疲れてるだろ?

 ここは僕が――」

「マリリン・ヴォーガード、覚えておいてください。

 女性の身体は繊細ですのよ。

 男子が触れたら我慢できないこともありますわ」

「……分かった」


ポカンと口を開けてやり取りを聞いていると、ハーレンがこちらに向かってきた。


「……行こう、ユルト」

「…あ、ああ」

「しっかりしなさい、もう大丈夫ですのよ」


宿舎に向かいながらちらっと後ろを見ると、マリリンは丁寧にラウーシャを抱き上げていた。


「まぁ、任せておけば大丈夫だろ」

「……」

「今日の昼は何だろうなぁ、楽しみだよなハーレン」

「……」


この重い空気の中、限界を超えた体で向かう食堂への道のりは10キロの持久走よりきつかった。


――


中毒とは、女神の力である錬成を使用することで許容量を超えるエネルギーが体内を巡り、身体に機能障害を起こすことである。

発熱や全身の感覚が鋭くなり、手足を自由に動かせなくなってしまう。

精神性にも影響があり一時的に興奮状態となる。

対策としては、錬成の使用を控えること。

または、制御練度を上げることで中毒の状態を克服することができる。

発症した場合は、熱が収まるまで安静にすることで症状は緩和される。


「へー、詳しいなディエゴ」


雑穀のおかゆを食べながら、ディエゴとマクラウル、そしてハーレンの4人で話をしている。


「女性の方が発症しやすいが男も例外じゃないからな。

 知識として持っておいて損はない」


先程マリリンが言っていた中毒という言葉が気になり、

ディエゴに聞いてみると詳細まで教えてくれた。


「二人はなったことあるのか?」

「僕は常に中毒みたいなものさ…。

 この左目に眠る獣が暴れるのを今も抑えているからね…。

 コイツが解き放たれたらこの世の終わりだ…。

 だが安心してほしい!

 僕が居る限りそんなことはさせない!

 世界は俺が守――」

「俺は無いな。

 大切なのは小まめな休憩と水分補給だ」

「へーそうなんだ」


ディエゴ、マクラウルと話すのはこれで3回目、いや4回目かな。

数えられるくらいだが、気が付けば話を聞き流す技術が身に付いていた。


「ふっふっふ、それでいい、それでいいんだ…。

 力を持つ者は誰にも理解されないんだから……!!」


歯を食いしばるマクラウルの目からは煌めく雫が流れていた。


――


午後の訓練が終わって空が赤く染まる頃。

夕食までの空き時間、昼間に倒れた少女ラウーシャが気になり宿舎に併設されている医務室の前に来た。


そこには錬成の酷使による中毒や訓練中の事故等で負傷した候補生が運び込まれている。

候補生の選抜が始まって2日目で4つの簡易ベッドは全て使用されていたが、不合格者の移動がされると3つの空きができた。


「失礼します」


中に入ると、そこは薄暗い小屋で人の気配はない。

医者の席には誰もおらず、どこかに出ているようだ。


音を立てないように歩いて衝立の後ろにあったベッドに近づく。

並んだベッドの一番端のところに膨らみが見える。

ゆっくりとそのベッドの傍に行くと、そこで眠る金髪のツインテール。


(やっぱりそうだ)


候補生の質素な制服を着ていても魅力的だ。

あの時の少女の姿が呼び起こされて、ラウーシャを見ていると鼓動が早くなってくる。

身体に布は被っていないので頭から足まで視線が吸い寄せられてしまう。

足までいったら再び頭の方へ――


「……ッ!」


ジト目と視線がぶつかった。


「…………誰?」


じわーっと顔が熱くなって、変な汗が出てきた。


「昼間に倒れてたのを見かけて、ラウーシャだよね?

 大丈夫?」

「………おかげさまで」


ラウーシャはゆっくりと上半身を起こして呟いた。


「えーっと、俺はユルト、よろしくな。

 また明日も頑張ろうぜ、じゃあな」

「……あ……うん」


言いたいことだけ言ってすぐに医務室を出た。

訓練で体はボロボロのはずなのに、

大した会話ができたわけではないのに、

その日の夕食は何だかとってもおいしかった。

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