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第七話 前へ倣え

日が落ちて夜が始まった。

肥育場では静かな時が流れるのだが、窓の外は沢山の火が灯されて日中と変わらない活気がある。


「もう夜なのに、王都は賑やかだな」

「私ちょっと外に出てみようかな」

「何をしに行くんだよ」

「…内緒」


フラマと二人で夜の王都を眺めている。

大通りも人は多いが、裏通りや路地の怪しげな光に興味を惹かれる。

通行人の中には深い緑の軍服姿も見える。

キメラと戦うだけじゃなく、夜は王都の秩序を守るために見回りをしているのか。

もしかしたら、近衛兵の仕事の比重はこうした雑務の方が大きいのかもしれない。


昼間から行われている避難民の対応は夜も続いている。

戸籍管理や食糧の配給。

ヲハニア中から避難してくるため一向に終わる気配がない。

このまま夜通しの対応が続けられるのだろう。


コンコンコンと扉がノックされる。

フラマと同時に後ろに振り返る。


「遅くなってすまない。

 近衛兵精鋭部隊第2班副長ゲオルグだ」


ハーレンが鍵と扉を開けた。


「お疲れ様です」


入ってきたのはガタイの良い爽やかな男。


「早速だが、少し話をしたい」

「わかりました、どうぞ。

 ユルト、フラマ」


ハーレンに呼ばれ、全員で机を囲み椅子に腰掛けた。

ゲオルグは帽子を外し、一つ深呼吸をするとゆっくりと口を開いた。


「まず、既に承知のことと思うが昨日、この天空の大地ヲハニアはキメラによる襲撃を受けた。

 その数およそ1000頭。

 中でも、これまでのキメラとは性質が異なる4頭の変異個体は戦闘力が極めて高く、危険度は計り知れない。

 君たちが昨日出会った個体もその内の1頭だ。

 白く変色した皮膚から『白変』と呼称する」


あれが変異個体。

トカゲみたいな外見のキメラ。

母さんの仇だ。


「被害範囲が広く今も住民の避難は続いている。

 王都周辺の土地の開墾は進めているが、このままでは食糧の備蓄が底をつき最終的には人同士の争いに発展してしまう。

 そこで明日の夜明け前、近衛兵と訓練兵………そして避難民を可能な限り投入してキメラへ攻撃を仕掛ける」


なるほど。

その作戦に参加して欲しいという話か。

使える戦力は全て投入。

やられる前にやるってことか。


「その間、君たちはここに待機。

 作戦が終了するまでしっかりと休息を取り、備えて欲しい」


待機?

待機だって?

俺たちも戦える。

戦いの中で成長して人類反撃の一翼になれるはずだ。


ハーレンと目を合わせた。

ハーレンはやる気だ。

フラマもついてきてくれるだろう。


「俺たちもその作戦に参加させてください!」

「それはできない。

 この作戦の目標はキメラ討伐ではなく口減しだ。

 全滅することが前提の作戦に君たちを参加させることはできない」

「…どういうことですか?」

「君たちを優先的に保護したのは政府からの命令だ。

 君たちは選ばれた、かねてより進められてきたキメラ殲滅計画、その部隊の候補生に」


——


ゲオルグさんが帰った後、3人で話し合った。

訓練の開始は一週間後。

参加は強制じゃない。

キメラと戦うということは死の危険が伴う。

それでも人類のために命を捧げられる強い意思を持つ人材を政府は欲している。

俺たち以外にも候補生は多くいて、肥育場の関係者や近衛兵、そして避難民。

若くして優秀な素質を持つ人が集められる。

近衛兵にはなれないが、俺たちの目的は一つ。


キメラを全て叩き潰す。

特にあの白変のキメラ、アイツだけは許さない。

その力を身につけられるなら、なんだってやってやる。


「覚悟は決まってる。

 キメラ殲滅計画、俺たちは必ずやり遂げる」

「ああ」

「うん」


ハーレンとフラマは答え、3人でキメラ殲滅計画の候補生になることを決意する。


——


翌日の夜明け前、総勢5万人の大部隊によるキメラ討伐作戦が開始された。

東西南北の四方に分かれてキメラに戦いを挑むが、変異個体を相手に、統率のとれていないかつ持久の考えがない部隊は2日と持たず壊滅。

生き残ったのはたった数十名。

しかし、食料問題はわずかに改善され、変異個体に関する新たな情報も得ることができた。


そこから5日後、王都周辺の土地の開墾が完了すると、避難民は変異個体の襲撃を受けた第1から第4、第6肥育場の処理に移された。

作業はすみやかに進められて建物の残骸が片付け終わると、王都ゼントルムの住人も加わり、ヲハニア総力で東西南北にキメラ防衛拠点、そして南西に広大な土地を利用した訓練場が整備された。


「この度、キメラ殲滅部隊隊長を任命されたオスカー・アイゼルだ」


100名を超える若き候補生の前に立つ白銀の髪の男。

手を後ろで組み、鋭い目つきで候補生を見回す。


「皆も知っている通り、先日ヲハニアがキメラに襲撃され甚大な被害が出た。

 我々人類が生き残るためには、この大地に侵入したキメラを全て討伐し、再び安全な領域を確保するよりほかない。

 そのためには、いかなる困難にも屈せず、必ず目的を達成するという強い意志を持った若き力が必要だ。

 これより2週間かけて人員を選抜して部隊を編成する。

 それぞれが持てる力の全てを出し切り、私とともに戦ってくれることを願っている。

 話は以上だ」


軍服の男がオスカーの前に出る。


「まずは錬成の適正度の確認からだ。

 錬成するのは――」


男の背中から大きな翼が生えた。


「翼だ。

 これは錬成物の中でも最高難度であるが、我々はこのレベルを求めている。

 それでは構造を解説していく」


俺はやってやる。

この選抜試験をクリアしてキメラを殲滅する。

手を強く握りしめて、真っ直ぐ前を向いた。


――


「ぜーはー…ぜーはー…なんで飛べないんだよ!」


地面に背中が引っ付いたように体が動かない。


「翼はできてるけどね」


フラマとハーレンがこちらを覗いてくる。


「フラマは気楽でいいよな」

「私、天才だから」


フラマの余裕そうな顔を見ると腹が立ってくる。

明日は適正判断のテストがあって、これに落ちたら拠点防衛に回されることになる。

ハーレンはもともと翼を錬成できたから問題はなかった。

フラマも今日初めて練習して飛べるようになるまで成長した。

俺は翼の錬成はできたのだが、どうにもうまく飛べない。

高度が上がるとバランスが崩れて飛行状態が維持できないのだ。



「なぁマクラウル、だっけ?

 教えてくれよ、どうやって飛行を維持してるんだ?」


左目に眼帯を付けていて、ぱっつんで切り揃えられた髪型の男。


「ふはーはっはっは!

 いいだろういいだろう教えてやろう!

 それはこの左目に眠る闇の力のおかげさ!」


ふざけた奴だが一日で翼をものにしていたから確実に才能を秘めている。


「いやそういうのじゃなくて、

 飛ぶときに意識していることとか……」

「君には僕の苦悩は理解できないだろう…!

 力に飲み込まれないように常に疼く左目を制御しているんだ……!」


マクラウルは左目を抑えながら呟いた。


「あー……」


意味が分からない。

こういう時何て返したらいいんだよ。


「ディエゴって言ったよな?

 助けてくれよ」


同じ年とは思えない高身長と鍛えられた肉体を持つ短髪の男。


「あはは、そうだな。

 ユルトは翼を出すことはできてただろ?

 俺は錬成するときが一番苦労したから、うまく助言ができるか分からないんだが」


コイツも今日飛んでいる姿を見た。

話を聞けば何か飛べるきっかけができるかもしれない。


「やっぱり気合と根性じゃないか?

 とにかく数をこなして体に叩き込む。

 そしたら自然と身についてると思うぞ」


確かに、数をこなすというのは一理あるかもしれない。

でも気合とか根性とか、感情論っぽい感じが好きじゃない。

コイツの脳みそは筋肉に浸食され始めているのだろう。



「リアムだよね?

 君も今日飛べたって聞いたんだけど……」


小柄で右目の上に傷がある男。

髪型はオールバックでどこか野性味を感じる。


「何の用だ」

「飛ぶときのコツを教えてほしいなと思って……」


無言の圧がすごい。

ジーっとこちらを見つめてくる。


「これは選抜試験だ。

 ライバルに教えて何の得があるんだ?」

「それは……」


それはその通りだ。

何の反論もでない。


「もういいか?

 疲れたんだ」


愛想はあまり良くない。

何故か飛べる奴は皆一癖ある奴ばかりだ。



日が落ちてから時間が経ち、消灯時間も過ぎたころ。

明日の試験が気がかりでまだ眠れずにいた。


「ユルト、何か収穫はあった?」

「あんまり参考にはならなかった。

 癖のある奴ばっかりで」

「あはは、そっか」


雲が晴れて月が見える。


「それよりいいのかよ、明日も早いんだから寝ないと。

 ハーレンらしくない」

「ああ、ユルトの元気がなかったから」

「とにかく明日は頑張ってみるよ。

 もうそれしかないみたいだ」

「そう…だね」

「ん?

 なんだよ」

「その、なんでだろうなって。

 翼も錬成できて、一度飛べたならあとは自由に動けるはずなんだけど…」

「知らねえよ、実際できないんだから」

「…もしかしてユルト、高いところが怖いのか?」


少し耳が熱くなった。


「そ、そんなわけないだろ!

 バカにしてんのか?!」

「僕は最初、怖かったから。

 でも見える景色と一緒に僕の気持ちも変わった。

 やってみれば意外とできるんだなって」

「…そうかよ」

「ユルトならできるよ。

 ユルトは自分で思ってるよりすごいやつだ」


何を根拠に言っているのかは分からない。

ただの慰めの言葉なのかもしれない。

でも、ハーレンの言葉は誰よりも信じられる。

不思議と自信がついて、気がつけば目を閉じていた。

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