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第四話 白い翼

 空を見上げる。

 ハーレンは翼を広げて滞空しながら周囲を見下ろして、飛び出した。

 どうやら見つけたみたいだ。

 ハーレンを追いかけてゼントルムの中心街に向かって走り出した。


 ハーレンは錬成により翼を生成することができる。

 錬成に必要なのは、自身の体力と生成したい物体の理解だ。

 簡単に言えば、錬成物が大きいほど疲れる。

 そして、生成したい物体への理解が深いほど錬成速度が速い。

 理解というのは、それはどういう形で、どういう構造で、何をする物なのかということ。

 翼は元来、生物の身体の一部であるため、武器等に比べて構造が複雑で錬成難易度が高い。

 加えて、生成した翼を操作する際も体力を消費するため、すこぶる燃費が悪い。

 会得できるのは、時間をかけて勉強した訓練兵の二割に満たない。


 ハーレンが翼を錬成できる理由を俺は知らない。

 レオナルドの特訓でも教えてもらったことは無いし。

 あれは才能というものなのか。

 それとも陰で努力しているのか。

 俺はまだ翼を錬成できない。


 上を見れば、ハーレンは器用に翼を操りながら看板や建物を避けて荷馬車を追いかけている。

 荷馬車はそれほど速くない。

 こういう状況になったとき、宝玉を守るための訓練もやってきた。

 ハーレンがバテる前に捕まえて、盗人を成敗してくれるだろう。


「うぉッ!」


 ハーレンに気を取られ過ぎた。

 目の前には荷物を抱えたおばさんが一人。


 ―ハーレン視点―


 ガシャン。


 背後で何かがぶつかる音が聞こえた。

 見ればユルトが体勢を崩し、通行人が倒れ、荷物が散っている。

 気にも留めず再び前を向いて――


 バン。


 ちょっとした建物の出っ張りに翼が引っ掛かった。

 体勢を崩してしまい、次は看板へ衝突。

 転がりながら落下していく。

 歯を食いしばりながら姿勢を直し、翼を下にして受け身を取る。


「くッ…!」


 転がりながら起き上がって走り続けると、丁度横でユルトが並走している。


 ―ユルト視点―


「何してんだよハーレン!」


 ハーレンを追いかけて走っていたら落ちてきた。

 カッコつけて翼を使うからだ。

 いやそのおかげで見つけられたのはあるが、

 居場所が分かったんなら解除して走って追いかければいいだろ。

 翼を使えば、ただでさえ疲れるのに建物や看板も多い。

 走った方がまだマシだ。


「……お前のせいだ」

「はぁ?」

「ユルトが変な気起こさなければ今頃帰れてた!!」


 ハーレンが叫び、前を見れば障害物。

 一度距離を取り、人を避けて、木台を飛び越えて詰め寄る。


「後になって何だよ!

 ハーレンだって納得してたろ!」

「そもそも、こんなバカと二人だけで来たのが間違いだったんだ」

「何だと…!」


 再び人と物が道を阻む。

 足と足の間に滑り込み、手を使わず跳ね起きる。


「あのお姉さんに見惚れてた奴が良く言うぜ」

「あれは…! 仕方無いじゃないか!」


 ガッ。


 そして、石畳の段差に足を引っかけて、二人同時に転んだ。


「「はぁ…はぁ…はぁ…」」


 仰向けで倒れ、建物の隙間から見えるオレンジの空を見上げる。


 もうダメだ、追い付けない。

 荷馬車を見失った。


 全身が煮え滾り、つま先、指先、顔の血の巡りがはっきりわかる。


「「はぁ…はぁ…はぁ…」」


 何だか、変に冷静になってきた。

 宝玉を盗まれたらどうなるんだっけ。

 取られたから反射的に追いかけてはいたけど。

 怒られるのかな。

 そんな軽い罰じゃ足りないか。

 でもしょうがないよな。

 ………。

 …………。


 しょうがなくないな。

 俺のせいか。


 ぼーっとする意識の中で、二人の視界に複数の銀閃が見えた。


「はぁ…はぁ…あはは…助かった」


 ほっと胸をなでおろす。

 それは何度か見たことのある技。

 あの銀閃の正体は錬成により生成された剣が高速で飛ばされ、その刀身に光が反射して見えるもの。

 通常、錬成物は体から離れると操作できなくなるというのが常識である。

 錬成物を投げるだけなら誰でもできるが、あれだけの数を緻密に操作できる者は一人しか知らない。


 剣が目の前を通過して数秒後、ガガガと石が割れるような音、そして、一太刀の音が響く。


 どうやら終わったみたいだ。

 よかった。

 本当によかった。

 正直、一匹いなくなったところで代わりはいくらでもいると思うのだが。


 もういいか、考えなくても。

 問題は解決してる。


「おいおいおいおい」


 頭の方から聞こえてきた足音。

 少し顔を上にあげて見ると、洒落た口髭の男が呆れ顔でこちらを見下ろしている。


「何してんだ、お前ら」


 レオナルドが立っていた。


 ――


 荷馬車を回収して宝玉の無事を確認した後、先程の大通りを歩きながら宝玉の引き渡し場所へ向かう。

 迷惑をかけた人には謝罪をして、激怒しているおじさんやおばさん、被害の請求はレオナルドが対応した。


 しばらくの沈黙が続いていたが、引き渡し場所で宝玉の検査が始まるとレオナルドが尋ねた。


「なんで盗まれたんだよ?」


 当然の疑問だ。


 しかしどうしよう。

 酒場に入って女の子の踊りを見ていた、なんて言えるわけない。

 話したくない。

 答えちゃだめだ。

 絶対に怒られる。


 ハーレンは正直に言ってしまうのか。


「「…………」」


 横目でちらりと見るが、ハーレンが口を開く様子はない。


「はぁ……あのまま持っていかれてたら俺の首だけじゃ済まなかったぞ」

「…ごめん、レオナルド」

「…ごめん」


 ハーレンが即座に謝ったので続いて謝罪する。


「宝玉の状態、全て問題ありません」

「よし、早急に王城へ運べ」


 もし宝玉に問題があれば大変なことになっていたかもしれないが、何もないならいつもと同じ。

 ただ少し時間が遅れただけだ。


 安心して顔をほころばせていたところ、

 まだ俯いているハーレンにレオナルドが小さな箱を手渡した。


「次のホウギョクだ。

 わかっていると思うが、一度でも盗まれたり献上が遅れたりすれば使命の遂行が困難と判断されて関係者全員が処罰の対象になる。

 ユルト、余裕そうな顔してるがお前も例外じゃねぇぞ」


 レオナルドと目が合い、緩んだ口を閉じた。

 つばを飲み込んで目線を下にずらす。


「なんだよ、ビビっちまったか?

 要するに、いつも通りの仕事をすればいいってことだ」


 レオナルドはズボンに入っていた請求書を、宝玉の検査をしていた近衛兵の胸ポケットに突っ込んだ。


「ちょっとレオナルドさん、何入れたんですか」

「よし、ほら行け、もうホウギョクから目を離すんじゃねぇぞ」

「被害請求書……こういうのはご自分で処理してくださいよ」


 近衛兵の男は心底嫌そうな顔をして嘆いている。


「今日は一緒に来ないの?」


 ふと疑問に思った。

 今日は運搬の5日目。

 毎回、必ずしもついて来るわけでは無いのだが。

 今日はついて来るのだろうと、ずっとそう思い込んでいた。


「ああ、王宮に呼び出しくらってな。

 代わりに優秀なねーちゃんがそっちに行くから仲良くしてヤれよ」

「ちょっと、無視しないでくださいよ」


 明日は別の人が監査に来るのか。

 これまでレオナルドと他の人という組み合わせはあったけど。

 全く別の人だけが来るというは初めてだ。


「わかった」

「おう。

 ハーレンも切り替えていけよ、じゃあな」


 レオナルドの掛けた言葉でハーレンの表情はいくらかマシになった。

 そして荷馬車に乗り込むと急いで帰路に就く。


 請求書は無事、王都財務所に届けられたが、被害額の小ささから処理されることは無かった。


 ――


 夕方、急いだ甲斐もあり、門限にある程度の余裕を持って第三肥育場に到着できた。

 道中ハーレンと会話することは無く、終始無言だった。

 明日からの監査について母にレオナルドの代わりが来ることを伝えた後、荷馬車の片づけを手伝いにハーレンの元へ向かった。


 ハーレンを手伝おうと考えていたが、馬と宝玉は小屋に戻されており、荷台の片付けもほとんど済んでいた。

 もう手伝えることは残っていないように見える。

 しかし、今日はハーレンに迷惑をかけた。

 そして何度も助けられた。

 ここは何か、こちらから言わないといけない。


「ハーレン、あの、なんか手伝おうか?」

「……いいよ、もう終わるから」


「今日はいろいろ大変だったな」

「………」


 会話が続かない。

 でもここで黙るのは気まずい。


「でもいい体験ができたんじゃないか?」

「………」


 何を話すのが正解なのか分からない。

 いやそもそも、俺のせいで大変な日になった。

 それに何度も、


「ハーレンのおかげで、ホント、助かったよ」

「………」


 いや、違う。

 もっと言うべきことがある。


「あのー、ごめん、なさい」


 ハーレンは毛布をたたんで棚にしまうと、振り返ってこちらを向いた。


「今日は散々だったよ」

「ごめん」


 本当に申し訳ない気持ちだ。


「今後こういうことは一切やめてくれ」

「分かってる」


 真っ直ぐハーレンの目を見ることができない。


「でも、いい体験にはなった」

「うん………え?」


 予想外の一言だった。

 見れば嫌そうな顔と笑った顔が入り混じったような表情。

 100パーセントの笑顔ではないけど、何か久しぶりにハーレンの笑った顔を見た気がする。


「今日はよく眠れそうだよ」


 これは大丈夫と判断していいのだろうか。

 ちゃんと仲直りできたのだろうか。

 でもこの雰囲気なら、少し心配ではあるが明日になれば元通りになっていると思う。

 それにしても本当に疲れた。

 さっさとご飯を食べて水浴びをして寝よう。


 ―


 夕暮れの赤い光を浴びながら家に向かって歩く。

 目を細めながら夕日を見れば、じりじりと地平線に近づいていくのが分かる。


「そういえばハーレンは近衛兵になりたいのか?」


 ハーレンの翼を初めて見た時から気になっていたこと。

 それがふと頭をよぎった。


「なんだよ急に」

「ハーレンは使えるだろ、翼。

 だから、そのために練習してるのかなって」

「別にそういうんじゃなくて、たまたまだよ。

 監査に来た近衛兵の人の翼を見よう見まねでやったらできたんだ」


 近衛兵が目的じゃないのか?

 それにしても、こういうのを才能というのだろう。

 見てできるなら俺が先にやってる。

 それとも俺がとんでもなく下手な可能性も。

 いやそんなことは無い。

 きっとハーレンがすごいだけだ。


「で、近衛兵になるのか?

 ならないのか?」

「ならないよ。

 考えたことはあるけど。

 やっぱり死ぬのは怖い」


 なんでこう悪い方に考えてしまうんだろうか。

 せっかく才能があるんだから、それを生かせばいいのに。


「一生、宝玉のお世話なんてつまらないだろ」


 ハーレンは足を止める。


「相手は人類を絶滅の直前まで追い込んだ怪物だぞ。

 そんな化け物に喰われて死ぬよりマシだ」


 だからなんで悪くなる未来を前提にして話すんだろう。

 やっぱりハーレンは悲観的過ぎる気がする。


「夢がないなぁ。

 レオナルドや母さんだってできるんだから、

 俺たちも時間をかけて特訓すれば楽勝だろ」


 小さな鳥の群れが頭上を通過する。


「ユルトは楽観的過ぎる。

 レオナルドやリリーおばさん、なによりキメラを舐め過ぎだ」


「ヒヒィーーン!!」


 背後から馬の鳴き声が響く。


「だからそれ以上に強くなればいいだけの話だろ」


 強い風が体に吹き付ける。


「僕は正直、キメラを見たことないけど、

 この家よりでかい獣が急に現れたら勝てる気がしない」


 夕日を雲が覆い、辺りに薄い闇が広がる。


「それに強くなればいいって言ったけど、

 それまで奴らが待ってくれる保証はどこにあるんだ」


 バシャンと巨大なガラスが砕けるような音と振動が響く。


「ギュイイイイッ!!」


 雲が晴れ、夕暮れの赤い光に照らされ輝く、大きな身体と翼を持つ白い獣。

 その咆哮を受けて、少年の安易な考えは妄想と散り、

 浅はかな器は受け止めきれない現実と恐怖で満たされた。

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