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第二話 青春の日常

 肥育小屋の隣に併設されている木製の建物。

 この肥育場で働く人が寝泊まりできる設備が整っている。

 そこの広間にある椅子に、滑り落ちてしまいそうな体勢で座る水色の髪の少年。


「はぁー疲れたー、もう働きなくねぇよー」


 午前は肥育小屋の掃除と給餌、そして宝玉の体調確認。

 大した仕事ではないがとにかく数が多い。


 目の前にある大きなテーブルにはパンと野菜のスープが人数分用意されている。

 スープの具は少なく一見質素に見えるが、これでも贅沢な食事である。


「弱音言ってないでしっかり食べなさい。この後はホウギョクの運搬があるのよ?」


 リリーは上品にスープをすすりながら注意する。

 午前は肥育小屋の管理、午後は王都へ宝玉の運搬というのが一日の仕事の流れである。


「行きたくない」

「何言ってるの、今日はユルトとハーレンが二人で行くんでしょ?」


 そんなこといつ決まったんだ。

 今日はなんかやけに疲れた。

 どうしても動きたくない。

 何を言われても動く気はない。


「ごちそうさまでした」


 パンとスープを綺麗に食べ終わったハーレンが食器を片付けようとユルトの背後を通った。

 途中、ハーレンは腰を曲げてユルトの耳元で囁く。


「ユルト、忘れたのか? 例のお店に行くんだろ? 早く行けば自由な時間も増える」


 ハーレンは何もなかったかのように歩き出して台所の水に食器をくぐらせた。


 胸の鼓動が早くなって、よみがえるのは小さなトキメキ。

 先月、宝玉運搬中に王都で見かけた同い年くらいの女の子。

 少女は暗い道の奥にある酒場の裏口から出て来た。

 彼女を目にした時、妙に魅せられて心が弾んだ。

 そのお店に入ってみたくて、その女の子に会ってみたくて。

 普段、宝玉の運搬には母さんともう一人で向かうのだが、ハーレンに例のお店に行きたいと伝え協力してもらい、母さんにしつこくお願いしたのを思い出した。


「ごちそうさま、私は部屋に戻るから入って来ないでね」


 フラマはそう言うと食器を片付けて二階への階段を上がって行った。


「そうか、よし行こうハーレン! 先に荷馬車の準備始めててくれ!」


 体の疲れが嘘のように吹っ飛んで、ウキウキでパンとスープを食べ始めた。


「………勝手な奴」


 ハーレンはボソッと呟いた。


 ――


 肥育小屋前。

 用意された馬車の荷台にはふかふかの厚い布が敷かれており、あとは宝玉を乗せるだけのところまで準備がされている。


「もう少しこっちに寄せて」


 薄布でくるんだ宝玉をユルトとハーレンの二人で運ぶ。

 ハーレンは宝玉を乗せる位置を確認しながらユルトに指示を出す。


 ハーレンのこだわりはいまいち分からないが手際はよく仕事も一番早い。

 ちゃんと考えがあって行動している。

 要するにできる奴だ。

 だから言われた通りにやっていれば失敗はない。


「ふふふ、こっちから見てると二人がすごい力持ちに見えるわね」


 傍で見ていた母さんが声を掛けてくる。


「別にそんな重くないよ」


 確かに見た目はずっしりしているから小麦粉の大袋くらいの重量があるように見える。

 実際はもっと軽い。

 足元に敷かれているこの厚い布と同じくらいだろうか。

 一人でも持てる重さだ。


「ゆっくり置いてね」


 ハーレンの声に合わせて、腰と膝を曲げて慎重に、宝玉をふかふかの荷台に乗せた。


「日が落ちる前には戻るのよ」


 荷台を布で覆って外から見えないようにしてユルトとハーレンは馬車に乗り込む。

 ハーレンが手綱の握り、ゆっくりと馬車は動き出した。


「ドキドキしてきた」


 お店に入ったら、あの子がいて、他にも綺麗なお姉さんがいて。

 妄想は膨らんでいくが実際どうなのか分からない。

 とにかく楽しみで仕方がない。


「僕もだよ」

「やっぱりハーレンも興味あるんじゃないか」


 ハーレンは、乗り気じゃなかった。

 お酒は飲めないとか、楽しいところじゃないとか、僕らにはまだ早いとか。

 ハーレンだって何も知らないくせに、まるで母さんみたいに言ってきた。

 でも頼れるのはハーレンしかいない。

 だからお願いした。

 何度も何度も、良いって言うまで。


 少し悪いなと思ったが、そんな心配もいらなかったみたいだ。

 やっぱり男なら多少は興味出てくるよな。


「ユルトと二人だけで仕事がこなせるのか不安だからだよ」


 勘違いだった。


「そうかよ。まぁいいや、ちゃちゃっとこいつを送り届けて夢の時間を楽しもう!」

「……そういうところだよ」


 馬車は進む。

 夢と不安と芋虫を乗せて。



 ――



 ―天空の大地ヲハニア 西領域 上陸地点―


 大地の端には東西南北の計4つ上陸地点がある。

 ヲハニアから流れ落ちている川の水が目印だ。

 その付近には上空2000メートル辺りから強力な上昇気流が発生しており、地上作戦に参加した者はその気流に乗って帰還している。


「27、29……60、61」


 先頭で指揮をしていた若い男。

 帽子とゴーグルを外すと白銀の髪と整った顔立ち。

 彼は辺りを見回す。


 ひん死の状態で倒れ込む新兵。

 膝をついて息を切らしている近衛兵数名。

 そして、腕を組み整列する近衛兵の精鋭。


 初めと比べると随分数が減った。

 しかしこれは当然の結果だと言える。

 翼の維持と操作には多量の体力を消費するため、地上に降りて無事ヲハニアに帰るだけでも相当な使い手と判断されるからだ。

 加えてキメラとの全力戦闘ができる者は現役の近衛兵の中でも半分に満たないだろう。

 その条件の中、本作戦参加者105名の内72名が新兵のため、61名の生き残りは妥当な数である。


「これで全員か、報告を」


 一人の近衛兵が白銀の髪の男に近寄る。


「報告します。

 生存者61名、内近衛兵31名、新兵30名。

 キメラ討伐数、東部隊27頭、西部隊25頭、北部隊25頭、南部隊37頭、合わせて114頭、以上です」

「やるなー、南部隊」


 4つに分かれた部隊はそれぞれ討伐数を達成した後に帰還するため目標は必ず達成される。

 キメラ討伐数は各部隊長が保証し責任を負うこととなり、部隊長は作戦指揮者によって選定される。

 実績があり、かつ信頼に値する者が任命されるため、虚偽報告等は特に問題視されていない。


「注目!!」


 作戦指揮官である白銀の髪の男の号令で全員が姿勢を正した。


「皆の力により本作戦の目標は達成された。

 今回生還した新兵諸君は自らの努力と類まれなる才能を証明したことになる。

 よってたった今から王都ゼントルム近衛兵として認められる。

 これより王都に帰還し兵士の本分に努めよ、以上だ」

「「はッ!!」」


 各員は馬に乗り、荷物と余った馬を連れて王都に向かう。

 約150キロメートルの道のりは自身の気持ちと考えを整理する有意義な時間になるだろう。


 ――


 ―天空の大地ヲハニア 西領域 農業地区―


 キメラ討伐部隊が帰り道で必ず通るのがこの農業地区。

 西領域ではヲハニア全体で消費される約4割の食糧を生産している。

 大変重要な仕事であるが、生産物のほとんどは王都へ納めなければならないため生産者の受ける恩恵は少なく、頑張りに見合う成果がない職業である。

 生産者に就く経緯としては、借金で生活が立ち行かなくなった者が連れて来られたり、罪人の労働場所として提供されたり、とさまざま。

 親が生産者である場合、原則、子も生産者となる。

 そして、生産者となった者は転職の自由が認められなくなる。

 一番大きな理由としては食糧生産量の維持がある。

 この仕組みにより食糧は安定的に供給されるが、代わりに、一度嵌ったら抜け出すことができない底辺職として広く認知され、貧富の差も拡大するばかりだった。


 不満を抱く生産者に残された打開の道はただ一つ。

 それは、王都近衛兵になることであった。


「帰ってきたぞ」


 畑から遠くに見えるのは馬に乗って走るキメラ討伐部隊の姿。


「随分と数が減っているじゃないか」

「俺の子は、俺の子は帰ってきたか!?」


 ヲハニア全土から募る訓練兵は過酷な訓練、死を伴う危険な任務がありながらも毎期、集まる人数は受け入れ可能数を大幅に超過していた。

 無論、全員が訓練兵となれるわけではなく、ある一定の才能を示せなければ即刻門前払いとなる。


「あいつ、生き残った新兵の母親か?」

「見てみろ、あのはしゃぎ姿。

 子供が生き残って喜んでいるんじゃない。

 自分が王都に住めるのが嬉しいんだ」


 才能とは、錬成の力が扱えること。

 これができなければ話にならない。

 現在、人口の約3割に適正があるという調査結果があるが真偽のほどは定かではない。

 その確率を超え、全ての訓練をこなし、最終試験であるキメラ討伐作戦を完遂した者が王都近衛兵と認められる。


「そんなに王都で快適な暮らしがしたいのかよ」

「あんなのは命を賭けたギャンブルみたいなもんさ」


 王都近衛兵となった者には専用の宿舎が与えられ、2親等以内であれば同居が認められる。

 そして同居人は生産者であっても別職業への転職が可能になる。

 複数人で生活するには少し手狭に感じるかと思うが、給与や手当による収入が多いため王都で新たな暮らしを始めるに十分な生活基盤を手に入れることができる。


「生き残れば家族揃って上流階級の仲間入り、失敗すれば残された家族は死ぬまで農作業に従事する」


 極めて危険でハイリスクな賭けだが得られるリターンは最上級の待遇であり、今の現状と将来を鑑みれば、十分に検討する価値のある選択肢だった。


「お前らがこれから喰う食べ物は誰の畑で作られると思ってるんだ」


 自分が王都近衛兵にならずとも、2親等以内の誰かで良い。

 一番現実的な方法は、自らの子を王都近衛兵として育て上げることだった。


「王都で暮らしてる奴なんて自分のことしか考えない怠け者に決まってやがる」


 そのため、王都で暮らす者、

 とりわけ、農業地区から王都へ移り住んだ者には多くの不満の声が上がっていた。



 ――



 ―天空の大地ヲハニア 王都ゼントルム南区 宝玉引渡し場所―


 王都ゼントルム。

 ヲハニアの中心に位置する唯一の都市である。

 直径約60キロメートルの巨大な円形になっており、中央には王城。

 その他は民家や商店が所狭しと並び、全人口の6割以上がここで生活している。

 敷地には限りがあるため高い建物も多く、王都と外はまるで別世界である。


「レオ」


 そんな熱気と活気で溢れた商店街の一角。


「レオ」


 右手に酒瓶を持ち口を開けて寝る洒落た髭面の男。


「起きろレオナルド」


 王都近衛兵の腕章を着けたこの男。


「あー?」


 現在、就業中である。


「何飲むだけ飲んで寝てんだよ」

「あー、ホウギョクは? あいつら来たか?」

「まだ来てねぇよ、今日は昼過ぎに届くって話だったよな?

 もう来ても良い時間だと思うんだが……」


 宝玉は成熟後、管理者によって王都まで運搬され近衛兵の担当者へ引き渡される。

 そこから王城へ、最終的に女王の元へ届けられる。

 宝玉の運搬は5日間連続して行い、2日間の休み、この間隔で繰り返される。

 こうして各肥育場は年間約200頭の宝玉を女王に捧げている。


「心配すんな、まだ14のガキどもだが仕事はきっちりこなす奴らだ」

「お前が面倒見てる子たちだろ? 怠け者にならないといいな」


 宝玉の肥育場には管理監督責任者として王都近衛兵が1~2名が割り振られている。

 運搬のない2日間の休みには各肥育場を監視、改善、または宝玉防衛のための訓練を目的として近衛兵の責任者が出向く規則となっている。


「俺ほど良い人生の教師はいないぞ」

「お前、戦闘以外に教えられることあるのか?」

「あいつらのところに行ったらな、まずはこうやって酒を飲む」


 レオナルドは手に持っているのとは別の、机に置かれた酒瓶を掴んだ。


「うめえ。そんで横になる、日が落ちるまでな。

 それから夜になったらガキどもにこう言うんだ。

 俺みたいになるなよってな」


 レオナルドの話を聞いていた近衛兵の男は目を細めて首を傾げる。


「何が言いたいのかさっぱり分からん」

「はっはっは! 何かあったら責任を取るのは俺。好きにやらせてもらうってことだ」

「勝手にしろ。

 ただ――


 近衛兵の男はレオナルドが左手で掴んでいた酒瓶を奪い取った。


「この酒は俺のだ」

「チッ、あっそう」


 近衛兵の男は酒瓶の残りを全て喉に流し込んだ。


(大丈夫だよな、あいつら)


 仕事をしていれば腹が減って喉も乾く。

 適度な水分補給は必要だ。

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