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第8章

 高校の卒業式が無事終わり、実に自由なその後の夏休み、ロリとエリの友人たちはそれぞれ卒業旅行へ出かけてしまい、特に旅行の予定がないのは彼女たちふたりくらいなものだった。


「だってわたし、学費のほうは奨学金がでるけど、他の部分のフツーのお小遣いみたいなものが、1ドルも今後は親からもらえないことになってるからね。だから、早速とばかりバイトでもなんでもしなきゃなんないのよ。だけどロリ、あんたはママやパパにねだれば、旅行の費用くらいだしてもらえるでしょ?わたしのことは気にしないで行ってきなよ」


「ううん!わたしなんてさあ、割と早くに推薦で進学先も決まったのに……そのあとも、特にアルバイトとかしてこなかったしね。卒業旅行のために費用溜めるとかしてたら良かったんだろうけど……結局、車の免許取ることくらいしかしなかったし」


「えー、でもさあ、ロリが車の免許持ってるって意外だよねえ。乗っけてもらったらなんか、五秒後に事故ってそうな感じするのがなんだけど!」


「言ったわね!だけどわたし、お母さんの車を運転して、今もあちこちドライブしてるもんね。まあ、今年の夏、みんなを乗せてワンボックスカーを運転する自信まではまだないけど……でも、これからふたりでどっか行ったりしようよ。海外旅行とまではいかなくても、首都近郊をちょっとドライブしたりするだけでも、きっと楽しいよ。わたしとエリのふたりだったら」


「ん!そうだね」


 ――そうなのだった。まわりのみんなが卒業旅行の話で盛り上がっていたため、今年からはもう夏のキャンプはとりやめになるのだろう……そう、ロリもエリも思い込んでいた。ところが、女子たちのほうではすっかりその心積もりだったようなのだが、男子たちのほうから『今年はキャンプやらねえだって!?高校卒業して、最後の夏キャンだぞ!?やらねえって法があるか』というような話運びになったらしく、結局のところ今年もキャンプのほうは開催されることに決まっていた。


「でもさあ、大学進学してからもまたキャンプとかやってたら、マジで受けない?ウチら」


 そう言ったのは、運転席に座っていたオリビア・ホランドだった。彼女は去年とおととし、あんなにラース・リンカーンとラブラブだったのに、高校卒業付近で別れてしまったという。ゆえに、二台あったワンボックスカーのうち、片方の運転席にオリビアが、またもう一台のほうにはラースが座るという形になっていた。


 ちなみに、今年のキャンプのメンツは以下のとおり。ルビーレッドのニッサン・セレナに乗っているのが、エミリー・イーストンにドミニク・キャメロン、それからエリと恋人のクリス、ロリが誘ったら彼女についてきたノア・キング……二台目のエメラルドのエスクァイアに乗車しているのが、ラース・リンカーン、ライアン・ハドソン、エイドリアン・ランドン、ルーク=レイ・ハミルトン、また、何故かここにベンジャミン・モリソンも加わっていたわけである。


 また、最後の一台は例の運転手付きストレッチ型リムジンで、リサ・メイソン、マリ・ミドルトン、エレノア・ワイアット、シンシア・グレイソン、それに彼女の恋人であるジェイムズ・コルビーが乗車していた。


 オリビアとラースは、どちらかの浮気が発覚したということもなく、比較的円満に別れていたことから――仲間内の間で気詰まりだといったことは一切なかった。どちらかというと、「え?なんでアイツら一緒にくんの?」、「オレらの高校最後の夏、最後の夏キャンだってのにさ」、「まあ、べつにどうでもいいっちゃどーでもいいけど……」と、先発の二台の車の同乗者たちは、後ろからやってくる黒ピカの霊柩車のような車に対し、首を傾げつつ容認していたというわけだった。


 実際、ロリもリサから「ノアと一緒にこっちくればいいのに」と誘われていたが、やはりこれから中・高時代の仲間とはほとんどバラバラになってしまうのである。セレブ組はその全員が、そのままエスカレーター式にも近い形で(一応試験はあるとはいえ)マリアンヌ大へ進学していたわけだが、こちらは彼女たちのような金持ち名門大学とは違い、三流大学へとりあえず進学することになった者もいるわけで――ロリはそのあたりのことで気を遣いたくなかったし、もしかしたらこのメンバーで集まることは今後そう滅多にないかもしれないという気持ちから、ルビーレッドのセレナに乗車することのほうを選んでいた。


「リサたちといるほうが気楽とかなら、ノアだけそっちでも全然いいんだよ」


「ええっ!?あー、いや、なんかべつに……どうせあいつと一緒にいたら、ロリとはどこまで進んだんだだとか、そんなことしか聞かれないってわかってるし。この間もさあ、まだキス以上の関係じゃないとかって言ったら、『あんたインポ?』とか、そんなことしか言わないんだもんな。オレはロリとの関係を大切にしてるんだって言ったら、『ふう~ん。あんたって男としてつまんない奴!』って言って、電話ガチャ切りしやがった。だから、いいんだよ」


「…………………」


「あ、オレはインポじゃないし、全然健康元気だよっ!あいつは自分が気に入った男を適当に食うような感じで寝てるから、すーぐそんなふうにセックス・マウント取ってきやがんだ。ずるいよな」


 ノアがこんな話をしていると、前の座席のエミリーとエリ、それにクリスの三人からくすくすと忍び笑いが洩れてくる。


「セックス・マウントかあ。これからあたしたち、社会に出ていったらセクハラだなんだ、きっと色々あるよね。恋人いない奴よりいるほうが偉いとか、結婚してて子供いるほうがいない家庭より偉いだの、そういう価値観とは生涯戦ってかなきゃなんないんだろうなあ」


 エミリーは少し変わった価値観の持ち主だった。そして、自分のことをアセクシャルだと名乗ってもいる。つまり、恋愛とかセックス、そうしたことにあまり興味がないのに、「興味のないオマエはおかしい」という世間の価値観にいずれは自分も負け――なんとなく結婚し、子供が出来るというのが目下のところ、彼女が一番恐れていることだという。


「でも、エミリーならもしかしたら逃れられるかもしれないよ」


 エリとエミリーに挟まれた形のクリスが、眼鏡を上げながら言う。クリスは眼鏡をかけた細面のブロンドで、体型のほうも中肉中背だったが、不思議と男子・女子、両方から好かれていた。


「ほら、うちの大学でもフェミニストで有名なアンダーソン教授の傘下に入るんだろ?『男と女の性が平等でないのは何ゆえか』なんつーことをだな、歴史を遡って学び、現代における性的格差を是正する……ってゆーのかね。そうした女性に対しては、社会のほうでも敬意を払って『それが正しゅうございます』とお辞儀するものなんじゃないか?」


「じゃ、そうじゃない女たちはどうなるのよ?」


 エリが、素朴な疑問を恋人に呈する。


「だから、ようするにそれが意識の違いってことなんじゃないかな。ある会社に同じ比率で男女が混在して働いてたら、放っておくと大体似たようなパーセンテージでセクハラとやらは発生する。今はコンプラだなんだで、どこからがセクハラかだのいう講義を受けさせられていてさえ、完全に防ぐことは難しい。まだ社会経験もないぼくがこんなこと言うのもなんだけど、基本的に狙われやすいのはそうした知識のない、脇の甘い女性なんじゃないかな。飲みに行って体を触られても、それをアウトだと上司に言えないタイプ。実際のところ、知性の低い女性のうちには、セクハラにあってるだけなのに自分がモテてると思って喜ぶ女性だっているという話だし……」


「あーもうっ!クリス、あんたはほんと、お話にもならないお馬鹿な男だわねっ」


(これだから男って、ほんっとなんにもわかってないっ!!)というように、エリがぷいと顔を背ける。それを見ていたエミリーがくすくす笑い、それが助手席のドミニク、運転席のオリビアにも伝染し――車中は女子たちの大笑いで満ち溢れることになる。


「でもまあ、クリスの言うことも一理あるっちゃあるわよ」


 自分の言った言葉の何がおかしかったのか、まったく理解してないクリスのほうを振り向き、ドミが言う。彼女もまた、スポーツ推薦によりテニスの強豪大学へ入学することになっている。


「ほら、うちの年の離れた姉さん。たかが……なんて言っちゃいけないけど、スーパーの陳列係の上司がね、ブラッド・ピット似のイケメンらしいの。で、飲みに行って突然酔っ払った振りしたついでにディープキスしてきたらしいのよ。向こうは既婚者なのにどうしようとか、次の日、一日中ひとりで騒いでたわ。わたしが思うにはね……そういうズルい男ってのが、この世界には結構いるものなんじゃない?結婚してて子供もいて、責任もあるから離婚はできない。でも、女房以外の女ともセックスしたい――となったら、どう?お手軽に体の関係だけで済ませられそうな女を見たら、どうにか口説いてモノにしようってことになるんじゃないの?姉さんの上司の偽ブラピも、話聞いてると、まさにそんな感じなのよ。ディープキス事件以降、思わせぶりな態度を取ってはくるけど、最後の一線を越えるのは君からにしてくれっていうのかしらね。『それでもいいから、わたしあなたに抱かれたい』と女のほうから意思表示してきたら、そりゃもう自分の責任じゃなくて相手の女の責任なわけじゃない?たぶん、偽ブラピは何人もの女にそんな形でエサをまいてるんだろうけど、姉さんが気の毒なのはね、自分がそんな女のひとりにすぎないって気づかないってことなのよ。う~ん、そうだな。クリスの言う知性がないっていうのはようするに、ある意味純粋すぎるってことでもあるんじゃない?」


「ドミ、あんたおもに片想い専門なのに、なんでそう人のことだけはクリアーに見えて的確に分析できるのかしらね」


 運転中、隣のドミにハンバーガーやジュースを出してもらいながら、オリビアが笑う。彼女はこのキャンプが終わったら、ユトランド共和国で第三都市と呼ばれるデューケイディア市にあるカークデューク大という有名大学のほうへ進学する予定である。元恋人のラースは首都にある大学へ進学することになっているので、ふたりが別れた理由はいってみれば距離的な問題だったといえる。


「むしろ片想い専門だからよ。それに、わたしだってね、姉さんのことを『馬鹿じゃないの?』なんて笑えないわよ。恋愛ってあくまで当事者間のものじゃない?わたしだってプラピ似のテニスコーチなんてのが現れて、他の生徒と同じように厳しくしごかれてるだけだってのに、『自分だけはコーチにとって特別なんじゃないかしら』なんて思い込む可能性は大ですもの。すなわち、それが相手を好きになるってことなわけじゃないの。恋は盲目とはよく言ったもんだわ。実はコーチが特別に才能があると思ってたのはわたしじゃないって、はっきり目の前で見せつけられるまでは……そのことに少しも気づきゃしないって意味でね」


 ――このあと、運手席のオリビアは助手席のドミニクと、二列目の座席のエミリーとクリスとエリは三人で、それから後部席のロリとノアはふたりでなんとなくコソコソ話すということになった。途中、お互いに大好きな曲がかかって全員で盛り上がったり、前列のふたりが後ろの誰かの会話に割り込んだりなど、色々楽しかったり、何気ないことで笑いあったりもした。こういう時の、仲間内にだけ特有の、それでいてあまりに当たり前すぎる空気感を……ロリはこの時初めて、心からありがたいものだと感じたかもしれない。


 今までは、学校へ行けば会えるのが当たり前だった仲間たち。けれど、これからは色々なことが変わっていってしまう。そのことを、ロリは今は悲しいとは思わなかった。でもそれでいて――今そう思い、感じたことをのちに思いだし、もしかしたらそれを青春の最後の残り香のように感じるかもしれないということは……なんとなく漠然と、今から予感されていることだったのだから。




 >>続く。






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