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第1章

「40-0(フォーティ・ラブ)!!」


 ルーク=レイ・ハミルトンがサーブを決めると、マリ・ミドルトンは右サイドに反応はしたが遅く、打ち返すには至らなかった。


 だが、次の一打は若干球威が落ちており、マリはかろうじて打ち返してのち、果敢なネットプレイによってルークから点を奪い返した。


「40-15(フォーティ・フィフティーン)!!」


 アンパイア席に座り、点数をカウントしていたロリ・オルジェンは、陽射しの暑さに思わずサンバイザーに手をやった。ロリはずっと――ジュニアスクール時代から、ふたりのテニスの試合を見続けてきた。中学時代まではマリも幼なじみのルークに勝利を収めることもあったが、テニスが(正確にはスポーツ全般)強いことで有名なロイヤルウッド寄宿学校へルークが進学して以降、ふたりの力量には明らかに差がつきはじめていた。


 もちろんそれは、高校生になってから急激に背が伸びたルーク=レイとの男女の性差における部分も大きくはあったろう。隣同士の屋敷に住むマリとルークは、お互い六つか七つの頃からテニスをはじめ、最初コーチから才能を認められたのはマリのほうだった。生来がのんびりした性格のルークは、勝気で負けず嫌いのマリとは違い、技術の部分でセンスの違いを彼女に見せつけられても――淡々としたものだった。同じテニス部の男子生徒から「女に負けてんぞ!」、「しかもフルセットいってねえ!」などと揶揄されても、まったく気にする素振りすら見せなかったものである。


「40-30(フォーティ・サーティ)!!」


 けれど、この時は逆に、続け様に2セット奪ったのはルーク=レイのほうだった。マリも確かに粘りに粘り、40-30からデュースとなり、その後一度アドバンテージを取りと、幼なじみから恋人へ昇格した彼にそう簡単に勝利を譲りはしなかった。


「ちょっとおっ!ルークあんた、か弱い女相手に何本気だしてんのよ!!ちっとは空気読んで、たまにはわたしに勝ちをプレゼントしたらどうなの!?」


「何言ってんだよ。手を抜いて負けたら負けたで、怒りだすくせして……」


 試合が終わると、マリとルークはベンチに並んで座り、スポーツバッグの中からタオルを取りだして汗を拭いた。替えのラケットも着ているテニスウェアも何もかも――そのすべてにブランド物のロゴが入っている。ミドルトン家もハミルトン家も首都ユトレイシアにおいては名家として知られており、家柄が良いというだけでなく、超のつくセレブのお金持ちでもあった。


「ふ~、あっつー。今日ってさ、ロリ、三十四度まで気温上がるって言ってたっけ?ほら、天気予報でさ……」


 スコアボードをつけたりボールを拾ったりと、忙しく走りまわっていたエリカ・オースティンが、タンクトップの胸あたりをぱたぱたさせて言った。エリカ(愛称エリ)は、牧師の娘で、ゆえに家庭内の雰囲気としてロリが近しいものを感じていたのは彼女のほうだったと言える。


「うん。マリもルーク=レイもすごいよね。こんな暑い中、あんな汗だくになってテニスしたりして……わたしだったら試合はじまって二十分もしたらぶっ倒れちゃいそう」


「何言ってんのよ、ロリ!ほんとの試合じゃこのくらい暑いのなんてよくあることなんだからっ。だから、普段からこのくらいの炎天下で特訓しとくのが超大切なのよ」


 ――ルーク=レイはごくごくスポーツドリンクを飲むばかりで、親友三人娘の会話には、普段からあまり入ってくることがない。そして、そのことにロリもエリも慣れっこになっていたから、今ではほとど気にしていなかった(「ほら、あいつ男子校でしょ?だから、三人も女を相手に話したりできないダサダサな奴なのよ」というのは、恋人マリの弁である)。


 けれど、この時は流石にマリに肘でつつかれると、ルークも口許を拭ってのち、もごもご返事をしていた。


「……そうだな。オレもこっちに帰ってくる間、マリがテニスの相手してくれて助かってるよ。ほら、ロイヤルウッドのあるあのあたりってど田舎の超のどかなところでさ、気温的にも夏は三十度越える日が何日かあるかどうかってとこだから」


 ルーク=レイの通うロイヤルウッド寄宿学校は、ユトランドの国中の親が息子を通わせたいと願う超エリート校だった。首都ユトレイシアから見て、北東の田舎町に位置しており、その町にはパブが数軒あるきりで、いわゆるクラブのような場所すらない。広大な敷地を有する校舎のまわりは、無限に思われるほどの牧草地や農地だけが遥かに広がるばかり……という、青少年が勉学とスポーツに励む以外、特に選択肢が何もない場所だった。


「…………………」


「…………………」


 ルーク=レイの、タオルを首にまわした背中を見ながら、ロリもエリも黙り込む。彼と彼女たちの関係というのは、大体がこんな感じのものだった。一応、小学と中学は同じ学校に通いもしたし、家も近所だ。けれど、ルークと「普通に」話せるのはあくまでマリだけであって、どことなく貴公子然とした容貌のルーク=レイと話すのは、少しばかり気後れがしてしまう。


「ねえ、今日あんたたちうちに来て、ウィンブルドンの試合見ない!?」


「う、うん……」


 ロリが口ごもって返事すると、エリがすかさず言った。


「わたし、今日ダメなのよ。ほら、今日木曜だから教会で聖書研究会があって、親父が出席しろだなんだ、うるさいから」


「あ、オレもダメだよ。中学時代のラースやライアンなんかと会う約束があるから」


「ふうん。じゃ、ロリだけでもうちにおいでよ。まあ、あとから見返すのに全部録画しとくんだけど、やっぱスポーツ観戦はライブが最高だもん!」


 三人のこの返事を聞いて、ロリはほっとした。いや、正確にはエリも入れて親友娘三人組で会う分には、その理由がスポーツ観戦であれ映画鑑賞会であれ、ただのダベリ会であれ、理由なんてなんでもいい。けれど、エリもおらずマリとルーク=レイと自分の三人というのは……いつでもなんとなく気詰まりだったから。


 このあと、四人はマリの屋敷へ取って返し(ちなみにテニスコートのほうは、マリの家の広い敷地内にある)、レモネードをご馳走になって帰ってきた。そういう時、ミドルトン家ではハウスキーパーの女性がお茶の用意などをし、大抵は高級菓子店のそれが出されたものだった。


 ロリはいつでも、ルーク=レイに自分から話しかけることはないし、それは向こうも同じだった。マリは特段そのあたりの微妙な空気に関して何も言うことはなく、そもそも気にすらしてないようだった。けれど、プールを見渡せるティールームでレモネードを飲んでいた時――ママレードサンドイッチに手を伸ばしながら、マリはあくまで何気なくこう言った。


「エリは彼氏いるからいいとして……ルーク、あんたさあ、ロリに誰か紹介してくんない?あんたの友達の性欲に飢えた奴とかじゃなくて、もっとちゃんとした感じの、真面目な将来性のある好青年系のハンサムくんとか希望なんだけど」


(男子校には性欲に飢えてない奴なんか、誰ひとりとしていやしないって)と、マリとふたりきりであれば、ルークも即座にそう返したに違いない。けれど、正直にそう言えない以上、彼としてもどう返していいかわからなかった。それで、ついいつものように黙り込んでしまう。


「いっ、いいよ、マリ。わたし、彼とかそういうの、特に欲しいってわけじゃないし……」


「だって、今年の夏キャンプ、もう来週じゃん。高校二年にもなると、みんなすっかり色気づいちゃって、ほんとに好きとか真剣かとか、そんなの関係なくカップルでやって来るじゃん。わたしとルークはそんなベタベタな感じじゃないけど、オリビアとラースとか、もうお互いのことしか目に入ってないみたいなオーラだしまくってるし。とりあえず、誰でもいいから誰かいたっていうほうが、ロリも居心地いいかなと思って」


「う、うん。そうだよね……じゃあわたし、今年の夏キャンプは行くのよそうかな」


「えっ!?ロリやめてよっ。あんたが行かないんなら、わたしもキャンプ行くのなんて全然気が進まないっ。ほら、あんたも知ってるでしょ?あたし、クリス・ノーランドのことなんて、ほんとはそんなに好きじゃない。向こうから告白っぽいことしてきたからつきあってるってだけで……そうだよ。今のこの歳になるまで誰ともつきあったことないとか恥かしいみたいに思って、なんか一緒にいるってだけだもん。この上ロリまでいないとなったら……」


(そんな夏キャンプ、行く価値なんてないっ!)と、エリが本音を口にする前に、マリがエリの好物のフルーツタルトを口許まで持っていく。


「しょうがないなあ。わたしだってロリもエリもいなかったら、毎年恒例のキャンプなんて行ったって、ルークと一緒なだけじゃつまんないことこの上もないし……」


「そんなこと言ったら、オレだって行きたくて毎年行ってるってわけじゃないよ」


 何故かこの瞬間、四人はほとんど同時に目があうような形で、どっと笑った。そうなのだ――首都ユトレイシアの中でも指折りの高級住宅街、アストレイシア地区では、近辺の子供たちを集めて、毎年夏には近郊のキャンプ場へ行くのが恒例行事だった。そんな形でマリもルークもロリもエリも、自然と毎年キャンプしに出かけていった。だが、お互いそれぞれ別の高校へ通うようになると、そろそろそんなキャンプも卒業していい頃合である。けれど、マリが高一の夏休みにみんなが集まった時、こう言ったのだ。それぞれバラバラになった中学時代の仲間たちと、夏に一度だけ集まってキャンプをしよう、と……。


 そんなわけで、高一の夏は郊外にあるキャンプ場まで出かけていき、中学時代の友人たち+彼らが連れてきた全然知らないクラスメイトや彼氏彼女たち十数名で騒いで過ごした。そして去年は、この時の顔ぶれとは何人か入れ替わりがあったものの――ユトレイシアから二時間半ほどドライブしたところにある避暑地のキャンプ場まで出かけていった。さらに今年はそことは別のキャンプ場、サヴァラント地方と呼ばれる場所の、遊園地と動物園、スキー場がそばにあるキャンプ場へ出かけるという予定であった(無論、スキー場については夏場は一般客に解放していない)。


 このような近場にあるキャンプ場や施設といったものは、そもそも首都育ちの子にとっては飽き飽きするほど行き飽きている場所であり、これが家族で行くバカンスなら、「そんなダサいとこ行くんなら、家にいて友達とパーティしたほうがいい」といったところだったろう。けれど、それぞれ別の高校へ進学した友人たちと顔を合わせるというのは殊のほか楽しいもので、「場所ではなく会えることに意義がある」ということでは、みな等しく一致していたわけである。


 けれど、ロリが「今年はキャンプよそうかな」と言い、エリが「あんたが行かないならわたしも行かないっ」といったように慌てて言ったことには理由があった。去年、マリが聖マリアンヌ女学校にて仲良くしているというリサ・メイソンという女生徒を連れてきたのがその原因だった。マリは少々校則が厳し目の有名校に通っていたが、彼女はキャンプにビールと大麻を持ちこみ、ハイになって騒ぐということをやらかしていたから――今年も、何やら気まずいゲームをやらされて、誰か好きな相手の名前を白状させられたり、好きでもない男子と罰としてキスしたり……苦くて美味しいと思えないビールを苦笑いしながら飲んだりと、ロリは正直、「リサ?ああ、うん。今年も来るって」とマリから聞いて以来、そのことでは悩んでいたのだ。


 実のところ、リサの存在が原因で、中学時代の友人らは軒並み「もうキャンプとか、わたしたち卒業する頃合じゃない?」といったように話し、「あのリサって子が来るなら、オレたちもちょっと……」と、みな今年のキャンプ参加には難色を示していた。結果、マリとリサの高校における取り巻き数名と、「誰でもいいから彼女にあんたんとこの男子校の子紹介してよ」と頼まれたルークが、合コンよろしく何人か連れてくることになっているという。


(確かに、そんな中で彼氏もいなくて参加するなんて、ちょっと自殺行為めいてるわよね……エリは「大して好きじゃない」なんて口では言いながら、クリスとは結構いい仲だし、いざとなったらふたりきりでテントかバンガローにでも閉じこもればいいからいいとして……でもわたしの場合、ひとりぼっちでどうしていいかもわかんない状態に追いこまれるかもしれないものねえ)


 にも関わらず、ロリが迷っているのには理由があった。何故なら、最初に「行かない(正確には行きたくない)」と言った時、マリとエリの両方から大反対されたからだ。もちろん、この親友ふたりに対しては珍しいことだが、ロリははっきりその場で「リサが来るからだよ」とは言えなかった。もちろん、エリのほうではそのあたりのことを当然察していたものの……マリについて言えば単に、「彼氏がいないから気まずい」といったようにしか受け取らなかったようだ。


 もちろん、ロリは知る由もない。ロリに誰か紹介しろとマリに言われて、(リアムは巨乳のAV好きだし、ベンジャミンは体鍛えるしか脳のないマッチョだし、ジェイムズは軽くホモっぽいし……ダメだ。ろくな奴がいねえ)などと、ルークが頭の中で友人の写真を順にスワイプしていたことなどは……。




 >>続く。






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