2 pigritia
ー2nd sin pigritiaー
ある日の昼休み。
廊下に出た私の目には落ちている雑誌が目に入った。
広報部が作っている校内紙だ。
ミス研の学校で起きたちょっとした事件。
文学部の精鋭が書く物語。
学校の予定などなかなか読んでて面白いもの。
拾い上げて見てみると表紙には
《で、出たぁぁ!化学室の幽霊!》
なんていう明らかにオカルト部主催であろうタイトルが乗っていた。
少し気になりページを開こうとした瞬間
「へぇ、君がね。」
前から歩いてきた生徒に言われた。
『消えたい』
小さい声が聞こえた。
「何か用?……え?」
後ろを振り向くとすれ違ったはずの生徒はいなくなっていた。
今起きた現象を考えようとした瞬間
「あ〜か〜ね〜!!ご飯食べよぉぉぉぉ!」
私とは真逆な元気な声が廊下に響く。
私はすぐそこの棚に校内紙を置いて
「わかったから。落ち着いて。」
ダッシュで向かってくる彼女に言った。
彼女は桜 日和。
家が隣で白雪家の生業のことも知ってて幼い頃から付き合いがある。
つまり幼なじみで唯一の理解者。
今私は2組、彼女は5組でクラスは離れているがほとんど毎日一緒に昼休みをすごしている。
タンッタンッタンッ
コツコツコツ
異なる2つの足音が階段を昇っていく。
晴れた日は屋上でご飯を食べるのが私たちの日常だ。
「生憎の雨だねぇ〜。」
日和が残念そうに言った。
雨の日は1つ上の階のランチスペースで食べる。
「そうね。晴れ予報だったのに。」
「うぅ。雷鳴ったらどうしよう……。」
肩を落として彼女は言った。
「あら?雷苦手だったかしら?」
「ええ?!紅音知らないの?!雷雨の日には化学室に幽霊が出るんだよぉぉぉ(泣)。」
脳裏にふとさっき見た校内紙の表紙が浮かんだが。
「……そんなのデタラメよ。」
「わかんないじゃん!!」
プクっと頬を膨らませて彼女は言った。
ランチスペースに着き、空いてる席に座る。
「いただきます。」
「いただきます!」
向かい合ってお弁当を開けた。
「そういえばこの間のあの権能騒ぎどうなったの?」
日和の耳にも入っているとは思わなかった。
「別にいつも通り処理しただけよ。そんなに有名な話になってるの?」
「うーん。まぁ力を持った人が人だったからね〜。
井上くんってやんちゃで有名だからさ。でもそれによって権能に興味を持つ人が増えたと思う。」
人の影響力は怖い。
「大罪人が増えることはめんどくさいわね。」
「これ以上仕事が増えたら紅音倒れちゃうよ……。」
「仕事が増えることは別に平気よ。蒼も探さなくちゃいけないし。」
目の前の日和は何故か少し悲しそうな顔をしていた。
「日和どうしたの?」
「……蒼くんは今どこにいるんだろうって思って。元気なのかなとか。だってもういなくなって10年だよ。」
10年。そんなに時は経ってしまったのね。
「大丈夫よ。私の家系はそんなに弱くないわ。絶対どこかで生きてる。」
「そう……だよね!きっとどこかで元気に暮らしてるよね!」
少し暗い雰囲気になった中無言で食べ続ける私に気を使ってか彼女が話をしだした。
「さっきの話に戻るけど、雷雨の日に出る幽霊って化学室は化学室でも旧校舎の方らしいよ?」
「旧校舎……立ち入り禁止になっているはずなのによくもまぁ目撃情報なんて出るわね。」
「本校舎から窓に写った人影を見たとかそれを調査しに本校舎に行ったらいたみたいな感じらしいよ?」
「へぇ……。」
「絶対興味ないじゃん!」
「ええ、ないわ。幽霊なんてバカバカしい。」
食べ進める手を止めず私は言った。
その瞬間
ひらっ。ぱさっ。
机に紙が落ちてきた。一体どこから。
「きゃあ!」
日和が悲鳴をあげる。
「どうしたの?!」
紙に目をやると
『本当に幽霊がいるとしたらどうする?断罪者さん?』
とあった。
「どどど、どうするの?!紅音!幽霊さん怒ってるよ!」
「怒ってたら多分なにか危害を加えてくるわよ。」
だから落ち着いて。といいかける私は違和感を覚える。
確かに私は断罪者だがそんなのを真に受けて信じてるやつなんていない。それにさっきの消えた生徒のこと……ということは。
「まさか。」
「紅音……?どうしたの?」
「明日の授業後にでも行ってみなくちゃ。」
「ねぇ、どうしたの?」
考え込んでぶつぶつ言う私を心配してか日和は私を揺さぶった。
「あぁ……ごめんなさい。大丈夫よ。」
「さっき、行ってみなくちゃって言ってたけどもしかして旧校舎に行くの?」
「ええ。確かめたいことがあるの。」
べつに隠す必要もないので私は言った。
「なら私も行く!」
「え?」
あっけにとられる私を他所に彼女は言葉を続けた。
「何するか知らないけど紅音だけで行ったら無茶なことするかもしれないじゃん!それに明日は晴れの予報だから幽霊も出ないはずだし!」
いや、旧校舎は危ないところもあるかもしれないから私だけでいい。そう言いかけたが
キーンコーンカーンコーン
「やばい!これ予鈴じゃん!移動教室なの忘れてた!じゃあ紅音明日授業後迎えに行くからちゃんと待っててね!!」
彼女は走って行ってしまった。
「ちょっと日和!……はぁ。」
日和には悪いが明日は待たずに1人で行ってしまえばいい。そう思いながら教室へ戻る道を1人で歩いていく。
外は変わらずのひどい雨で窓ひとつ開いていない。
なのにいきなり風が吹き抜けた。
そしてその刹那私は確かに聞いた。
「明日、楽しみに待ってるよ。」
耳元で言う楽しそうな声を。
次の日
昨日の声のことを考えながら授業後を迎え予定通り日和を置いていこうとした……が、そんな日によって帰りのHRが長引いてしまい日和が待っている状態になってしまった。最悪すぎる。
「私のクラスの方が早く終わるなんてついてるね!」
「はぁ……早く帰りなさいよ。」
「嫌だよ。危ないことするかもしれないでしょ?」
「もし私がしなくても巻き込まれたらどうするの?」
「それは……そうだけど……。」
「なら帰って。足でまといは必要ない。」
突き放すような言い方をする。
別に嫌われたっていい。
「じゃあ!旧校舎の中には入らないで待ってるから!」
置いて歩き出そうとした私のバッグを掴んで彼女は言った。
しばらく無言で見つめ合う時間が過ぎる。
こうなったら彼女は意地でも言うことを聞かない。
「……はぁわかったわよ。でも本当に中には入ってこないで。」
「わかってるよ!」
私たちは歩き始めた。
「ねぇ、どうして急に旧校舎なんて行こうと思ったの?やっぱり危ないんじゃ……」
重苦しい空気の旧校舎の目の前で彼女は言った。
「昨日の紙を書いたのが恐らく大罪人だからよ。」
「えぇ?!」
「断罪者なんて言い方、私が気に入らないやつでもしないわ。」
「つまりそれって……。」
「誘われているわ。」「誘われているってこと?!」
同時に言う。
「ねぇわかってて行くの?!余計に危ないじゃん!」
「でも、それが私の仕事だから。」
じゃあ行くわ。何も言えなくなった彼女にそう言って私は旧校舎へと歩き出した。
コツコツ ギシッ……
思ったより……暗いわね。電気が通っていないことは盲点だった。
今の校舎に陽の光を阻まれている旧校舎はかなり暗い。
なるべく危なくない所をスマホのライトを手がかりに探しながら少し軋む廊下を歩く。
化学室は2階のはず……あった。
化学室を見つけ、中に入ろうとするもドアの建付けが悪く上手く開かない。
多少手荒な手段に出るか。
と構えると
「あーあーダメダメ。先生に言っちゃうよ?」
と耳元で声がする。
「貴方、誰?」
「思ったより冷静だね。」
「早く姿を現して質問に答えなさい。」
言いながら後ろを向いた。
そこには廊下に備え付けられた棚しかなかった。
「あはは!断罪者ってせっかちなんだね。それとも君だけ?」
少しずつ棚の上に輪郭が浮かび上がる。
だんだん色がつき人の形になった。
胸元にはリボンをつけているがスラックスを履いている。
上に着たパーカーのフードを深く被り下を向いているため顔はよく見えない。
「私は余計なおしゃべりが嫌いなだけよ。」
「へー僕もあんまり好きじゃないよ。」
嘘はもっと嫌いよ。と言おうとしたが上げられた顔を見て私は困惑した。
細く白い肌に綺麗な顔をしている。そう、男なのか女なのか分からなかった。
女子にしては低めの声だが喉仏は見えない。
「そんな顔できるんだね。みんなと同じ顔でつまらないけど。」
「貴方はだれ?」
「ひどいなぁ前にも1回会ったのに。僕は布敷ねむり。君と同い年だよ。性別は……どっちでもないや。」
「布敷……。あぁ。」
1年生の時に聞いたことがある。
病弱でなかなか学校に来れずにいたがその綺麗な顔と白い肌から『ねむり姫』なんて言われていたわね。
「そう。君が思ってるので合ってるよ。ねむり姫。」
私の思考を見透かしたように言った。
「昨日、すれ違ったあと消えたのもあなた?」
「そうだよ。」
「学校に来れるようになっていたのね。」
「うん。もうかなり良くなったからね。」
「それは権能のおかげで?」
「いいや。それは違うよ。」
「あなたの罪の名前、そして権能は?」
「それより僕と遊んでよ。ずっとつまらなかったんだ。」
『消えたい。』
被せるようにそう言った布敷は消えてしまった。
「ちょっと……?!」
「かくれんぼしようよ。僕を探して。大丈夫ちゃんと実体で隠れるからさ。」
どんどん遠ざかる声に隠れに行ってしまったことがわかる。
はぁ。少し今わかった情報を整理したい。
まず名前は布敷ねむり。年齢は17。権能を持ってはいるけれど何の権能かは分からない。恐らく『消えたい』という言葉で消えるか透明になるかできる感じね。
足場に気をつけながら進んでいく私。
階段の前に来た時急に風が吹きバサバサっと紙が揺れる音がした。
揺れた紙は落ち私の足元へ。
『Do you feel strange about the world?』
階段の手すりを見ると
『Yes→2-1 No→3-1』
とある。
世界に違和感……あるとしても見たくないと思ってきた私はどっちなんだ。
私は2-1へ進むことにした。
中に入ると前の黒板に質問が書いてあった。
『Do you have a past that you want to undo?』
『Yes→2-3 No→1-5』
……。
静かに2-3へと足を進めた。
やり直せるなら蒼を守りたいからだ。
『Are you a doll?』
『Yes→3-3 No→家庭科室』
私は人形なんかじゃない。
急に変な質問をするのね。
家庭科室ってどの階なのかしら。
階段まで戻りそこにある校内図を確認する。
1階らしい。私は階段を降りた。
家庭科室はすぐに見つかった。
ドアを開けようとドアの前に立つとそこには紙が貼ってあった。
『You are foolish girl!』
バカにしているのかしら。少し怒りを覚えたがドアを開けた。進まないことには意味が無い。
またそこには質問。
『Do you want to know what he is doing now?』
彼……?
私の頭には1人の顔しか浮かばない。
『Yes→3-2 No→化学室』
でも布敷があの子を知っているはずない。
そう思ったのに私の足は3-2へ向かっていた。
3-2のドアにも貼り紙。
またおちょくるつもりかしら。
『Are you ready to know?』
ツキリとした痛みを感じた気がした。
それでも私はドアを開けた。
『Ao says 「I hate you 」.』
黒板に大きく書かれた文字
なんなのよ……。
主語はAo、私の知っている蒼なの……?
大きな混乱が私を包み込む。
『→化学室』
その文字を認識することが限界で私はその場に立ち尽くした。
……
……
どれくらいの時間が経ったのだろう。
そろそろ行かなくては。
布敷を裁くため、黒板のことを聞くため。
ガラガラ
化学室には誰も居なかった。
まだふざけた遊びをするつもりなのかしら。
「やっと来たんだ。てっきり帰ったのかと思ったよ。」
バサバサッ
突然、突風が吹き、壊れた窓にかけられたボロボロのカーテンが翻る。
思わず目をつぶり、目を開けるとそこには居なかったはずの布敷の姿があった。
「待ちくたびれたよ。どうだった?」
ニコニコしながら聞いてくる姿に少し苛立つ。
「ふざけたお遊びだったわね。さぁ今度こそ教えてもらうわよ、罪の名前を。」
「怠惰だよ。」
なんともあっさり答える布敷に私は少し驚いた。
「素直に答えるのね。」
「君相手にこれ以上強情張って何になるの?」
「そう。理解出来ているのは素晴らしいことだと思うわ。さぁ審判の時間よ。」
空間へ飛ばされる。
私が何かを言う前に布敷は語り始めた。
「僕は……昔から自分が何か分からなかったんだ。産まれた時は男だったはずだけどそこまで背は伸びず、声変わりもそこまでしなかった。でも女にしては高い背に低い声。僕は男でも女でもないって気づいたんだ。男扱いされるのも女扱いされるのもしっくりこなかった。病気で肉がつかずに色が白いせいもあるかな。病気の治療もしんどいし、いつまた入院になるか分からない。もう疲れたって思った時に夢で言われたんだ。強く願えばいい。って。だから僕は願ったんだ。『消えたい』ってさ。そしたら願いが叶ったんだよ。彼は本当に神様だったんだ。」
恍惚の表情を浮かべる布敷に不気味さを感じる。
そんな私をよそに更に布敷は語った。
「断罪者は罪人の話を聞いて権能を奪ってそのまま社会に戻すか、殺すかするんだよね?ならさ殺してよ。この権能がなくなるぐらいなら僕は死にたい。」
「それは後で決めることよ。それより『彼』って誰?そいつから力をもらったの?」
「君は何も知らないんだね。彼は彼だよ。彼が教えてくれたんだ力を授かる方法をね。」
話が通じない。ニタニタ笑いながら彼を連呼する布敷に苛立ちが増し、布敷の首に鎌を構える。
「その彼が誰かを聞いているのよ。早く答えろ。」
ははは怖いねぇと私を見たあと満面の笑みで布敷は言った。
「彼は蒼だよ。君の大好きな弟さ。」
なんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデ?
「色んな人に言ってるらしいよ?権能を得る方法。なんか『こうやって話してるのが権能がある証拠だろ?』って言ってさ。他にも断罪者のこととか罪人がである事がバレたらどうなるかとか教えてくれたんだ。でも簡単に信じられるわけないだろ?馬鹿馬鹿しいし。んで白雪蒼を調べるうちに彼には姉がいることがわかったんだよ。だから聞いたんだ。『お姉さんは?』ってそうしたらさ『嫌いだ憎いよ』だって。大変だねぇ。って聞いてる?おーい。」
布敷の声が遠くに聞こえる。
上手く考えられない。
「ねぇってば!」
強く揺すぶられてハッと正気に戻った。
「はぁ。で?どうするの?殺してくれるの?」
「……まだあなたには聞きたいことがあるわ。権能だけもらう。」
「え?!なんでだよ!もう解放してくれよ!この世界からさ!」
「全てが終わったら考えておくわ。」
わめいて逃げようとする布敷の手を素早くとる。
そして「じゃあまた。」と言い布敷を現実へと戻した。
闇の中で1人佇む私の手には青い炎がゆらめいていた。
ー断罪完了ー残り5人