クラスメイトの美少女が半グレ風の男に絡まれていたから助けたら家族だった
「はぁ~彼女欲しい」
「あれ、隣のクラスの山崎さんと付き合ってたんじゃなかったっけ?」
「…………浮気された」
「乙」
「ああもうどこかに一途で可愛い女の子が居ないかなぁ!」
「山ほど居るでしょ。シュンの女運悪いだけで」
「ぐはぁ! そんなこと言うなよ、カイ」
朝から暗いと思っていたら、こいつまた彼女に浮気されたのか。
どうりで彼女とではなく俺と一緒に昼飯食ってるわけだ。
「適当に声かけるからだよ。本気じゃないから相手にも本気にされてないんじゃないの?」
「だからってカイみたいに慎重すぎるのもなぁ。やっぱり当たって砕けろで行動しないと当たりは手に入らないじゃん?」
「全部砕けてるから結局手に入ってないじゃん」
「それは結果論だ! やらないよりやる方が可能性が高いに決まっている!」
「そこは同意するけどさ、やり方を考えた方が良いんじゃないかってこと」
「ならアドバイスくれよ~」
「俺が彼女いない歴=年齢だって知ってるだろ」
「はぁ、つっかえ」
「なにおぅ?」
この失礼な奴が、俺こと高梨 魁人の幼馴染であり腐れ縁の近藤 俊介だ。
小中高と一緒のいわゆる幼馴染で、高校二年生で同じクラスになった。
「じゃあいっそのこと寝屋川さん狙ってみたら?」
同じクラスの女子、寝屋川 胡桃さん。
彼女は俺達が通っている高校の有名人だ。
可愛くて巨乳で誰にでも優しい人格者だけれど、頑なに彼氏を作ろうとしない。
その理由が恋愛する気が無いのではなく、家庭の事情のせいだと彼女は言っているらしい。
噂では男子が告白して断られる時に『家の事で迷惑をかけるから』と言われるんだってさ。
「それこそ砕けるのが目に見えてるだろうが」
「分からないぞ。定型文で断られても、気にしませんって言えばワンちゃんあるんじゃね? そういう図々しいの得意だろ」
「図々しいんじゃなくて男らしいって言うんだよ。それになぁ……」
恋愛に関しては猪突猛進なシュンにしては珍しく及び腰だ。
「まさかシュン、あの噂信じてるんじゃないだろうな」
寝屋川さんには悪い噂が流れている。
いわく、半グレとの付き合いがある。
いわく、実家が暴力団の関係者である。
いわく、家族に殺人犯がいる。
恐らくは彼女の男子人気に嫉妬した女子が流した根も葉もない噂だ。
こんな噂を信じている奴なんて誰一人もいないだろう。
そう思っていたのに、あろうことかシュンが信じていたなんて。
「もちろん信じてないんだが、見ちまったんだよ」
「何を?」
「寝屋川さんがいかつい男と一緒に歩いているところをさ」
「は?」
そういえば、シュンと似たようなことを言っている男子が居たな。
てっきり振られた腹いせとか、何かの勘違いかと思っていたのだが。
「それ本当に寝屋川さんだったのか?」
「多分……いや、分からない。遠目からだったから確信持てない」
「なんだよそれ、じゃあ別人だろ」
「俺もそう思いたいんだけど、その時のいかつい男がスゲェ怖い見た目でさ。もし仮に寝屋川さんとあいつが繋がってるかもと思うと……」
「怖くて踏み出せない、と」
シュンがそんなに怯えるなんて、どれだけ狂暴そうな奴だったのだろうか。
「まぁでも分かった。万が一が怖いってことか」
「そういうことだ。チキンで悪かったな」
「ちなみにその話は?」
「誰にも言うわけないだろ」
「だよな」
こんな話を言いふらしたら寝屋川さんの悪い噂がもっと広まってしまう。
シュンはそのことをちゃんと分かっていて、黙っていたのだろう。
根は良い奴なんだけどな、どうして彼女と長続きしないのだろうか。
「まぁ、てなわけで、俺は寝屋川さんはパスだ。それにさ」
「それに?」
「カイが好きなんだろ。なら尚更手を出さねーよ」
「え?」
こいつ気付いていたのか。
極力表に出さないように気を付けていたのに。
「伊達に幼馴染やってねーよ」
「はぁ……参った参った」
「というわけで俺からのアドバイスだ。慎重なのも良いが、大胆に行動するのもモテる秘訣だぞ」
「わーってるよ」
でもさ、俺は別に寝屋川さんのことに詳しいって訳じゃないんだ。
見た目や性格が好みだけれど、その性格だって他人向けの作られたものだろう。
彼女の内面を何一つ知らずに好きですなんて言いたくなかった。
シュンに言わせると、そんなの付き合ってから徐々に知れば良い、合わなかったら別れれば良い、らしいけどさ。
俺にはその考えは無理だ。
これが慎重なのか、ヘタレなのかは分からないけれど、少なくとも俺らしさなのだと信じたい。
――――――――
「高梨くん?」
「寝屋川さん?」
ある日の放課後、交差点で信号待ちをしていたら、寝屋川さんが横に居た。
「律儀にちゃんと待ってるんだね」
「寝屋川さんこそ」
というのも、周囲を車が一台も走ってないのだ。
しかも歩いている人も見かけない。
小さな交差点なので、無視して渡ってしまっても誰も怒らないだろうが、青になるのをちゃんと待っているという意味の会話である。
「高梨くんって帰りこっちだったんだね」
「ああ、うん」
この偶然の出会いは寝屋川さんと仲を深めるチャンスだ。
ここで印象を残して、学校でも気軽に話をする間柄になる。
そして徐々に彼女のことを知り、同時に俺の事も知ってもらう。
しかし残念ながら、信号機の待ち時間はあまりにも短く、チャンスのように思えた時間はあっという間に消滅した。
「それじゃあ、俺はこっちだから」
「バイバイ」
嘘をついて同じ方向へ進んで会話を続けたいとも思った。
だが一緒に歩いて帰ったら、誰かに見られてあらぬ噂が流れてしまうかもしれない。
それ故、泣く泣く俺は独り寂しく歩む道を選んだ。
はぁあ、やっぱり俺ってシュンの言う通りにチキンなのかなぁ。
寝屋川さんに迷惑をかけたくないとかって考えながら、逃げているだけな気もする。
逃した魚は大きい、というわけではないが、心のどこかに未練があったのだろう。
俺は何となく振り返って彼女の姿を確認しようとした。
「あれは!?」
彼女の傍に一人の男が立っていた。
さっきまで誰も居なかったのにいつの間に。
しかもそいつ、ガタイがかなり良い上に、顔の右頬に遠くからでも分かるような大きな傷跡がある。
一般人が関わってはならない雰囲気を漂わせていた。
「寝屋川さん!」
俺は迷わず走り出した。
あんな男に絡まれたら何をされるか分かったものでは無い。
この場には誰も居ないから、助けられるのは俺だけだ。
「寝屋川さんから離れろ!」
「なんだこいつ、うわ!」
俺はその男の腰にタックルしてどうにか動きを封じた。
「高梨くん!?」
「寝屋川さん! 俺がこいつを抑えている間に逃げて!」
「え?え?」
「放せコラ!」
ぐふっ、膝が胸に入った。
痛ぇ。
でも絶対に放してやるものか。
腰に回した手が捕まえられたけれど、全力でしがみ付いて決して放しはしない。
寝屋川さんが安全なところに逃げ切るまで時間を稼ぐんだ!
「逃げて! 逃げて! 逃げてええええ!」
「くそ、放せ!」
「絶対に放さない!」
必死で叫び、力の限りで男を抑えつける。
寝屋川さんは逃げてくれたかな。
近くに交番とかあると良いんだけど。
「はぁっ!はぁっ!っ!はぁっ!くっ!」
そろそろ限界だ。
でもまだ粘らないと。
一分一秒でも長くこいつを抑えつければ、その分だけ寝屋川さんが安全になる。
「くはっ」
また膝が胸に入った。
息が出来ない。
でも、でも俺はまだっ……!
「お兄ちゃん! もう止めて!」
え?
――――――――
掴んでいた男が抵抗を止めた。
それでも俺は掴むのを止めなかったのだが。
「高梨くん、大丈夫だから放して良いよ」
寝屋川さんがそう言うので恐る恐る男を解放した。
男は憮然とした表情で明後日の方向を見ている。
一方で寝屋川さんはこめかみをピクピクさせながら『お兄ちゃん』と呼んだ男を可愛く睨みつけていた。
「お兄ちゃん、ソレ外して」
「…………」
「は・ず・し・て」
うっそでしょ。
それシールだったの!?
頬の大きな傷は偽物であり、その下は傷一つない綺麗な肌だった。
「他のも取って」
うっそでしょ。
肩パッド入れてたの!?
ガタイが良かったのは様々なパッドを入れていたからであり、本来の男は痩せ目の頼りない感じの風貌だった。
「高梨くんに謝って」
「お、俺は悪くない。こいつが勝手に飛び掛かって来たんだろ」
男はボソボソとどもるような小声で言い訳をしている。
いや、まぁ確かに飛び掛かったのは俺だけどさ。
「お兄ちゃんが、そんな格好を、しているから、悪いんでしょ!」
「ひぃ」
寝屋川さんが怒っている姿って可愛いけど結構迫力あるんだな。
怒らせないように気をつけよう。
「わ、悪かったよ……」
「もう、謝る時はちゃんと相手の目を見て謝るの」
「チッ」
「舌打ちしない!」
「ひぃ」
ええと、なんだ、結局コレってどういうことなんだ?
「寝屋川さん、もうそのくらいで。それより、その人ってもしかして……?」
「あ~うん。勘違いさせてごめんね。誠にお恥ずかしながら、愚兄です」
「はぁ、お兄さんですか」
「誰がお義兄さんか! いでぇ、胡桃、足踏んでる!」
「もう、この馬鹿兄は……」
襲われるどころか、力関係真逆だったのか。
そういえば男の姿だけ見て絡まれてるって勝手に思い込んで、寝屋川さんの様子を全く確認せずに突撃しちゃった。
シュンじゃあるまいし、暴走しちゃってめっちゃ恥ずかしい。
寝屋川さんにも悪いことしたなぁ。
「ごめんなさい、俺が勘違いして迷惑をかけちゃったみたいで……」
「高梨くんは悪くないよ。全部この馬鹿兄が悪いから」
「でも寝屋川さんを迎えに来ただけでしょ。それなのに」
「違うよ」
「え?」
違うの?
「コレ、私に付きまとってるだけだから」
ついにコレ呼ばわりになってしまった。
「何を言うか。俺は胡桃に悪い虫がつかないように監視をだな」
「大迷惑だって言ってるでしょ!」
「ひぃ」
寝屋川さんガチギレしとる。
「毎日毎日毎日毎日変な格好してつきまとって、男子と話をしていると脅かしに来て、今日だって高梨くんとちょっと話をしただけで『さっき話していた男は誰だ。あんなやつが彼氏だなんて俺は認めないからな』なんて勝手に勘違いして怒りだして、止めてって言ってるでしょ!」
「お、俺は胡桃のためを思って」
「私のためを思うならこんなことしてないでまともに働きなさい!」
ん、なんだって。
「あ、あの、寝屋川さん。その人の年齢って」
「お恥ずかしながら二十六なんです」
はぁ!?
二十六にもなって働きもせず毎日妹に付きまとって男を追い返してる!?
もしかして寝屋川さんの『家の事で迷惑をかけるから』っていうのはこいつのせいか。
そりゃあこんな奴がいたら迷惑をかけるし恥ずかしいしで、誰かと付き合う気にもなれないよな。
しかもあの噂の原因もこいつのせいだよな。
こいつが半グレ風な変装をして寝屋川さんの傍に居るから、シュンみたいにそれを見た誰かが勘違いしたんだ。
なんか滅茶苦茶ムカついて来た。
「あんた良い歳して何やってんだよ」
「お、お前には関係ないだろ!」
「そんなことはどうでも良い!」
「ひぃ」
こいつ怒鳴られるのに弱いのか。
すぐにビビるな。
「てめぇのせいで寝屋川さんに悪い噂が流れてるの分かってるのか! 大事な妹の学校生活をぶっ壊してそれでも兄貴か!」
「お、おお、俺は……」
「うだうだ言ってねーでこんなくだらないことさっさと止めて働け!」
「い、嫌だ、俺は胡桃をずっと守るって誓ったんだ」
「んなこと言って、本当は働きたくないだけじゃねーのか」
「…………」
「え、マジ?」
適当に言ったら当たっちゃった。
こいつマジもんのクズじゃん!
「お兄ちゃん、どういうことかな」
「ひぃ、ち、違う、お、俺は本当に」
「流石に可哀想だと思って反対してたけど、そういうことなら話は別だね」
「へ?」
「マグロ漁船、頑張ってね、お兄ちゃん」
「嫌だああああ! 働きたくないいいい!」
「あ、こら逃げるな!」
ガチ泣きして逃げてった。
おーい、肩パッド忘れてますよ。
「まったく……高梨くん、妙なことに巻き込んじゃってごめんね」
「いやいや、さっきも言ったけど勘違いした俺が悪かったし」
「ううん、そんなことない。守ってくれようとして、とても嬉しかった」
寝屋川さんの心からの笑顔に、思わず見惚れてしまった。
そういえば、俺は彼女の素の姿を少しだけ知ることが出来た。
怒る姿が可愛いけれどちょっと怖いこと。
クズな兄に振り回されて困っていたこと。
そしてやっぱり、ドキドキが止まらなくなるくらいに笑顔が可愛いこと。
今までよりも遥かに彼女のことが好きになった。
「こほん、ところで高梨くん」
「は、はい」
好きを自覚したからか、少しだけ不自然に焦ってしまったけれどバレてないかな。
「近いうちにアレは本当にマグロ漁船に乗せられて居なくなります」
「はぁ」
冗談じゃなかったんだ。
「つまり私は厄介な存在から解放されて自由に恋愛が出来るようになったのです」
「お、おめでとう?」
加えるならば、例の噂も徐々に消えるだろう。
寝屋川さんはまともな青春を送れるようになったのだ。
それはとても嬉しい事だけれど、自分以外の誰かと付き合う可能性があると思うと素直に喜べない自分が情けなくもあった。
「そして目の前には私を守ろうと必死で頑張ってくれたナイトさんがいるわけですよ」
「…………」
あ、あれ、あれれ。
これって、その、あれ、あるぇ?
落ち着け、落ち着くんだ。
俺は相手のことを詳しく知ってから告白するって……もう知ってるぅ!
「高梨くん」
「は、はい」
もう自分に言い訳は出来ない。
ここで退いたら俺はただのヘタレになってしまう。
「私の初めてになってもらえませんか?」
「喜んで」
この時の俺は知る由もなかった。
まさか寝屋川さんが、マグロ漁船から厄介な兄が帰って来る前に、俺達の関係を引き返せないくらいに進めようと画策する程の肉食系だったなんて。
働け