【コミカライズ】偽りの愛を囁かれた呪い持ちの元令嬢は、安らかな終わりを迎えるため、秘密を抱えたまま孤独な侯爵さまのもとに嫁ぐ。
「君に恋をしてしまった。どうか、わたしとともに暮らしてもらえないだろうか」
「まあ嬉しい。それでは約束してください。私が死ぬときは、ちゃんと看取ってくださると」
「ああ、もちろんだよ。約束しよう、愛しいひと」
目の前の美しい男は、そう言って誓約魔法をかけてみせた。ところが彼の目は、これっぽっちも熱をはらんでいない。恋心などあるはずがないというのに、花売り娘の私に求婚してきたのだから何か訳ありなのだろう。
突然始まった歌劇のようなやり取りに、道行く人々が足を止めた。静かな夜道が、急に騒がしくなっていく。まったく本当に困ったひとだ。押しつぶされそうな周囲からの期待。だからこそ絶対に断らないであろう花売り娘に声をかけたのかもしれない。
普通に考えれば怪しすぎる申し出だが、誓約魔法を使いこなす彼の気配は清廉なものだった。彼の手を取れば死に際をひとりきりで過ごさずに済む。だから唐突な求婚を心から喜んでみせる。まるで昔から彼に恋をしていたのだとでもいうかのように。
アイザックさまと私の結婚生活は、こんな風に唐突に始まった。
***
私はもともととある貴族の長女だった。優しい両親に可愛い妹、穏やかな婚約者。いずれは婚約者とともに実家を継ぐ予定だったのだ。思い描いていた明るい未来が崩れたのは、私の胸元に「呪い」が出現してからのこと。
『かわいそうなシャロン。どうか許しておくれ』
嘘か真か、我が家の先祖は子々孫々まで家が繁栄できるように、悪魔と取引を行ったのだという。代償は、数世代に一度生贄を捧げること。悪魔は気に入った人間を見つけると、薔薇の蕾のような痣をつけるのだという。そして本人の感情と命を食らうのだ。
蕾は少しずつほころんでいく。花が色づき、大きくなればなるほど、私の体調は崩れやすくなっていった。
呪いの印が出てきたら、数年以内に命を落とす。恐ろしいことではあったが、泣いてもわめいても仕方がないと私は受け入れていた。呪いは予想外だったけれど、定期的に早死にするひとが出るということは明らかだったから、家系特有の遺伝性の病があるのではという疑いは持っていたのだ。
呪いは病と同様に、少しずつ体を蝕んでいくらしい。できるだけ残りの人生を楽しむためにも、早く婚約者と式を挙げよう。エゴかもしれないが子どもだって欲しいし、新婚生活も満喫したい。そう思っていた私に突きつけられたのは、非情な現実だった。
『お姉さま、赤ちゃんができたの』
『責めないでやってくれ。彼女に惹かれてしまった僕が悪いんだ』
『さすがに未婚のまま子どもを産むのは良くないの。あなたと彼で挙げる予定だった結婚式は、妹と彼との結婚式とさせてもらうわ。他に方法がないの』
『もちろんお前が傷ついているということはわかっている。許せとは言わないし、無理に式に出る必要もない。辛いだろうから、王都から離れて領地でゆっくりしなさい。お前には、心穏やかに余生を過ごしてほしいんだよ』
病気の姉の婚約者を妹が寝取ったなんて外聞が悪い。だから、私の病を言い訳にして物事をやり過ごすのだろう。それはつまり、私に非があると言っているようなものだ。今はまだ領地で静養などと話しているが、いつ貴族籍を抜かれるかもわからない。
私は領地へ向かうふりをして、黙って姿をくらました。彼らは家の発展のために、私の死すら利用するだろう。それだけはどうしても耐えられなかった。
思ったよりも早く呪いは私の体に広がっていたようで、逃亡はうまくいかなかった。土地勘もない場所ということもあって、少しばかり歩いただけだというのにもう息が上がる。けれどある場所に来ると急に楽になった。
そこは街の小さな神殿で、門の前では貧しい女性たちが花売りをしていた。身を落とすことがないように、神殿が彼女たちを保護しているらしい。
真っ青な顔でふらついていた私を見つけた彼女たちは、温かい飲み物を振舞い、体を休ませてくれた。そして何も聞かないまま、同じように花売りとして働くことを提案してくれたのだ。
私は家名を捨て、ただのシャロンとして働き始めた。深い事情は告げなかったが、言葉遣いや仕草の端々から訳ありの人間だということはみんな察したらしい。
生まれが平民ではないことに突っかかってくるひともいたが、黙々と働いていればそんな輩もすぐにいなくなった。
花売りの仕事は、不思議なことに私の体に馴染んだ。自分で言うのもなんだが、令嬢育ちで肉体労働などからきし。それにもかかわらず、売り物の花を扱っていると、胸の痣が痛むこともなくゆっくりと息をすることができた。
仕事柄、私に声をかけてくる男性はたくさんいた。興味、軽蔑、劣情、憐憫。いくらこの街の花売り娘たちがその身を売らないとはいえ、偏見は付きまとう。
けれどアイザックさまのように、淡々とした熱のない瞳は初めてだった。そして、それがこの求婚に同意した最大の理由でもある。私は、ただ静かに最期を看取ってくれるひとを探していたのだ。
***
私の朝は早い。とはいっても、結婚して侯爵夫人になったところで私に特別な仕事などない。別に虐げられているというわけではなく、アイザックさまはもともと社交に力を入れていないらしい。もちろん「青髭」のような恐ろしい振る舞いをすることもなく、私は白い結婚のままぬくぬくと甘やかされていた。
今日も、嫁いだ私のためにあつらえてもらった温室で植物を愛でている。立派な設備のおかげで、冬だとは思えないほどに色とりどりの花が育っていた。だからもしも突然ぽっくり逝ったとしても、たくさんの花を棺に納めてもらうことができるだろう。それだけで私は死ぬのが気にならなくなった。
ひとりでこの花を楽しんでいるのはもったいないので、この間までお世話になっていた花売りのお姉さんたちに花を分けることにしている。時期外れ、かつ質の良い花ということで売り上げにもかなり貢献できているらしい。
倒れた私に手をさしのべてくれた彼女たちに、少しでも恩を返したい。だが、具体的にどうすれば彼女たちの境遇を改善できるのか。お金を渡すことは簡単だが、私が死ねば援助は止まる。それでは自立に繋がらない。ついつい考え込んでいると、アイザックさまに声をかけられた。
「おはよう、シャロン。ここにいたのか。今日も花の妖精のようだね」
「アイザックさま、おはようございます」
軽口をたたくアイザックさまだが、やはりその瞳は静かなもの。なぜだろうか、アイザックさまに見つめられると、周囲からも音が消えてしまうような気がする。まるで神殿の中でお祈りをしているかのよう。アイザックさまの隣にいれば、蓮の花が咲く音さえ聞くことができるかもしれない。
「シャロン、愛しているよ」
「ふふふ、ありがとうございます」
花売りをしていたお陰で、恋する人々を間近で観察することができた。もちろんその想いが報われたひともいれば、あえなく砕け散ったひともいるだろう。けれど花を持ち、大切な相手の元へ向かう人々の目には夜空に浮かぶ星のようなきらめきが、あるいはその身を焦がすような燃え盛る熱が見え隠れしていた。
アイザックさまにはそれがない。今思えば、元婚約者にもそんなものは存在しなかった。それなのに、アイザックさまに大切にされると、私も愛の言葉を返したくなってしまう。本当に愛されているのだと信じたくなってしまうのだ。だから、決して愛しているとは言わないと決めている。
「何か困っていることはないかな」
「ええと、そうですね、実はご相談がありまして……。ただ、少し、いえかなりお金がかかることなのですが……」
「ドレスかな。それともアクセサリーかな。欲しいものがあるなら、なんでも買ってあげよう」
「友人である花売り娘たちの境遇改善なんですが、それは侯爵さまの働きかけでなんとかなるものなのでしょうか」
「……何を言い出すかと思えば。なるほど、善処しよう」
アイザックさまが立ち去ると、周囲に音が戻ってくる。本当に不思議なひとだ。
どうしてアイザックさまが私のような人間をこの家に迎え入れたのか、私にはわからない。けれど聞いたところで彼はきっと答えてくれないだろう。それにもうすぐ死ぬ私がそれを知ったところで何ができるというのか。だから今日も黙って微笑むのだ。
***
今年の冬を乗り越えることはできないかもしれない。そう考えていた私だが、なぜかすこぶる体調がいい。その上このところ、アイザックさまに変化が起きていた。
「シャロン。もうすぐ春が来るよ。そうすれば、温室ではなく外の庭で好きなだけ庭いじりができる。今度はどんな花を植えようか。ああ、君の瞳によく似た花がいいな」
「そう、ですね」
アイザックさまの瞳が優しい色を帯びていた。気がつかないふりをしていたが、もう誤魔化せない。
隣にいると静けさの中に、季節外れの小鳥の求愛を見つけてしまう。雪の降る音を、星が流れる音を聞き取ってしまう。
穏やかな最期を迎えることができたなら、きっと幸せだと思っていた。それなのに、今は死ぬのが怖くてたまらない。泣き叫んで、地団駄を踏んで、助けてくれとすがりたくなる。そんな姿を見せてはいけないのに。彼に迷惑をかける権利などないのに。
「シャロン、雪がとけたらあの山に行こう。鏡のような湖があるんだよ」
「まあ、楽しみですわ」
最初はただ、静かに看取ってほしいだけだった。両親や妹、元婚約者では無理なことだったから。彼らはきっと私のためではなく自分たちのために泣くだろう。そして自分たちがいかに私を愛していたか、どれほど悲しんでいるかを周囲に語ってみせるに違いない。
死んでまで彼らに利用されるのはまっぴらごめんだ。もちろん道端で野ざらしになるのも辛かったが、死ぬときくらい自分の好きにさせてもらいたかったのだ。
だから、求婚を受け入れた。訳ありだが誠実なアイザックさまなら、粛々と私を弔ってくださるに違いないと思っていたから。わたしに対する特別な感情など何ひとつ持っていないあの方なら、利用される代わりに葬儀を取り仕切ってもらってもいいと、公平な契約であるようにさえ感じていた。
けれどアイザックさまは、思っていたよりもずっと優しい方だった。日頃から神への祈りをかかさない敬虔なひと。まさか隣にいる妻が、悪魔の呪いをその身に宿しているなど考えもしないだろう。
こんな私でも、死んでしまえばアイザックさまは傷つくだろう。社交的ではないどころか、どこか人間嫌いにさえ見えるこのひとを私は悲しませたくはない。いいや、これは詭弁だ。ただ私は、自分が悪魔の呪いを受けていることを知られたくないだけなのだ。
――打算で近づいた私をお許しください。どうかお元気で――
愛していると伝える資格はない。臆病な私は離婚届とともに手紙を置くと、屋敷から逃げ出した。
***
もちろん逃げ出したところで行くあてもない私だが、運良く下働きの仕事を見つけることができた。貧しい女性のために、神殿が手配したものらしい。悪魔に呪われた私が神殿のお世話になるなんて申し訳ない気がしたが、他にどうしようもなかった。
しばらくして、私は熱を出した。このところ影を潜めていた呪いが活性化したのかもしれない。やむなく仕事を休み、誰もいない部屋の中で体の節々が握り潰されるような痛みをこらえていると、誰かがベッドの脇に立つのがわかった。
女性たちの面倒を見てくれている神官さまだろうか。部屋の壁が思ったよりも薄くて、うめき声が響いていたのかもしれない。
私の体を蝕んでいる呪いは他人に移るものではないが、馬鹿正直に呪いのことを話せばたいていのひとが眉をひそめるだろうし、悪い病気だと思われれば様々な憶測を呼ぶだろう。追い出されてはたまらない。気力を振り絞って必死で体を起こそうとしていると、ゆっくりと抱き起こされた。
こちらの神官さまはかなりお年を召された方だったはずだ。私に肩を貸すことすら難しく、抱き抱えるなど論外だ。ならばこのひとは一体誰なのか。おもむろに相手の顔を確かめた私は絶句した。なぜならそこにいたのは、アイザックさまだったのだから。
「あの、離婚届に何か不備がありましたか?」
「いいや。なんの漏れもない完璧な書類だったよ」
「それでは一体どうして。お屋敷の中から大切なものが失くなったりしていましたか?」
「まったく君ときたら。むしろ金目のものをしっかり持っていってくれたら、ここまで心配しなくて済んだというのに。ああ、これ以上無理に話をしないで」
自分としては流暢に話せたと認識していたのだが、息も絶え絶えの返答だったらしい。
アイザックさまは嘆かわしいと言わんばかりに首を振り、そのまま私を抱き上げた。
「な、何を」
「屋敷に戻る」
「そんな、私はすでに離婚した身ですよ」
「君は詰めが甘い。本当に離婚をしたいのなら、自分で離婚届を提出するべきだったんだ。離婚届は、まだわたしの手元にある。君は今もわたしの妻で間違いないよ」
「そんな」
なんとか抜けだそうと腕の中でもがいたせいか、ガウンの前が思いきりはだける。見映えのしない体とはいえ、誰にも見せたことのない肌をあらわにするのは恥ずかしい。それがたとえ法律上の夫の前だとしても。
ところがアイザックさまは、慌てるどころか笑みすらたたえている。
「良かった。呪いは解けてきているようだね」
「え?」
もう少しで満開になりかけていた薔薇の花は、時を戻したように蕾となっていた上、その色を淡いものへと変化させていた。
***
「呪いが解けてきている? こんなに苦しいのに?」
「それはただの風邪だ。まるで自分を罰するかのように、食事を取らず、真冬にも関わらず薄着で過ごす。さらに夜遅くまで慣れない環境で働いていれば、体調を崩して当然だろう」
「まるで私の事情をすべてご存知のようですが。一体どういうことなのですか」
「それは、帰りの馬車の中で話してあげよう」
なるほど、拒否権はないらしい。てきぱきと準備をされたあげく、馬車の中では膝枕。柔らかな毛布まで準備してあるのなら、むしろ普通の枕を用意できたのでは? とはいえひとりで体を起こしているのが辛いのも事実なので、もう何も考えずに甘えることにする。
「君は手紙に、『打算で近づいた私をお許しください。どうかお元気で』なんて書いていたけれど、打算で近づいたのはこちらのほうだよ」
「やはりそうだったのですね。理由がわかってほっとしました」
私が答えれば、アイザックさまはよくわからないと言いたげに眉をひそめていた。普通に考えれば、利用されるのは不愉快なものかもしれないけれど、一目惚れしたと言われるよりはずっと納得できる。
「アイザックさまは、私の事情をご存知の上で、求婚されたということでしょうか」
「ああ、そうだね。君の噂は、いろいろと耳にしている」
つじつまあわせのため、社交界ではあの醜聞がすべて私のせいにされているということなのだろう。それならば余計に、アイザックさまが私との結婚を決めた理由がわからない。自ら貧乏くじを引くようなものなのに。
「一体どうして。きっと家族が、あることないこと言いふらしていたはずでしょう」
「正確には、ないことないことだったがね」
「そんな状況で私を妻に選ぶ理由がわかりません」
「わたしは金食い虫になりそうな女性を探していたんだよ。だから、社交界で聞いた噂を元にあなたへ求婚したんだ」
「金食い虫……」
「わたしは、侯爵家を潰してやりたかったんだ」
綺麗な笑顔を見せてくれるアイザックさま。どうも我が家に負けず劣らず、複雑な事情をお持ちらしい。
***
「わたしの母は侯爵家のメイドでね。父親はわたしを身ごもった母を追い出した。母は大変な苦労をしてわたしを育ててくれたよ。光魔法の適性が高いことがわかったのは、いくつのときだったかな。母に負担をかけずに済むと思って神殿に入ったのだけれど、芽が出てきた頃に腹違いの兄が亡くなってね。無理矢理還俗させられて、家を継ぐことになったんだ。とはいえお金が手に入ったぶん母に楽をさせられると思いきや、流行り病であっさり天国に行ってしまった」
「そんな……」
「まあ君と比べると、自分の体験が特殊なものだとは思えなくなってくるから困ったな」
元神官なら、私の居場所も筒抜けだったことだろう。アイザックさまが淡く微笑む。
「元神官だからね、初めて君を見たときから、悪魔の呪いを受けていることはわかっていた。噂通りの女性で、かつ呪い持ちなら我が家はあっという間に傾くだろうから都合がいいと思ったんだ。ところが君は花を慈しみ、他人に心を砕き、偽りを囁くわたしにさえ微笑みかけてくる。気がついたら本気で君に惹かれていた」
アイザックさまが呪いのことを最初からご存じだったなんて。
「君は打算で結婚をしたと言うけれど、一体わたしに何をさせようとしていたんだい。豪遊することもなく慈善活動に励み、あげくの果てに財産を置いたまま家出するような君が?」
「……私が死んだら、ちゃんと弔ってほしかったんです」
「それだけか。誓約魔法をかけてまで、君はただ自分を看取ってほしかったと?」
「ええ、それだけです。でも、それだけのことが難しいこともあるんですよ」
アイザックさまは、お亡くなりになったお母さまのことを思い出したのだろうか。小さく首を振っていた。
「離婚もなくなったことですし、誓約魔法もありますから、約束はちゃんと守ってくださいね」
「まったく君は諦めが良すぎる。泣きながら笑うのはやめなさい。さっきも話したことだが、呪いはもうすぐ解ける。だから今は眠るんだ」
呪いを受けてから一度も泣いたことがないはずなのに、なぜか涙が止まらない。呪いが解けかけているせいで、悪魔が食べ損なった感情が溢れてきているのだろうか。
アイザックさまに頭を撫でられていると、とろりとした眠気が訪れる。私はまぶたの重さに耐え切れず、意識を手放した。そして目が覚めたときには、アイザックさまの力を見せつけられることになったのだ。
***
数ヵ月後。私の体からは呪いが完全に消えていた。あの呪いは、我が家の繁栄を約束するものだった。そのため、家を出てただのシャロンとして暮らしていたことで、効果は半減していたらしい。
そこでとどめのようにアイザックさまと婚姻したものだから、悪魔は呪いを他の家族に移そうとしたのだとか。婿入りした元婚約者の胸元に薔薇の蕾が咲いたときには、見るに耐えない騒動が起きたらしい。家が途絶えると都合が悪いからか、悪魔は身ごもっていた妹には手を出さなかったのだろう。
アイザックさまが神殿に報告を行ったことで、実家はお取りつぶしとなったそうだ。悪魔との契約は禁忌なのだから仕方がない。唯一の救いは、家が途絶えたことで呪いから解放されたことだろうか。悪魔というのは律儀な存在のようだ。
「ご家族のことだけれど……」
「生きているのであれば、それで十分です。彼らがどうしているかは聞きたくありません」
「大丈夫。わたしも言うつもりはないよ」
両親や妹たちの突飛な行動には、呪いの影響があるらしい。悪魔はより上等な餌を得るために、生贄を不幸のどん底に突き落とすのだという。嘆き悲しみ、怒りと絶望で打ち震えた感情を食すために、周囲の倫理観を操作するのだそうだ。
そう説明されれば、彼らの対応にもなんとなく納得がいく。けれど、水に流すことができるかと言われればそれはまた別問題だ。
傷ついた心は、まだ完全に治りきってはいない。かさぶたで覆われているだけの傷口は、家族に会えばすぐに膿み、血を流すだろう。
だから、私が彼らに会うことはない。私の家族はアイザックさま、そしてこれから生まれてくるお腹の子どもだけなのだから。
アイザックさまに寄り添い、笑い合う。私たちの幸せを祝福するように、庭の花々は咲き誇っていた。
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