眷属
「なーんだよ、早速そんなかわい子ちゃん捕まえちゃってんじゃーん」
「うるさい、バンティ。それより、人間界への門はどこだ?」
俺がクロエを連れて戻ると、バンティはガキみたいにはしゃいでジロジロと彼女を見た。
「はーん、機械人形か。旅のお供にはいいかもなあ」
「かわいい……私はかわいいですか?」
「ん? そりゃもう、俺が見たこともないくらいの美人さんさ。あーあー、ラザロスより先に見つけてりゃなあ」
「かわいい私は、愛されますか?」
それを聞いて、バンティは目を丸くした後ひどく優しい顔をして笑った。
「ああ。愛なんて誰にも止められねえし縛られねえもんだ。感情があるならそこらの石ころだって何かに愛されるさ」
「良かったです」
言葉こそ短かったものの、クロエは安心したようにうっすらと笑みを浮かべた。
「バンティ、門だ。三度は言わんぞ」
「わーってるって。せっかちな奴だなあ……ほら、術式<ポータル>だ。基本的に一方通行で、帰るにはそれなりの苦労があるからな」
「その程度知っている。ではな、次にここへ帰ってくる時は……魔神になる時だ」
「ひゅー、言うねえ。あ、角隠すの忘れんなよ」
バンティが開いてくれた緑色の円の中へ踏み込む際……またぎゅっと服を握られた。
振り返ると、そこには伏し目がちになっているクロエが。
「いちいち服を掴むな……何だ、怖じ気づいたか? それなら残っても構わんのだぞ」
「こわいは、こわいです。だけど、ラザロス様と一緒に行きたいです」
その行動原理もいつか解明したいものだけど……変にいじって壊れてもらっても困る。俺は手を握るでもなく、ただ半ば引きずるように門の中へと入っていった。
空間がゆがむような気持ち悪さを乗り越えると……そこは、死地だった。
「救護班! 救護班!」
「もうとっくに死んだろ、んなもん! それよりあの魔物をどうにかしろ!」
「嫌よ、こんな所で死ぬのは!」
と言えど、それは現地にいた人間たちにとっての死地だ。たかだか二十の魔物に囲まれた程度で騒いでるだけだった。
「ラザロス様。この魔物たちは……?」
「ニーアミノタウロスだな。魔族の言うことを聞かずに暴走する下等生物だ。百点を満点とするなら、せいぜい四十くらいの魔物でしかない」
そんな俺たちの会話が聞こえたのか……混乱していた人間たち……五人ほどの中の一人がこちらへ近づいてきた。
真っ白な肌をした黒髪を肩ほどまで伸ばし緑色の瞳がぱっちりとしているのが印象的な少女だ。
「あの、どなたか分からないけど……もしかして、ちょー強い?」
「俺が弱く見えるなら、まずはその目を塞ぐ事だな」
「わお、フソン……ま、いいや。うちら今壊滅寸前でさー。五十人いたのに、もう五人になっちった。このまま死ぬのも嫌だし、そんな余裕そうなら助けてくんない?」
そんな事をして俺に何の得がある――と言いかけて、やめた。そういえば、こうした弱者たちの事を知りに来たのだと思い直したのだ。
「……クロエ、奴らの怪我を癒やせるか?」
「はい、包帯も輸血もバッチリです」
「あくまで魔力は使えんのだな……不便な事で結構だ。とにかく、生かしておけ。後で情報を吐かせるのに必要だ」
すると、少女はパッと顔を明るくして仲間たちへの元へと駆けていった。
「マジありがと! やばかったら逃げていいかんね!」
「逃げる? この程度の雑魚どもを相手に背を向けるなど許されるか」
「あ、武器ならここに――」
「どこまで俺を侮辱する気だ? ニーアミノタウロスごとき、素手で十分だ」
というより、俺は武器を持てないのだが。だが、その代わりの武術は磨いてきた。
――BROOOW!
ニーアミノタウロスが吠えて、輪唱し、一斉に襲いかかってくる。
「ふん……」
俺はまず先頭の一匹の喉元を手刀で貫いた。血が吹き出るより先にその巨体を弾き群れの足を止める。
そうなればもうこっちのものだ。触れたもの全てを『反射』するこの手は皮も骨も肉も関係なく破壊する。それが『反射』の力。
――BROOOW!
「……もう一つ、あるがな」
ニーアミノタウロスが傷だらけの大槌を振り下ろすと、俺に触れた途端に粉々に散った。むしろ、これこそが『反射』の神髄といえるかもしれない。
相手の攻撃力がそのまま俺の攻撃力になる。そして、『反射』できないものが存在しない――一部の例外を除き――限り、俺に防御の術など必要ない。
武器を失い固まるニーアミノタウロスをまた手刀で切り裂く。後は同じ事の繰り返しだ。
吹き出る血は魔物のものだけ。弾け飛ぶ肉片は全て魔物だったもの。その全てを見に浴びて『反射』すると辺り一帯は血の海となった。
二十もその作業を繰り返すと、もはや赤くない場所は存在しなかった。筋骨隆々な死体の上に立つ俺以外は。
「ば、バケモノ……」
そんな俺を見た人間は、そんな言葉を零した。いつもの事だ、敗者の泣き言を耳にする事くらい。
「これで全部か、女?」
「え、あ、うん……そう、だよ。ありがとう、助けてくれて……でも、その、あんた、何者?」
「答える義務はない。それより、ここはどこで、何が起こっている?」
さっきの会話を思い起こすなら、五十の人間がニーアミノタウロス達に挑んでいたはずだ。なら、何か目的がないとおかしい。
「そう、そうだ! この先にお宝が眠ってるって聞いて……うちのサークル、貧乏だからさ」
「さーくる……まあ、何でもいいが。なら、その手伝いをしてやろうか」
「えっ……いいの?」
「せっかく俺が助けてやったのに、すぐそこで死んでしまえば意味が無いだろう。少しは頭を使え」
少女はどこか困ったような笑みを浮かべて、それじゃこっち、と虐殺場の向こうを指さした。
「本当にもう少しだったんだよー。おかげで手に入る……みんなを助けられるよ! 宝箱を調べてる間、周囲を見ててくんない?」
「……ラザロス様。治療、終わりました」
少女が宝箱に向かう中、クロエが服を血まみれにしながら帰ってきた。見てみれば、少女の隣に確かに残りの四人がまとめられていた。
「ラザロス様、ぶじ?」
「俺が怪我などするわけがないだろう。槍が降ろうが一滴の血も見せん」
と、その瞬間だった。確かに宝箱をいじくっていたはずの少女が悲鳴を上げて倒れたのだった。
見てみれば、生き残りのメンバーが刃物を持って……ちょうど胸の辺りを刺していた。
その瞬間、俺は飛び出してメンバ-の首を刎ねていた。だが、残り三人の目から執着の炎が消えない。
「……何をしている?」
その声に、怒りが込められるのは止められなかった。だが、ひるみながらも奴らは続ける。
「こ、これもサークルのためだ……ここまで壊滅的な被害を受けちゃ、少しでも人数を削らなきゃなんねえんだよ! それに、生き残りは少ない方が報酬が多くなるしな!」
「どうせ死ぬなら、その女でいいのよ! 見てなさい、あんただって今……<ヘルファイア>!」
確かにそれは高位の魔法……だが、出力がまるで足りていなかった。前に出ていた俺に触れた瞬間、倍以上の威力となりその炎は三人を包み込んだ。
まあ、どんな強大な魔法だろうと俺には通じない、が。
「俺が助けてやったのに、すぐ死なれちゃ意味が無いと言ったはずだがな……」
だが、あの少女とクロエは……?
「……ラザロス様。血が、血が止まりません」
どうやら、クロエは無事なようだった。そういえば、魔力は通じないのだったか。
クロエは胸にナイフが刺さった少女の横に座り込み、何かの処置をしているようだったが、じわりじわりと赤黒い血が床に広がっていく。
「はっ、脆いものだな……仲間に刺されて死ぬとは。これ以上無い無様ではないか」
俺はクロエの後ろに立ち……立っている事しかできなかった。何も、何もできやしない。
「大体が、ミノタウロスに殺される運命だったのだ。それが少しずれただけ……俺たちには何の関係もない話だな」
下手にいじれば、致命傷を与える事になる。だけど、このままではどちらにしろ失血死してしまう。
何が、何が全能。何が魔王。破壊しか能が無いのか。俺は……俺は、どれほどに無力なのだ?
「……クロエ。そいつはもう助からんか」
「はい。生命維持器官が激しく損傷しています。特に魔力の枯渇がもう……」
「魔力が足りない、と。脆弱なものだな……」
と、その時。少女がカサカサになった唇をわずかに動かした。小さく、囁くように、だけどしっかりと。
――たす、けて。
「……そういえば、現地の案内人を探しているのだったな。ちょうどいい、こいつにするか」
「ラザロス様、ですがこの方はもう……」
「俺の眷属になればいいだけだろうが。俺についてくるなら少しは勉強しておけ。人間でも魔族でもなくなるが、まあ今すぐ死にはしまい」
「この方は、それを望んでいるのですか?」
「知ったことか。眷属魔法はもとより人間を奴隷にするためのものだ。文句は言わせん」
俺はクロエの言葉も待たずに詠唱を開始した。本来なら血でも飲ませればいいのだが、残念ながら俺の体から血を出す事はあり得ない。
「生命活動数値……2、4,18,48……すごいです。ここまでしてくだされば、後は私が治せます」
「そうか。だったら喋ってないで手を動かせ。俺は休む」
気分は最悪だ。眷属なんてもの、俺は作らないと思っていた。それは弱者の馴れ合いか寂しさをごまかすためのさらなる空虚でしかないと。
だが、聞こえた。助けてくれと聞こえたのだ。どうしてか……俺は、求められれば無視はできない性質らしい。我ながら、訳が分からないものだ。
「眷属など、魔力で感情を操作するもの……そこに、愛などないに決まっているのにな」




