出会い
「ふん、愛を知ってこいだと……? 触れる者全てを『反射』するというのに何を言う? いや、気持ちだけでもいいのか? 愛とはなんだ?」
それから、俺はとりあえず自分の城へと戻っていた。使用人の一人もいない、空っぽの城だ。
確かに、俺に人望は無いかもしれない。だけど、神たるもの力こそあればいいだろうに。
ああ、先に言っておこう。愛とはなんだと語る事の恥ずかしさくらいは知っている。だけど、魔神になるために必要だというなら仕方あるまい。
『反射』の力に目覚めてから数年……俺はただ自分の力を磨いていた。その力に目をつけられ、この世界……人間界も魔大陸も全てを創造したという唯一神に夢の世界へ誘われたのだ。
そこで、若く無様だった自分を追体験させられたというわけだ。
「はっ、自分の原点を思い出せだと? それがどうしたというのだ。俺は今も昔も変わらん。ただ俺だ。絶対的な強者である俺であるだけだ!」
……そんな叫びも、ただ空っぽの部屋に反響するだけ。それを寂しいとは感じない。
しかし、しかしだ。確かにこんな魔神がいたとして誰が従おうとするのだという話は分からないでもない。
「弱者を率いる事もまた強さ、か……要は、それを見つけてこいという話か」
魔大陸はそもそもが弱肉強食。ならば、俺に強い奴さえ居なけりゃ……。
「って、言いたげな顔してんなあ。ラザロス」
と、そこで誰も居ないはずの部屋に別の男の声が響いた。その声は昔からよく知る奴のものだ。
「何の用だ。人間界に行っていたのではないのか、バンティ」
「帰ってきたに決まってんだろー? いやいや。いいとこだぜ、人間界は。角さえ隠せば女も抱き放題だ」
「興味が無いな……魔族と人間の間に子は生まれん。そんな非生産的な事をしてどうする?」
俺がそう言うと、バンティの方こそ呆れたような顔をした。
「分かってねえなあ。あの綺麗な体は魔族の女なんかよりよっぽどいいモンだぜ。お前も俺ほどとはいかんけど、せっかくイケメンなんだからそういうことも知っておけよな。魔王様?」
「やめろ、気持ち悪い。今更貴様に様付けしてもらおうなどとは思わん」
そう、バンティはまだ魔族のままだ。本人曰く、「魔王になんかなったらしがらみが増えるだろー?」だそうだ。
「で、どうだった? 魔神試験はよ?」
「……知っていたのか?」
「はは、アタリだ。お前がそこまで真剣に愛について独り言をもらすなんて、天変地異が起こるか、魔神になるために必要な何かがあったかくらいだもんな」
「ちっ……鎌をかけたか」
ドカッと俺の前の階段に腰掛けるバンティ。くせっ毛のある茶髪をいじりながら一本の黒い角を生やす。
「何だよ、マジで魔神になるのに愛を知る必要があんのか? 誰か紹介してやろうか?」
「……全知でなければ、神にはなれんそうだ。確かに俺は女を知らん。知ろうともしなかった。だがまあ、すぐ解決する事だ」
「んー……それはどうかねえ。お前が女に触りなんかしたら、相手は弾け飛ぶぜ? お前の手刀の威力くらい知ってるっつーの。ギガドラゴンの首すら一刀両断だもんなあ」
「……触れずに愛を知ればいいことだ」
俺がそう当たり前の事を口にすると、バンティはげらげらと手をたたいて笑った。
「は、ははは……んなプラトニックな愛がどこにあんだっつーの! いいか、まずはボディタッチから始まんだよ。それを触れずにって……ぎゃはははは!」
「……確かに貴様は旧知の仲であり貴様の方が見聞は広いだろう。だが、それ以上笑うと殺すぞ」
「悪ぃ悪ぃ。あんまりに真剣な顔して言うもんでさ。でも実際、そんなの許されるのガキだけだぜ。お前がよくても向こうが離れていっちまうよ。ああ、でも見聞を広げるって意味では確かに旅に出るのはいいかもなあ」
それだけは聞いておいてやろう、と俺は先を促した。
「いいか、全知ってのは数百年かかっても得られねえもんだ。魔大陸の事くらいはお前なら大丈夫だろーけど、人間界ってのは広いぜ! そのうち、お前を愛してくれる奴も現れるかもしんねえな」
「人間界か……阿呆の魔王が侵攻に行っているイメージしかないな。貴様くらいだ、女遊びに出かけるのは」
「あっちでも強えのが魅力的な事には変わりねえよ。俺はしばらく行く予定ねーけど、門くらいは開いてやんぜ。ほら、善は急げだ。旅支度してこい旅支度」
俺は急かされるままに、城の倉庫へと向かった。そもそも、荷物らしい荷物なんて俺は持っちゃいないが……。
「ん、こんなものを持っていたか?」
ふと見えたのは、何やら透明な箱だった。中に何か入っている。人型の……人形?
何を考えるでもなく手を触れると、あまりに綺麗なガラスの割れる音がした。そうだった、こんなものに触れるだけで俺は壊してしまうのだった。
「ちっ……壊したか?」
だが、意外にもその中身は無事だった。いや、その人形だけが無事だった。何かの液体もまき散らされ土台も全て粉砕されているのに、だ。
そして、銀髪を長く伸ばした褐色肌の人形の目がパチリと開いた……目が合った。なんだ、機械人形か。どこかの魔王の持ち物だったか……?
「……貴方は、誰ですか?」
「俺に名前を尋ねる前に、まず貴様は何者だ?」
「私は……私は、クロエ。ただのクロエ。それだけです」
よくある機械人形らしい、まさに機械的な返事だ。その時点で俺は興味を失い……いや、一つだけ気になる事があった。
「一つだけ聞かせろ。貴様は、何故俺の『反射』を喰らって無事でいられた?」
「……名前、聞いてないです」
むう、と困ったような顔をするクロエ。ギリ、と歯が鳴るのを落ち着けながら俺は返事をした。
「俺は『反射』の魔王、ラザロスだ。で、貴様は何故無事だった?」
「私には、何の魔力も効きません」
「……あり得ん。そんなもの、存在してたまるものか」
「ですが、実際に貴方の魔力は通じませんでした」
確かに。確かにそうなのだ。そこでようやく、俺はわずかな興味を持った。
「貴様、どうしてここに居た? 前の持ち主は誰だ?」
「……うれしい、です」
「話を遮るな……何がだ?」
「私に、興味を持ってくれています。そのことを、私はうれしく思います」
「はっ、機械人形が感情を騙るか?」
機械人形とはその名前通り、ただ人型に動くだけの機械でしかない。そこにあるのはこう言われたらこう返せという指示……魔力がこもっているだけの――。
「待て、何の魔力も効かないなら、どうして貴様がそもそも存在している?」
「……分かりません。ですが、私は誰かに呼ばれてきました。貴方に触れられる前の記憶なんてありません」
「呼ばれただと?」
「はい」
……ますます分からない。この機械人形がどうして存在しているのか、何の目的で俺の倉庫に眠っていたのか。
だがまあ、関係ない。どうせ感情を持たない機械人形に学ぶ事などないだろうからな。
「じゃあな。この城にはしばらく誰も寄りつかんだろう。せいぜい勝手にしていろ」
「待ってください」
ぐい、と服の裾を引っ張られる。こいつ、結構な腕力を……というか、引っ張られるなんていつぶりの感覚だ?
「何だ?」
俺はやや怒りの声を大きめに発する。すると、クロエは琥珀色の花が咲いたような瞳をまっすぐ俺に向けてきた。
「貴方は、これからどうするのですか?」
「旅に出る。それが貴様に何の関係がある?」
「私も、行きたいです」
「旅にか? 貴様には必要ないだろう」
「違います……貴方と、一緒の場所へ行きたいです」
……。
「面白い、機械人形に願望が存在すると?」
「そうしたい、という思考は存在しています」
「ほう……」
しばし、考える。そして、思い至る。
「……貴様、俺の身の回りの世話はできるか? 当然、道中での、だ」
俺はそういえば、旅の云々など分からないのだった。
「はい。可能です。どこで何をするか指示を下さればこなして見せます」
「足手まといになれば置いていく。その条件でいいなら……ついてこい」
そして、俺はその瞬間今日一番の驚きを見たのだった。
「……はいっ! ありがとうございます、ラザロス様」
その機械人形は、本当に花が咲いたように、その花が陽を存分に浴びたように、大きく笑ったのだった。
こうして、俺の旅には……おかしな相方が出来たのだった。




