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統合失調症(本物)になると、起こること。(雑記ブログ)(とうおこ)  作者: 井上和音@統合失調症・発達障害ブロガー
631記事以降
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日本には検閲が無いと思い込んでいませんか?

 2023年1月21日(土)。21時42分。歯茎が痛い。


 こんにちは。井上和音です。


 「はい。こんにちは。年賀(いやが)らせです。


 疑問なんですけれど、井上さん。なんでウクライナ政府は、ウクライナ東部でロシアがしたように住民投票をしないのでしょうか。ウクライナに編入したいと結果が出れば、『奪還』から『防衛』に名目が変わるのでより一層世界からの支援は増えると思われますが」


 と。突然思い付いたわけで、お風呂の中で思考実験をしていたところ、「単純に、ロシア軍によって占領されているところで、ウクライナ主導による住民投票なんて出来っこないよね」という当たり前の結論というか、大前提を思い出して、ウクライナ政府が住民投票できない理由を普通に思い付いた。


 よかったよかった。


 「ところで井上さん。ドイツがレオパルト2の供与をウクライナにするのを、NHKnews7では『先延ばし』という表現を使っていましたが、ABC NEWS では『NO』という表現を使われていました。ウクライナ軍は陸上戦でも優位に立ちたいという思惑があると思うのですが、なんで『ウクライナが《《攻める》》』という言葉をあまりNHKは使わないのでしょうか。そしてなぜ、ドイツはレオパルト2の供与を延期したのか。また、ウクライナは防空システムの供与、特にパトリオットの供与を優先しているかのような報道ばかり流れていましたが、ここに来てなぜ地上戦に使われるレオパルト2の供与についてニュースが流れたのでしょうか。井上さん。お答えください」


 お前は日本の総理大臣に質問する報道記者か。「質問は一つまで」って事前に言われているのに「……、また……、また……、」と質問を二つ三つと繰り出してくる日本の記者かお前は。「質問は一つまで」と言われたら質問は一つまでじゃないのか? 日本語が伝わっていないのか? あの「質問は一つまで」の忠告は全く以って無駄な挨拶みたいなもんなのか?


 最近「質問は一つまで」って聞かなくなったけど。


 答えなきゃね。


 「分かりません」


 はい。国際情勢に詳しいわけでもなんでもありませんから。でも最初の話に戻るけれど、ウクライナ側が軍の援助を受けて、住民投票を行ったら世界はどう反応するのだろうか。


 賞賛だろうなきっと。国際法の勝利。民主主義の勝利とかになりそう。


 ウクライナのお話はやめたいのだけれど。


 「ずーっと前に書きましたけれど。ウクライナが勝利し、アメリカがウクライナの領土の保護を目的として、ウクライナ内部に、日本と同じように軍事施設を造って、モスクワをミサイルの射程範囲に捉える未来がやってきたらどうなるのでしょうか」


 普通にやって来ると思うけれど。


 民主主義の勝利! 民主主義は強い! で世界はいつも通りに回っていくだけだと思うよ。


 というか。普通に思い付いたことは、コモンウェルスだったか。コモンセンス……これは常識という英語だ。とりあえずソ連側に付いていたというか、付かされていた国々は次々とNATOの仲間入りを果たしていくなかで、すなわち西側というか、民主主義、資本主義側、──ここで資本主義という経済について語るのはおかしくて、軍事的な枠組みだけを語るのならば、資本主義システムに大手を振って賛成しているわけでもなんでもないのだろうけれど──、次々と西側の軍事的な枠組みに協力していっているわけで。逆を取ればロシア側からしたら、既に、ウクライナ情勢が始まる前から、既に孤立の道を決定付けられていたという、悲しい前提条件があったことが、ウクライナに侵攻して分かっちゃったわけなのだけれど。


 みんな、民主主義が好きで。みんな、資本主義が好きっぽい。


 ぽい。というのは、そのまま、ぽい。だけで、中身や本音は分かったものではないというのがあるのだけれど。


 そもそも民主主義ってなんだ? 中国の学生は中国にも民主主義の信念はあるとかマイケルサンデルの白熱教室で言っていたけれど。


 日本の学生が、「日本には検閲が無いから表現の自由は守られている」とか言っていたけれど、ブログに歌詞とか書いちゃいけないし、国が何もしていない(わけではないことは分かっています)からと言って、検閲が全く無いのは、中国の学生が言っていた通り、《《日本で》》「日本には検閲がないので表現の自由は守られている」と習ったそのままのことを信じているから、「日本には検閲がない」とか言えるのだと思うのだけれど。


 検閲が無くとも、人気が無ければ、その声は無かったことと同時であることは、ブログを書いていてすごく感じることなのだけれど。


 声を上げても、届かなければ意味は無い。表現をしても、誰も見られなかったら、それは無かったことと同義だと思ってしまう。思う、というよりかは確信に近い。


 要は、発信も、人気取り。不正だろうが、なんだろうが、自分の発信が人気を保っている振りをして。まあ、サクラというやつで、何人かの人間がほいほいとやってくれば、その人の発言には力が備わるし、その人の発言に対する反応のスピード感も変わってくる。その人がどんな人かによって、その人の発言などは徐々に徐々に、人気取りの為だけの発言へと変わっていってしまうだろう。


 自分の発言力の強さを失わされない。それだけのために。


 そのうち、何も考えることなく、発言力を大きくしてもらった聴衆達に気持ちの良いことばかりを言うようになるのだろうと思われる。徐々に徐々に思考力は消えていく。


 そうやって、のし上がってしまうから、人は間違った発言を繰り返すし、間違ったことを間違ったと言えなくなってしまうのだ。


 検閲が無いって。民主主義国家の中では、人のそれぞれ、全国民が、面白そうな人、ないしは気持ちの良いことを言ってくれる人を検閲しているのですよ。


 そして、その検閲は。間違った方向へと向かわせてしまう、人の気持ちの良いことだけを言い続けてしまう、恐ろしい検閲でもあることは、ここに残しておきたい。


 本当に考えていたら、立場があっちにいったり、こっちにいったり。最適解を求めるために、立場を固めることなどしないはずなのだから。

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