いつ己を捨てた?
タイトルはかつて読んでいた『NARUTO』という漫画の中の我愛羅というキャラクターが、各里のリーダーたちに向けて放った言葉です。
当時、高校生だった僕にはさっぱり意味が分かりませんでした。
そして、時が経ち、統合失調症ながらも働き始めて、この言葉が痛烈に響いてきます。
「いつ己を捨てた?」
この言葉は働いて、初めて真理に気が付く言葉です。
高校生時代、勉強していたのは《《自分のため》》だったと思います。その時にはまだ、己があるのです。
働いて気付きます。働くということは《《他人のために》》動きます。就業時間、めいいっぱいを使って、他人のために、自分を組織のシステムの一部として動かし続けます。
そこでは、己の感情などまるで介さず、使命のため、他人のために動きます。この時、己は無くなります。システムの一部として稼働し続けるのです。
昔、人間の対義語はシステムだ、と考えたことがあります。システムが無ければ、社会は崩壊します。そして、その社会を守るためには、人間の自由意思を少しずつ削り取らなければいけないのです。よって、完全なる自由な人間の対義語はシステムだ、と論調したことがあります。
システムの一部として組み込まれることこそが、働くことの第一歩なのです。
そして『NARUTO』の言葉「いつ己を捨てた?」は、責任の中で働く大人を一言で表した名言だと気が付きました。
働くたびに、ずっとこの言葉が頭をハウリングします。己を捨てる──これが働く際の第一歩なのだと、繰り返し思います。




