サトシ・アンドレーセン
Microsoft がWindows 7を発売し、バラク・オバマが合衆国大統領に選ばれ、レディ・ガガが大ブレイクした年。2009年。自動車大手のGMがチャプターイレブン(米司法当局への企業更生法適用申請)を提出し、マイケル・ジャクソンが亡くなったのもこの年だ。その2009年の1月3日の夕刻6時15分にサトシ・ナカモトのビットコインのアルゴリズムが最初のブロックをP2Pの分散台帳ネットワークに解き放った。
あれから10年経過した今でも、web 2.0とweb 3.0 の間で、いつでも誰でもこの最初のブロック(ジェネシスブロック)にアクセスして中身を仔細に観察出来る。誰かが少しでも改竄すれば、P2Pネットワーク上にある改竄した端末の分散台帳は無効になり、正しい台帳に置き換わる仕組みだ。
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ビットコインが世に出て暫くの間、サトシナカモトという人物(或いはグループ)はごく限られた人数のネットワーク技術者集団と交信しながらビットコインの運用を支えていた。ビットコインのようなBCはP2P環境において複数の端末が運用に参加して情報流通を続けなければ存続出来ない。立ち上がりの数年はハッカーの悪戯にもさいなまれて大変だったようだ。この時期のビットコインはお世辞にも自律で堅牢とは言えない状態だった。
やがてサトシが一線から退き、ビットコインは中央制御を持たずしてBCを維持できるようになった。この時サトシは当時のエンジニア仲間でひときわ有能な人財にビットコインのお守り役を引き継いでいる。そのお守り役は日本ではあまり知られていないが、サトシの引退後のビットコインを技術的に支え、ビットコイン財団、つまりビットコイン・ファウンデーション、を設立したギャビン・アンドレーセンその人である。
2015年に北米ボストンでDevCore2015というカンファレンスが開催された。その機会にビットコインの初期開発について発表したギャビン・アンドレーセンが講演している。非常に興味深い内容であり、歴史的価値がある。今でも動画サイトで以下のタイトルを探せば彼の講演を体験できる。
DevCore Boston 2015 / What Satoshi Didn't Know / Gavin Andresen, Bitcoin
このカンファレンスでアンドレーセン氏は次のように述べている(同氏はナカモトサトシと交信してきた経緯がある事を前提に)
「
当初はサトシ本人も、ビットコインがどこまで独立・発展するか予想出来ていない。だから、自立し始めた最初の1年間と少しの間ビットコインは何の価値も無かった。サトシが試みた事自体を理解できた人は数十人程度だったから、ビットコインを買おうとする人も居なかったわけだ。
サトシの心配は、この手の「通貨」を世に放つ事が果たして合法かどうかということだった。サトシもこの事で投獄されるかもしれないリスクを負っていた。私(Gavin Andersen )も2010年の5月からビットコイン開発に関わったが、このオープンソースのソフトウェアプログラムの開発に関与して投獄されるのではないかと心配をした経緯がある。つまり、仮想通貨が違法か合法かは誰も判らない状態だったわけだ。
しかし、今はそれが解決して、ビットコインの運用環境はとても良くなった。発明から5年かかったが、今は関連する法規制が整っている。5年と言うのは行政の仕事としては、まあ順当な所要時間だと思う。SEC (Securities and Exchange Commission) のウェブサイトを見ると(仮想資産を使って他人の興味を煽ることで利殖を得る)パンジースキームに関するアラートが出ているが、これはビットコインのような仮想資産の「使い方」を問題視しているだけで、ビットコインそのものは問題視していない。こういった定義は非常に助かる。私自身この区別について5年前は半信半疑だったのだ。
」
ギャビンは2012年9月に米国ワシントンで発足したビットコイン財団のChief Scientist であった。その後の財団は没落の一途をたどり、現在はたった1ページのウェブサイトが残っているのみであり、事実上財団としては倒産している。
しかしビットコインは取り巻く人間模様とは無関係に、数万の端末によってしっかりと維持され続けている。言い換えるなら、人間の集まりであるビットコイン財団は資金的にも人の集まりとしても生き延びず、ビットコインだけが生き延びているのだ。
ビットコイン財団は機能停止状態にあるが、ビットコインの立ち上がりはサトシひとりでなくギャビン・アンドレーセンの貢献によるものが大きく、ビットコインの創設者はサトシ・ナカモトではなく、「サトシ・アンドレーセン」とすべきである。
第3話 おわり