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夏遊び

作者: 丸丸九

七夕に合わせた作品にするつもりだったのですが、見事に間に合わなかったもので。内容自体はかなりお気に入りなのでちゃんと作品として世に出す事にしました。

長く拙い部分も多いかもしれませんが、読んでくれた人が何か感情をおこしてくれるのならば幸いです。

毎日毎日同じことの繰り返し、何か劇的なことがあるわけでもなし、逆に悲惨な事件にもあってない事を幸運と言うべきだろうか。

大学を卒業したのが、もう五年も前のことになる。時間の流れは平等だが、同時に無視しきれない残酷さを以て自分を押し流していく。

やりたい仕事も趣味も見つけられず過ごしたあの四年間、側から見れば無駄に映ったかもしれない時間だが、今の自分と比べれば何倍も綺麗なものだった。

あの頃の友人も、それ以前の知り合いも形は違えど皆一様に幸せを手にしている。その事を自分は祝福し、同時に懐事情を考えて情けない気持ちになる。

今日もまた、電車に揺られて家に帰る。帰ったところで出迎えもなければ、暖かい食事もない。

「自分は何の為に生きて居るのだろうか」

そんな疑問も、何度目だろう。





駅に着いた、特に馴染みの無い駅だ。

この町に住み始めて九年程度、田舎では無いが都会でも無い。

愛着も馴染みも無いこの街で、ふと孤独感を感じるのは初めてでは無かった。

喧騒、車の音、駅のホームのアナウンス、その全てから自分が弾かれて居るような感覚、いつ頃から感じ始めたのだったか、それも分からなくなってしまった。

「今日も疲れた」

早く家に帰って眠りたかった、何もかもを投げ捨てて、泥のように眠りたかった。


ぼーっと歩いていたからか、目の前に駆けてきた子どもにぶつかってしまった。


「わ、ごめんなさい」


そういうと直ぐに子どもは走り去っていった。

キチンと謝れる事に少し感心しながら、自分は子どもの行先を何となく目で追っていた。


その時、僅かにお線香の匂いがした気がする。

笹とそれに集まる子どもたち、横の看板には大きく「七夕」と書かれている。

「そうか、もうそんな時期なのか」

今日は当日では無いが、確かに直ぐそこに七夕は迫っていた。

今気づいたが、道理で子どもが多いわけだ。

七夕か…


「すみません、うちの子が」


話しかけられて、ハッとした。

どうやら、思い出に耽ってしまっていたらしい。

子どもの母親に「大丈夫です」と伝えると、母親は子どもがいる場所へと歩いていった。

母親が子どもを呼ぶ、手を繋いで一緒に帰っていく。

何故だか自分は、目が離せなかった。

早上がりして、今はまだ夕方。伸びていく親子の影を見てひどく寂しい気分になった。






あれから2日後、自分は故郷へと帰っていた。

別に、この行動は衝動的に起こしたわけではない。

たまたま今日から夏休み代わりの有給休暇を取っていただけだった。

新幹線で1時間、そこから電車とバスで2時間。プラスで歩き30分、合計3時間半もの時間をかけて、自分は実家へと帰って来ていた。

辺境の田舎にある実家は、豊かな緑に囲まれた築100年位はする古めかしいが広く丈夫な和風平屋だ。

自分は高校までこの家で過ごして来た。最近は、全く帰って無かったが、大学生の頃は夏休みをここで過ごしていた。

見慣れていたはずの実家は、なんだか小さく見えた。


「おお、お帰り。そんな暑いところいないで早く上がりな」


久々に会う母は変わっておらず、自分はとてもホッとしていた。

先客として兄夫婦が来ていた、今年で小学2年生になった甥っ子を連れて。

どうやら向こうも夏休みのようで、お盆くらいまでここでゆっくり過ごすらしい。

随分と思い切った休み方だと思った、あまりダラダラしてると父親がなんていうか、と脅しをかけた後、自分の部屋へと向かった。


物は随分と減ってしまったが、やはり自分の部屋というものは落ち着く。埃が溜まっていないのを見ると、しっかり掃除がされていることも伺える。

昼前の一番暑い時、午前中は日が差し難い自分の部屋はこういう時には一番嬉しい場所だった。

実家には気本的に冷房がない、風通しが良いから相性が悪いのもあるが、父親が冷房を嫌っているからだ。

「そういえば、風鈴をどこかにしまっていた気がする」

そんな記憶を頼りに更なる涼しさを求めて、探索を始めようとした。


「そろそろお昼にするから、来なさーい!」


が、暫しお預けとなった。



夏の昼といえば素麺、これはどの家庭でも共通だろう。

しかし、麺を茹でることすらあまりしない自分には非常に懐かしく、なんだか暖かい味だった。


「そういえば、風鈴ってどこにしまってあるっけ?」


自分で探すこともいいが、場所を聞いた方が早い。別に面倒臭くなったわけではない。


「あんたの部屋の押し入れの隅にある、水色の箱の中にあったと思う」


とのことなので、食べ終わった事だし早く取り付けてしまおう。善は急げだ。



うむ、やっぱりいい物だ。風流を感じる。

本当は兄の部屋が、縁側に直結しているからあそこにつけたかったが流石に断念した。あそこは暑すぎる。

取り付けたはいいが、これからどうしようかと悩んでいると、甥っ子が部屋の前にいる事に気がついた。

甥っ子は喋ったり騒いだりするタイプの子どもじゃないのは知っていたが、無言でいられるとビックリする。


「入っていい?」


涼みに来たであろう、この礼儀のできてる少年を、自分は快く招き入れた。

窓の風鈴が風に揺られて鳴るのを背景に、ゆっくりと時間が流れていく。

こんな時間はいつぶりだろう。

畳に寝そべりながら、雲を二人で眺める。

誰もこの時間を害することはない。優しい時間。

そんな中にあったし、外気温で上がった体温が下がっていってる状態で眠るな、という方が難しかった。

甥は私のそばで眠ってしまった。朝から外でたくさん遊んでたらしいから、眠るのは当然か。

人の寝顔をまじまじ見ることなんて、これまで無かったが、安心しきった顔で眠るのだな。

なんだか私も眠たくなってきた、一眠りするとするか。








目が覚めると陽は落ち、外は暗くなっていた。

傍の甥っ子は既にいなくなっており、寝坊助は自分だけという事実に少し恥ずかしくなった。

居間に入ると自分以外の全員は既に揃っていた。

父も既に仕事から帰ってきていた。


「おう、寝坊助。お帰り」


うん、父親も変わってなくて一安心だ。


夕飯は鍋だった。女性陣を除く全員から批難を受けたが、夕飯がこれしかないと言われたら食べざるを得ない。

だが温かい食事というだけで価値が違う。とても美味しかった。

明日は刺身にしてくれるらしい。楽しみだ。


食後もゆっくりと過ごす。テレビのチャンネルを争うのも久しぶりだ、結果は甥っ子の勝利だった。

バラエティ番組を久しぶりに見た。家にテレビが無いわけじゃないが、ここのところはただの置物と化していた。

あの芸人が好きだったのだが、最近もう見なくなってしまった、あの番組が好きだったのにもう終わっていた。

そんな発見ばっかりだ。



風呂、昔は苦手だった。熱くてなんだか苦しく感じて、10すら数えたくなかった。

今の自分は普通に入れる、それだけだ。

さっきまで、兄と甥っ子が楽しそうに入っているのを聞いて、無性に入りたくなったのだが、それが嘘みたいだ。

もう、出よう。



酒盛りに誘われたが、断って部屋に戻ってきた。

布団が既に敷かれていた。蚊帳もかけてあった。

特に何をするでもないから、電気を消して直ぐに布団へ入った。

楽しそうな声が聞こえる。居間から離れているが、声だけはよく通る。

少し、寂しい気分になった。同時に安心した。

安心すると、直ぐに眠くなってきた。







朝だ。

休みなのだから、昼まで寝ているものかと思ったが、いつもの習慣かそれとも酒を抜いたからだろうか、目覚めは早くスッキリしていた。


朝7時に起きたが、どうやらまた寝坊助は自分らしい。

子どもの朝とは早いものだ、昔の自分はもっと遅く起きていたが、最近の子は元気で何よりだ。

朝はパンだった。義姉の影響だろう、我が家ではあまりお目にかからない食品だ。

あまり食べないだけに新鮮な味で美味い、食べても菓子パン程度な自分には殊更新鮮だった。


今日はどうしようかと考えるより先に、兄からのお誘いがあった。

川に遊びにいくそうだ、そういえばこの時期は自分も連れて行ってもらった記憶がある。何をしたか覚えてはないが、とにかく楽しかったのは覚えてる。

もとより断る理由もない為、喜んで同行させてもらった。

兄は車を持っていないから、父の車を借りて行く。

母の趣味で購入したというミニバン、そうだ、この車で色んな所へ行ったんだ。

この道もよく覚えている、歩いて、自転車で、車で、何度も何度も通った道だ。



川まではそんなにかからなかった。今回はそれが幸いした、勝負が無しになれば、車内しりとり最弱の称号は免れることができるからだ。

自分達以外誰もいなく、少し森に面した静かな場所。

涼しい空気が肺を一杯にしてくれる。

甥と兄が川へと突撃するのを横目に、上流の方へ移動し、自分の目的である釣りを始める。

何かを釣るつもりはない、ただ糸を垂らしているという事実が欲しいだけなのだ。

鳥の声、木が揺れる音、蝉の声、流れる落ちる川の音。

木陰に座りゆっくりと待つ。俯瞰で見たら一枚の絵画のように見えるだろうか。

そんな事を考えながら、ウキを見つめる。



しばらく楽しんでから、皆がいる場所へと帰ってきた。

兄は遊びに疲れたのか、岸辺で寛いでいた。

甥はまだまだ遊び足りないのか、一人ボールと戯れている。

流石に一人遊びをさせ続けるのもどうかと思った為、自分が彼の遊び相手になる事とした。

足が水の中へ入っていく、冷たい感触が足を包み込んでくる。

それは決して刺すようなものではなく、気持ちのいい清涼感を自分にもたらしてくれるものだった。

「川の水は、こんなにも冷たかったのか」

そんな感慨に耽っていたからか、目の前から飛んでくる攻撃に気づけなかった。

やられた、先の方に構えていた甥の水の弾丸を見事に喰らってしまった。

俯いていたせいで、頭から足先までたっぷりと水を被ってしまった。

ここまでされて黙っているわけにもいかないのが、私の性質だ。前方でしたり顔してる彼に向けて逆襲の砲撃を喰らわすことを心に決めながら、手で水を掬い取った。



あれからあったのは激しい戦だった。

幾度となく降り注ぐ銃撃を掻い潜り、何回か彼に水の砲撃を喰らわすことに成功したが、返しの銃撃を何発も喰らってしまった。

お互いが体に水を受け、後一回の戦闘で全てが決まる中、先に降伏の旗を上げたのは自分だった。

はっきり言ってスタミナ切れだ、それに兵糧も不足してきた。

そんな状況は向こうも同じだったようで、交渉の末、自分達の間に和平条約が結ばれたのであった。


太陽が自分達の真上に上る頃、自分は義姉に叱られていた。

罪状は、濡れすぎだ。

弁明を試みるも、全て弾き返されてしまった。

ちなみにもう一人の方は、着替えを済ませ、兄と共に弁当に舌鼓を打っている。

つまり、叱られてるのは自分一人だ。確かに着替えの持ち合わせがないのは自分一人だけだ。

だが、解せぬ。



車中を水浸しにするという事件は、兄が持ってきていた予備の着替えによって起こる事なく収束した。

時間というものはこういう時に限っては早く過ぎていくもので

現在時刻は15時ちょうど、そろそろ遊びを切り上げて、買い物に行く時間だ。

内容は夕飯のではなく常備品と嗜好品の買い足しだ。

日が少し傾き始めた道を、車で走っていく。


民家の間を通り、寂れた商店街を横目に大型量販店の駐車場へとスムーズに車は入っていった。

自分が高校生くらいの時にできたこの店。最初の頃は随分と画期的で良いものだと思っていたが、これの存在が全てが良かったかどうかはわからない。

確かに住民の過ごしやすさは劇的に上がったのだが、その結果沢山の犠牲を出していることを自分は無視できなかった。

別に恨みとかそういうものは持っていない、逆に嬉しい側面の方が大きい。しかし、どうにも悲しさとか寂しさが拭いきれなかった。

そんな風に考えながら、カートと共に兄夫婦の後を追う。

その後ろ姿のなんとも楽しそうなこと、無邪気に手を引かれる甥に、話しかけながら引いていく兄、それより前を進む義姉。その姿を見ていると、なんだか急に自分が間抜けで、同時にものすごい馬鹿のように思えてきた。

思えば自分は感傷に浸りすぎるのが癖であった。

心配するな、と頭を撫でてくれた皺の寄った手を思い出した。

そうだ、心配など求められてないのだ。もしあったとしても自分が気安く同情して良いものでは無いのだ。

それに気づくと、視界が開けた気がした。

開けたからか、自分は在りし日の楽しみと再開することが叶った。

それを自分は兄夫婦に内緒で購入することにした。

「1、いや3は必要か?多いかも知れないが、まぁ使い切れるだろう。」



量販店を後にし、大量の荷物と共に実家へと帰ってきた。

時刻は16時半頃、まだ外は明るい。

自分は荷物の中から、秘密のやつを取り出してそそくさと自分の部屋へと向かった。

案の定興味を示した甥には後のお楽しみとだけ言ってあるが、好奇心の塊である男の息子にそんな言葉だけで秘密性を保持できるとは全く思ってなどいない。故に隠す、もしくは見張る必要がある。

念には念を入れて、自分は両方の手段を取ることにした。

押入れの中、なるべく奥の方にモノを設置、自分は部屋で待機。最強の布陣だ、さぁ何処からでもかかってくるがいい!





策というものは講じる事にこそ本意があるのだ。実際上手くいったかどうかは二の次である。つまりはそういう事である。

まぁ、助かってはいる。見張りだと意気込んだのはいいが大概の時間はこの精密部品で組まれた板っきれに吸われていたからな。技術の進歩には驚かされることが多い。

さて、帰宅から2時間ほど、父親も帰ってきて皆が食卓に集まり始めた頃合いだろう、自分も重くなった体を少し解してから向かう事にした。

道中、何気なく覗いた部屋の中に、甥と兄が寝ているのを発見した、よく考えればあんなに激しく遊んでいたのだ、寝ているのも頷ける事だった。

起こそうか悩んでいると義姉から、兄と甥を起こしてきて欲しいという旨の連絡が来ていた、故に自分は悠然と部屋へと踏み込み、眠る二人に声をかけようとした。それが罠であると知らずに。

突然起き上がると同時に、バァ!という定番の声をあげた二人、笑う二人と対照的に私はかなりの間抜け面を晒していた事だろう。まさかこんな古典的な罠に引っ掛かるとは、随分と鈍ったものだ。



居間では既に食事の準備が整えられていた、と言っても出前されてきた寿司桶が卓のど真ん中を占領しているだけだが、その光景に自分はつい息を呑むほどに圧倒された。刺身と聞いていたからだ。

随分と豪勢であった、頭数が多いからというのもあるのだろう

が、久々の帰省を父親なりに喜んでくれていると解釈するのはいけないことではないだろう。現に寿司や刺身は私と兄の好物なのだ。

思わぬグレードアップに内心も表情も綻ばせている中、争奪戦は始まっていた。

ぬかった!先ほどまでの微妙なピリ付きはこれであったかと、理解してからではもう遅い。自分が席についた瞬間弾き出されたかの如く全員の手が伸びる。目の前にある種煽情的な光沢が、漆塗りの鮮やかだがどこか無機質なものへと変化していってしまう。

主役級は既に陥没しかかっている。この状況で、どう立ち回るのが最もクレバーか思案している暇すらない。

とにかく手を伸ばさねば!



結果から言えば、そこそこの戦果であった。もちろん目当てのものはある程度食えたし、終始争奪戦を行っていた、というわけでもなく最初の一合のみの立ち会いで実際はかなり和気藹々とした夕食だった。

ちなみにMVPはもちろんこの場の最年少が取ったが、2位争いは自分も兄も父母に敗北してしまった。

クソ!自分も玉子と穴子と鰤を食いたかった!

しかしその他は上々であった。自分は特に光物や貝類が好きなのだ。その点王道好きの兄は苦戦を強いられたようだが、MVPと好みが一緒の時点で敗北が確定していたのだろう。


飯を平らげ、現在19時程。

流石の夏場といえど夜の帳が下りる時間帯である。しかし気分はまだまだ上向き、夜には夜のお楽しみがあるのである。

普段なら直ぐに酒盛りへと移行してしまう父親でさえ、今は茶を飲みながら寛いでいる。

理由は簡単だ、今日が7月7日だからだ。

別に休日になるわけでもない、ある程度歳を食えば何でも無い日。しかし、この家にはなんでも無い日じゃ無い日の人間がいるのだ。ならば大人として、何でも無い日を何でも無くさせるのも苦では無い。思えば父母も祖父母も、自分が楽しんでいた時は共に楽しんでいてくれたのだな。

庭にある笹の木に願いを書いた短冊を吊るしていく。

父母は中頃に寄り添うように、兄家族は天辺の方に甥の短冊を押し上げるように、自分は丁度兄家族と父母の間ほどに。

願いの内容はお互いに教えないようにしている、主役殿からそうお触れが出たからだ。

無邪気に織姫と彦星も物語を信じるその姿に、多少のノスタルジーと若者特有の輝かしさを感じながら、夜空を見上げる。


満点の星空だった。よく見る写真のように夜空がほんのり青く光って、その中に幾つもの光点が浮かんでいる。

何回も、何年も見上げていた筈なのに、初めて見たような感動が胸に起こった。


「何泣いてんだよ、感極まりすぎだろ。」


と兄に指摘されるまで泣いていることに気づかないほどに魅入っていたのだ。

泣いていることを理解するとなんだか猛烈に心が軽くなった。同時に涙と笑いが溢れて止まらなくなった。

「ああ、こんなにも。こんなにも空が綺麗だ。」

正直何故泣いているのかなんて自分にもわからない、もしかしたらこれは唯の一過性のものに過ぎないのかもしれない。

それでもこの瞬間に、体が軽くなって、何か救われた気がしたんだ。


一頻り泣き、甥にも義姉にもたっぷり心配された後に、自分は隠しておいたお楽しみをご開帳する事にした。

そう、花火だ。勿論癇癪玉を使うような本格的なのでは無く、スーパーやコンビニのレジ前にあるようなチープなパッケージの奴だ。それを三つ。

母や義姉には少々の呆れが混じった目を向けられてしまったが、目当ての甥や兄からの評価はかなり良い、思ったより高かっただけに好みを外してしまっていたらどうしようかと思っていたから反応に救われた。

さて抑えていた好奇心に火がついたらあとは早いもので、手際良く水などの準備が進められて、丁度手持ち花火にも火がついた所だ。

緑やピンクの火花がソコらで噴射されて、物を燃やした時に出る、あの匂いも漂ってきた。

他にもネズミ花火や、小型の打ち上げ花火等もたっぷり楽しんだ。

特にネズミ花火はお年頃の甥に非常に好評だった。だからそれを人に向けて放つのはやめなさい!


宴もたけなわと言った所で各々に線香花火を配り、一斉に火をつけた。パチパチと火花が散っていくのを見ると、なんとも言えない緊張感が降りかかる。

じぃっと見つめるその横顔を見て父が


「今日1日で少しはマシな顔するようになったな、なんか良い刺激を貰えたようで何よりだ。」


と自分に言ってきた。

そうか、自分はそんなに酷い顔をしていたのか。自分じゃ中々気づけない事だからちゃんと指摘してくれる父の言葉に感謝しかない。

それ程までに心配をかけさせてしまっていたのか、確かに昨日までの自分は随分と疲れていたように思う。変わらない毎日に変われない自分に嫌気が差して毎日を淡々とこなすしか出来ないようになってしまっていた。

しかし、この二日間で色々と吹っ切れた。無邪気に遊んで笑うのも、憂いを解消するのも、人の暖かさに触れるのも全てが楽しかった。当たり前だと思っていたものが、こんなにも尊い物になるとは思わなかった。だから忘れてしまっていたのだ、こういう時間を過ごすことの大切さを。

そっと火が地面へと落ちる。火が消えるというのは何か良くないことの前触れに思われがちだが、今の自分にとっては悩みを一緒に燃やしてくれた優しい火であり、心に灯す希望の火でもあるのだ。


皆の線香花火が消えた後、片付けを徹底して行いそのまま就寝となった。兄の提案で今日だけは居間に布団を敷き皆で寝ている。そばに人がいるというのは何と落ち着く事だろうか。

昔はうるさいと思っていた父のいびきも、兄の寝相の悪さも全て懐かしく愛おしい。





次の日の昼、自分は電車に乗っていた。休みが終わるため一人暮らしの家へと帰るのだ。

見慣れた景色がどんどんと遠ざかっていく。

しかし泣くほど悲しむことではない、勿論寂しいものは寂しいがもう二度とここに帰って来てはいけないわけでもない。無意識的だが自分は後悔を抱えに帰ったのではなく、逆に降ろす為に帰ったのだろう。やはり自分に必要な事は自分が一番わかっている。

今回の帰省で色々なものを思い出すことが出来た、頑張る理由、何故家を出たのか、そして楽しむ事を。

そういえば今の自分の家を選んだのは、確か今はない商店街に街並みが似ているからだったか。

さて、来月のお盆も必ず帰ろう。その時まで少し筋トレでもするかな。

ああとても

「楽しみだ」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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