君の心は私の心を色づけた
ようやく、最終回となりました。ここまで、いろいろあって、なかなか執筆を進められなかったこともありますが、無事に完結させられてよかったです!!
『君のことが好きだから』
そういって、私のことを静かに優しく彼は見つめた。
「私も――あなたと一緒にこの世界を見たい!」
そう言うと、涙がとめどなく溢れた。涙でぼやける視界の中、糸が切れたように倒れるクロの姿が映った。
「クロ!」
いくら声を掛けても反応がない彼を見て、悪寒が走る。
このままではクロが危ない。何とかしなくてはいけない。そう思うが、どうしようもできない自分に途方もない無力さを感じる。
どうして私は、こんなにも無力なのでしょうか――。
好きな人を助ける事も出来ない、そんな自分に嫌気がさします。
その時、その不安をかき消すように後ろから声が掛けられる。
「お嬢さん、こんな暗いところで助けてくれるナイトがこんな状態じゃ危険だよ――」
「あっ、え…と、その」
突然話しかけてきた男にどうしていいか分からず口籠る。一体この人は誰なのだろうか。どっからどう見ても、怪しい…。
その男は、傷だらけで倒れるクロを一瞥し、納得とばかりに小さく頷く。
「なるほどね…年に一度の楽しみを見に来たら、まさかこんな偶然に巡り合うとは」
「あの…」
その男は、思考に耽るのをやめ、顔をあげる。
「それで、今は大変な状況というわけだ」
「はい、そのとおりです…」
「実は、俺はそこに倒れている奴と昔からの馴染みなんだよ」
その男は、頬をぽりぽりとかきながらそう言った。だが、その男は明らかにクロとは歳が離れており、知り合いというにはどうも怪しいと感じた。
『そいつには、いつも世話になってるんだ――』
その男が言った言葉は、すとんと私の中で納得させるような言葉だった。その言葉の節々には、ぬくもりや優しさが込められており、その人は、きっとこの人のことを大切に思っていることが見て分かった。
そんな色をしてるように感じた――。
「だから、今度は俺がそいつのために何かしてあげたいんだよ」
その言葉は、嘘偽りのないこの人の本心なのだと感じた。さっきまで感じていた不安が嘘のように消え、今では温かいような懐かしいような――そんな感覚があった。
だから私は、自然に彼にお願いをすることができた。
「私たちを助けてください!」
その言葉を聞いた男は、嬉しそうにはにかみながら「任せろ」とポンっとその男の胸を叩いて言った。
そこからは、とんとん拍子に事が進み、その人が何か指で合図したかと思えば、素朴な馬車がその男を迎えに現れ、その馬車に乗るように指示をされたので、乗車するとすぐに出発した。そして、しばらく馬車に揺られながら月明かりでぼんやりと明るくなる景色を窓から眺めること、約一時間。
森の少しだけ道のように見える入り口部分までやってきた。
「やっぱり、しばらく来ないと生い茂っちまうよな…」
その男は、クロをひょいっと軽く抱きかかえ、その道を歩み始めた。
「枝とかあるから気をつけろ」
少しだけ木々の隙間から漏れる月明かりに照らされてるお陰で完全に見えないという訳でもないので、何とかその人の背についていくことが出来た。
そして、しばらくその人についていくこと数十分。
「さあ、着いたぞ」
月明かりが満ちるどこか神秘的で不思議な森の開けた場所にやってきた。
そこには、赤い屋根の小さな家がぽつんと建てられており、その家が周囲の景色と溶け込むようにそこに存在し、森と一体となって主の帰りを待っているかのようにさえ感じた。
「ここは…?」
「ここは小さい頃に俺が住んでた家だよ。今は俺も立派になってはいるが…最初からそうだったわけじゃない」
その人はその家をどこか懐かしむように見つめていた。
「さぁ、辺りも暗い、早く中に入ろう」
そう言って、クロを抱えた状態でドアを開け、中に入っていく。ドアの向こうに消えていく彼の背についていくことにする。
中はしんと静まり返っており、外見に見合わず広い感じであった。
その人は、迷うことなく暗がりを進み、どこかの部屋に入り、クロをベッドに寝かせた。そして、近くの壁掛けランプに光をともした。
「今日はもう遅いから、隣の部屋で君も寝るといい。私は、一度我が家に帰らなければいけないので、これで失礼する。明日の朝には戻ってくるので、そのつもりで頼む」
「は、はい!」
そう言って、その男は足早に部屋から出ていった。
なぜ、急に素っ気ない感じになったのでしょうか?さっきまでは、あんなに優しくそして温かみがあったのに――。
最後別れる際は、少しだけ悲しい――色をしていたような。
私は、寝ているクロを静かに眺める。そして、静かに手を伸ばしクロの頬に手を添える。
「私もあなたのことが好きですよ――クロ」
その言葉を聞いた者はいなかった。だが、その自分の言葉で納得がいく。自分のクロに対する気持ちが確かなものに変わるのを実感し、確信した。
そして、しばらくクロを眺めていると安心したのか、だんだんと瞼が重くなるのを感じた。そして、静かにゆっくりと眠りに落ちるのだった。
◇◇◇
そして、朝が訪れた。
ゆっくりと目を覚ますと、上体を起こしたクロの姿が目に映る。
「むぅ…う?あっ!クロ!目を覚ましたのですね!」
その私の言葉にクロは気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。
「あぁ…その、心配を掛けたみたいだな」
確かにクロが倒れた時は心配しましたが、今は目覚めてくれたことにとても安心しています。
そして、クロとここについての話が始まったタイミングで昨日助けてくれた男の人が現れた。
その時、その男の人にクロが掛けた言葉が敬意を払ったものでとても驚いた。
クロがいま何をしているのかは分からない。でも、クロが他人に敬語を使うとも思えない――。それならいったい誰なのか。
クロは、いつも黒の騎士服に身を包んでいた。それはつまり国と関係があるということだ。それならばこの人は、クロの仕事場の上司…もしくは――。
でも、この人からは私たちを慈しむような温かい雰囲気を感じます。それに、どこか懐かしいようなそんな気がします。
私が会ってきた人は、今までに私のお世話をしてくれたメイド――それと、父と母ぐらいです。
それは、私が部屋から出れなかったから。部屋から出れない理由は――私の思い込み…世界からの拒絶だと思っていました。でも、本当は私のことを守ってくれる人もいたのではないか。私は、他の人の気持ちを今まで考えてきませんでした。考える機会もありませんでした。
でも、クロにあって初めて人の気持ちに触れました。私のことを愛してくれている。そう心に伝わりました。
そして、それはあの人からも同じです。私たちのことを大切にしてくれているのがとても伝わりました。
もしかしたらこの人は――。
◇◇◇
「じゃあ、おじさんはそろそろお暇させてもらうよ。二人とも仲良くするんだよ」
「はい!本当にありがとうございました!」
父が部屋から出るのを最後まで見届ける。
本当に最後まで私のことを、いいえ私たちのことを大切にしてくれていた。
「私のお父さんは、本当に優しい方だったんですね」
もしかしたら、部屋に閉じ込めたのは父かもしれない。でもそれは、私のことを守るためだったのだろう。あの過去以来、私が外の世界を見る事が無かったのは、私を心配して私の為にしたことだったのかもしれない。
それは分からない。でも、一つだけ言えることは、私は私を閉じ込めた人を恨まないということだけ。
世界から拒絶されていたのではなく、私が世界を拒絶していた。そんなまわりの見えない私を守ってくれていたのが、その人なのだろうから。
これからたくさん頑張らないといけない。クロと一緒に。私の父が小さい頃に暮らし、そして育ち私たちに預けてくれたこの家で。
本当に私は、ちゃんとクロの為に何かしてあげられるでしょうか――。いいえ、二人ならきっと。きっと、どんな困難でも乗り越えて、そして、たくさんの物を見て、聞いて、知って、たくさん幸せになれます。
今からとーっても楽しみです。
◇◇◇
そして、月日は流れ――
私は、静かに机の上にペンを置いた。窓の外では、楽しそうに駆け回ってはしゃぐ娘の姿とそれに振り回されながらも楽しそうにする夫の姿がそこにはあった。
私は、今とても幸せです。愛する夫に可愛い娘。いつも平和で穏やかに過ごす日々が何よりも幸せに感じています。
今までにたくさんのことがありました。クロと出会って、街を一緒に歩いて、買い物の仕方を教えてもらって――。花火もみました。私の中にある思い出が昨日のようによみがえっては、懐かしむ。そして、今を見つめるんです。そうすると、幸せだということを心の底から実感できるんです。
クロは、今正式な騎士として私の父に仕えているそうです。王の話が出ていて苦労しているといっていました。その時は少しだけ笑ってしまいました。クロは、笑い事じゃないよといっていましたが。
かくゆう私は、娘が出来るまでは働きに出ていました。クロは、そんなことしなくてもいいと言ってくれましたが、少しでも、生きるのにどれだけ大変かということを知りたいと思ったので、無理を言って働くことに決めました。
それも、娘が出来てからは、クロに迷惑を掛ける日々が続きましたが、クロはいつも私を心配させないようにか穏やかに微笑んでくれていました。
私は今でもあの時のクロを忘れていません。私に好きだと告げてくれたクロも。そして、これからもどんどんとクロの好きな部分が増えていって、私今でも恋してるんです――クロに。
「君の心は私の心を色づけた」
小さく呟くと娘がこちらを向き、大きく手を振ってきた。
「ママ!!遊ぶ!!」
「はーい!」
私は、足早に外に繰り出す。頬を撫でる温かな風と私のことを優しく支える綺麗に切りそろえられた芝生、そして私のことを温かく迎えてくれる家族。
私は、勢いよく愛する人の胸に飛び込んだ。
◇◇◇
ふわっと風が吹き、机の上に置かれた開かれたままの日記がページをすすめる。そして、風が止み止まったページの一番最後の行。そこには――。
『黄色の世界』
そう、書かれていた。
それでは、皆さん!応援の程ありがとうございました!!また次回作でお会いしましょう。次回作は、長編ですので、気長に見ていただけたらなと思います。結構、面白いです。自分で言うのもなんですが。ははは。