君の心は俺の心を色づけた
お久しぶりです。いろいろと執筆に支障をきたすぐらいにごたついてしまって、なかなか作業に取り組むことが出来ませんでした。ばたっ
という言い訳をまずさせていただきました。まぁ、ほんとにそんな感じでなかなか執筆できませんでした。ごめんなさい!!
目を覚ますとそこは、見知らぬ部屋のベッドの上だった。あたりを見渡しても、見覚えのあるものは一切なかった。
すると足の方に若干の重さを感じ、目をやると、すやすやと眠るレインの姿がそこにはあった。
ずっと、自分の傍にいたのだろうか…?自分が寝ていた、ベッドの近くには、今レインが座る椅子と花が挿してある花瓶が置かれた、背の高い丸机があった。
それにしても本当にここはどこなんだろうか…?
俺は、あの日、レインを攫って隣町の花火大会に向かった。もし、ここが王宮でないなら、今のこの状況はとても危ないといえる。今頃、国が血眼になって姫を探してる事だろう。もし、捕まってしまえば――少なく見積もっても、死刑は確実だろう。
だが、後悔はしていない。あの時のレインは、心から笑っていたように感じた。俺は、彼女に少なくともその時だけは幸せを与えられたのだと思うから。
「むぅ…う?あっ!クロ!目を覚ましたのですね!」
眠り眼をこすりながら目覚めた姫は、自分の姿を見て大きく跳ね起きた。
「あぁ…その、心配を掛けたみたいだな」
「いえ、クロが倒れた時はとても驚きましたが、無事に目を覚ましてくれて、安心しました」
レインは、優しく微笑みながら自分を見つめた。いつもの快活そうな彼女とは裏腹に、おしとやかな彼女を見て、思わずドキッとしてしまった。
「そ、そういえば、ここはどこなんだ?倒れた時からの記憶がないんだが、一体どうやってこんなところに?」
「それはある人が助けてくれたんです」
その時、ギギッと音を立て、扉がゆっくりと開かれ、扉の向こうから、見知った顔の男が現れた。
「どうして、ここにおられるのですか…?」
そこにいたのは、紛れもなく王、その人だった。
「なんだね、そんな引き攣った顔をして、せっかくのかっこいい顔が台無しだよ?クロウ君」
からかうように話して来た王は、ニヤニヤとした表情をしていた。
「あなたもお人が悪い…」
「やっぱり、この人はクロのお知り合いの方だったんですね!昔なじみの友人といっていましたが、ちょっと歳が離れすぎてる気もしてたので、不安だったんです」
そんな怪しい人についていくのは、どうなんだ?というか、もしかしてレインは――気付いていないのか?
そして、王の方に目をやると、小さく肩をすくめて、首を横に振った。
多分、王も自分の正体を明かすことはしないようだ。こんなに近くに大切な存在がいるというのに、気付かないなんて、悲しいことだと思うが、事情も事情なので仕方がないだろう。
レインは、辛い過去に蓋をして自分を守ることにした。そして今の今まで、過去に何があったのか忘れていたのだ。まだ、あの事件が起こる前までは、一緒に居た両親の顔だって、小さい頃に見ただけでそれ以降、目を合わせる事も無かったのだ。
レインが、気付かないのは仕方のないことなのだ。でも、やっぱり、あそこまで娘のことを心配し、愛して、そしてその愛してる娘に忘れられる父というのは、どれほどまでに苦しく辛いものなのだろうか。
自分に推し量ることは出来ない。でも、それがとてもつらいということだけはわかる。
王はいつも通りの飄々とした態度をとっているが、内心ではどう思っているのだろうか。
「今回は、本当に知り合いだからよかったが、これからはこんな怪しい人について行くのは禁止だ」
「おいおい、それは酷い言い草だなぁ」
口では、ああいっているが王は、あまり気にしていない様子だった。
「分かってますよ。でも、この人からは、何でしょう…温かい色が見えた気がしたんです」
「温かい色――?」
今まで、レインは暗く、狭い部屋に閉じ込められていた。その理由は、決して悪いものではなく、彼女自身の身を案じた物ではあったが、それでも、彼女本人にとっては、辛く、灰色のようなものだったのだろう。
そんな彼女は、色を見分ける力に秀でていたのかもしれない。それでも、人の感情を色で視覚化できるなんて聞いた事もないが――。
現に、彼女の父親である王は、彼女のことを大切に思っているし、彼女が王に見た色は間違っていないだろう。
「私にも良く分からないんです――その、えっと、クロにその…」
なぜか、レインは口籠りながらもじもじしだした。
「好きって言われた時から見えるんです!」
「ぐはっ!!」
心臓部分を抑え、勢いよく俯く。
思い出しただけで、恥ずかしさのあまりダメージが!
「クロウもなかなかやるようになったなぁ」
それも、彼女の父親の前でって、どんな羞恥プレイだ。恥ずかしすぎて、顔が上げられないんだが。
「そ、それよりも今後どうするつもりなんですか?」
さらりと会話の内容をすり替える。
忘れてはならないが、今の状況は、姫が攫われ、国の一大事という状況だ。
今頃、自分は、指名手配犯とされ、憲兵隊に血眼になって探されている事だろう。
「それは、気にしなくてもいいぞ」
王は、飄々とした態度でその不安に答えた。
「しばらくは俺も王の座を降りることは無いだろうからな。お前たちが、子供を産めば済む話だろ」
「こども!?」
二人の声がぴったりと揃った。
「わ、私とクロの子供ですか…うぅ…恥ずかしいです」
レインは、両手で自分の顔を覆って恥ずかしそうにしていた。
可愛い…
「い、いやいや、でも、憲兵隊は関係なく動いているのでは?」
そう言うと、王は高らかに笑った。
「俺を誰だと思っているんだ?」
王は、片側の口端をあげて、自信たっぷりに言った。
そういえば、この人は、国の王様だった。この人の一声で、その国のすべてが動くのだ。どういった方法をとったのかは知らないが、憲兵隊を抑えるぐらい訳ないということか。
「それでは、俺たちは、これからどうすれば…?」
「自由だよ――自分たちのしたいことをすればいいんだ。他の街にいくこともいいだろう。いろいろな物を見て、食べて、知ることもいいだろう。君たち二人の好きなように生きてみるといい」
「好きなように――」
ふと、レインの方に目をやると、レインは、目を輝かせてとても嬉しそうにしていた。
「私、とーっても楽しみです!」
レインと一緒なら、どこに行ってもどんなことがあっても、幸せだと思える。
「そうだな」
「はい!」
レインは、満面の笑顔で嬉しそうにしていた。
「そうなると、お金を稼いで、住む場所を見つけないとな――」
「それなら心配するな。こちらで援助しよう」
「それはいけません!」
レインは、勢いよく立ち上がって言葉を続ける。
「私、クロに教えてもらったんです。その人にとって大切な物を交換するときにはこちらもそれ相応の対価を差し出すことで成り立つ取引があるって。その対価というのは、その円い塊の…お金、というもので、決して簡単には手に入らないものなんですよね」
正直驚いた。部屋に閉じ込められ、あらゆる常識を知ることなく過ごしてきた彼女が、お金の大切さを知り、その大切さを知ってもなお、その援助を断った彼女の心に。
王である彼も、まさか断られるとは思っていなかったのか、目を大きく開いて驚きを隠しきれていなかった。
「生きることが大変だということは、深く知りません。ですが、簡単なことではないというのは知っています。あなた様が私たちのことを心配し、助けようとしてくれているのは分かります――しかし、私は知りたいのです。知らなければいけないと思うんです。生きることの大変さとそこから生まれる幸せを」
王は、涙をこらえるように、顔を背け、俯いた。
「そうか」
短く、たった一言を小さくつぶやいた。
しばらく静かな時間があり、調子を取り戻した王が、口を開く。
「それじゃあ、これからいろいろと大変だろうが、お互いを信じて、支えあって、過ごしてほしい」
目元を赤くした彼女の父は、はにかみながらそう言った。
「はい、まかせてください」
「じゃあ、おじさんはそろそろお暇させてもらうよ。二人とも仲良くするんだよ」
「はい!本当にありがとうございました!」
そして、彼は、後ろ背で片手を軽く振りながら、扉の奥に静かに消えた。
「私のお父さんは、本当に優しい方だったんですね」
レインがぽそりといった言葉にギョッとする。
「気付いていたのか!」
「確証はありませんでしたが、不思議とそんな気がしたんです。でも、やっぱりそうだったんですね。どうりで、あのクロが礼儀正しいはずです」
それはたしかに――あの人以外で敬語を使うことはないし、何よりあの人は国の王だからな。それに、自分の師でもあり、恩人でもある。敬意を払って、当然の相手なのだ。
普段の自分を知っているレインからすれば、どこか不自然だったのかもしれない。それを踏まえても、本当の父であり、久しぶりの再会でもあるのに平然としていられるものなのだろうか。
そして、レインの方を見ると少しだけ口元が震えてるのが分かった。
何年も会えず、顔すら忘れていた、自分と血のつながった相手。久しぶりの父との再会に何も感じないということは無いのだ。
レインが父に恨みを持っているのか、はたまた、感謝しているのか――そんなことは、関係ないのだろう。
「レイン…」
「分かっていますよ。これから、たーっくさん頑張らないといけませんね!」
レインは、朗らかに笑って見せた。これから起こることが待ちきれなく本当に楽しみにしているように、そして、不安は残るもののそれを見せようとせず、自分と一緒にこれからを過ごしていこうとしているかのように――。
◇◇◇
月日は流れ――
俺は、組織をやめ、国の正式な騎士として認められ、王直属の精鋭騎士に抜擢された。
もちろん、王直属の騎士というだけあって、俺以外の二人を十分に養えるだけの給金も出た。
俺たちは、今もあの人に用意してもらった、森の開けたところにひっそりと建てられた小さな赤い屋根の家に住んでいる。
引っ越そうと言ってはいるのだが――自分の妻があまりにもその家を気に入ってしまったため、当分というか、おそらく、引っ越すのは家が倒壊寸前になった時だろうと思う。
特に生活に支障があるわけでは無いのでいいのだが、少しばかり街から離れているので三人で買い物をしに行く際は、片方に妻、もう片方に娘を抱えた状態で森を抜けなければならない。
それでも、楽しいことには変わりないので、特に不満はない。
今ある不安といえば――王の代替わりの時期が近づいてるということか。それも、何が不安かというと、新しい王に自分が候補としてあがっていることだ。
俺には務まらないと発言しているにもかかわらず、なぜか騎士団の者たちから受け止めきれない期待の眼差しを向けられている。本当に勘弁してほしい――。
そんな話は置いておくとしてだ。
俺は、今とても幸せだということに偽りはない。だって今日だって――。
「クロ!今回は少し離れた国に行ってみませんか?」
「少し離れたって…結構距離はあると思うぞ?」
俺は、地図を見ながらレインに問いかける。
「クロなら行けます!」
「レインとクインを担いで、走るんだぞ?」
そんな俺の不安をよそにレインは、自信たっぷりに言う。
「行けます!」
俺は、力の抜けた声で返事する。
「分かった…荷物をもって、クインを呼んできてくれ」
「はい!」
今日も――いや、これからもレインに振り回されることになりそうだが、それでも家族と一緒に幸せに暮らしていけたらと思う。
俺の人生は、今まで命令だけをこなすだけでそれ以外に何も知らなかった。誰かを幸せにすることも、誰かと楽しさを共有する事も、縁遠い世界で生きて来た。そんな俺の世界は何の楽しさも存在しない灰色の世界だった。
そんな俺の世界を溶かしてくれた。色づけてくれた。君の優しさが――。
「君の心は俺の心を色づけた」
「何か言いましたか?」
レインは、不思議そうにこちらを振り向く。
「いや、何も」
「そうですか?」
そして、荷物を再度取りに行こうとする彼女の背を呼び止める。
「レイン!」
「はい?」
「愛してる――」
レインは、顔を赤くしながら少しだけ俯いて言葉を返す。
「私も愛していますよ――クロ」
そんな二人の世界を壊すかのように後ろから声が飛んできた。
「パパとママ!ラブラブ?」
その言葉に我に返り、二人そろって顔を真っ赤にするのだった。
そして、そんな日々はこれからも続いていく――。
次回が最終回です。今回は、クロの視点ですが、次回はレインの視点になります。
そして、最終回を迎えた後は、今の今まで考え込んでいた新作を書いていこうと思います。そちらの方は長編となりますので、どうぞ長い目でよろしくお願いします。