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白痴の黒  作者: 忌神外
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8話 ゲヘナなる老人

「あの……、もう死んでいると思うのですが」


「それが何か?」


「えっと、正当防衛として認められないかもしれませんよ」


「認められる? 貴公は何を言っている? それにこの男は我らを侮辱した。万死に値する」


 あの後、激昂して、襲い掛かった二人をこの女性は難なく切り捨てた。


 しかし、それでは収まらないのか、死体をひたすらミンチにしている。手早くスマートフォン回収しといて良かった。割れるのも汚れるのも嫌だしな。


「でも、もう死んでいるので、それ以上潰しても意味がないと思うのですが……」


「これは私の自慰だ。貴公にとやかく言われる謂れはない」


 自、えぇ……。なんかすごいこと言わなかったか。いや、えぇ……。今度はこの二人から逃げるべきだろうか?


「君放っておきたまえよ。それより、村まで案内してもらえるかな」


「えっと、実を言うと、私は商人ではありませんし、村までの道を知りません」


「貴公、何故知っていると偽った」


 自慰を終えたのか、こちらに戻ってきた女性がそう言ってきた。


 いや、自慰を終えたってなんだ。


「いえ、それは本当です。あの三人に捕まる前はバウムシュタム村に居ました」


「ならば、道を知っているはずだと思うが」


「いえ、それはその、何て言ったらいいものか……、ちょっとした記憶喪失?気が付いたら、村にいたと言いますか……」


「村に来た以前の記憶がないのか」


「そういうわけではないのですが……。えっと、私は日本人なのですが。ここがどこだかわかっていないものでして。えっと、もしかして日本じゃなかったりしますか?」


「ここはツァバート領だ。ニホンなんて地名はない」


「ええっと、もしかして国名に疎かったりしますか?」


「貴公は私を侮辱しているのか?」


「ああ君君、私もその様な国は知らんよ」


「はあ、そうですか。結構色んな方に聞いているのですが…」


「あ! ソトガミさん! やっと見つけました!」


「ん……? フィオナさんか。ちょうどよかっ……全然良くないな」


 今、すぐそこに追いはぎの死体が転がっている。流石にこの光景を見せるわけに行かない。


「ソトガミさん!やっと見つかったのに、走り寄って、目隠しなんて酷いです!」


「貴公、少女をそのように扱うのは感心しないな」


「いや、貴女のせいで目隠ししなくてはならないのですが…」


「侮辱か?」


「侮辱ではなくただの事実です。貴方方の名前を伺っていませんでしたが、とりあえずは移動しましょう」


「ソトガミさん! 何で目隠しするんですかっ! 私真っ暗で何も見えません!」


「ああ君君、教えるから、場所を変えよう」


「助かります」


「……全く酷いです、ソトガミさん。せっかく探してあげてたのに」


 急いでいたから仕方ないとはいえ、流石に前から目隠しはよろしくなかった。フィオナさんの顔を右手でがっしりと鷲掴みにする形になっていたのだ。この通り怒っているようだ。


「申し訳ないとは思っていますが、まあ、ちょっと……」


「ちょっと、何ですかー?」


「ああ、いや特には……」


 流石に言えない。うまい誤魔化し方も考えておくのだった。


「フィオナさん、とりあえずそれは後でお願いします」


「ソトガミさんー?本当に悪いと思ってますか?」


「それはもう、本当に」


「……わかりました。なら、許してあげます」


 まだ少し不服そうではあるが、一先ず許してもらえたようだ。


 二人の名前を伺ったところ、女性はリテーリアさん、老人の方はアルセドさんというらしい。


「そういえば、お二人はどうして、バウムシュタム村に?」


「村長と話がしたい。まあ、行くまでもなく、目的は半ば達しているようなものだが」


 それはどういうことだろうか?


「貴公、今のは忘れよ」


「はあ」


 嫌な予感がするが。


「祖父に用があるのでしょうか」


「何、少し買い物をしていくだけだ。心配しなくてよい。貴女が村長の孫だというのは、いささか驚いたが。しかし、まだ幼いというのによく案内してくれるものだ」


「あっいえいえっ、そんな……」


 どうも、フィオナさんはリテーリアさん相手だと、恐縮してしまっているようだ。


「お嬢さん、そう畏まることはないとも。どれ、手を出してごらん」


 アルセドさんはポケットから小さい袋を取り出すと、その中からさらに小さい何かを取り出し、フィオナさんの手のひらに置いた。


「あの……これは?」


「まあ、口に入れてみなさい」


 見たところ、飴か?


「あ、とても甘いです!」


 フィオナさんは少し緊張した顔から、少女らしい笑顔になった。

 

 うん、飴か。


「君も食べてみたまえ」


「え、ああ……どうも」


 私もいただけるようだ。見た目は白い飴だな。知らない人から貰う食べ物には正直、警戒心があるが、フィオナさんが食べてた感じ、多分大丈夫だろう。どれ……。


「確かに甘いですね」


 甘さに少し癖はあるが、思ったよりは美味しい。


 しかし、仕方なかったとはいえ、またあの村に戻ることになる。私が突然、村の外に逃げたことをどう説明したものか。とりあえず、逃げるにはもう空腹で難しいかもしれない。それに疲労も溜まっている。


 ……早いところ、状況を打破しなければならない。人が死んでいるのだ。これはドッキリなどではない。少なくともすべてが起きていたことだ。


「フィオナ、今までどこに行っていたんだ」


 村に着くころには夕暮れになっていた。カールさんは心配していたみたいで、家の外で待っていた。少し不機嫌だったが事情を話すと、気難しい顔はしたが、特に怒られるようなことはなかった。


 アルセドさんはすぐに村長と話がしたいとのことで、村長宅に入ることになった。因みに私とフィオナさん、リテーリアさんは外で待たされている。


「ソトガミ、貴公は本当にここの出ではないのだな?」


 少しの沈黙が続いていたが、不意に沈黙が破られる。


「え、ええ」


「ニホンという地名にも偽りはないのだな?」


「はい」


 今日まで疑われてばかりだが、疑いたいのは寧ろこちらの方だ。


「両親や兄弟はいるか」


「え?ああ、両親はいますよ。まだ死ぬような歳でもありませんし。兄弟はいません」


「そうか。ならば、貴公には謝罪せねばならぬな」


 聞き返そうとしたところ、扉が開く音が聞こえ、扉にはカールさんがたっていた。


「話は終わった。入ってきなさい」



「わしの息子になりなさい」


 何を言っているのだ。


「えっと、おっしゃっている意味がよくわからないのですが」


「わしの跡継ぎになってくれ、頼む」


 いや、何を言っているのだ。それにそれではさっきと変わっていない。


「すみませんが、もう少し詳しく、お話いただけないでしょうか」


「ああ、いかんいかん。その通りだとも」


「……主君、私が説明します」


 ちなみに今、カールさんとフィオナには席を外してもらっている。居るのは私とアルセドさん、そしてリテーリアさんの三人。


 とりあえず、頭がおかしい人たちを相手にしているのは分かった。しかし、迂闊に刺激して、殺されてはたまったものではない。一先ずは聞く側に回るか。


「ああ、頼むよ」


「ソトガミ、貴公も異存ないな」


「ありません」


「では、先に貴公に尋ねるが我が主君が如何なる人物か、知っているか」


 知るわけがない。しかしまあ、一応、昔の格好が好きな変人辺りが正解なのではないかとは考えている。


「申し訳ないのですが、私はそういうのに疎いものでして、存じ上げません」


「我が主、アルセド様はゲヘナの領主だ」


 さて、真に受けても仕方ない。とりあえずは適当に聞き流すか。


「そうなのですか」


「ゲヘナはここより、東に150メへド離れた地だ」


「あの、すみません、メヘドとは……」


 早速わからない言葉を使われた。


「……ここより遥か東ということだ」


「わかりました」


「主はゲヘナの地にて、30年余りを治めてきた。元来、ゲヘナは都から遠いため、商業は盛んではなく、農耕地は狭く、肥沃な土地とは言い難い。だが主は開削を行い、税率を低め、各地の商人を招き、ゲヘナを富で溢れさせた。また民には開墾を奨励し、万人のための学舎を各地に建て、ゲヘナの民のため、尽くされてきた。まさしくこの大陸に置いて、名君である」


 30年も統治って、場所的にはあるとしたら欧州辺りかと思っていたが、流石にそのような国は知らない。というか、国の規模が大きければ、周辺国含め、全く知らないなんてことはない。規模が小さくとも東にいくらか行けば、多少なりとも知っている国があるはずだ。この二人が嘘をついていると考えるのが妥当だが。


「……続けるぞ」


「あぁ、ええ、大丈夫です。続けてください」


 こういうところはなかなか直らないものだ。


「主は長くゲヘナに尽くされてきた。だが、たった一つ、致命的な問題がある」


「先ほどの跡継ぎのことでしょうか?」


「……子が、出来なかったのだ」


 アルセドさんが、ぽつりとつぶやく。


「見ての通り、わしは年寄りだ。子はもう作れない。跡継ぎの重要性を理解していなかったわけではない。愛する妻もいた。……妾だって作った。だが、出来なかったのだ」


 それは可哀そうに。まあ真実ならの話だが。


「それは、ええっとお気の毒です。しかし、跡継ぎがいないというのはどのくらいの問題なのでしょうか」


「端的に言えば、主の死後、ゲヘナは確実に滅びる」


「はぁ……」


 凄まじくどうでもいいのだが。


「頼む!」


 んん?


「信じられないという気持ちはわかる。だがわしには、わしにはっ!もうこれしか道がないのだ。ソトガミ君はお金に困っていると聞いた。金が必要なら今すぐ工面しよう。他にも必要なものがあれば、可能な限り用意する。だから頼む……頼む! ゲヘナを救ってくれ……!」


 アルセドさんが頭を机に付くほど、下げている。


 まあ、あの反応じゃ信じてないと思われて当然か。切迫しているのは分かったが、信用できないしな。あと、こういう人達は面倒だ。というより、それ私である必要がないと思うのだが。


「私からも頼む。ソトガミ、我らには貴公が必要なのだ」


 うまいこと断りたいものだが、逆上されて、殺される危険もあるしなぁ。さて、どうしたものか。カールさんを席に加えるか?


 いや、だめだな。アルセドさんと話していたことを考えると丸め込まれている可能性がある。


 では、フィオナさんは……居て、何になるというのだ?


「ソトガミ、女に興味はあるか?」


 急に何を言っているのだ、この人は。


「はい、ええと……、意図がわかりかねますが……?」


「ゲヘナまで同行してくれるのであれば、到着後は好きなだけ美女が抱いてくれるぞ。私などはどうだ? 勿論、道中でも構わない」


 なにをいっているんだこのひとは。


「もう少しご自身の体を大切に扱った方がよろしいかと」


「……私では不服か。容姿は整っている方だと思うのだが」


「君君、彼の言うとおりだ。もう少し慎みを持ちなさい」


「……失礼しました」


 アルセドさんにまで加勢されたらどうするかと思ったが、ある程度は常識を持った人で良かった。


「あ、あの! 失礼します!」


 扉が開き、フィオナさんが入ってくる。手に持っているお盆にはコップが3つ。


「お飲み物を用意したのですが、よかったら! あの……」


「……ありがとう、お嬢さん。いただくとしよう」


「あ……、は、はい」


 明らかに気まずそうだが、聞かれていたのだろうか。


「ええっと、フィオナさん……」


「えとっ! あのっ! 何も聞いてません!」


 お手本の様な返答で、逆に困る。


「いえ、お茶を入れてくださったのですね。ありがとうございます」


 私自身も聞かなかったことにしたいし、話を逸らそう。


「あ……いえ、気に入ってくださって、良かったです」


「お嬢さん、これは……」


「お、お口に合いませんでしたか……?」


「ああ、違う違う。この飲み物は実に美味だ。良ければどうやって作ったのか、この老人に教えてはくれないかね」


「イロカの葉を蒸して、日光で乾燥させたものをお湯に浸すと、こうなるんです」


「乾燥させたものはどのくらい持つのかね?」


「し、湿気させなければ、一年は持つと思います」


「結構持つのだね。これは今どのくらいあるのかね?」


「乾燥させた茶葉はまだありますから、気に入られたのであれば、お代わりをお持ちしますが……」


「お嬢さん良ければ、わしに茶葉と種子を売ってはくれないかね」


「えっ、ど、どうしましょう。え、えっと……」


 助けを求めるようにこちらを見てきた。


「とりあえず、カールさんに聞いてみてはいかがでしょう?」


「は、はい! おじ……祖父に聞いてきますね」


 フィオナさんはカールさんを呼びに行った。


 今のうちにどうするか考えねば。

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