表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白痴の黒  作者: 忌神外
7/53

7話 シスターは消える

 夕暮れの光が差し込む部屋でシスターと向かい合う。


 カルト的な宗教だったということだろうか? 迂闊に入るものではなかった。


 いや、この村にいる時点で手遅れなのかもしれないが。こんなことならあのときに逃げ出しておくのだったな。


「二人きりですね? 貴方が獣なら、私はここで襲われてしまいます」


「襲いませんよ」


「わかっています」


 全く襲う気がなかったと言えば、嘘になるが、少なくともそういう意味ではない。


「貴方が本当に悪意を持っていたのなら、私に近づくことは出来ません」


「はい? どういう意味でしょうか?」


「言葉通りの意味です。悪意を持ったものは私に近づけません」


 大丈夫だろうか、この人。


「はぁ」


「拍子抜けしたお返事……、信じていないご様子ですね?」


「いや、えっと……」


「慣れています。気にするだけ仕方ありません。それでは本題に戻ることとします」


「え? いや。えっと、はい」


 いやまあ、精神的な疾患を持っているのではと思ってはいるが、変に追及するのはやめておくことにしよう。


「貴方の髪色は生まれつきなのですか?」


 うーん、色が不味いのか? ということは誤魔化した方がいいのだろうか。でもまあ、いいか。何となくではあるが、正直に答えていい気がした。


「はい、生まれつきですが、それが何か」


「その黒い外套は?」


「普通のコートですが……」


「私が聞いているのは色です」


「もしかして、黒って、貴方の宗教では良くない色でしたでしょうか?」


「その装いでエルゲドゥラーの街を歩いたらまず、袋叩きに合います」


「袋叩きというのは……」


「死ぬということです」


 なんだそれは。


「ええっと、つまり、もし、エルゲドゥラーに行くことがあれば、コートを脱げばいいということですか?」


「いえ、貴方の場合、髪も黒いので袋叩きです」


「つまり?」


「死にます」


「ですよね」


「髪を隠すか、染めれば大丈夫なのでしょうか?」


「バレなければ大丈夫でしょう」


「バレたら」


「袋叩きです」


「…………」


 よし、エルゲドゥラーというところに行くのはやめよう。いや、どこにそんな国があるというのだ。まあ、今まで彼らから聞いた話に合わせておこう。


「ツァバートでも同じなのですか?」


「いえ、ツァバートはその様なことはないと思いますよ。石は投げられるでしょうが」


「…………」


 当面の目標が早くも崩れてきた。強いて言えば、ツァバートはましぐらいか。エルゲドゥラーと呼ばれる場所には絶対に行かない。


「ちなみに貴女にとって、私はどちらですか?」


 では、目の前のこの女性にとって自分はどういう存在なのであろうか?


「どちらでもありません」


「そうですか。では、ご親切に忠告してくださったということでしょうか?」


「……ええ彼女であれば、きっとそうしたのでしょうね」


 彼女? 先ほどまでの情報とは違うことに不信感を抱いたがそんなことはどうでもよかった。


 瞬きの僅かな時間、彼女の顔は吐息がかかるほど近くにある。


 しかし、それもどうでもよかった。


 背中から広がる熱さと共に激痛を感じる。体に力が入らない。


 ……ああ、これは倒れているのだろう。


「悲しいことですが、必要なことです」


 何がだ。いや……だめだ。言葉を発せられる力もない……。意識が……薄れていく……。抗うことも……。


「…………」



 ……さん……ソ……ガミ……ん……。


 フィオナさん……?


「ソトガミさん、どこですか~!」


「……っ。げほっ、げほっ、ごほっ、ごほっ……!」


 胸に手を当てるが熱さはない。嫌な汗だけが残っている。


「ハァ……ハァ……」


 先程までいた部屋……? シスターっ! ……いない、一先ず安堵する。


 外は昼の様な明るさだ。


 だが、私はシスターに心臓を刺されたはずだ。看病され、奇跡的に助かったにしても、立ったまま目覚めるわけがない。つまり、私は今まで幻覚を見ていたのか? 何かがおかしい……何かが。とにかく、教会の外に出なければ……!


「ソトガミさんっ!? いつの間に教会に」


「フィオナさん……?」


「どちらに行ったのか、心配したんですよ!」


 彼女は何を言っている?


「一体何の話を?」


「え……女神様のお話をしてたら、急に消えて……」


 消えた……私が? いや、それよりも女神の話……つまりこの後、テレサさんとシスターに会うことになる……?


「あっ! ソトガミさん!どちらへ行かれるんですか!」


 兎に角ここにいるわけにはいかない。一先ず、どこか見つからない遠い所へ行かなければ!


 息が切れ、一旦木に寄りかかり休憩する。


 村からかなり離れることは出来たと思うが、冷静に考えたら、おかしくないだろうか? 傷がない以上、私は幻覚を見ていたというではないだろうか? いや、服に傷がある。それは私の心臓を貫通するように開いた傷だ。ならばあれは現実だというのか?


 ……それにしても、息切れが激しい。普段から運動しておくのだったな。


「おっと、珍妙なあんちゃんがいるな」


 視線を向けると、汚い身なりの男が三人いた。


「白い髪か……」


「あぁ? なんか言ったかあんちゃん」


 とりあえず、呼吸を整えなければ。


「いえ何も……、あの、お聞きしたいことがあるのですが」


「おい、こいつえらい流暢だぞ。だがここいらでこんな珍妙な奴いたら俺らも知ってるはずだぜ」


「異国から来た行商人じゃねえか?」


「だとしたら俺たちゃついてるな。異国のものは高値で売れる、当分は困らねぇぜ」


 これはまずいな。


「おっと、あんちゃんどこへ行くんだい?おい、抑えとけ」


「おう」


 くそ、息切れしていたばっかりに。


「なにをするんですか、離してください」


「なああんちゃん、商人だろう? 痛い目みたくなかったら積み荷まで案内しな」


「私は商人では……ぐっ……!がはっ」


 腹を殴られた。


 ……くそっ! 追いはぎなんているのか。考えられない治安の悪さだ。どうする。どう切り抜ける?


「嘘はよくねえなぁ、あんちゃん。積み荷まで案内してくれるだけでいいんだ」


「おい、こいつのポケットに売れそうな物がないか調べろ」


 まずい、ポケットにはスマートフォンがある。これを取られたら、万が一の連絡が難しくなる。


「おい、なんか持ってるぞ。……って、何だこりゃ?」


「おい、俺にも見せろ。……見たことねぇ品だな」


「お願いします、スマートフォンを返してください」


「おい、あんちゃん暴れんじゃねえ。スマートフォンっていうのかこりゃ」


 何を言っているんだ。スマートフォンだぞ? 知らないことはないだろう。余程のど田舎に来てしまったのか。それとも、からかわれているのか?


「なああんちゃん、返してほしいか?」


「……返して下さるのであれば」


 無意味なやり取りだ。くそ、全くもってついていない。


「なら、積み荷まで案内するか、今ここで、こいつと一緒に身ぐるみ剥がされて死ぬか、選びな。積み荷まで案内したら、命とこれは勘弁してやる」


 さっきから勘違いされているようだが、積み荷なんてない。だが、もうスマートフォンは最悪諦める。何とかして、こいつらから逃げることが最優先だ。一か八か利用させてもらおう。


「案内するか死ぬか決めろ、今すぐに。案内するか……死ぬかだ!」


 顔を殴られる。


 気が短い奴らだな。くそ!


「ぐぅっ……、わかりました。案内します」


「話がわかるあんちゃんじゃねえか」


「逃げようなんて思うなよ」


「苦しんで死にたくなかったらな」


「わかりました」



「なあ、あんちゃん、積み荷までまだか? まさか違うところに向かってるんじゃないだろうな」


「いえ、そんなことは。ただここら辺の土地勘がないものでして」


「御託はいいから早く案内しろって言ってるんだよ! くそが!」


「っぐ……。もう少しお待ちください」


 一人に頭を殴られる。


 中々タイミングが見つからない。何しろ三人に囲まれた状態だ。下手に辺りを見渡しても不審がられる。


 しかし、積み荷もなく適当に歩いているだけだ。男たちも徐々にイライラしてきている。殴ってくるのもその証拠だ。だが、このまま長引かせても状況は悪化していく。


「ああ、君君少しいいかね」


「ああ、なんだぁ?」


 人か!打開策になるといいのだが。……老人と女性か。戦力としては、期待できなさそうだ。


「なんだ爺さん、俺たちは今忙しいんだ」


「いやいや、そこの黒い君だとも」


「おいおい爺さんこいつは俺たちが」


「ああ、そうか。3エルほど出してあげなさい」


「かしこまりました」


 そういうと、老人の隣にいた女性はパンパンに詰まった布袋から銀色の硬貨を3枚取り出し、男たちに一枚ずつ渡した。


「……これはこれはやんごとなきお方でしたか、失礼しました」


「ところで君、バウムシュタムという村を知らないかね?」


「ええっと……はい、知っています」


「ああ、それは良かった。良ければ案内してくれないかね」


「やんごとなきお方。我らは今彼の積み荷を探して上げているのです。案内であれば、我らの一人が」


 ……助けを求めるべきであろうか?


 しかし、男、三人に対して、老人と女性の二人。助けてくれる保障だってない。それに、女性の方は剣を持っているが、老人の方は何も持っていない。私が向こうについたとしても、実質、3体2だ。負ける可能性だってある。


「……おい、口裏合わせろ。死にたくなかったらな」


 二人には聞こえない大きさの声でそう言われる。僅かに頭を動かし、頷く。


 バウムシュタム、戻りたくはなかったが、現状を打破するにはかけるしかないみたいだ。


「……やんごとなきお方、従者はそちらの美しい女性だけですかな?」


「ああ、そうだとも、それがどうしたのかね?」


「……おい、いいのか? 女だぞ? それに武装している。もしかしたら、やつは」


「……んなこと、構ってられるか。こっちも余裕がねえことを忘れんな」


 ……ん?片方は武装しているとはいえ、老人と女性相手に偉く弱気だな? それに人数でも勝っているというのに。……実はそこまで強くないのか?


「はっはぁ! 俺たちゃついてるぜ。商人に金持ち、それに女と来た」


「数年は遊んで暮らせるし、暫くは輪姦し放題だぜ!」


「おい、爺さん死にたくなかったら、身ぐるみ全部置いて失せな!」


 どうも、この人たちも襲うつもりらしい。老人の方は無理だろうが、女性の方は剣を持っている。荒事になったら、素手だが加勢するか。


「貴公ら、死にたくないのであれば、非礼を詫び、疾く失せるがよい」


「姉ちゃん綺麗だねー。そんな物騒なものは捨てて、お兄さんたちと気持ちいいことしようねぇ」


「貴様……」


「ああいかんよ。わしに詫びなくてもよいが彼女には詫びて、早く逃げるべきだ」


「詫びだぁ? 爺はさっさと身ぐるみ置いて、失せ……」


 男が言葉を最後まで口にすることはなかった。素早く距離を詰めた女性は、そのまま剣で男の頭を叩き割ったのだ。男の血がこちらにも飛び散る。


 いや、私は何を静観しているのだ。荒事になったのだ。にしても、思いっきりかかってしまった。汚い。


「力になれるかわかりませんが加勢します」


「おい! てめえ!」


「……爺は見逃してやろうと思ったが、変更だ。爺は殺して女は半殺しにしてから犯してやる!」


「商人てめぇもだ! 積み荷はもう知らねえ! 今ここでぶっ殺してやる!」


 普通、人殺されたら、とりあえず、逃げるかもって、向こう側に加わったけど、戦うのかー。素手で勝てるとも思わないので、石があればそれで応戦するしかないが……。女性がやられたら、逃げるか。可能なら、叩き割れた男からスマートフォンを回収したいところだが。


「ああ君君、役に立たないから、私の傍にいなさい」


「とりあえず、武器になりそうなものは何かお持ちですか?」


「君君、いいからここで見ていなさい。大丈夫だから」


「はぁ」


 女性一人で大丈夫かとは思うが、息が整った今なら、最悪一人で逃げることもできる。お言葉に甘え、様子を伺うことにしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ