51話 女神との決別3
待ち合わせ場所にはすでにエストリーがいた。
「来たのね」
「お待たせしました。行きましょう」
「ええ」
エストリーと共にゲアルさんの工房に歩き始めた。念のため、場所のメモは貰っておいた。まあ、有名な工房とは言っていたのだ。最悪、人に聞けば辿り着けるだろう。こういう時、地図アプリを使えれば、余計な労力を割かずに済むのだが、まあ、贅沢を言っても仕方がない。これまでのありがたみは失ってから、こうして、しみじみと実感するものなのだ。
「あー、エストリー、一ついいですか」
「何?」
「いや、あの、アルセドさん達って、これまで、私達に何だかんだ、監視とかつけてたじゃないですか」
「そうね」
「だから、今回も正直、いるのかなー、と思いまして」
まあ、監視されていると思って行動し続けるのがいいのかもしれない。だが、それでも、一応はエストリーにもそうであると共有はしておくべきだろう。
ああ、それにしても、まだ、気分は微妙に優れない。あの女神は一体どうすれば、滅ぼせるのだろう? 本当に手は残されているのだろうか? まあ、可能性を探し続けるしかない。
「いたとして、貴方はどうしたいの?」
「まあ、あまり会話を聞かれたくないんですよね。そこで、エストリーにお願いしたいことがあります。まあ、魔術は私が盛大に邪魔する可能性があるので」
「ソトガミ、安心なさい。昨日の貴方はしっかりと邪魔をしていたわ」
まあ、それはそうか。しかし、不便だ。今のところは魔術が使えない、使えなくさせていることの弊害の方が大きい。何とかならないものか?
「あ、はい。まあ、そうですよね。すみません」
「貴方と一緒にいるとはそういうことだと、もう諦めているわよ。広範囲で何かしようとしても、貴方がいる時点で無駄ね」
「なら、まあ、見つかるかはあれなんですが、もし、私達をつけてそうな人を見つけたら、それとなく、私に教えていただけませんか?別に見つからなかったら、それはそれでいいので」
「不便なこと極まりないわ」
「……すみませんね」
「それで貴方、今度は私にどんな星を見せるつもり? 生憎と、暫くは星を見たくないのだけれど」
星? ああ、そういうことか。
「それについては、残念ながらといいますか、実のところ、エストリーはすでに見ているには見ているんですよね」
「はぁ、……そう。何となく、想像はついていたわ。まったく、貴方って、本当に。……まったく、本当に素敵だと思うわ」
「ははは、それはありがとうございます」
「嫌味よ」
「そうでしょうね。まあ、尾行に関しては、いたら、いたで、まあ、諦めますが、ただ、最低限、人が近くにいない場所で声を抑えて話せばいいかなとは」
「わかったわよ。でも、そこまで重要でないものがあれば、それは今、歩きながら、話しなさい。立ち止まって、長話をしていても、工房に着くのが遅くなるもの」
「そうですね。ちなみにですが、エストリー」
「何?」
「今、たまたま、近くに人がいないで、一番、重要な話題を振りますが、あの女神と決別するので、私に協力してくれませんか?」
「貴方、私の話をちゃんと聞いていて!? ……いや、それよりも、もう決別したというの?」
「私としては穏便に済むのなら、それに越したことはなかったのですが、まあ、あれは駄目です。滅ぼす気満々なので、私が説得したところで恐らく、どうにもなりません。というか、下手したら、余計やる気にさせてしまいそうで」
そういえば、今朝から、妙な感覚だ。いや、何だろうな? 気にし過ぎなのかもしれないが、女神のこともある。何か、されたのか?
「……そうでしょうね。貴方、敵を作ることに関してはとても上手だと思うわ」
「ははは、いやー、私としては仲良くしたいんですけどね。まあ、関わりたいわけではないですが。エストリー、良ければ、お友達の作り方でも教えてくれませんか?」
「無理よ、諦めなさい。貴方は黒いのだし、そうじゃなくても、異常よ。そんな貴方と仲良くしたい人間なんて、魔術に疎い、世間知らずか、もしくは、呆れた物好きだと思うわ」
「流石にもう少しいると思いたいのですが。……いるんですかね?」
そういえば、エストリーは綺麗な髪をしているな。いや、今はどうでもいいことだ。……疲れているな。
「知らないわよ。星ぐらいなら、友達になってくれるのではなくて?」
「確かに、ここで友達を増やすよりは可能性がありそうですね」
「捻くれていると、本当にできなくなるわよ?」
「まあ、気をつけますよ。それにしても、エストリーもそんな冗談を言うんですね」
「別に、私が冗談を言っても、そこまでおかしいことではないでしょう? でも、そうね。あまりこういった冗談は口にしてこなかったわ。誰かの影響を受けてしまったみたいね」
「誰なんでしょうね?」
「手鏡なら貸せるわ?」
「エストリーを変えられて光栄ですよ」
「相変わらず、調子だけは良いのね。それで、貴方はあれと決別して、これからどうするというの? 私に何をさせるつもり?」
「信頼できる味方を増やして、あの女神の計画を邪魔しようかと。エストリーは名誉ある勧誘第1号です」
「不名誉ね」
「えぇ……。まあ、冗談はさておき」
「別に冗談ではないわ」
「じゃあ、後に名誉だと思わせますよ。まあ、こちらも冗談は置いておくとして、エストリーには力を貸して貰いたいと考えているのですが、引き受けてくれませんか?」
「…………」
おや? 思ったより、微妙な反応だな。いかん、焦って、詰め寄り過ぎたか? もう少し、徐々に引き寄せるべきだったかもしれない。
「……あの、エストリー?」
「はぁ……。貴方ね、断る訳がないでしょう? 大体、ここで貴方と決別して、私の体は誰が治すというのかしら? 言っておくけれど、あのフードのやつに治療されるのはごめんよ。貴方が何とかなさい」
ああ、そういうことか。安心した。まあ、返答によっては、そっち方面で説得することも考えたが、エストリーもそれについては考えていたらしい。なら、安心した。可能なら、心象は下げたくはない。
「うーん、でも、私は現状、エストリーがどういう状態になっているかも正確に把握できていないので、正直、治せる気がしないのですが」
「最大限、手を尽くせと言っているのよ。協力して欲しいのであれば、それが筋というものではないかしら?」
「ああ、それはもちろん。出来る限りのことはします」
「そう。なら、いいわ。それで、あれにどう立ち向かうつもり?」
「うーん。実際、どうすべきかとはなっているんですよね。まず、味方を増やすことに関して何ですが、現時点ではまだ、というか、さっきも言った通り、エストリーが勧誘1号、つまり、最初なので、他の人には話していないんですよね。なので、誰から声をかけたものかなと」
「アルセド殿がいるでしょう?」
「それはそうなのですが、何というか、個人的にはアルセドさんのことはまだ、完全に信用できないんですよね」
「何故? 貴方は協力し合うと決めたのではなくて?」
「そうなんですけど、アルセドさんって、私のこと、何らかの形で知り得ていたみたいなので、その、目的が、本当の意味で納得できるまでは信頼しない方がいいんじゃないかなと」
そう、アルセドさんはわからないのだ。歯車仕掛けの人形による予言? 黒を纏う者? それが私かもわからないし、どのように利用するつもりなのかもわかっていない。何より、嘘をついている可能性もある。だから、現時点では手伝いつつも、核心的な部分が信じられるまで、お互いに明らかになるまで、協力すべきではないのだ。何を知っていて、何をしようとしているか。それがわかるまでは。
「まあ、一応、考えていること言うか、お願いがあります」
「何?」
「万が一、ゲヘナで私の立場が危うくなった時にヴァルスフィアに亡命させてくれませんか?」
「軽い気持ちで喋っているのであれば、今すぐ、その口を閉じなさい。貴方、自分が何を言っているのか、本当に理解出来ていて?」
「ええ、勿論、もしもの時の亡命を頼んだんです」
「私に?」
「はい、ヴァルスフィアの次期領主ですし」
「ゲヘナの同盟国という情報も忘れていないかしら? 貴方がゲヘナを追われることになった場合、私はゲヘナに協力する立場なのよ。貴方を亡命させるということは、ゲヘナとの関係を損なうことになる。最悪、ゲヘナとの関係を切ることになるわ。こんな会話、誰かに聞かれること自体が問題になるのよ? 貴方はそれを分かっていて、そんな約束を今、ここで取り付けようとしているのかしら?」
「そうです。まあ、無茶ぶりなのはわかっていますが」
「……それに口約束でしょう? 露呈した時のことを考えると、決して書面では残せない。つまり、私はその時が来ても、気分次第で貴方の約束を反故にできるわ。それは理解出来ていて?」
「勿論。でも、私はエストリーのことを信頼していますよ」
「……はぁ」
「嘘は言っていないのですが」
「違うわ、呆れていたの。貴方、賭け事はしない方がいいと思うわ。この短期間で、よくここまで、私に賭ける気になったわね」
「そうですかね? まあ、確かに別段、運がいいわけではありませんが、こういう時の賭けは割と強い方だと思いますよ。根拠はないですけど。それにエストリーも先ほど、私に治療しろといいましたし、実際、必要なのでは?」
「必要なくなる道を模索した方が賢明かもしれないわね」
「それは困りますね。エストリー、手を貸してくれれば、こちらもできる限りのことはするので、お願いできないでしょうか?」
「……わかったわよ」
「つまり?」
「匿ってあげるといったの」
「ありがとうございます、エストリー」
「全く、嫌な約束をしてしまったものね」
「それはそうですね」
「同意するなら、今すぐ取り下げなさい」
「それは困りますね」
「でも、そうね。こんな約束を一方的に結ぶのは不公平というものじゃないかしら?」
「ああ、何かして欲しいことがあればしますよ。私にできそうな範囲のことであれば、ですが」
「そこは問題ないわ。ソトガミ、私と婚姻関係を結びなさい」
「……はい?」
「聞こえなかったのかしら? 私と夫婦の契りを結べと言ったのよ。ああ、勘違いしないでちょうだい。貴方に対する恋慕は一切ないわ」
「ヴァルスフィア側で何か、政治的な目論見でもあるんですか?」
「ええ、そうよ。残念だったかしら?」
えらくあっさり認めるのだな。これも他の人に知られたら、まずいと思うのだが。真意はわからないが、エストリーもこちらを見て、ある程度は踏み込んできたということだろうか?
「いや、まあ、私を客観的に見た時に今、この世界では造詣が似ているだけの異人ですからね。黒が忌諱されているのであれば、恋愛関係も成り立たないと思っていますし」
「フィオナとは?」
「え? ああ、確かにフィオナさんはその、それに類似したことを言ってくれていますが、ただ、彼女は特殊と言いますか、精神に相当な負荷がかかっての現在だと思っているので、そこが治癒すれば、勘違いだったとなると思いますよ」
「勘違い……、そう、そうね。それでいいと思うわ。ええ、それなら、それでいいわ。ソトガミ、詳しいことはゲアル殿の工房を訪れた後で、話しましょう。今はもう、気兼ねなく歩きたい気分なの」
「そうですか、なら、まあ、後で話しましょう」
……結局、互いに重要な会話をしてしまった。私もそうだが、エストリーも聞かれたら、まずい会話だったが、まあ、周りに人はいなかったし、最悪、アルセドさんなら、汲み取ってくれそうではある。……くれるのだろうか?
まあ、正直、アルセドさんもそこまで疑ってはいない。だが、依然、私に隠していることが多い、気がする。それがはっきりするまでは迂闊にこちらも知り得ていることを喋るのは避けよう。要は交換材料として、残しておきたいのだ。
しかし、依然として、何か、妙な感覚だ。周りの人、全てが気になってしまう。一体、この感覚は何なのだろうか?
読んでいただき、ありがとうございます。
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