5話 カール宅にて
「おはようございます、いい夢は見れましたか?」
「……ええ、それなりに」
「ふふ、それは良かったです」
先に起きていたフィオナさんと挨拶を交わす。
「あ、朝食ご用意したのですが、お召し上がりになりますか?」
おお、それはありがたい。
「用意して下さったのですか」
「昨日の夜に比べてかなり質素になっちゃいますけど、それでもよければ」
「いえいえ、何から何までありがとうございます」
「いいえー。あ、私お風呂入ってきますね。すみませんがお留守番お願いしても……?」
そういえば、朝も風呂に入れるっていってたな。男の時間が終わってなければ、入りたいものだが。
「わかりました。そういえば、朝も入浴出来るのでしたね」
「はい。今日は男性の入浴は女性の後なので、変わったらお呼びしましょうか?」
「助かります」
「わかりました。ではお願いしますね」
朝食はパンであった。用意して貰えるのはありがたい。
しかし、まあ、今のところ、衣食住とそれなりに世話してもらっている。誘拐ではないのか?まあ、完全に気は抜けないのは確かだ。ああ、そういえば、カールさんは朝から居ないみたいだが、もう出掛けているのだろうか?それならば、この家を漁り、何かしら得たいものだが。
いや、誰かに見つかったらそれこそ、割に合わない。やめておこう。
とりあえず、留守番を任されたことだし、のんびりしていよう。昨日の疲れが残っている。
それにしても昨日の夢は何だったのか、全くもってろくでもない。何故、女性の脳を食べなければいけないのか。夢にまた登場したいとはいっていたが、まあ夢の内容をいちいち真に受けるのも馬鹿馬鹿しいか。あと、本当にここはどこなのだろうか。のどかではあるが、間違いなく私の地元ではないし、こんなところに旅行した記憶もない。記憶喪失か、誘拐か、何かのドッキリなのか。いつか、この村の外に出ないとな。
……さて、駄目だ思考だけで時間を潰すのも飽きてきた。少し仮眠しようか? まだ少し眠い……。
「……きて……ださい……」
ぼんやりと声が聞こえる。それに揺れている。
ああ、揺すられているのか。
「起きてくださいー」
意識が覚醒し、声もはっきりと聞き取れる。
「ん……ああ……、すみません。寝てしまっていました」
「いえいえ、昨日はかなりお疲れの様でしたし、ゆっくり休まれてください。あ、それと男性の入浴時間、もうそろそろですよ」
ああ、そういえば、そんなこと頼んでいたな。とりあえず朝風呂で目を覚まそう。
「起こしていただき、ありがとうございます」
「いえいえー。あ、タオルはこれ使ってください」
そう言われ、フィオナさんにタオルを手渡される。ふかふかである。
うん、こういうのはいい、実にいい。そういえば聞きたいことがあったのだった。
「ありがとうございます。そういえば、カール村長は?」
「祖父……ですか? 昨日出掛けてからまだ帰って来てないみたいですね。うーん、どうしたんでしょう? 後で他の方に聞いてみますね」
「ええ、ありがとうございます。それでは入浴してきますね」
「はい、ゆっくりなさってくださいね」
まあ、気になっていたのも本当ではあるが話の種として、聞いたってだけでもある。後でわかればいいか。
「あーいいな、いい……」
朝風呂はきく、とてもきく。落ち着くし、暖まる。あー……あー……いい。一番風呂だったからか、まだ誰も居ないのだ。
貸しきりの中、のんびりと穏やかな空を眺める。こう、風呂に浸かりながら、ぼーっと空を眺めているとその羽毛のような心地よさに微睡みを感じる。
しかし、まあ昨日はかなり動いたしなぁ。あれだけ動いたら、次の日は大体昼まで寝ているのだ。眠気を感じるのも仕方ない。とりあえず、今日も仕事頑張るか。
その後、まばらではあるが、村の住人らしき方達が浸かりに来た。怪訝な顔をする人もいれば気さくに話しかけてくる人もいた、ある程度、人が増えたところで湯船から上がった。
「え? 今日は休みですか」
「実は昨日、祖父が副村長とかなり飲んでたみたいで、いまは……その……ぐっすり眠ってます……。お恥ずかしい……」
フィオナさんは少し目線を反らし、苦笑いしている。
そうか、まあ、飲んでいたなら、そんなこともあるか。
しかし、それなら今日はどうしようか、必要そうならフィオナさんの手伝い、あと機会があれば、村やその周りを少し見て回ろうかな。
「そうですか。えっと、お大事になさってください。しかしそうですか。……そういうことであれば、何か私に手伝えることはありませんか?」
「お手伝い……ですか?」
「えぇ、フィオナさんや村のことで何かお手伝い出来ることがあれば」
私の状況がどちらにしても衣食住の面倒を見てもらっている身としては、このぐらいは最低限しておきたい。
「うーん……、洗濯物とかは終わってますし……。大丈夫ですよ? 折角ですし、村を見て回りませんか? 案内致しますよ」
これは予想外だ。さて、これは鎌をかけられているのだろうか? 一応、控え目に遠慮しよう。露骨に断っても不自然だろう。
「ありがたいお申し出ではあるのですが……」
「じゃあ、決まりです!」
「え、あ、はいお願いします。すみません、ありがとうございます」
断ろうとしたが、押し切られた。まあ、結果としては好都合か。仮に監視だとしても、村を見て回れるのだ。
「いえいえー。あ、そういえば、昨日、着ていた服と靴乾いたのですが、お着替えになりますか?」
そういえば、倒れていたときに着ていた服を洗濯してくれていたな。
「ああ、ありがとうございます。そうですね、折角ですし着替えようと思います」
「では持って来るので、少々待っていて下さいね」
「ありがとうございます」
「うーん、こうして見るとやっぱり雰囲気変わりますね」
「変な格好に見えますかね……」
「いえいえ! そんなことはありませんよ。ただ、見慣れない衣装を見ると、やっぱり旅の方なんだなーって思います!」
それって、結局のところ、変な格好に見えると言うことではないのだろうか。うーん、やっぱりここがテーマパークやホテルという線はないか。周囲と関わりを絶った集落、もしくは誘拐だろうか? 財布、つまり金銭と身分証明書もない。交番でも見つけられればいいのだが。万が一、誘拐の場合、交番の場所なんて聞いたら、厄介なことになるだろうしな。
「……のー」
いや、地図の時点ですでに悪手だったか。
「あのー!」
フィオナさんに肩をトントンと叩かれる。
忘れていた。そうだ、考えすぎた。
「あ、……ああ、すみません、少し気が抜けていました」
「あ、いえいえ……。あの……もしかして、何かお気に触ってしまいましたでしょうか?そうであれば、すみません。悪気はないんです……。ただ、珍しいなーって思いまして……決して、怒らせるようなことは……あの……その……」
ん? いや待て、そんな怖い表情していただろうか、気をつけねば。いや、そんなことより誤解を解かねば。
「いやいや、全く怒っていません。なので、謝らないでください」
「本当ですか?お気に触っていませんか? 怒っていませんか? ……その…嫌いになりました……か?」
「えっと、どうしました? 特に気にしていないので、大丈夫ですよ」
彼女は急にどうしたのだろうか。少し過剰ではないだろうか?というか、そんな怒っているように見えたのか、気を付けねば。
「それよりも、村の案内をお願いしても大丈夫でしょうか?」
「え……あ……は、はい! 任せてください!」
彼女はぎこちなく笑みを浮かべると準備をするために部屋に戻っていった。
……うーん、これは。案内はしてくれるようだが、フィオナさんはやはり監視役? だが、それなら、丸太運びの時はどうだろうか? あれも誰かから監視を受けていたのだろうか?
そもそも何のために私を案内するのだろうか?何かの宗教勧誘のためか? 人身売買や人肉食? いや、これは正直、一番最悪なパターンだ。だが、情報が足りな過ぎるため、肯定することも否定することも出来ない。またはフィオナさんがおかしい場合もあるがこれはまあ、うん。
とりあえず、警戒するしかないのだが、正直、フィオナさん以外にも複数人で監視されていた場合、逃げるのも抵抗も難しいな。
単に善意だった場合、これらの考えは完全に赤っ恥なのだが、まあ、もしもがあるよりはましだ。ああ、あと、表情もそうか。さっきみたいなのが再び起きても面倒だしな。んー、こういうのは得意ではないのだが。
というか、本当にここはどこだ。もうすでに自室の布団と枕が恋しくなっている。まあ、色々考えても仕方ないし、とりあえず向かうか。こういうところは本当によろしくない。