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白痴の黒  作者: 忌神外
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47話 少女の心か、体か

 本日もいらしたらしい。まあ、気軽に来てくださいと言ったのは私なのだが。


 しかし、少女とはいえ、暗闇の中、自室に佇んでいる存在が居たら、多少、びくつきはする。勇敢ではないが、生物としては正常な反応だと思いたい。


 ……とりあえず、中に入ろう。灯りもつけなければ。


 この作業に趣があるといえば、聞こえはいいが、実際にはスイッチのオンオフよりは手間だ、つまり、正直、少し面倒くさい。


「ソトガミさん、今日はどちらに行っていたんですか……?」


「え、あ、ああ、エストリーと少しゲヘナ近辺の散策をしていましたね」


 エストリーが死ぬかもしれなかったから、駆け回っていたとは流石に言えない。うーん、どういった風に誤魔化すか。


「……ソトガミさん、ここに来てから、あの人とずっと一緒です」


「え? いや、まあ、ええっと、何というか、エストリーは隣国ヴァルスフィアの次期領主ですし、私もまあ、何だかんだあって、ゲヘナのお世話になりそうなので、仲良くして、損はないのかなと。それにエストリー自身も結構良い人ですよ」


「っ! ソっ、ソトガミさん、わたっ、わたしっ、ソトガミさんのためなら、何でもします……! 役に立って見せます……、だから、私を捨てないでくださいっ!」


 こちらに縋り付き、懇願してくる白髪の少女。それはまるで、命乞いのようにも見える。


 ……やはり、この少女はおかしい。ショッキングなことがあったのは認める。だが、短期間でこうも錯乱するのは大変深刻と言える。


 私はどうすべきだろうか? この少女を正気に戻すためにはどうすれば良いだろうか? どういった言葉をかければ良いのだろうか? フィオナさんを落ち着かせるためには前回のようにするのがいいのかもしれない。


 ……だが、エストリーのことを考えると、彼女は出来る限り、私から遠ざけた方がいい。危険なことに巻き込まれる可能性が高いからだ。


 しかし、たかだか、一日会わないだけで、このようになってしまうのは明らかに別のアプローチを考える必要があるな。


 私はフィオナさんを側に置いておくべきだろうか? それとも、いっそ、どんなに泣き叫んでも、遠ざけるべきだろうか? どちらを選んでも、問題は残る。今、目の前にいる少女の心か、体か、平穏か、安全か。どちらを取るか、それが問題なのだ。私にとっても、どちらを選ぶべきだろうか?


 ……フィオナさんのことを考えるのならば、やはり、危険からは遠ざけるべきだろう。


「ソトガミさん、お願いです! 捨てないで、捨てないでください、一緒にっ、一緒にいて、くださいっ! わたし、私にできることなら、何でもします」


 こちらの考えを察したかのように少女の抱きしめる力が強くなった。


「捨てないでくださいっ! 一緒に居てくださいっ! お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします……!」


 少女の叫びが響き渡る。


 何が、少女をここまで狂乱させているのだろう。どうすれば、彼女を救えるだろうか?


 私は……。


「フィオナ、大丈夫ですから、フィオナのことを見捨てたりはしませんよ」


 彼女を軽く抱きしめ返し、優しくその頭を撫でながら、そう答えた。


 選んだのは一番安易で、ある意味ではとても楽観的で、そして、残酷な選択だったかもしれない。だが、少女を拒むことは出来なかった。実に保守的で、八方美人な愚かしい選択かもしれない。


 ……それでも、私は彼女が正気になるまで、危険から守り抜く覚悟で、犠牲を出さない覚悟で、側にいることに決めた。決めてしまったのだ。


「ほ、本当……ですか?」


「はい。だから、まずはゆっくりでいいですから、落ち着きましょう」


「ソトガミさん……、私、嬉しいです……! ソトガミさん、ソトガミさん、ソトガミさん……」


 少女は胸の中で甘えるように頭を擦り付け、安堵の声を漏らした。


 今はこれでいいだろう。だが、彼女の精神的な問題の解決も考えていかなければ。


「フィオナ、とりあえず、一旦、座りましょう。そして、深呼吸をしましょう。多少は落ち着くと思います」


「……私、離れたくないです」


「そういうことであれば、一先ずはこのままでいいですから、とりあえず、ベッドに腰掛けませんか? あまり、立っているのも疲れるでしょうし」


 安易に彼女の密着を認めてしまったことに気が付いたのも、束の間、外から、どたどたと足音がし、そして、勢い良く、部屋の扉が開けられる。


「何事でございますか!」


 視線を向けると、見知らぬ女性が一人、そして、こちらは抱き合ったままだ。


 ……どうすればいいんだ、これ? いや、どうする? ああ、そうだ。まずは誤解を解く必要がある。そして、互いに非がないようにしなければならない。


「ああ、すみません。えっと、部屋に虫がいたんです。彼女は虫が苦手みたいでして、大声を……、そうですよね、フィオナ?」


 状況で考えると、かなり苦しい理由だが、それでも、これまでの状況をそのまま伝えられる訳がない。誤解されても、理解されても、面倒なことになってしまう。……いやまあ、アルセドさんには後日、事情は説明しよう。その上で、フィオナさんに関しては頼み込んでみるか……。


「……フィオナ?」


 無言のまま、より強く抱き着いてきた。


 ……選択を間違えた。今のフィオナさんにとっさの誤魔化しを期待する方が間違っていた。なら、次はどうする? 考えろ、何か策を……!


「……お邪魔のようでしたね。失礼致しました」


「え? いや、ちょ、ちょっと、待ってください!」


「……まだ何か?もしや、私も混ざれと仰せで?」


「いや、そうではないんです。誤解です。信じられないかもしれませんが、本当のことを言いますと、ここにいるフィオナさんという方は極度の寂しがりなんです。だから、こうして、落ち着かせているといいますか……」


「……別に。口は堅い方ですので、ご心配なさらず。立ち去った後にでも、続きをなさってください」


 まだ、疑われているようだ。


「いや、だから、誤解です。フィオナさんに関しては、リテーリアさんに聞けば、私が嘘を言っていないと信じてもらえると思います。ですので、どうか、どうか、信じていただきたいのですが」


「……はぁ。リテーリア殿の名前まで、出されたのであれば、一先ずは貴方様のことを信じましょう」


 何とか、誤解されずに済んだようだ。


「ですが、紛らわしいことはおやめ頂きたい。特に今はヴァルスフィアの方々もいらしているのです。方々に悲鳴を聞かれていた場合、どのように説明するのですか?」


「それは仰る通りですね、確かに。すみません、気を付けます」


 まあ、確かにそうだ。エストリーに関しては何とかなりそうだが、それ以外の人には私一人ではどうしようもない。誤解されて、そのまま、噂として、取り返しがつかない範囲まで広がってそうだ。そうなった場合、私は少女に悲鳴をあげさせたくそやろうにでもなっているだろう。それは避けたい。


「ご忠告ありがとうございます。あぁ……それと、えっと、ちなみに良ければ、お名前を伺っても?」


「ダヘムです、ダヘム・カナス。お言葉ですが、私に対して、何か苦情を入れるおつもりでしたら、それはここでの貴方様の人望を損なうことになるでしょう」


「いや、別にそんなつもりはありません。初めてお会いする方だったので、お名前を伺っただけなのですが」


「……それは失礼致しました」


「いえいえ、こちらこそ、色々、誤解させてしまったようで、すみません。駆けつけてくれて、ありがとうございます」


 うーん、まあ、フィオナさんに関しては早急にリテーリアさんに事情を説明して、理解してもらうしかないな。じゃないと、今回みたいな誤解が生まれかねない。


「そういえば、ダヘムさんに一つ、伺いたいのですが」


「何でしょうか?」


「私のことを貴方様と呼んでいますよね?」


「ご指摘の通りです。……何か、ご不快にさせたでしょうか?」


「ああ、いや、そういうわけではないのですが、こう、そういう風に呼ばれるのは慣れていないといいますか、あまり呼ばれているのも見ないので、理由を伺えればと」


「…………はい?」


「ああ、いや、すみません。単にダヘムさんがとても丁寧であるのかもしれませんが、私について、何か、立場上、そう呼ばせているのであれば、申し訳ないなと……」


「……貴方様は我が主君であるアルセド様の後継者であるとお伺いしております。故に貴方様とお呼び致しましたが、何か、別の呼び方をご希望であれば、仰ってください。訂正致します」


 ……そうか、そういえば、そうだった。いや、まだ、若干、納得はしてないが。決して、忘れていたわけではないのだが、違和感があり過ぎるのだ。それは今も変わらない。


 私の後継者という立場は継続するらしい。アルセドさんと協力し合うことは話し合った。


 だが、それが為された以上、もう、後継者で居続ける必要性など、どこにもないと感じるのだが、アルセドさんにとっては必要なことらしい。


 隣国のエストリーにも素性はばれているのだが、一体、何を考えているのか、私はそれに注意しなければならないし、だからこそ、私は自身が後継者などではなく、至って、対等に、敬意持って、この世界の人達に接しこそしても、相手にはへりくだらせてはいけないのだ。帰るための障害になりそうなトラブルが起きる確率は下げておきたい。下げたところで、外れは引きそうだが。それはそれだ。


「ああ、なるほど。ダヘムさん、忌憚ない意見をお伺いしたいのですが、ダヘムさんにとって、私はこの国の後継者足る人物として、相応しいと思いますか?」


「……主君が決めたことに不満はございません」


 少し間があったな。まあ、私も同じ立場なら、疑念を抱くだろう。個人的には、そんな立場に縛られるぐらいなら、自由であれ、無責任であれだ。いや、無責任は良くないな。


 ……何を考えているのだろう。疲れているな。早く寝たい。


 まあ、今日はあそこに行かなければ行けないのだが。


 ……正直、気が重い。


「ダヘムさん自身は客観的に見て、どう思っていますか? 別に、ダヘムさんの考えを漏らすようなことはしませんし、ダヘムさんへの心象を変えるつもりはありません」


「お言葉ですが、ここには私達の他にもう一人、そこにおられると思うのですが」


 確かにその通りだ。当たり前の事実を指摘してくれた。無言ではあるが、強く抱きしめてきて、とても強い自己主張を感じる。


「仰る通りですね。ここで、その質問はやめておきましょう。とりあえず、私のことはそこまで畏まらなくて大丈夫なので、ソトガミとでも呼んでいただければ」


 ……さらに強い主張を感じる。一体、どうしたのだろうか?


「それは私への命令でしょうか?」


「いや、そういったものではなくて、単にお願いしているだけです」


「……であれば、ご容赦いただきたい。その様に気軽に呼んでは私のゲヘナに対する忠誠心と目上の者に対しての自制心を誤解されます」


「ああ、そうですか。では、せめて、貴方様ではなく、貴方やソトガミ殿などはどうでしょうか?」


「承知致しました。それではご要望の通りに致しましょう。ソトガミ殿、……これでよろしいでしょうか?」


「すみませんね、わがままを言ってしまって。助かります。……ああ、えっと、ダヘムさん、こんな感じの出会い方ではありますが、とりあえず、これから、よろしくお願いします」


「ソトガミ殿、その手は一体?」


「ああ、いや、握手のつもりだったのですが、無理強いをするつもりはないので、気分を害してしまったのであれば、すみません」


「意を汲み取れず、申し訳ありません。……よろしくお願い致します」


「よろしくお願いします」


 目の前の女性と握手を交わした。


 ……少しひんやりしていたな。目の前の白髪の人類もやはりというか、こちらと同じ様な体温をしている。表面的な特徴は髪が白いことを除き、人類と左程変わらないのに、何故、この白髪の人類は魔術を用いられるのだろうか? やはり、どこかで人体の構造も把握しておく必要があるかもしれない。それは私が元の世界に戻った時に何かしらの役に立つだろう。


「フィオナ」


「……何ですか?」


 少し不機嫌そうな返事が返ってきた。


「そろそろ、落ち着きましたか? 落ち着いたのであれば、部屋まで送ろうと思っているのですが、大丈夫そうですか?」


「…………わかりました」


 少し間を置いた後、不服そうな返事が返ってきた。だが、突っ込んでも、面倒くさいのでスルーすることにした。


「そうですか、なら、とりあえず、立ちましょうか」


 私が手を離すと、フィオナさんも渋々ではあるが、離れてくれた。


「とりあえず、行きましょうか。ダヘムさんもありがとうございました」


「いえ……」


 部屋を出た後、ダヘムさんとは別れ、二人でフィオナさんの部屋に行くことになった。


「えっと、フィオナ、少しいいですか?」


 二人で彼女の部屋に向かいながら、そう問いかけた。


「……なんですか、ソトガミさん」


 返って来たのは、若干、不機嫌な返事であった。


 やはりというべきか、少女は何か、お気に召さなかったようだ。これに対し、フォローが必要らしい。


「良ければ、次の休み、二人でゲヘナを散策しませんか? まだ、見れてない場所は多いですし。もちろん、フィオナがよけれ…」


「行きます」


「あ、ああ、はい。それなら、行きましょう、か」


 そうして、私は何とか、少女の機嫌を戻すことに成功し、彼女を部屋に送り届け、そして、何事もなく自室に戻ることが出来た。


 まあ、途中、出会った人で一人だけ、すれ違いざまに軽く会釈したら、無視されたが、それはそれだ。気にしないでおこう。ここにいる全員が私に友好的なわけではないということだ。

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