46話 ゲヘナとの協力関係
「……一つ聞くわ。貴方の描いたその作品は貴方の世界基準で、上手と言えるのかしら?」
「言えないですね。自己評価だと、中の下ぐらいかと」
「そう安心したわ。なら、貴方、大分雑に描いたわね」
「まあ、あまり絵心がある方ではないので。というより、エストリーの方は結構、詳細に描けてるじゃないですか。絵、得意なんですか?」
「覚えている範囲で適当に描いただけよ。貴方が手を抜き過ぎなのではなくて?」
「うーん、私は手を抜かなくても、今、エストリーが描いたものより、綺麗に描ける自信はないですけどね」
とりあえず、次に描写してもらう時にはエストリーに描いてもらうとしよう。
……いや、それはよくないか。あの地図のようなもののように私とエストリーで見えているものが違う可能性がある。それなら、こういったすり合わせはきちんと行わなければ。
「アルセドさん、とりあえず、こんなのが突如、現れ、エストリーの攻撃を受ける前に私を後方に飛ばし、別の、というよりは分裂した? といいますか、とにかく、もう一つの肉塊が後方で私を受け止めました。その後、これらは乗っ取られていたエストリーへ攻撃を始めました」
うん、しかし、まあ、確かに我ながら結構、雑に描いたな。まあ、元からうまいわけではないのだから、こんなものだろう。やっぱり、絵はエストリーに任せようか?
「振り返ると自分でもどうかしていたと思うのですが、その時、私はその肉の塊に向かって、エストリーは殺さないこと、彼女と話せるようにして欲しい、さらに異空間を生み出した原因と思われる鍵の回収して欲しいと頼んだんです」
今思うと、たまたま、あの肉が私の言うことを聞いてくれたから良かったものの、そうじゃなかったら、本当に危なかった。あれの注意が私に向き、こちらを先に飲み込んできてもおかしくはなかったのだ。おかしな空間に閉じ込められていたから、半ばやけくそと博打感覚ではあったのだが。それでも、どうにかしていた。
「うん、まあ、どうにかしていますが、結果として、肉塊は内容を理解したような行動をして、最終的に全て成し遂げました。まず、肉塊は複雑に分裂と増殖を続け、最終的にエストリーを飲み込みました。そして、私に対し、エストリーと鍵を差し出してきたんです」
しかし、だ。やっぱり、あの肉の行動は不可解だ。こちらのお願いに沿うような行動をしてくれた。好意的と考える要素もあるといえばあるし、もしそうであるならば、私の現状、あれを呼び出すのを避けるという心持は心強い味方を自ら封印していることにならないだろうか? ……うーん、でも、駄目だな。色々試したい、試したいが、やはり、どうしても、必要になった時に試してみるしかないだろう。エストリーの話によれば、あれは2回目も呼び出せたらしいから。少なくとも今回の手持ちで何かしらの行動、もしくは、私に危機が迫れば、来るのだろう、あれは。
「その後、目覚めたエストリーと話し、彼女が乗っ取られていたことを知りました。その時点で私はエストリーを信用することにし、肉塊に彼女の開放を頼むと、すんなり応じて、エストリーを開放し、その後は地面に潜り、どこかに消え去りました」
そういえば、消えた肉とドーレスさんの時に出た肉は同じ個体なのだろうか? というか、本当に何故、私はそこら辺の記憶が抜け落ちているのだ? それに関してはトリガーを早急に見つけなければならない。
あと、やっぱり、情報漏洩のリスクを取ってでも、メモを取れるようにしよう。万が一に備えて、記憶の引継ぎが必要だ。
「そして、まあ、その後はエストリーに私が日本という国から来たという事情を話して、何だかんだで脱出して、アルセドさん達とここで会話するに至ったという感じですね」
「ソトガミ君、何だかんだの部分も良ければ、教えていただきたいのだがね」
「ああ、すみません。異空間に入る時に乗っ取られていたエストリーは鍵を用いました。その鍵は肉塊がエストリーと共に差し出してきた鍵になるのですが、まあ、脱出できた方法はといいますと、そこのエストリーが鍵を粉々にしたことで、元の世界に戻ることが出来ました」
「エストリー君、ここまでの話に相違ないかね?」
「ええ、相違ありません。……ただ、鍵の破壊は私が壊す前に、そこのソトガミが鍵を持ちながら、手をぶんぶんと振ったり、とても凛々しい声で『現れろ、扉よ!』と言って、何も起きなかったので、私の判断で破壊を行いました」
恥ずかしい、あと、エストリーがこちらに微妙に寄せつつ、少し演劇染みた感じの再現が地味にくる、刺さる。後で覚えておけ、白髪のお姫様。絶対、どっかでからかってやる。
「そうなのだね。しかし、だ。エストリー君、君の判断を否定する気はないが、差し迫った状況にならない限りは異常の現象下、特に君達のように異なった空間に閉じ込められている場合、事象に対して、重大に関わっている物質の破壊を試みるのは慎重な行動とは言えないね。下手をすれば、君達はどことも知れぬ空間に一生囚われていたのかもしれないのだよ?」
「……軽率な行動であったことは心得ています」
確かにその可能性も考えられはした。まあ、結果的には出られたから、今回は良かったが、アルセドさんの言う通り、次回からは注意が必要だろう。出来れば、次回を迎えたくないものだが。
「ともあれ、二人が無事なのは喜ばしいことだよ。耳障りかもしれぬが、君達二人を心配する老人のお節介と思って、次、気を付けてくれれば、それでよいのだよ」
「承知いたしました」
「ああ、ソトガミ君にも一つ聞きたいことがあるのだが、よいかね?」
「なんでしょうか?」
「ソトガミ君は話の中でエストリー君に左腕を剣で引き裂かれたと言ったね。わしが覚えている限りではソトガミ君と話していた時にはそのような傷は見られなかったのだが、誰かから治療を受けたのかね?」
ああ、説明するの忘れていた。
「それに関しては治療を受けてはいません。ええっと、どういう意味かといいますと、どうも、肉塊がエストリーから大量の体力を奪うことで私の傷を治癒したみたいなのです。そういう意味では、肉塊に治してもらったとも言えるかもしれません」
「とすると、その肉塊は君を窮地から救い出し、怪我の治療を行ったということなのであれば、行動から判断するに君の味方のように思えるのだよ。ソトガミ君、肉塊について、もう少し、何かしらの説明は可能かね?」
「いや、生憎、私もあれに関してはこれ以上のことは何も。ああ、あと、どのみち、言う予定だったので、今ここで伝えますが、私はどうも、魔術や異常の影響をほとんど受けない体質みたいなのです。理由や因果関係は全くわかりませんが。なので、肉塊がどのように私を治療したのかは正直、それも含めてまるでわからないのですが、とりあえず、私に関してはどうも、そのような性質があるみたいです。そして、肉塊が私を助けた理由というか、原因は全くわかりません。なので、私の考えとしては現状、あれを完全な味方だとは考えてはいません。場合によっては私やアルセドさん達の脅威になるかもしれません。その上でどうするかの判断はアルセドさんに委ねます。先ほどの発言を撤回なさるとしても、構いません」
「ソトガミ君、君はまだわしやゲヘナについて、誤解をしているようだね」
目の前の老人は穏やかにこう続けた。
「ソトガミ君のその特異な体質についてはわしもリテーリア君も大まかには把握していたよ。それについてはこちらから告げるのではなく、ソトガミ君自身に自覚し、説明して貰うのが良いと判断して、黙っていたがね」
……まあ、今まで、何度か、結果的に打ち消してはいた。名目はどうであれ、アルセドさん達はエストリーに監視を差し向けていたのだ。恐らく、現時点では、この世界で私が一番、魔術や異常を打ち消したであろうエストリーに対してだ。生憎と、監視者は誘拐犯の内通者であったみたいだが、それはそれとして、私のこの体質がすでにゲヘナの人達に把握されていてもおかしくはなかったのだ。……うん、我ながら全然、隠し通せてないな。今後もこれに関しては案外あっさり露見するのだろう。逆にすがすがしいかもしれない。
「ソトガミ君」
「はい、なんでしょう?」
「わしは君のその特異な体質については関心があるのだよ。君のその特異な力はこの歪んだ世界を変えるのに大いに役に立ってくれると、わしはそう考えている」
「ええっと、そうですかね?」
「そうだとも。ソトガミ君、明日は空いているかね?」
「明日ですか? 明日はまあ、……ああ、いや、一応、ほぼほぼ空いてはいるのですが、少しだけ所用はありますね」
「おや、何かね?」
「実は朝方にゲアルさんって方の工房に寄っていまして。ドーレスさんが誘拐されたことも含め、何か周辺で不審なことはなかったか、情報提供を求めに訪れたのですが、留守だったので、明日、工房に居て欲しいとエストリーと書き置きを残していたんです。なので、可能であれば、明日はゲアルさんに可能な範囲で事情を説明するのと、勝手に工房に入ったことについて、謝罪できればなと」
「……そういうことであれば、明日の夕食後はどうかね? まずはソトガミ君に会わせたい者達がいるのだよ」
会わせた人……、誰だろうか? 想像もつかないが、まあ、人脈が増える可能性があるのならば、行くべきだろう。むしろ、願ってもない。
「ああ、はい、それなら、大丈夫です。ええっと、どうしましょう。とりあえず、夕食を食べ終わったら、自室で待機していればいいですか?」
「ああ、そうだね。リテーリア君に迎えに行くよう伝えるよ」
「わかりました」
「……アルセド殿、よろしいでしょうか?」
エストリーが見計らったようにそう言った。
「何かね?」
「私もソトガミについて行ってもよろしいでしょうか?」
ん? エストリーも?
「エストリー君だけの同行であれば、構わないよ」
「感謝致します」
そっか、来るのか。まあ、例え、エストリーでも、見知った顔は多い方がいい。一体、どんな人物に会わされるのだろうか?
「ああ、そういうことであれば、食事の後、そのまま、部屋に待機します? エストリーとアルセドさんが大丈夫であればですが」
「そうだね、その方が楽だろう。エストリー君は問題ないかね?」
「はい、私もそれで構いません。万が一、ヴァルスフィアの者に私の所在を訪ねられた場合は気分転換に外に出ていると、お伝え願えますか?」
「そのようにしておこう」
「ご配慮、感謝致します」
まあ、となると、明日はゲアルさんに連絡だけしに行って、その後は適当にゲヘナの町か部屋で時間を潰すとしよう。
……ああ、一応、フィオナさんには声をかけておこう。この前のこともあるわけだしな。居れる時は一緒に居るとしよう。
その後、私は引き続き、アルセドさんにこれまで自身が体験したことを出来る限り詳細に説明した。ただし、エストリーと私が夢で出会ったことについては話さなかった。これはエストリーと事前に決めたことだ。何より、お互いに何故、あの状況になったのか、確定的なことが何一つわからなかったというのもある。
説明の結果として、あくまで口約束ではあるが、万が一に備え、あの女神にどう対処をするか、アルセドさんと協力し合っていくことで話はまとまった。
また、エストリーについては、異質な状態になってしまった体の治療法を模索してくれるらしい。
さらに、エストリーの体と肉の触手、そして、私の血に関しては私とエストリー、アルセドさんに加え、この場にはいないがリテーリアさん、そして、エヌルグトースさんを筆頭としたごく一部の限られた者でやり取りと調査をし、外部には決して漏らさないとの方針になった。
見返りとして、私とエストリーに求められたのは異常に関しての協力と秘密保持。
こうして、アルセドさんとの対話は、かなり理想的な結果で落ち着いてくれた。
会話を終えた私達はリテーリアさんに案内され、それぞれの部屋に戻ることとなった。
ただし、誤解を避けるために、ある程度行ったところで、私は一人で自室に戻ることとなった。
そして……。
「……フィオナさん?」
「ソトガミさん……」
扉を開けると、白髪の少女はとても澱んだ顔で、再び、私のベッドに佇んでいた。




