44話 二度目の対話
「ドーレス殿、まずはご無事で何より。……ですが、何故、ソトガミ様とエストリー様がご一緒なのでしょうか?」
リテーリアさんが怪訝な顔でそう言ってきた。
「それについては説明します。今日、この後、アルセドさんとお話しすることは可能ですか?」
「……それは緊急性を要しますか?」
「まあ、はい」
私がそう言うとリテーリアさんはさらに気難しい顔になった。
「わかりました、それではアルセド様の元へはこの後、案内しましょう。……それでよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「……それと、エストリー様、何か問題はございませんでしたか?」
たくさんありました、それはもう。正直、リテーリアさんには面倒事を押し付けたのは申し訳ないのだが、目先の心配はエストリーはこの問をどう答えるかだ。
「問題とは一体どのようなことを指すのかしら? でも、そうね、リテーリア殿、今宵の空は眺めていらして?」
「……いえ、生憎とこちらの調査で上は屋敷の天井しか、見ておりません」
「そう。終わったら、是非、眺めてみることをおすすめするわ。今日はたくさんの流れ星が舞い降りてきて、とても綺麗よ?」
流れ星? ……一つも見た記憶がないのだが。
「あの、エストリー、流れ」
「貴方も見ていたでしょう、ソトガミ? 貴方と一緒にいて、あんまりにも流れ星が舞い降りてきたのだもの。きっと、あの星々は貴方と一緒にいたから、見られたのかもしれないわね?」
あ、多分皮肉だ、これ。
「エストリー、流れ星がお好きなようでしたら、今度、天体観測する時は声をかけてください。何か、手伝えることがあれば、力になりますよ」
「あら、随分と気が利くのね? それなら、次に星を眺めた時、流れ星を見つけたら、その星にソトガミとでも、名付けようかしら?」
「そういうのは第一発見者の名前を付ける方が相応しいと思いますよ」
「そう。なら、今日見た流れ星は全て、ソトガミと名付けましょう?」
「ははは、それは嬉しいですね。次回はエストリーの名前で命名権をお譲りしますよ」
「いらないわよ」
「あの、ソトガミ君とエストリー殿って、実はそんなに仲良くはないの……?」
ドーレスさんが微妙な顔持ちでそんなことを聞いてきた。
エストリーとの関係性か。仲、いいのか? 不倶戴天の敵レベルで悪いと言う訳ではないと信じたいが、別段、良いかと言われると……。うーん、正直、彼女には色々やらかしてしまったしなぁ。それを考えると、本心では嫌われていても仕方がない。
「どうでしょう? まあ、仲良くできるのであればしたいとは思いますよ。色々と迷惑をかけたのは申し訳なかったので、エストリーが良ければの話ですが」
「別にそこまで怒ってはいないわ。でなければ、こんな茶番のような会話、するわけがないでしょう。……それに認めるわ。私はそう、取っ付き難いもの。貴方にこれ以上、問題を持って来られるのは望んでいないのだけれど。でも、貴方が私と親睦を深めることを望むのなら、私も貴方と仲良くするわ?」
「……ありがとうございます、エストリー」
「そう」
仲良くか。エストリーには日本に帰る目的のために協力して欲しいし、まあ、その申し出自体は嬉しくはある。だが、それはそれとして、もう少しまともな出会い方で人間関係を築けないものだろうか? フィオナさんもエストリーも、ドーレスさんも皆、出会い方としてはこれまで経験してこなかった類のものだ。それに現状の人間関係の全てが誰かの死や理解しがたい異常を経ている。正直、もう少し、大人しい理由で人間関係を築きたい。
「……エストリー様、ご迷惑を被ったのであれば、謝罪致しましょう。後日、お詫びの品と共に改めて、謝罪致します。ですが、今回のことはどうか、ゴルディアス殿にはご内密にいただきたい」
「その儀は無用よ、リテーリア殿。父に話すつもりもないわ。それより、今は行方不明になった従者について話しましょう。私もソトガミもそのことについて、貴方より知っているわ」
「……どういうことでしょうか?」
「勘違いしないで、リテーリア。ソトガミ君とエストリー殿は私を助けてくれたのよ」
「助けた?」
「私、貴方が庭園に二人を連れてきた日に誘拐されたのよ。でも、それを二人が助けてくれたのよ」
「そうですか。ですが、我々が知り得ず、お二人がそれを知っていた理由が解せません。……お話いただけますね?」
「詳しいことはアルセドさんやリテーリアさんだけがいる時に話します。そうしなければならない事情があるのです。ドーレスさんが誘拐されたのを知ったのはエストリーと一緒に街に出掛けた時に偶然出会った、ドーレス殿の従者のアンルさん、そして、クミールさんによって、教えられたのです」
「エストリー殿、本日は都合が悪いと伺いましたが、ソトガミ様とは一体、どういったお出掛けだったのでしょうか?」
まあ、疑問に思うのは当然か。エストリーにはゲヘナの軍の視察断らせたしな。……ここは私から言うのが筋か。
「私から、無理を言って、ついて来てもらったんです。エストリーには大切な話があったので」
「大切な話とは?」
「それも今、ここで言うことはできません。そのことは可能ならば、私とアルセドさん、そして、エストリーの三人で話したいのですが、大丈夫でしょうか?」
「…………、それはアルセド様次第です。私が頷ける話ではありません」
「ああ、まあ、確かにそれもそうですね。アルセドさんに直接聞いてみることにします。ところで、リテーリアさんにも聞きたいことがあるのですが、大丈夫でしょうか?」
「何でしょうか?」
「ドーレスさんから、伺ったのですが、リテーリアさんはこういった事件に対して、それが魔術によるものなのか、異常によるものかを判断を行っていると。それに関しては間違いないでしょうか?」
「……その通りです」
「そうですか、その上で聞きたいことがあるのですが、今回の事件はどちらによるものでしたか?」
「恐らくは異常によるものでしょう。魔術的な痕跡は一切見つかりませんでしたので」
「なるほど、異常なのですね。ちなみにその判別はどのように行ったのでしょうか?」
「判別法については守秘義務があるので答えられません」
そうか。出来ることなら、どのように判別しているのか聞いておきたかったのだが、駄目か。知識や道具さえあれば、判別できるのか、魔術を使える必要はあるのかなど、知っておきたかったのだが、駄目らしい。……いや、待て、確か、私がゲヘナに協力する条件は異常な力や物に関する情報提供と使用の許可だった。そして、向こうは仮にもそれを飲んだのだ。なら、これも関係した情報ではないだろうか?
まあ、今この場で無理に聞くことでもないか。人の死が関係していることなのだ。あまり、問い詰めては3人からの心象は悪くなるだろうし、何より、今はゲヘナという国の協力を取り付けるのが最優先なのだから。
「……そうですか、わかりました。そういうことであれば、私の方からはもう特にはありません。教えていただき、ありがとうございます」
リテーリアさんに軽く頭を下げた。
「では、次は私から、聞きましょう。貴方方は今回の事件について、何か知っているようですから。……お聞かせ願えますね?」
その後、私達はドーレスさんが誘拐され、ここに帰ってくるまでの経緯を説明した。リテーリアさんはというと、時折、眉をピクっと動かしていたが表情は変えず、こちらの話を聞いていた顔をした。
そして、リテーリアさんに案内され、私達は従者の死亡跡と思われる血だまりに赴いた。それまで、明るく振舞っていたドーレスさんだったが、現場を見ると、耐えきれなかったのか、涙を流し、アンルさん達の死を悲しんでいた。私も心の中で従者の方達の冥福を祈った。エストリーは終始無言だったが、拳を強く握りしめていた。悔しかったのかもしれない、わざわざ触れるようなことはしなかったが。
しかし、悔しいという気持ちは私も同じだ。人を殺すのは基本的によろしくはない。勿論、やむを得ない事情もあるだろう。私は人が人を殺してしまうのは諦めているところはある。誰かを憎むことはあるし、互いの大義的な名分で殺し合うこともあるだろう。だが、それ以外の、簡潔に言えば、私利私欲のため、快楽のための殺人を私は許容しない。そして、人以外が人を殺すということが私は好きではない。あの女神も、フィオナ擬きも、いずれ人に害が及ばないようにどうにかしなければならないのだ。可能であるならば、滅ぼしたいとも思っている。
……そうは思っても、今の私は実に無力だ。魔術を打ち消せるから何だというのだ? 私には殴られる痛みを、剣で裂かれた熱さを、刺され、抉られる苦痛を、それらの何一つ、打ち消せはしない。
とにかく、私は弱い。誰かを助けられる力もない。だから、強くなろう。少なくとも、死なない程度には。とりあえず、誰かに稽古をつけて貰おう走って、体力もつけよう。現状を受け入れ、出来ることから、やってみるしかない。
「失礼します」
「ああ、ソトガミ君、そして、エストリー君、待っていたよ」
「お休み前のところ、大変……」
「ああ、気遣いは無用だよ。わしの方は構わない」
「…………」
「色々あったようだね」
ここは本当に無機質な空間だ。自然といったものを感じない。明らかに異質な空間。
だが、不思議と落ち着く。
「まあ、それなりには」
「話とはそのことかね?」
「ええ。ただ、初めにお伝えしておきたいことがあります」
「何かね?」
「私も、そして、エストリーもアルセドさんやゲヘナの方達と敵対するつもりはないということです。ですが、これから、話すことは場合によってはアルセドさん達が脅威に思うこともあるかもしれません。それでも、ここにいるエストリーの身の安全は保障していただけないでしょうか?」
「エストリー君を傷つけるようなことはしない。前に言った通り、わしは君と協力したいと思っているのだよ。それにだ、ソトガミ君」
「何でしょうか?」
「ゴルディアス君はわしの大切な友だ。無論、娘であるエストリー君もわしにとって、大切な存在なのだよ。故に、傷つけるようなことはしない。それに今ここにいるのはわしとソトガミ君、エストリー君の3人だけ。他の誰かに盗み聞きされるような心配もない。安心して、この老人に話を聞かせてくれないかね?」
目の前の老人はただただ落ち着いてそう言った。
「……ご配慮いただき、ありがとうございます」
まあ、聞かれて困るのは正直、誰だろうか? とりあえずはヴァルスフィアの方達だろう。それが一番面倒なことになりそうだ。他の人に関しては最悪、口封じも必要なのかもしれない。だが、まあ、ある意味では情報開示も交渉に使えるかもしれない。協力はしたいが、ゲヘナにはどうでもいいことで協力してもらっても困るからだ。ゲヘナには有効的に協力してもらわなければ、困る。彼らの脅威を可能な限り無くすために、私が日本に帰るために。




