43話 庭園にいる理由
ゲヘナには問題なく戻ることが出来た。それから、ドーレスさんの案内に従い、出来る限り、人通りの少ない道を使った。
エストリーのおかげもあって、誰ともすれ違うことはなかった。
庭園への入り口は兵士で封鎖されていた。日は十分に暮れてはいたが、周囲には人だかりが出来ており、このまま、3人で入った場合、間違いなく騒ぎになりそうな雰囲気だ。
これは一体……?
「いなくなっていたのがすでに広まっているのかもしれないわね……」
「どうでしょう、アンルさん達は口止めされていましたから。でも、まあ、ゲヘナの兵士がいるということは何かしらあったか露呈したというのは間違いないでしょう。とりあえず、このまま、入るのは目立ちすぎますし、一先ずは従者が使う方の入り口に回りましょう」
「……そうね、その方がいいわ。行きましょう」
「はい」
ただ、裏口にも兵士はいた。こればっかりは仕方ないので、話し合った結果、堂々と入ることにした。
「何だ、お前達は……!?」
「落ち着いてちょうだい。私はこの庭園の主、リミドーラ・ドーレスよ」
「は……? ……確かに、良く見ると、ドーレス殿ですね。これは、失礼いたしました。しかし、そのお姿は一体、どうされたのですか?お連れの2人も同じ様ですが」
血は流石に洗い流したが、まあ、ボロボロなのはどうしようもない。エストリーは服を修復する魔術を習得していなかったのだ。まあ、それに関しては服飾屋扱いするなと、エストリーに怒られたのだが。まあ、それはそうか。
「聞きたいのは私の方よ。正門に人だかりが出来ていたから、こちらに回り込んだのよ?これは一体、何の騒ぎなの?」
「お耳にしていないのですか?」
「聞いていないわ。一体、何があったの?」
「屋敷で大量の血だまりが見つかったのです。また、行方不明の従者もいるようです」
ああ、そうか。そういえば、ドーレスさんは割とやらかしているんだったな。しかし、血だまりか。まあ、アンルさん達なのだろう。
「……そう、血だまり。いなくなっている人数は……?」
「具体的な人数はわかりかねますが、数名程度かと」
「……そう。とりあえず、状況を確認したいわ。案内してくれないかしら?」
「わかりました。ですが、私は持ち場を離れられませんので、少しお待ちを」
兵士はそう言うと、後方を向いた。
「おーい! 誰か来てくれ!ドーレス殿が戻られたー!」
兵士が呼び掛けるとすぐに4,5名ほどの兵士がやってきた。現時点で、兵士の性別は女性は5人、男性は1人か。やっぱり、女性が多い。まあ、魔術の存在がこの世界での力関係で支配的な要素であることはわかった。だが、女性が優位なのかは何故なのだろうか? 体の構造が何か関係しているのだろうか? それとも、女性優位の社会構造で、そうなっているだけで、魔術の習熟には男女差はそこまでないのだろうか?
そんなことを考えていたが、兵士の一人はこちらを見ると怪訝な顔をした。
「あの……、失礼ですが、そちらにいらっしゃるのはエストリー・ヴァルスフィア様では?」
兵士のうちの一人がそう言ってきた。
エストリーの方をちらっと見る。彼女もこちらと少し目を合わせた後、軽くため息をつき、そして、こう言った。
「……そうよ。それと、隣にいるのはソトガミカズヒラ殿」
まあ、誤魔化すのは難しいか。エストリーも私も。というか、隣国の次期領主が視察中に血まみれになっていたって、もし、ばれたら、普通に外交問題にならないだろうか?
……ああ、面倒事増えた。ドーレスさんとは一旦別れておくのだった。いやまあ、別れても、城に入るときには確実に見つかるのだ。無理な話か。
「やはり、そうでしたか。これはとんだ失礼を。申し遅れました、衛兵のメディクティと申します。重ねて、不躾ではございますが、何故、貴方方がこちらへ……?」
「事情は私から、話すわ。先に案内してちょうだい」
「はぁ、左様ですか……。わかりました。まずは屋敷へ。案内は私がしましょう。私がこの場所の責任者でありますゆえ」
「ええ、お願いするわ」
メディクティさんは頷くと、門に集まっている兵士にこう言った。
「……ご苦労だった。お前は引き続き、ここで見張っておくように。他の者も戻ってくれ。休憩時間になったら、持ち場で交代するのを忘れるな」
「わかりました」
「それでは私はこれで」
「失礼いたします」
そういうと、兵士達はこちらに礼をした後、歩いて、戻っていた。
「それでは案内しましょう。ついて来てください」
「わかりました」
「ね、ねぇ、時にメディクティ殿?」
「何でしょうか、ドーレス殿」
「あの、リテーリア殿は来ていらっしゃる……?」
「来ています。事情は後で、リテーリア殿が聞くでしょうな」
「うぅ……、やっぱり?」
リテーリアさんか。あの人は本来、何をしている人なのか、いまいち、わからなくなってきた。取り調べをするってことは刑事みたいなものなのだろうか?
だが、アルセドさんの護衛も任されていたし、異常にも関わっていると思えば、エストリーという、隣国の要人を案内する外交的なこともやっている。一体、何なんだ、あの人は。実は結構えらい立場なのだろうか?
「諦めてください。ここで何かあったら、リテーリア殿は必ず飛んできますから」
「そうね……」
ドーレスさんは気まずそうに返事をした。
「えっと、メディクティさん、聞きたいことがあるのですが」
「……何でしょう?」
「リテーリアさんは普段どういった立場の人物なのでしょうか?」
「おや?知らないのですか?」
「まあ、はい」
「……そうですか。ああ、いや、これは失礼。そうですな、リテーリア殿はこういった事態の対応を任されている方の一人です」
「こういった事態とは?」
「……異常よ」
ドーレスさんが嘆息をつき、そう言った。
「街で何かあれば、まずは衛兵が飛んでくるわ。ただの事件や事故、揉め事なら、衛兵が片付けるの。でも、そうじゃないことが起きたら、次にそれが魔術的なものか、異常によるものなのか、見識を持った者が来るのよ。同時にある程度、対処が可能と判断された者がね。その内の一人がリテーリアなのよ」
……今まで、リテーリアさんがどういう立場の元、アルセドさんの護衛をしたり、私達を街に案内したり、していたのか、ドーレスさんのやらかしについて、何故、あれこれ知っていたのか、合致がいった気がする。これまで、聞く限りの範囲でリテーリアさんが治安維持や軍隊、異常が関係した組織のどれかに所属しているのは予測していた。
なるほど、そうか。そういう立場なのか。
「そうなのですね。ちなみに他にはどういった方がいるんですか?」
私がそう言うと、ドーレスさんは苦笑いをした。
「うーん、私の対応はほとんどがリテーリアだから、他の方は名前ぐらいしか知らないのよねぇ」
「そうですか」
「ああ、でも、ケカ・オベンタ殿という方なら、よく知っているわ」
「その人はどんな方なんでしょうか?」
「でも、この方ね、普段は私と一緒に植物の研究をしているの。だから、他に誰がいるかはリテーリアに聞くのが一番だと思うわ?」
「そうですか。わかりました、後で聞いてみようと思います」
「ごめんなさいね、満足できる返答ができなくて」
「ああ、いえいえ、そんなことは……。ちなみにその、ケカ・オベンタさんという方は一体、どんな方なんですか? あと、ドーレスさんと共同で何の研究をしていらっしゃるのか、気になるのですが、良ければ、お聞きしても、大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろんよ。まず、私は異常性を持った植物を交配させて、別品種を作っていり、その植物の生育をしているの」
「ああ、それは、はい。私もエストリーも、リテーリアさんから、伺いました」
「あら、そうなの。まあ、リテーリアから聞いたのなら、私についてはあれこれ説明する必要はないわね。それでね、オベンタ殿は植物の生育や成長過程の予測を行っている方なの」
「成長過程の予測?」
「ここで、ソトガミ君に一つ質問、異常性を持った植物はどの段階で異常性を持っていると思う?」
「え? 段階ですか……」
うーん、実際に見たことがある訳でもないし、何とも言えない。種自体から、異常なのかもしれないが、そんなこと、わからないしな。一概にこうというのも成立しない気もする。
「種とか、花が咲いた時とかはあるかもしれませんが、正直、それは植物によるのでは?」
「あら、鋭いわね。 そうよ、植物は何も最初から異常性を発現しているわけではないの。種からの場合もあるけれど、ある成長段階を迎えた辺りで発現するもの。逆に成長段階を終えた段階で異常性がなくなるもの、種によって、それは様々なの」
そうか、異常はなくなる場合もあるのか。それは面白いことを聞いた。私のこれもいつか、無くせるかもしれない。
「なるほど。つまり、異常がどの段階で発現したり、消えるかの把握は実際に育てて確認して、記録をしている感じですかね?」
「普通はそうなのだけど、オベンダ殿はね、どの段階で異常性が発現するか、なくなるか、予測ができるのよ」
「それはすごいですが、一体どうやって?」
「私にもわからないのよねぇ。でも、それがとても役に立つのは事実だから、一緒に研究することになったのよ。オベンタ殿自身も植物には造詣が深くてね、特に高山地域に見られる植物には私より詳しいのよ」
そんな人がいるのか、機会があれば、是非、話を伺いたいものだが。
「そうなんですね。あの、ドーレスさん、私自身は植物に関する専門知識はあまりないのですが、もし、良ければ、今度、植物の交配など、色々お話を聞いても大丈夫でしょうか? あと、オベンタさんにも伺ってみたいなと」
「ええ、いつでも聞きにいらして。オベンタ殿は人と話すのが好きな方だから、きっと大丈夫だと思うわ。今日は帰っていらしてるかもしれないけれど、今度会ったら、ソトガミ君の事、伝えておくわね」
「ああ、本当ですか、ありがとうございます」
「よろしければ、エストリー殿も植物に関して、何かあれば、聞きにいらしてください。何かお力になれるかもしれませんわ」
「そうさせてもらうわ」
その後、メディクティさんに案内された場所は昼にアンルさん達と話した屋敷だった。
この後、私達は恐らく、アンルさん達の痕跡を見ることになるのだろう。そして、それについて、リテーリアさんに事情聴取をされる。
……なら、その前にドーレスさんから教えられた情報から、リテーリアさんについて、考えてみよう。
まず、リテーリアさんは魔術と異常の区別に見識があり、また、対処も可能な人物。そして、アルセドさんはこの世界に異常があり、それらが世界を滅ぼす危険性があることに危機感を持ち、そうならないように行動している。
そんなアルセドさんに護衛として、また、アルセドさんと比較して、どの程度かわからないが、少なくともこういった事態には呼び出される程度の見識を持ったリテーリアさんが共に旅をしていた。
アルセドさんは予言に従い、黒を纏いしもの、どうも、私のことらしいが、それの真偽は不明なのだが、とりあえず、その黒の異常を必要として、バウムシュタムまでやって来た。
それから、色々あったが、思い返せば、リテーリアさんも時折、こちらに質問を投げかけていた。殺人歴が分かる羽根ペンを私に使用させてきた。
……判別されていたのだ。私が異常かどうか、場合によっては危険人物かどうか。アルセドさんだけでなく、あの人にも。
そして、もし、私が触手を出すなどの異常を引き起こしても、もしかしたら、何らかの対処が可能な人物だったのかもしれない。
……いや、それは早計か。それにあの触手自体も問題だ。
丸のみにされた過程があったとはいえ、エストリーがあれに触れていた時間はおよそ、数分だった。たった、それだけの時間で彼女はゆっくりと死に至る定めになってしまったのだ。彼女の死は私の血を飲んだことで、何故か、解決した。だが、不死の代わりに彼女は人ではない何かになってしまった。
つまり、現状、触手や私の血液はこの白髪の人類にとっては非常によろしくない効果があるのだ。触手の方は純粋に有毒だ。あの粘液含め、どの程度の致死性を持つのかはわからないが、私に制御が出来ない以上、この世界では危険物になってしまうし、うまくやっていくのは難しいだろう。
血もよろしくない。飲むことで不死になるのなら、それ単体の目的で手に入れようと考える人物が現れるだろう。つまり、純粋に私を誘拐したり、血を求めてくる者が現れるということだ。
だから、血のことは可能な限り、秘匿しなければならない。それに人じゃない存在になるというのも気になる。エストリーは現時点では特に何事もないように見えるが、注意しなければならないだろう。何らかの条件次第で彼女が私やその他の白髪の人類を無差別に襲いかねないからだ。エストリーだけなら、まだいいが、不死性を持った存在が何人にも増えて、それが無差別に人々を襲い始めたら、それは非常にまずい。秩序は乱れるし、生まれた被害の責任は私も背負わされるだろう。
今後、私の血を誰かに飲ませるのはやめよう。誘拐犯と対峙した私が何故、エストリーに血を飲ませようと思ったのは不明だが、私自身、血の効果は把握してなかったのだ。恐らくは切迫して、何らかの必要性があり、その場にいる人間で実験したのだろう、つまり、エストリーで。
リテーリアさんもそうだが、この後は恐らくアルセドさんとも話すことになるだろう。だが現時点ではアルセドさん達に警戒こそされても、敵対するわけにはいかない。ゲヘナの人達の情報や協力も必要だ。私が日本に帰るためには、この異常を無くすためには彼らを利用する手段に賭けてみるしか、現状は方法がないのだ。
ああ、しかし、どうしたものか。……まあ、うん、とりあえず、敵対する意思はないことは示そう。後はそれに対して、アルセドさん達がどういう選択を取るのかに賭けるしかない。まあ、女神に協力する気は微塵もないのだが、アルセドさん達と敵対した場合も考えなければならないし、本当にどうすべきか。
ああ、実に面倒くさい。バウムシュタム村でのんびり仕事をしながら、お金を貯めて、資金がある程度貯まり次第、旅に出て、比較的安易に日本に帰る方法を発見するといった未来はなかったのだろうか?
……現実に文句をぶつけても仕方がない。とりあえずはやれるだけやってみるとしよう。




