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白痴の黒  作者: 忌神外
42/53

42話 ドーレスの目覚め

「ドーレス殿、起きられよ」


 エストリーが体を揺らし、声をかける。


「あら……? 貴方……は、エストリー、殿?」


 ドーレスさんは二度目の目覚めを迎え、ゆっくりと起き上がった。


 さて、一回気絶させたことをドーレスさんは覚えているだろうか? まあ、覚えていたら、対応はエストリーに任せるとしよう。


 ……しかしまあ、すごいな。あんな状態であったというのに何事もなく起き上がれている。


「ドーレス殿、無事なようで何よりだわ」


「無事……? 一体、何の……って、どうしたの? 血だらけじゃない!」


 あわあわとしているが、まあ、確かにそうだ。ドーレスさんから見たら、エストリーは血まみれだし、重傷者だと思うかもしれない。傍から見たら、二人ともそうなのだが。


「ドーレス殿、これは……」


「ちょっと、良く見せて! どこが痛むの!?」


「……傷はな、ドーレス殿、待って、待ちなさい」


 脱がされそうになっている。視線は逸らしおいておこう。後で、とやかく言われるのは嫌だしな。


「……ドーレス殿、ねえ、ちょっと、ドーレス殿」


 ……いや、その場合、夢はどうなのだろうか? あそこで彼女の裸はおろか、中身まで覗いてしまっているのだが、カウントされるのだろうか? 許されるだろうか?


「ああ! いけないわ! まずは止血しないと!」


 ……まあ、エストリーに何か言われるまでは触れないでおこう。というか、次、夢で会う時、大丈夫だろうか、服。私と同じなら、自発的に切った箇所でも元に戻っているはずだ。まあ、それは実際に確認しないことにはわからないのだが。


「落ち着かれよ!」


 っ!? びっくりした。


「っ!? ……は、い」


「……ドーレス殿、私は無事よ。回復魔術は心得ているもの。体は大事ないわ」


「そう、安心、しました。……ごめんなさい、取り乱してしまって」


 落ち着いたようだ。エストリーの服も脱げてない。……うん、大丈夫だろう。


「ドーレスさん、少しよろしいですか?」


「え? ソトガミ君……?」


「はい、そうです。聞きたいことがあります。まず、初めに、現在までの状況は把握されていますか?」


「え? ああ……、そうね。……どういう状況なのかしら? ……私、また、何か、やっちゃったの? もしかして、そういうことなの? リテーリア、怒っていらした……?」


「安心してください、そういったものではないです。ええっと、推測するにこれまでの状況は記憶にないということで合っていますか?」


「え、ええ……そうね。お茶を飲んでいるときに、アンルが客人だって、呼んできて……、それから、……それからどうしてこうなったのか、覚えがないわ」


 ……私自身も記憶にないのであれだが、ドーレスさんは乗っ取られていたわけではなかったのか? もしくは、乗っ取られていたが、それでも、記憶がないのか。……まあ、これは現時点で問い詰めてもあれか。エストリーかドーレスさんのどちらかが、嘘をついているのかもしれないが、判別できないことに対して、強めに追及しても仕方がない。


「なるほど。体の調子はいかがですか? 歩けますか?」


「ええ、問題は、ないはず、だわ……」


「そうですか、それは良かったです。一先ず、把握している限りのことを説明しますが、……いつまでもここにいるもあれですし、きっと、日も暮れているでしょう。とりあえず、外に出ましょう。説明は歩きながらでも大丈夫ですか?」


「ええ……」


 外は予想通り、日が落ちているが、空には月のようなものが浮かび、それに加え、数多の星が輝きを放っている。


 ああ、素晴らしい夜空だ。この世界に来て、何回か、夜空は見上げたが、やはり、素晴らしい。悔やまれることがあるとすれば、ここが地球でなく、簡単に戻れる場所ではないことと、高精度な望遠鏡が存在しないことだろう。別段、趣味だったというわけでもないのだが、一度でいいから、そういうものを使って、星空を眺めてみたいものだった。だがまあ、それは帰ってからのお楽しみに取っておくとしよう。


「…………」


 ……この星々の中に、私の故郷は存在するのだろうか? それとも、光すら届かない遥か遠くなのだろうか? 何なら、方角どころか、宇宙すら違う可能性もあるが。……あちらの方角にはゲヘナがあることを私は知っている。だが、私の故郷は一体、どこにあるのだ? 私は帰ることが出来るのだろうか? 夢には拘束され、現実はふとした時に、こうした虚しさを突き付けてくる。


「貴方、そんなに空を眺めて、もしかして、星が好きなの?」


「え? ……ああ、そうですね。普段はこういったものは中々、見ることが出来ないものですから、つい。お二人はどうですか?」


 ……駄目だな。今はそんなことを空想し続けていても仕方がない。それに来れた以上は帰れる方法もあるはずだと信じたい。何度も、その仮説に至っているではないか。今はエストリーとドーレスさんがいる、この現実に目を向けよう。


「見慣れた景色だもの、改めて、思うことはないわ。でも、そうね。美しいとは思うわ」


「私は大好きよ。庭園から、アロマを焚いた部屋で、夜空を眺めながら、温かい飲み物を飲むの。美味しいお菓子と一緒に」


 女子力が高い。まあ、女子というよりはもう、女性なのだが。


「お二人も今度、どうかしら? 助けてくれたことに対して、何か、お礼がしたいのだけれど」


 お礼か……。正直、引け目がある。地上から出る途中、エストリーから、聞かされたのだ。従者の二人は助けられなかったことを。アンルさんとクミールさんは死んだ。


 私もドーレスさんに対しては謝罪することしか出来なかった。だが、そんな私達をドーレスさんは糾弾せず、逆にこちらに謝罪と感謝を伝えてきたのだ。


 それでも、3人の人間が死んだ。その事実がある以上、せっかくの好意だが、素直に受け取ることは出来ない。こうなった原因の一つは私でもあるのだから。


「……ドーレス殿、何度も言うけれど、お礼は不要よ。それでも私達は貴方から、賞賛も謝罪も受ける立場にないわ」


「もう! 遠慮しないで、貴方達には本当に感謝しているの。確かに彼女達が亡くなったのはとても悲しいわ。……でも、貴方達は私を助けてくれたじゃない。彼女達の死を背負うのは私よ。貴方達にはただ、私を助けてくれたことを誇ってほしいのよ。貴方達には賞賛もお礼も受けてしかるべきだわ。それに受けて欲しいの、これは私からのお願い。私のために、彼女達のためにお礼をさせてちょうだい」


「そういうことであれば、招かれることにするわ。ただ、その、……恥を忍んで、もう一つ頼みたいことがあるのだけれど」


「何でも、大丈夫よ。私に叶えられる範囲でなら……だけど」


「私以外にヴァルスフィアの者を一人、参加させたいの。名はリディア・ヴェラ」


「リディ……、ああ! この前、庭園にいらしてくれた時の従者さんね。ええ、是非、ご一緒にいらしてくださいな」


 リディアさんか。まあ、会話の感じを見ると何だかんだ。仲はいいのだろう。あの二人。


「それで、ソトガミ君は?」


「え?」


「話を聞いていなかったのかしら。ソトガミ、貴方も誘われていたでしょう?」


「それはそうなのですが」


 まあ、確かにそれはそうなのだが、私はやはり、その申し出を受けるのには抵抗がある。この世界、ゲヘナに来て、日は浅いがあまり快く思われていないのだろうなと感じる場面はそれなりにある。表立ってないとしても、所謂、社交辞令だと考えることはあるし、考えなければならない。だから、エストリーはともかく、私はそれを常に念頭に置かねばならないのだ。


「……もしかして、都合が悪かったかしら? ごめんなさい、困らせるつもりはなかったのよ?」


「……ソトガミ?」


 ……まあ、ここまで言わせてしまったものを断るのもあれか。社交辞令ではなく、純粋な好意として、捉えるべきか。我ながら、面倒な性格しているな。


「ドーレスさんのご予定が合えば、その時は是非」


「ええ、是非、いらして!」


 っ! 急に手を掴まれたものだから、驚いた。右手がドーレスさんの両手でぎゅっと、包まれている。


「はい、ありがとう、ございます」


 ドーレスさんの手は温かかった。


 ……驚いたのは別に気恥しいとかそういったものではなく、ただ、脳裏によぎった結果になるのではと危惧したからだ。だが、そうはならなかった。


 ドーレスさんは無事なようだ。私が触れたことでエストリーが魔術で回復したその体がどうなるか、心配はしたが、回復した結果はそのままらしい。やはり、私のこれは行使されている魔術や異常を打ち消すのであって、行使された後の結果はそのままらしい。そして、それは無機物のみでなく、生物に対しても、同様のようだ。安心はしたが、迂闊にゲヘナの病院や治療室に近づくべきではないことがわかった。行使中の魔術を打ち消してしまった場合、人の生き死にに、直接かかわることもあるだろうし、それによって、非難の目が向くことは避けねばならない。


 しかし、そうか、駄目なのか。もし、何らかの要因でここにいる白髪の人類を相手にすることになった時に私は彼らを可能な限り、一撃で気絶、もしくは、殺害できなれけば、回復されるということになる。数ではこちらが圧倒的に劣る上に、隠れ家といったものもないのだ。この世界でお尋ね者になる行動は避けよう。別に不必要に犯罪行為をするつもりはないが、何らかの手違いで敵対は今後考えられるのだ。だから、私にはそれを避ける努力と避けられる知識、そして、万が一、その事態に陥った時の攻撃手段と避難場所が必要だ。


 ……いや、逃走手段と避難場所だな。数では劣っているどころの話ではなかった。敵対したら、まずはひたすら逃げ回るしかない。私の現状の攻撃手段など、ナイフで刺すことしかできないし、あの触手だって、それこそ、大群が襲ってきたら、凌ぎきれるとは思えない。いずれ、囲まれて、捕らえられるだろう。そうならないように離脱の手段が必要だ。


 ……空も飛べる相手から、どうやって逃げろと?うん、現時点では無理だな。


 やっぱり、極力、敵対しない方向で頑張ろう。時間を稼いで、その間にそういったことへの対処法も探していけばいい。


「あっ!ソトガミ君も誰か誘いたい方がいらしたら、気軽に呼んでちょうだい。歓迎するわ」


「あ、ああ、ありがとうございます」


 といっても、そんな相手いないのだが。この世界に来て、知り合いですら、両手未満なのだ。……うーん、あー、フィオナさんは来たがるだろうか?一応、声だけ掛けてみるとしよう。まあ、興味なさそうだったら、私一人で行くとしよう。何であれ、ここまで言われて、断ると角が立つだろうし、現状はこの世界の住人との付き合いは大事にしなければ。

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