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白痴の黒  作者: 忌神外
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36話 魔術があろうとなかろうと

 時折、紙を覗き込み、歩みを進めるエストリー。人の気配や人工物といった類はもうない。


「エストリー、仮にアンルさんの話が本当だとしたら、私達もその亡くなったらしいクミールさんと同様の結果にならないように、何かしら対策を講じないとまずいと思うのですが、何か有効な対策はあったりしますか?」


 それに対し、彼女は立ち止まりも振り向きもしないが、言葉は返してきた。


「それが魔術であるのならば、貴方の場合は勝手に打ち消すのだから、考える必要はないわ」


「……正直、自覚のない能力に頼るのはあまり安心できないのですが」


「感知出来ても、無力化出来なかったら、私は死ぬのだけれど、その方がいいというのであれば、喜んで、立場を交換してあげるわ?」


「……すみませんね」


「別に謝る必要はないわ。それに同情すべきなのは貴方の方よ」


「それはどうしてです?」


「前に言ったでしょう?魔術を打ち消すというのは使い手の世界を踏みにじっているようなものなの。打ち消された相手はまず間違いなく、目をつけるでしょうし、場合によっては貴方を殺すことを考えるでしょうね?」


 こちらからすれば被害妄想もいいところなのだが、そういう文化があるのか。……気を付けなければ。


「正直、理不尽だと思うのですが」


「貴方のそれはそういうものよ。半ば呪いのようなもの。でも、今はその呪いが役に立っているのだから、良かったでしょう?」


「うれしくはないですけどね。……それで、異常だった場合はどうするんですか?」


「私と同じよ。無力化出来なかったのなら、諦めて死になさい」


「……感知とかは出来ないんですか?」


「それなら、試みたけど、やめたわ」


「どうしてです?」


「貴方がふとした瞬間に打ち消すのだもの。私が消耗するだけだわ」


「……すみませんね」


 本当にどうにかならないだろうか、これ?オンオフ可能ならもう少し使い勝手も良いだろうに。今は完全に同行者の枷になっている気がする。


「ところで、貴方はどうやって誘拐犯と交渉するつもりなの?そもそも、相手が交渉の席につく確証もないのよ?」


 まあ、それはおっしゃる通りで交渉の席についてくれる確証はないんだよなぁ。私は夢の内容を信じて、彼女が死ぬと思い込み、誘拐犯に交渉するだけの価値が自身にあると勝手に決めつけているだけかもしれないのだ。我ながら、正気か?とは思う。とても思う。


「まあ、前回会った時の感じだと、全く話を聞かないというのはないと思っていますよ。交渉材料としてはまあ、血液とかですかね?」


「貴方の血を欲していることについては正直、理解に苦しむわ、とっても」


「それは私も同感ですよ。……私よりもエストリーの血液の方が喜ばれるのでは?」


「それなら、私の体を乗っ取った時にいくらでも貪れたでしょう?狙われているのは貴方よ、諦めなさい」


 諦めたくない。大体、捧げると言っても、どこから血を出せばいい?腕か?それとも、首から直接吸わせるのだろうか?吸血鬼みたいに。……いや、それは正直、嫌だな。多分、いや、間違いなく痛い。


「それで?相手がただの変態でなければ、貴方の血に一体どんな価値があるというの?」


「知りませんよ。精々が献血できる程度では?」


 そういえば、この世界というか、この白い人類の血液型はこちらと同じなのだろうか?それとも、全く違うのだろうか?これも可能であれば、知っておきたい。今後、輸血が必要にならないとも限らないのだ。いや、限らないではないな。絶対必要になる。私は背中を刺されたり、腕を切られたり、殴られたりとこの世界に来てから、何度か流血しているのだ。致命的だったのは結果的に何故か完治しているとはいえ、それでも、出来る限り、医学的な方法で治療できるのが望ましいに決まっている。


「貴方の言う、そのケンケツっていうのは一体何?」


 ああ、伝わってないのか。


「うーん、まあ、簡単にいえば、私の国の、あ、日本のことなのですが、医療的なボランティアですかね。病気やケガとかで他者から、血液を貰う必要がある人のために血液を無償で提供する制度があるんですよ」


「……医療?貴方達の王や貴族の中には血を飲むことで傷や病を癒すものがいるというの?まさか、全ての民がそうとは言わないでしょうね?」


 ああ、どうやら盛大に勘違いされたらしい。


「誤解させるような言い方をして、申し訳ないのですが、違います。まず、飲むのではなく、輸血目的です。それと、必要としているのならば、身分は関係なく、誰にでもですね。頻度も個人単位なら、短くて、数か月に1度程度でしょうか」


「……そう、違うのね。でも、他者の血を自身の血と混合させて治療を行う国なんて、聞いたことがないわ。貴方の国は魔術を用いない代わりにそんなことをしているというの?」


 またしても誤解されているようだ。というより、エストリーの発言を解釈すると、この世界には輸血する技術がないのだな。希望がさっそく絶たれたようでなにより。


「エストリー、何か誤解をしているようですが……」


 ……待った、盛大にミスを犯したかもしれない。そもそもとして、私がこの世界の情報を集めるのと同時に万が一のためにも、私の世界のことは可能な限り、秘匿すべきなのだ。過度なはったりをかます気もないが、技術レベルなどを明言するといったことは可能な限り、避けなければならなかった。


 だがまあ、エストリーにはすでに多少のことは話している。それに私自身はここまで可能なことをある程度把握しているだけであって、どうすれば可能なのかを知り得ているわけではないのだ。なら、このぐらいはまあ、いいだろう。


「……どうしたの、私は誤解をしているんじゃないのかしら?」


「ああ、いや、伝え方によってはまた誤解されそうだなと思ったので。とりあえず、血を飲むことで回復するような人たちはいません。輸血に関しては医学的にきちんと根拠があり、清潔な環境の下で専門家が治療を行っているので、少なくとも、猟奇的なものではないですし、それで病気になるようことも、ほとんどありません」


「……貴方の世界に魔術が存在しないことは正直、信じられないのだけれど、貴方の国は魔術がなくても、発展しているのね」


「まあ、実際、私も魔術があったのなら、生活の利便性は向上してるでしょうし、現状よりも発展したかもしれないとは考えてますよ。まあ、治安面で不安はありますが」


 まあ、治安で考えるのなら、魔術は銃以上の脅威と考えることもできる。そう考えると、社会は今以上に秩序を保たねばならないだろう。誰しもが、通り魔になれることには変わりはないが、魔術に関しては現状どこまで可能なのかは把握しきれていないが人一人が大量破壊兵器にすらなり得る可能性だってある。


「もう一つ聞いてもいいかしら?」


「……ええっと、はい、なんです?」


「貴方から見て、この世界は、例えば、ゲヘナの国はどのように映っているのかしら?」


「どのようにとは?」


「全てよ。文化や人もそうだけど、魔術や技術、それらすべて、貴方の国と比較して、どう感じているの?」


「うーん、そういえば、ここまで一回も考えなかったですね」


 まあ、考えはしたのだが、現状は情報量が圧倒的に不足しているから、納得できる答えなど出せないのだが。


「率直な意見でいいわ。アルセド殿に告げ口したりはしないから、安心なさい」


 まあ、別に言われてもいい範囲で答えるつもりなので関係ないのだが。


「少しだけ、この世界での記憶を整理させてください」


 さて、どうすべきか。とりあえずは褒めるべきか?


 まあ、衛生環境で考えるなら、比較的我慢できるが、それでも、とても清潔と言った感じではないだろう。


 唯一の例外が城とドーレスさんの庭園だ。あそこはそれなりに綺麗だった。


 技術レベルに関しては全体的には遅れているように思える。魔術みたいな例外は別だが。


 医療技術も確認はしていないが、魔術を用いないとかであれば、こちらの世界より優れているとも、思えない。まあ、まだ、診療所は見れていないのだが。


 飯に関しては今のところ、致命的に受け付けないものはなかった。それなりに美味しいと思えるものも少しはある。まあ、これについては旅先と思えば、何の不満もない。


「……まあ、比較しても、割といい国なのではないのかなと」


「そう、貴方は貴方でこの世界の発展を歪で遅れていると考えていると思っていたのだけれど、違ったのかしら」


「いや、特にそういうのは……」


「別に誤魔化さなくていいわ。セミホーレの時もそうだけど、貴方は魔術というもの自体には驚くけれど、それが生み出した結果自体にはさほど驚いていなかったもの。少なくとも、貴方がいたニホンという国は魔術を用いずとも、それらが可能なのでしょう?」


 ……こちらが向こうの行動を観察しているように向こうの人の中にもこちらを観察している人がいる。当たり前のことだが、それを甘く見ていた。私のこれまでの言動に彼女にそう推察させる要素が十分にあったのだろう。


 うん、だが、こればっかりは中々難しい。私はホームズでもモリアーティ教授でもない。他者を観察する力も他者から自身を偽る力も人並みかそれ以下なのだ。


 しかし、だからと言って、努力を放棄するわけにはいかないし、やれることはやってみよう。とは考えてみるものの正直、アドリブで乗り切れるかどうかなのだ、こんなものは。私が凡人である以上、見抜く者は見抜くし、見抜けないものは見抜けない。なら、私は私なりに考えていくしかない。


「……エストリーが言うように確かに、セミホーレと同様のことは可能です。ですが、私の国が魔術なしで発展したこととゲヘナの国が魔術を用い、発展したこと、そこに優劣があるとは考えていません。それぞれに一長一短があるように思えます。どちらが正解かはわかりませんし、変わって見えるのは確かですが、魔術があろうとなかろうと、人々はより、幸福や利便性を求め、発展を続けていると思うのですよ。まあ、つまり、何が言いたいかというとですね、私は魔術で発展しているこの世界に対して、私の世界にはない可能性を感じているんです。それを遅れていると考えたことは全くありませんし、寧ろ、尊敬の念すら抱いていますよ」


 私がそう言うと、エストリーは突如、歩みを止め、こちらに振り向いたため、私も歩みを止めた。彼女は少しの間、こちらを見つめた後、こう言うのだった。


「……もし、貴方が本当にそう考えているのなら、私はヴァルスフィアの次期領主として、この世界の存在の1人として、貴方の世界にも敬意を示すわ」


 なんか、響いたらしい。


「ええっと、それはどうも?」


 いやまあ、強ち嘘も言っていないのだが。こう面と向かって言われるとどう反応していいかわからない。


「でも、そんな貴方が魔術を打ち消す異常持ちだなんて、皮肉な話ね」


「それはまあ、諦めてますよ」


 まあでも、打ち消せなかったのなら、今この状況に辿り着くよりもずっと前に私の物語は終了していたかもしれない。そう考えると、これはこの世界で生き抜くために何者かが私に与えた呪いであり、祝福なのだろう。まあ、今はポジティブに祝福よりと考えておくことにする。


「……長話をしてしまったわね。早く先に進みましょう」


「そうですね、他の話はこれが片付いた後にでもするとしましょうか」


 多少慣れたとはいえ、やはり疲れるものは疲れるのだ。今は歩みを進めることに集中しておこう。


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