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白痴の黒  作者: 忌神外
34/53

34話 再び庭園へ

「……閉まっていますね」


 往来の中で庭園への入り口は閉ざされていた。折角、足を運んだというものの、これでは中に入ることは出来ないだろう。


「うーん、困りましたね。まともに会えたのが武具店の店主だけとは……」


 エストリーが魔術や異常などで鍵を開ける術を持っていたとしても、人通りが多い以上、どう頑張っても人目につくだろう。……人がいなければいい?


(魔術があるというのであれば、人払いとか、周囲の人を感知するだとか、部屋そのものに移動するとか、ないのですか)


(誰のせいで使えないと思っているのかしら……?)


 ……そういえば、二日前にこんな会話をした。


「……エストリー」


「何?」


「二日前、私が貴方を背負って部屋まで運んでいた時にこんな会話をしましたよね。魔術があるというのであれば、人払いや部屋そのものに移動するとかないのかと?」


「それの答えなら、同じことを返すわ」


「あっはい、そうですか。……実は最初から、使えないのでは?……すみませんでした」


 にらまれた、怖い。


「本当に何なのよ、貴方のそれは。不便でならないのだけど」


「そう言われましても、私にはどうしようもないのですよ」


 魔術も異常も本来は存在しなかったものだ。なので、出来ないと言われても、その不便さがまるでピンとこない。ああ、お年寄りがスマートフォンに抱くイメージは案外こんなものなのかもしれないな。私の人生において、魔術や異常など関りが全くなかったのだ。なので、存在していなくても、別に不便と感じることはない。だが、使えたら、実際便利なのかもしれないな。私にも何か扱えないものだろうか?他者の魔術を打ち消してしまうらしいこれは自身の魔術に対してはどうなのだろうか?まあ、それは追々調べてみるとしよう。


「仕方ありません。エストリー、裏口のような場所がないか探しましょう。ここから入っては流石に問題になるでしょう」


「まあ、そうでしょうね。目立たない場所を探しましょう」


 扉から視線を外し、エストリーと共に歩き始めると、後ろの方で何やら、声がしている。


「……ソトガミ様、エストリー様、どうかお待ちを、お待ちを……!」


 今度ははっきりと聞こえた。声の方向に目を向けるが、そこには誰も見えない。どうやら、声は門の向こう側からのようだ。


「エストリー、聞こえましたか?」


「……ええ、とりあえず、近くに行きましょう」


 再び、扉の前に戻ると、向こう側の人物は安堵したかのような声でこう語りかけてきた。


「ああ、ああ!良かった……!どうか、このまま、行かれないでください」


 声の高さから考えると、女性のように思えるが、聞き覚えがない。ドーレスさんと話していたあの年老いた女性……確か、アンルさんと言ったか。それよりは明らかに若い声であるように思える。


「失礼ですが、どなたでしょうか?どこかで、お会いしたことはありましたか?」


「いいえ、お会いするのは初めてでございます。わたくしはお嬢様にお仕えしている者です。ここでお二方が来るのをずっと、お待ちしておりました」


「お嬢様……ええっと、それはドーレスさんのことで合っていますか?」


「ええ、ええ、そうでございます」


「何か用でもあるみたいね」


「はい、その通りでございます」


「許可するわ、話しなさい」


「ああ、ありがとうございます。ですが、こちらでお話をするのは何かと不都合でございますので、どうか、お二方の右手から庭園を回り込んではいただけないでしょうか?従者が出入りする場所がございます。私は先回りして、お二方をお待ちしておりますので。ソトガミ様、エストリー様、どうか、そちらにお向かいになってはいただけないでしょうか?」


 こちらとしては好都合ではあるのだが、どうにも解せない。


 何故、ドーレスさんの従者がわざわざ庭園の入り口で張り込んでいる?私達が来るのを予見して、だ。ドーレスさんは何か、知り得ているのか?まあ、もしかすれば、罠であるのかもしれない。今まで手がかりと言ったものは何一つない現状から考えると、少しでも収穫があるというのならば、進展にはなるだろう。


 もし、現段階でエストリーを乗っ取った存在と対面することになるのだとしたら、こちらが非常に不利だろう。こちらは向こうに対して、まだ有益な情報を掴めていないのだから。


 だが、ここで、帰っても、何の情報も得られず、時間を無駄にしたことになる。向かいたくはある、向かいたくはあるが、正直、不安も大きい。


「私達がここに来るということは何故、わかったのですか?ここに張り込めと命じたのはどなたですか?」


「……それは存じ上げません。張り込めと命じたのはお嬢様にお仕えする者の一人で、私の上司にあたるアンル殿でございます」


 アンルさん……ああ、確かあの時の。あのおばあさんが?……ドーレスさんではなく?何故?


 ……ドーレスさんに、何かあったのだろうか?


 しかし、 もしそうなのだとしたら、庭園が閉まっているのはたまたまではないということになる。


 ……ここは向かおう。罠かもしれないが、それでも何か活路が開けるかもしれないのであれば、そのぐらいは許容すべきなのかもしれない。


「エストリー、何かあったのかもしれませんし、とりあえず、向かいませんか?」


「……いいでしょう。ドーレス殿の従者よ、先に待っていなさい。ただし、目立ってはいけないわ。出迎えは貴方だけで来るように」


「ああ、かしこまりました……!ソトガミ様、エストリー様、感謝致します!お待ちしておりますので、どうか、どうか、おいでください!」


 視線を門から外し、庭園の右手へと歩みを進めた。ある程度進むと、人通りも減っていき、歩いているのは私とエストリーの二人だけとなった。


「エストリー、少しいいですか?」


 私が立ち止まると、彼女も歩みを止めた。


「……何?」


「乗っ取られた時のことについて、聞いておきたいのです。乗っ取られる直前までのことをどのくらい覚えているでしょうか?」


「最初から最後まで覚えているわ。認識を変えられていたのでなければの話だけど」


「つまり、私が襲われている間、貴方には自我……ええっと、自身の意識がはっきりとあり、目や耳の感覚も普段通りだったということでしょうか?」


「それは違うわ。……そうね、貴方、演劇って見たことあるかしら?」


「ええ、まあ、何回かは……」


「あれと似たようなものよ。私はただ、舞台を見せられていただけ。といっても、身動き一つ出来ず、瞬きも視界のコントロールもできないのだから、実に不愉快な劇場だったわね」


「なるほど」


 ……つまり、乗っ取られている間、本体の意識もあるにはあるのか。仮に彼女の体を乗っ取った存在が別の人物の体を乗っ取って、現れたとしても、あまり、迂闊なことを口走らない方がいいのかもしれないな。私個人の事情を知られて、有益な結果に繋がるとはあまり思えない。


 とはいえ、踏み込んだ話もしたいものではあるのだが、うーん、どうしたものか。最悪の場合も考える必要があるのかもしれない。


「それで、乗っ取られる瞬間はどうでしたか?何か、変な兆候はありましたか?それとも、いきなり、「演劇」を見せられていたのでしょうか?」


「ないわ、気が付けば、席にいたのだもの」


 これは困った。つまり、気が付いたら、乗っ取られている場合があるということか。


 だが、私自身が乗っ取られることはないだろう。そんなことが出来たのなら、あの時に乗っ取られていたのはエストリーではなく、私自身だったはずだ。つまり、あれは私の肉体を乗っ取ることが出来ないもしくは何らかの事情を抱えている可能性が高いと考えられるだろう。


 それに複数人同時に乗っ取ることも出来ないか、出来ても数人程度であることも考えられるだろう。わざわざ、エストリーを選んで私の元に来たということは、乗っ取るときも何らかの条件を満たす必要があるのかもしれない。


「……ソトガミ、これ以上は回り込んでからにしなさい。早く向かいましょう」


「えっ?あ、ああ、いや、しかし」


「ここで立ち止まっていては相手の思う壺よ?私達は……いいえ、違うわね。私には時間がないの。交渉の材料にされたくないのなら、早く進まなければ、ならないわ」


「確かにそうでしたね、すみません」


 まあ、そうなんだよな。時間が少なくなればなるほど、取れる手も限られてくるだろう。一応、最低限、確認したいことは済んだし、十分だろう。


「ああ、エストリー、最後にひとついいですか?」


「まだ何か?早く言いなさい」


「もし、エストリーが助かる手段があって、それが私と敵対する手段になったとしても、遠慮なくそちらを選んでください。私はそれに対して、恨んだり、咎めたりしません。……変なことを言いましたね、すみません、行きましょう」


「待ちなさい」


 先に進もうとしたところを彼女に右手をがっしりと掴まれ、止められた。


「ええっと、……何でしょう?」


「……ソトガミ、一つ聞くわ。貴方は私にそうしてほしいのかしら?」


 言葉こそ静かだが、握られた手には力が籠っており、彼女の赤い瞳は何かを訴えるかのようにこちらを捉えている。


 ……もし、私が元の世界に、日本に帰ることを目標とするならば、それは可能な限り、自身の力のみで達成される状況が一番望ましいと考えている。それは、可能な限り、他者の不確実性を排除したいからだ。


 まあ、正直、私一人の力で元の世界に、日本に帰れるとは思っていない。私にはこれといって、秀でた力も才能もなく、資金もない。だから、現時点で、私には一人でも多くの協力者が必要なのだ。裏切らず、力になってくれる存在が。


 しかし、実際はどうだ?私にはそのような存在が誰一人としていない。この世界に来たばかりの私には、黒い私には、明確にそうだと思える協力者が誰一人としていないのだ。


 なら、私がエストリーに抱く希望があるとするならば、決まっている。私を裏切らず、助けてほしい。


 だが、私の目に映るこれは紛れもない現実なのだ。安易な信頼などで失敗は出来ない。取り返しのつかない事態に陥ることなど、いくらでもある。そして、それは、現時点では誰かの裏切り一つで簡単に達成されてしまう事だ。


 だから、誰かに身を委ねるなどと言った状況は可能であるならば、回避したい。


「聞こえなかったのかしら?なら、もう一度だけ言ってあげる。次はないわ。貴方は本当に私にそうしてほしいのかしら?」


「私は……」


 私にはそんな選択肢が許された立場であるのだろうか?


 私に残された選択肢とは何かを得るために何らかのリスク考えなければならない、背負わなければならないといったものではないだろうか?


 今までの自問自答はただ、そのリスクと向き合わなければならない現実から目を背けていただけではないのだろうか?


 ……私はあの赤い景色の中でとっくに賭けていたではないか。彼女に、エストリーに、私の未来を。


 なら、今更、何を躊躇っていたのだ、何を恐れていたのだ。賭けたのなら、最後まで信じるべきだろう。彼女を、エストリーを。


「エストリー、私は貴方を助けたいと思っていますし、貴方に助けてほしいと思っています。だから、……最後まで手を貸していただけないでしょうか?」


「はぁ……」


 えぇ……、呆れた顔で思いっきりため息をつかれたのだが。


「ええっと、駄目でしたでしょうか?」


「貴方ね、そう思っているのなら、最初からそう言いなさい。くだらないことを口にする暇があるのなら、少しでもそうならないよう、頭を働かせなさい」


「……すみません」


「まあいいわ。私がそうすることは絶対にないわ。助けてあげる、貴方のこと。だから、貴方も私を決して、決して裏切らず、助けなさい。わかったかしら?」


「……はい、ありがとうございます」


「そう、ならさっさと行くわよ」


 見慣れた表情に戻った彼女はそう言うと、再び、歩みを始めた。


「何を立ち止まっているの?歩くことにまで助けが必要なのかしら?」


「あっはい、すみませんね」



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