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白痴の黒  作者: 忌神外
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33話 残された選択肢

 工房の中に入ったが誰もいない。奥にいるのだろうか?


「お邪魔しています~!ゲアルさん、いらっしゃいますでしょうか~!」


 ……反応はない。だが扉は開いていた。不在ということはないだろう。とはいえ、勝手に入るのもそれなりに気が引けるな。


「エストリー、とりあえず、もう一回呼んでみて、駄目だったら、一回、別の場所を調べて、また、戻りますか?」


「……そうね。ここにあの鍛冶屋の気配は感じないもの。時間を無駄にしたわ。次に行きましょう」


「しかし、扉が開けっ放しというのはどうしてでしょうね。まあ、ちょっとした用事とかで空けているというのも考えられますが、正直、不用心では……」


「気になるなら、後で本人に言いなさい。今はそんなこと気にしている余裕はないわ」


 不自然ではあるが、ちょっと買い物に出ただけとかも考えられる。だがまあ、エストリーの言う通り、そんなことに時間を割く余裕はない。今日と明日しかないのだ。それに夜になったら、一旦帰らなければならない。限られた時間は出来る限りは有効的に使うべきだろう。


「一応、書き置きでも残しておきましょう。紙とペンは持ってきていたので」


 私はそれらを手持ちの袋から取り出し、机に置いた。


「ええっと、エストリー、ゲヘナ語の文章って書けますかね?」


「自分で書けばいいのではなくて?」


「いや、生憎、学習中でして、まだ、まともに文章を書けないんですよね……。日本語は伝わらないでしょうし」


「最初から、私に書かせるつもりで持ってきたわね?」


「ご明察ですね」


 まあ、一応、何かメモするためにも持ってきてはいる。


「はぁ……、仕方ないわね」


 エストリーはそう言うと、さらさらと文字を書き進めていく。


 内容はこう書かれていた。


『ゲアル殿

 不在故、この書き置きを残す。

 お尋ねしたい要件がある故、これより、明日の終わりまで日の出でる間は工房で過ごされたし。

 エストリー・ヴァルスフィア』


 ……ふと思うのだが、思い浮かぶ文字の文体に統一感がないのはどういうことだろう?


「ソトガミ、何か言いたいことでも?」


「ああ、いや、そんなことは。ありがとうございます」


 この脳内翻訳がどういう基準でなされているのかも、いつか試す必要があるのかもしれない。


 しかしまあ、さっそく、出鼻をくじかれた感じがするな。本当にこの調子で見つけられるのだろうか?いや、初めから弱気になっても仕方ない。早いところ次に向かうとしよう。



「あの時間は貸し切りにしておりましたし、その後の来客はございませんでした」


「そうですか。一応、私かエストリーについて何か聞いたり、おかしな様子の来客があれば、私に特徴や足取りを報告しに来てくださると助かります。真夜中でも問わないので、わかり次第、出来る限り、早く報告して頂ければ、その分、お礼致しますので」


「はあ……、かしこまりました」


 きょとんとした様子のエリーさんだが、今はとにかく情報が必要だ。何か少しでも分かればいいのだが残念だ。まあ、一応、何かあれば、来てもらうことにしよう。どちらにせよ、手がかりになるかもしれない。


「もういいのかしら?」


「ええ、特に怪しい来客はなかったそうです」


「そう。……何故、ナイフを買ったのかしら?」


「いや、もしかしたら、襲われるかもしれないのに流石に素手はまずいかなと」


「貴方は戦うことより、身を守ることに専念しなさい。あれはアルセド殿の城にいた私の体を乗っ取って、貴方を襲った。目的は貴方なのよ?もし、何らかの形で出会ったとしても、常に距離を保ちなさい」


「それはまあ、はい。気を付けます」


 まあ、それはそうなんだよな。何の目的があって、私を襲うのかはわからないが、あれはエストリーではなく、私を狙っているのだ。というか、前回のエストリーの時も、私は逃げ回ることしか出来なかったことを考えると、今回も恐らくはそうなるだろう。私は逃げるしかない。あの時もそうだが、今回もエストリーに任せるなど、何か、別の要因で解決する必要がある。だからこそ、このナイフは正直、武器としては考えていない。どちらかというと、解決策の一つになればいいと思って買ったものだ。まだ、確証はないし、極力避けたいのだが。


「そういえば、エストリー、お腹が空いていれば、一旦、昼飯でも食べに行きませんか?」


「そう。まあ、いいでしょう。何か適当なところを見つけましょう」


 ……いや、待った。あれは何かしらの方法でエストリーの体を乗っ取った。つまり、今この瞬間にも、彼女に操られている存在が襲ってきてもおかしくはない。それは食事中だってそうだ。飲食店の誰かが操られて、料理に毒を盛らないとも限らない。そうなると、エストリーが死ぬどころか、さらにまずい状況になりかねない。それだけは避けねばならない。警戒し過ぎかもしれないが、この状況では可能な限り、リスクは排除すべきだろう。


「いや、すみません。食事はやっぱり、帰ってからにしましょう」


「はぁ?急に何を言っているの?」


「いや、仮にあの存在がエストリーの時と同様に飲食店の誰かに乗り移って、食事に毒でも盛ってきたら、危険かなぁと」


 あの存在を探し、見つけ出さなければいけないが、出会ったら出会ったで、対策は考えないといけないだろう。


「…………」


「ええっと、エストリー?」


「……はぁ。まあ、貴方にも理はあるから、それでいいわ」


 いかんな。流石に疑い過ぎただろうか。エストリーとは今後の関係もあるのだ。可能な限り、良好な関係でいたいというのもある。どうしたものか。……ああ、そういえば、アルセドさんに貰ったやつがあったな。


「エストリー、代わりと言ってはなんですが、良ければ、これでも食べませんか?」


 彼女に飴の入った袋を見せる。


「中身は何?」


「アルセドさんに貰った飴なのですが少しはお腹の足しにはなるかと」


「仕方ないわね。今はそれで妥協してあげる。寄越しなさい」


「どうぞ」


 エストリーは袋から飴を一つ取り出すと、口に放り込んだ。


「まあ、味は悪くないわ」


 ああ、一応、食べれる味のようだ。私自身も食べれる味だとは思っているがフィオナさんやアルセドさん、エストリーの感覚が私のそれが同じであるとは限らないのだ。こちらの感覚で振舞った行動が結果として、自身の立場を危うくすることなどいくらでも考えられる。


 この『白い髪の人類』が人類とどこまで同じか、わからない。どこが違うか、わからない。今、わかっているのは白い髪であることと魔術や異常を用いているということだけなのだ。技術力も人体の構造も国も文化も歴史もどれも満足に知り得ていない。


 しかし、こればっかりは慎重に行わなければならない。私はここに来て、日が浅い。元の世界に帰るためにも、今はまだ、この人型の生物と敵対するわけにはいかないのだ。出来る限り、好意的に思われるよう、努めなければならない。彼らに対する理解は地道に蓄積していくしかないだろう。




「そういえば、エストリーって、その……ヴァルスフィアっていう国の次期領主ですよね」


「あら、よく覚えていたわね?」


 ある程度の量を食べ終えた私とエストリーはドーレスさんの庭園へと足を進めている。


「ヴァルスフィアって、どんな国なんですか?」


  実際、どんなところなのだろう?エストリーはともかく、リディアさんみたいな人、割と珍しくはないのだろうか?興味はあるが、行きたいかと聞かれると多少の躊躇いもある。あちこちで敵意の眼差しを向けられそうだ。いや、眼差しだけなら、ましか。


「今、それを聞いて、何になるのかしら?」


「ああ、いや、ドーレスさんの所に向かうまでに何となく聞いておきたいなと」


「雰囲気はゲヘナよりも、エルゲドゥラーに近いわね。と言っても、貴方にはそれではわからないでしょうけど」


「まあ、エルゲドゥラーには行ったことないのでその通りですね」


「でも、あんなところよりも、遥かにいい国よ?略奪もしないもの。もし、貴方が来ることになったのなら、案内ぐらいはしてあげる」


「ああ、それはありがとうございます」


 そうなるように今は為すべきことを為さなければな。


 あの存在は異空間のようなところへ私を導いた。また、同じことをしてくる可能性がある。


 それに、何らかの方法で人の体を乗っ取る。それが直接、憑依しているのか、遠隔操作で操っているのかは現時点では不明だ。


 また、それらが魔術なのか、異常なのかにもよるだろう。魔術なら、打ち消せばいい。理由も理屈もわからないが、私にはその力がある……のか?過信はできないだろう。かき消す力やあの触手を手数に入れることは極力避けたい。


 なら、私があれに出来る対抗策とは何だろうか?


 そもそも、あれは何の目的で私を襲った?あれは私を食べると言った。それは何故だ?美味しいからか?興味からか?それとも、何か別の目的があるのだろうか?


 ……過去の言動から、もし、私が記憶を失っており、この世界にはすでに来ていたのであるとするならば、あの存在は記憶を失う前の私と会っているらしい。ならば、あれは恐らく、私が日本から来たということも知り得ているだろう。


 なら、女神様と名乗るあの女性やフィオナはどうだろうか?まず、あれがどこまで知り得ているか知る必要があるのだが、襲われた時のことを考えると、まともに会話してくれるとは考えにくい。


 うーん、全くもって、面倒だ。私はどうしてこうも、話を聞かない輩に出会い、襲われるのだろう。この世界に来てから、正直、ろくなことがない。


 私が取れる現状の選択肢はこうだろう、和解か敵対かだ。


 和解なら、協力か、従属か。敵対するならば、交戦するか、逃げに徹するかだ。


 だが、現状、あの存在から、逃げ切れるとは思わない。ならば、私に残された道は協力関係を結べるように交渉するか、あの存在に従順に振舞うか、何とかして、滅ぼすかだろう。


 しかし、どうやって?実際の目的も分かっていない以上、どうメリットを提示できる?そもそも、それをしたことにより、エストリーは助かるのだろうか?そうだ、それを失念していた。現状はあの存在との協力より、エストリーとの協力関係の方が重要だ。エストリーが助かり、なおかつ、あの存在とも協力関係を結ぶ。これが現状、最もいい結果と考えられるだろう。だが、そう、うまくいくとも思えない。


 エストリーを救い、あの存在との敵対関係を解消する、もしくは滅ぼすことが実際のラインだろう。今回はエストリーを救うというのが最低ラインだ。そうなると、結局、私に残された選択肢は明確な敵対しかないのだ。エストリーを救うにはあれをあの女性に差し出さなければならないのだから。


 まあ、だが、駄目元で交渉は試みるべきだろう。明確に協力すべきでない相手ははっきりしている。それはあの女神様と名乗る女性とフィオナの姿をした何か、そして、フードの男だ。彼らの思惑通りにもさせてはならない。

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