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白痴の黒  作者: 忌神外
32/53

32話 似て非なるもの

「それで、貴方は何を企んでいるのかしら?」


 人気のない路地裏で彼女はそう聞いてきた。


「エストリー、ううん、とりあえず、今から、言うことを落ち着いて聞いてください。信じられないかもしれませんが、とりあえず、まずは落ち着いて聞いてもらえると助かるのですが」


「いいから、早く言いなさい」


 ……よし、言おう。


「貴方はこのままだと3日以内に死にます」


「はぁ?貴方は何を言っているの?結論だけじゃなくて、訳も言いなさい」


 ああ、まあ、そうか。


「いや、あの……、何と言いますか。あの触手なのですが、実は長時間触れると死ぬらしくてですね……」


 エストリーは特に何か反応するわけでもなく、スンとして押し黙っている。


「ええっと、大丈夫ですか?」


「……貴方はそれをいつ知ったのかしら?」


 いつと来たか。まあ、夢の中を昨日とするか今日とするかはどうでもいい。きっと、信じてもらえないだろうし、信じられない方がいい。それよりも、納得させることが先決だ。


「……昨日の夜、とある男性にそれを教えられました」


「それは誰」


「顔はわかりませんでした。ただ、その男は貴方が3日以内に死ぬという情報と一緒に取引を持ち掛けてきました。それは貴方の体を乗っ取った存在を殺すことです。その見返りに治療薬をこちらに渡すと言ってきました」


「貴方はその男の言うことを信じているのかしら?」


「まさか、正直疑っていますよ。ですが、万が一にでもエストリーが死ぬというのであれば、乗らないわけにはいきません。貴方に死なれては困るので。まあ、相手の手のひらに踊らされているだけかもしれませんが」


 あの女神様と名乗る女性とフードの男がグルでないとも限らないのだ。正直、どうしたものか。ああ、確証がないというのは面倒なものだ。


「そう、貴方にしては素直に信じているように見えたから、どこかおかしくなったのかと思ったけれど、安心したわ」


「そんなに疑り深くはないと思うのですが」


「魔術の存在を散々信じなかったのはどこの誰だったかしらね?ああ、そういえば、その者は確か私に父やアルセド殿の前で恥もかかせたわね?」


「その節はすみませんでした……。しかしまあ、あれは私には必要な過程だったので、許してもらえませんか?」


「別に責めてはいないわ。貴方に少し腹がたったのは確かだけど。ただ、今度からそういうことは私にも相談しなさい。貴方は魔術と異常の区別なんて、ついていないでしょう?貴方にはまだ同じものでも、この世界では明確に違うものよ、あれは」


 まあ、彼女の言う通りだ。正直、原理がわからない以上、私にはエストリーの魔術もあの触手も見分けがつかない。等しく異常のようにしか感じない。だが、明確に違う何かがあるのだろう。ならば、自分で判断せず、専門的な人物に判断を任せることも必要かもしれない。何でも、自身で判断するにはあまりにも軽率だったな。


「そういうことであれば、エストリー、これを見ていただけませんか?」


 私はポケットから、あの男に貰った地図を取り出し、彼女に見せた。


 部屋を発つ前、これについてはいくつか考え、調べてみた。その結果、わかったことがある。


 まず、内容は適時変わっている。これ自体は魔法ということにすれば、問題ないのかもしれないが、内容は不定期に切り替わっている。次に、液体は吸収し、消える。地図の端に水を垂らしてみたが、濡れる訳でもはじくわけでもなく、吸い込み消えた。思い切って、コップ一杯垂らしてみたが、それも全て消えた。


 現状これが何なのかはわからない。エストリーの件が解決したら、掃除用具として利用することも検討したが何となく、怖いのでやめた。


 また、水のみを吸収しているかと考えたが、血も跡形もなく消えた辺り、液体であれば、恐らく何でも吸い込むのだろう。どこに消えたのかはわからないが。さらに破くこともできないし、折り目はつくが、開くと次第に消えていく。


 本当になんだ、これは。とりあえず、エストリーなら、何かわかるかもしれない。


「これは描いてある内容がその都度変わるみたいなのです。私は恐らく何かしらの地図ではないかと思っているのですが、どういったものかわかりますか?」


「……ソトガミ、それを貸しなさい」


「どうぞ」


 エストリーは手渡された地図を裏表とまじまじと眺めた後、何かを思案している。少し様子のおかしい彼女に声をかけようとすると、彼女は手元の地図を見つめたまま、こう言った。


「貴方はこれが何に見えているの?」


 何に?私はこれを地図と言ったはずだが。……いや待て、彼女が言いたいのはそういうことではない。


「エストリー、私には内容が変わる地図のようなものに見えているのですが、貴方にはどう見えているのですか?」


「私にはただの古ぼけた紙きれ、何もえがかれてなどいないわ」


 これは困った。私には「地図のようなもの」の内容が現状全く見当つかないのだ。だが、エストリーにはこれが何もない、ただの紙に見えているらしい。もしかしたら、他の人に見せても駄目なのかもしれない。……いや、しかし、これはどういうことだろうか?今までのことから、私にはどうやら魔術的な類を無力化する何かがあるらしい。異常についてもある程度は同様だと考えられる。それならばだ。私が見えて、他の人には見えない。そんなことが成立し得るのだろうか?


 ……こう考えてみるのはどうだろうか?例えば、これには複数の異常がある。一つは液体を吸収する性質。もう一つは内容が適時変わる性質。これだけならば、彼女にもこの「地図のようなもの」の内容が見えていないとおかしい。つまり、この「地図のようなもの」には、ただの紙切れに見える異常があるのかもしれない。もし、この性質が完全に無力化されているのならば、私が触っている時、エストリーにも、私と同様の内容が視覚的に見えているはずだ。だが、そうはならなかった。


 つまり、私はこの最後の性質を完全に無力化出来ていないため、私が見え、他の者には見えないという一見、矛盾した現象が成立してしまっているのではないだろうか?


「エストリー、これについて、少し思い浮かんだことがあるのですが」


「あら奇遇ね?私も思い至ったことがあるわ。先に進む前に、互いの認識を共有しておきましょう」



 私とエストリーの見解は同じだった。試しにエストリー以外の人物にも見せてみたが、結果は私達の予想通りだった。ただ、液体のことだけは流石に私だけが知り得ていた性質だった。エストリーの目の前で試した結果、液体はものの見事に吸われ、跡形もなくなり、それはエストリーの目にもそう映っていたようであった。それまで半信半疑であった彼女も流石に納得してくれた。この「地図のようなもの」の異常を、同時に、自身が後3日以内に死ぬという事実を。だが、彼女は取り乱すようなことはなかった。ただ、事実を受け入れ、彼女の体を乗っ取った存在を私と共に見つけ出すために、行動する方針に固まった。


 だが、それはそれとして、その前にこんなことがあった。


「ソトガミ、あの存在を探す前に顔を殴らせなさい」


 えぇ……。


「ええっと、どうしてです?」


「元はと言えば、私がこうなったのは貴方が原因でしょう?なら、ここで清算していきなさい。結果がどうなろうと私はそれで許してあげる。貴方はそれで納得して先に進みなさい」


 彼女はにっこりと笑みを浮かべ、そう言った。


 ああ、まあ、確かにそうだな。助けようとは考えているが、その結末も何となく想像してはいたのだ。ここが彼女との別れになるかもしれない。まあ、そうだ。私が彼女の平穏を乱してしまったのだろう。なら、ここは受け入れて、彼女の気が済むまで何発でも殴られるとしよう。


「わかりました。気が済むまで何発でも殴ってください。ただ、目は瞑らせてもらえるとありがたいのですが」


「それぐらいは許可するわ」


「ありがとうございます。では……、どうぞ」


 そう言って、私は瞳を閉じた。


「心の準備はもういいのね?なら、遠慮なく殴らせてもらうわ」


 数秒後、左頬の衝撃と共に体勢を崩し、後ろに倒れてしまった。


「これでいいわ」


 早いな、もう何発かは殴られると思ったのだが。


 そう思いながら、目を開くと、清々した様子のエストリーが目に映った。


「ほら、起きなさい」


「ああ、ありがとうございます」


 エストリーに差し出された手を取り、立ち上がる。舗装された道であったため、服についたのは埃ぐらいであった。両手で適当にそれらを払いながら、私は彼女にこう聞いた。


「あれだけで良かったのですか?」


「殴られるのが趣味だったのなら先に言いなさい。私は貴方にご褒美を与えたつもりはないわ」


「いや、別にそんな趣味はありませんよ。ただ、正直、殴られて済むことをしたとは思っていないので」


「そう。なら、これが片付いたら、もう一回だけ貴方を殴ることにするわ。それで今回のことは許してあげる」


「わかりました」


「なら、別のところに行きましょう」


「そうですね。と言っても、どこに向かいましょうか」


「この前、私たちが散策した場所を調べてみましょう。貴方のことを狙っているのなら、きっと周辺を嗅ぎまわったはずだわ」


 確かにその可能性はあるな。となると、まず向かうのは……。


「あの鍛冶屋ですね」




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