31話 彼女のために為すべきこと
……この感じは恐らく目覚めたようだ。頭がぼんやりするというのに意識は、夢の記憶ははっきりとしている。初めこそ、不思議な感覚だったが、今はもう慣れてしまった。
目を開くとそこは見覚えのあるような天井だ。
今は何時だろうか?……まあ、スマートフォンの充電が切れてから、正確な時間など、とっくにわからないのだが、どうにも気になってしまうのは現代人の感覚ゆえだろうか?それとも、単に私が中毒染みていたのだろうか?
まあ、どちらでもいい。体を起こそう。
ん?何だ。今、私の腹を何かが滑った。服の中に何か入っている?
シャツを持ち上げると何かある。
……これは紙か?
4つに折られたそれを開く。
見覚えがある。これはあいつに渡されたものだ。ああ、しっかりこちらに届いていたようだ。
……いやどうやってだ?勾玉から顕現したとでもいうのか?それとも、私が寝ていた時に物理的……とは限らないか。まあ、とにかく、何らかの方法で私に気づかれずに服の中にこれを仕込んだというのか?
うん、末恐ろしいものがあるが、今は現実と恩恵を受け入れよう。私にはこれが必要だ。いや、そもそも、信頼していいのか?普段なら、試金石代わりに用いるところだが、今回はエストリーの命がかかっているのだ。失敗するわけにはいかない。
部屋の中は外から射す光で僅かな日の明かりを感じるがまだ薄暗い。少し早く起きてしまったようだ。
そういえば、あの夢の時間とこちらの時間はどういう関係なのだろうか?完全に連動しているとは考えられないが、それでも少し思うところがあるのだ。
もしも、夢で大事な交渉をしているときに途中で起こされたらということだ。例えば、私が今日、途中で目覚めてしまった場合、エストリーに関しての交渉がうまくいっていなかったかもしれない。エストリーがあと3日以内に死ぬという情報も知り得なかった可能性だってある。
私はあの漫画の少年のように即座に眠りに落ちるといったことは出来ないのだ。
対策として、まず、思い浮かぶのは起こされないことだ。だが、これは難しいだろう。それに起こされるということはこちらで何かがあったということだ。そういう状況で寝続ける訳にはいかない。それに自発的に目覚める可能性もある。正直対策は難しい。
では、やはり、現状、私が出来る対策とは、即座に寝る方法を考えるしかないということになる。パッと思い浮かぶのは睡眠薬だろうか?しかし、この世界にそんなものがあるのか?それにそんなものを入手すれば、アルセドさん達に怪しまれるだろう。これは駄目だ。
寝ると言っても、それは意識を失う。つまり、気絶とかでもいいのだろうか?だが、どうやって?そもそも、自発的に気絶しようとしているところを誰かに見られでもしたら、精神的に錯乱していると思われかねない。うん、無理だ。
では、訓練して、早く寝付けるようにするというのはどうだろうか?……どう訓練すればいいのか、わからないのだが。まあ、現状、出来ることと言ったら、それぐらいだろう。現代であれば、インターネットでそういった方法を知り得ることもできたのだが。ここに至っては仕方ない。今は別のことの注力しよう。やるべきことは多いのだ。
……とりあえず、喉が渇いた。水を飲もう。
身体を起こし、机に向かう。
机には紙、ペン、蝋燭、ティッシュのようなもの、そして、水の入った入れ物とコップがある。私はコップに水を注いだ。
おっと、意外と少ないな。いやまあ、それでもコップ一杯分あるなら、十分か。
私は水を飲み干し、喉の渇きを満たした。入れ物の水はなくなってしまった。
微妙な時間だし、二度寝しようか悩むところだがとりあえず、水を貰いに行くとしよう。この感じなら、また、喉が渇くだろうし、正直、飲めるなら、もう少し飲みたい。
頭のぼんやりとした感覚を若干、残しながらも私は身なりを少し整え、部屋を出た。
正直、飲み水は心配していたのだが、一度沸騰させたものであれば、まあ、ある程度は大丈夫だろう。とりあえず、樽のある部屋に行こう。
しかし、この時間帯だけあって、流石に静かだ。こういう静けさは好きだ。色々落ちつけない日々が続いている。こう、一人で静けさを味わうというのもいいものだ。もし、今、休日何をしたいと言われたら、真っ先に一人でだらだらしていたいと答えるぐらいには活動している気がする。何なら、夢の中でさえもだ。この2日か3日間は仕方ないにしても、これが終わったら、あの勾玉は数日封印しよう。そして、部屋でのんびりするとしよう。やらなければならないことは多いが、休息も必要だ。
少し歩くと、見覚えのある部屋が見える。
ああ、ここだ。まあ、流石に誰もいないか。
私は樽の栓を抜き、入れ物に水を入れる。
うん、こんなものでいいだろう。多少、冷えているだろうか?
私は樽に栓をした後、入れ物の水を少し右手に垂らした。
うん、まあ、冷たいな。これなら、特に気にならないだろう。ぬるいのはあまり好みじゃない。
そう思いながら、右手を何度か開閉し、水を払った。
さて、そろそろ戻るとしよう。
「……アルセドさん?」
部屋を出るとアルセドさんと鉢合わせた。
「ああ、ソトガミ君、おはよう」
「あ、ああ、おはようございます」
「こんな時間にどうしたのかね?」
「いや、たまたま目覚めてしまいまして……。ああ、あと、喉が渇いたのですが、ちょうど部屋の水を切らしてしまったので、ここに」
「ああ、そうかね」
「アルセドさんはどうされたのですか?」
「わしも少し早く目覚めたようでね、城を散歩していたのだよ」
一人になりたいとか思っていた矢先にこれか。いやまあ、別にいいのだが。
「なるほど」
「ソトガミ君、今日の予定は何か決まったかね?」
「予定ですか?一応、エストリーさんと出掛けてこようかと。ええっと、すみません、何かありましたか?」
「ああ、違う違う。そうではないのだよ、単なる世間話さ」
ああ、安心した。このタイミングで何か仕事なんて振られたら、立場的にも色々困るからな。
「なるほど」
「他に付き添いはいるのかね?」
護衛のことを聞いているのだろうか?……どうしたものか。今回の目的の性質上、エストリー以外の人間を関わらせるか悩むところである。というより、可能なら、エストリーにすら露見するのは避けたいところなのだ。だがまあ、変に嘘をついてもばれるだけだろうな。
「いえ、私とエストリーだけですが」
「ああ、それは良いことだとも。二人が仲良くなってくれるのはわしもゴルディアス君も喜ばしいことだからね」
良かった。護衛がいないことを特に何か言われるわけではなさそうだ。
「そうだ、ソトガミ君、良かったら、これを持っていきなさい」
アルセドさんはそう言うと、懐から、小さな巾着袋を取り出し、こちらに差し出してきた。
「それは一体何でしょうか?」
何が入っているのだろうか?まあ、とりあえず、受け取ろう。
「開けてみなさい」
「わかりました。……これはあの時の飴ですか?」
中身は何てことはない、ただの飴であった。
「少しお腹が空いた時にでも、エストリー君と一緒に食べなさい」
ああ、少しだけ警戒していたのが、恥ずかしい。まあ、出掛けたときにでも適当に食べるとしよう。
「ありがとうございます」
「わしはそろそろ部屋に戻るとしよう。……ソトガミ君、君にとって、良い一日をね」
「はい、ありがとうございます」
アルセドさんと別れ、部屋に戻る道中、試しにひとつ食べてみた。
うん、甘いな。これなら、多分エストリーも普通に食べるだろう。
……エストリーが死ぬ。その未来はにわかには信じがたいが、私はあの夢を、あの異常を受け入れたのだ。ならば、信じるしかない。私一人でうまくいくかはわからないが、出来る限りのことはしよう。とりあえず、部屋に戻って、方針を考えないとな。
「それで、今日はどこに行くのかしら?」
エストリーと朝食を食べていると、不意にそんなことを聞かれる。
「あ、ああ、そのことなのですが。ええっと、エストリー、一応聞いておきたいのですが」
「何よ」
「明日、明後日の予定は大丈夫ですか?」
「明日はゲヘナの軍の視察、明後日はリディアと庭園を見に行く予定よ」
「そうですか」
なるほど。可能なら、空いている方が良かったがこればっかりは仕方ないか。
しかし、どうしたものか、やはり、伝えるべきか?エストリーに。
可能なら、あの夢のことが露見するのは避けたい。
……だが、それでいいのだろうか?それは私の勝手な都合でしかないのだ。目の前に死ぬかもしれない存在がいたとして、その未来を知り得ていながら、黙っていても、いいものだろうか?本当にそれでいいのだろうか?
彼女は私が元の世界に帰るのを手伝ってくれると言った。メリットがないにも関わらずだ。その存在を見殺しにはできない。だが、もし、彼女の、エストリーの死が避けられないというのなら、一体どちらが……。
「何を黙っているの?私に何かお誘いでもあるのかしら?」
「え?いや、……ああ、そうですね。明後日はともかく、可能ならば、明日の予定を空けることって、できませんか?」
「それは何故?」
「今は言えません。出掛けた時に理由を話すということで納得してもらえませんか?」
「貴方ね、私はヴァルスフィアの次期領主として、ゲヘナの客人として、視察するのよ?何の理由もなしに断って、それで終わりとでも思っているのかしら?」
まあ、確かにそうだ。彼女にも立場がある。正直、難しいのは確かだろう。
「それは確かに……、そう……ですね」
……いや、そうだ。私は正直、ここまで来ても、あの夢の内容が露見したら、ここにいる全員と敵対したらと考えていた。
私はあの存在達に協力する気は正直、微塵もない。あの存在が人類を害するというのなら、何としてでも阻止しなければならない。なら、ここで迷ってはいられない。彼女を救うためには、彼女の協力が恐らく必要だ。
そんなことを考えていた私をジトっと見ていたエストリーだったが、崩れたかのようにため息をつくとこういった。
「……仕方ないわね。ただし、これも借りよ。ソトガミ、貴方にはいつか、利子をつけて、返してもらうわ」
「……すみません、助かります」
それにエストリーが何のメリットもなしに私を助けてくれるというのであれば、私もそれに答えるべきだろう。
……彼女にはある程度、正直に話すとしよう。夢のことがバレたらその時だ。
そう心に決め、私は朝食を終えた。




