30話 第三者
「不愉快だわ。誰の許しを得て、ここに来ているのかしら?」
「私がここにいる意味など少し考えればわかることなのでは?」
こいつはどうやって現れた?いや、そんなことを考えるだけ無駄か。ここもここにいる存在も全てがこれまでの常識の外にいる。なら、これを新たな常識として、受け入れるしかないだろう。しかし、まあ、何かそういったことを可能にする方法があるのかもしれない。もしそうであるのなら、これはとてもいいことだ。私の目的から考えると間違いなく役に立つ。私にも出来ないものだろうか?まあ、今はやめておこう。後で独自に調べなければ。あまり積極的に行動すると、見限られるかもしれないのだ。ここは慎重にいこう。
「貴方が第三者になると?」
「ええ、この女神様ではきっと貴方の約束を反故になさるでしょうから」
言い終わると、腐敗した肉のような触手が突如として現れ、男を飲み込んだ。ドロドロとした音と共に、何かが砕ける音が聞こえる。
死んだというのか?あいつはフィオナよりも上の立場だと言っていた。フィオナは死なないと言っていた。ならば、あいつも死ぬことがないと思ったのだが。
こんなにもあっさり死んだことに内心驚いていたが、それはあっさりと否定される。
「困ったものですね。貴方も我々でこのような行為が何の意味も持たないのは理解しているのでは?」
そこには飲み込まれたはずの男がいた。
ああ、やっぱりか。何故だか、謎の安心感がある。しかし、我々か。多分、そこにはフィオナも含まれているのだろう。このような存在を滅ぼすなど、本当に可能なのか?滅ぼすのではなく、矛先を逸らすように行動した方がいいのかもしれない。
「私は貴様を滅ぼすつもりよ?私の世界には不必要だもの。私には関係がない」
今のは何だ?
「その答えは数億年後にでも聞くとしましょう」
数億年?何を言っている?冗談なのか、そうじゃないのかわからないのが困る。冗談じゃないとしら、目の前の存在はたかだか100年程度の寿命である人類にはどうしようもない存在なのかもしれない。だが、それでも諦めるわけにはいかない。せめて、時間稼ぎに矛先を逸らすことを考えよう。
「それで貴方は第三者として、具体的に何をしてくださるのですか?」
「貴方は私を信頼していないのね?」
まあ、正直、あまり信頼はしていない。だが、第三者と言い出したのは失敗だったかもしれない。これでこの話自体がなかったことになったら、今回の目的は失敗したことになる。ああ、どうしようもなく迂闊だった。まあ、最悪、エストリーに真実を伝え、残りの余生を彼女の納得のいくように過ごしてもらうしかない。だが、とりあえずはそうならないように足掻くしかないだろう。
「信頼していないのであれば、初めから頼みになど来ません。……まあ、確かに今の私は貴方のことを覚えていません。忘れてしまっています。思い出せるかどうかもわかりません。ですが、だからこそ、貴方に会いに来たというのもあります。私は貴方のことを知らないのです。教えていただけないでしょうか?貴方は一体何なのですか?私は貴方とどういう関係だったのですか?」
「知りたいのであれば、彼女を私に差し出しなさい。それが貴方に出来ることだわ」
「代わりに私が教えて差し上げましょうか?代価はいただきますが」
フードの男がそう持ち掛けてきた。
知りたくはあるが、代価と来たか。まあ、今はやめておこう。後で女神様がいないときにでももう一回聞いてみるとしよう。
「必要ありません」
「左様ですか。では、また別の機会にでも聞くとしましょう。貴方もその方が良いでしょう?」
ばれている。まあ、もし、この存在が人類を遥かに超えた存在であるとするならば、その知性も同様に人類を凌駕しているのかもしれない。まあ、いらんところで無理に張り合うのはやめておこう。こちらも疲れるしな。
「別に必要ありません。それはいずれ私が個別に調べます」
まあ、タイミングを見計らって聞くとしよう。
「ふふふ、それは楽しみですね」
男はこちらを見下すように不敵に笑っている。
とりあえず、今のところは彼女に従順にしていよう。
「それで、エストリーは具体的にどうすれば助かるのですか?」
私がそう言うと、男は懐から小瓶を取り出した。薄暗く中身はよくわからないが、ゆらゆらと揺れているそれからは微かだが、液体の音がする。量から考えると、恐らくは飲むのだろう。
しかし、やはりあれは何らかの毒であったということだろうか?あの肉の塊には対策が必要だろう。成分を解析して、解毒薬を作る必要があるな。私にそんなことが出来るのならだが。まあ、無理だ。しかし、誰に頼んだらいい?あの肉の塊を説明したところで、エストリー以外に信じてもらえるだろうか?アルセドさん達に教えるのは避けたいし、それ以外の人間に存在を納得させたところで私が人類の敵であると認識されるだけじゃないだろうか?それは避けねばならない。うん、とりあえずはどうしようもないな。
「薬ですか、案外あっさりと治るのですね。あの肉の塊は何か毒を含んでいたのですか?」
「外神様はこのような治療の方が納得するでしょう。ただそれだけのことです。外神様が約束を果たした時に私が貴方にこれを渡すとしましょう」
毒じゃないのか?まあ、よくわからないが、エストリーが助かるのであれば、別にいい。
「一応、聞いておきたいのですが、副作用はありませんよね?」
「勿論、ございませんとも」
「そういえば、治すと言ってもエストリーの体はいつまで持つのですか?」
いくら薬があっても、飲ませる前に死なれては意味がない。
「持って3日といったところでしょう」
3日か、思ったよりも早すぎる。いや、ここは3日もあったと考えよう。だが、その間に、エストリーを乗っ取った存在の居場所を突き止め、さらにはこの女性の前に差し出せるだろうか。正直かなり無謀なのでは?だがまあ、嘆いたところで仕方がない。どうにかするしかない。
「私が手を貸してあげましょうか?」
男が急にそんなことを言ってきた。
「具体的には?」
「私は貴方に彼女の居場所を教えて差し上げましょう。後は貴方が女神様に差し出せばよいのです」
「それで、代価は?」
「私は貴方の前でどんな姿でもよいというのはいかがです?」
何を企んでいるのだ?だがまあ、こちらもエストリーを助けなければならない。なりふり構ってはいれない。
「わかりました。貴方の条件を飲みましょう。教えてください居場所を」
「ふふふ、いいでしょう、ならばこれを」
男はそういうと、私に一枚の紙切れを差し出した。これは地図?
「それでは私はこれで」
「ん?待っ……消えましたね」
何だこれは?具体的に地名も言ってほしかったのだが。まあいい。何の手がかりもないよりはましだ。私も大して、代償を支払ってはいないしな。
「とりあえずはそういうことになりましたが、構いませんか?」
「気に入らないわね。貴方はいつまであれを侍らせているのかしら?」
「いや、別に勝手に現れているだけですが……」
「ああ、今の貴方には何を言っても無駄だったわね?」
別にどの私に言っても、意味はないと思うのだが。まあ、とりあえず、記憶喪失の可能性がある以上、私の記憶を取り戻すことも模索しなければな。そうすれば、目の前の存在のこともわかるかもしれない。とりあえず、こんなものだろう。成果としてはエストリーを助ける手立てが見つかったのだ。中々上出来と言える。
そんなことを考えていると、急に視界が揺れ始めた。それは段々と強くなっていき、徐々に彼女を認識することが困難になっていく。
この感覚は恐らく目覚めるのだろう。
「目覚めね?貴方にひとつ教えてあげるわ。貴方は最後には全てを台無しにするの。それを忘れないことね?」
彼女の言葉を聞き終わると同時に、視界は完全に閉じた。
その部屋には、二人の人物がいた。
一人の女は椅子に座っており、その机には何枚も書類が置かれていた。
女性は視線を書類から目の前の女性に見定めるとこう言った。
「……つまり君はあの狂人どもの言う御伽話の知性なき化け物が実在し、さらにはこの大地に今まさに存在している。そうだというのだね、アノマ・エルイス?」
「可能性は十分に高いと思われます」
「そうか……、君には失望した。主席と聞いて、少し偉い役職につけた結果がこれか。いや、失礼。君は確かに優秀だった。今だって優秀だと思っているよ。だが、そんな君が、よりにもよって、ツァバ―ト神学校を最年少で、しかも主席で卒業したその君の口から、そんな妄言が出るとはな。君を送り出した先生方が知ったら、さぞ嘆き、悲しみ、己を恥じることだろうな」
「妄言ですか。それは素晴らしいことです」
「何だと?」
「妄言であれば、我々は安心して、日々を過ごせるのです。妄言であれば、私一人の評価が落ちるだけで済むのです。貴方も、この国の、いえ、この大陸の人々も命を落とさずに済むのです。これほど、素晴らしいことはありません」
「……アノマ、思えば、君はよくやってくれた。それこそ、精神を病むほどに」
「こき使っていた自覚はあったのですね?」
「それは適材適所というものだ。君のようなものは代わりがいないからこそ、使える時に使えるだけ、使う方が君を一番有効活用したと言える」
「そうですか。では貴方の代わりはきっとたくさんいるのでしょう」
「何が言いたい?」
「いえ、お気になさらず」
「アノマ、今のは聞かなかったことにしておいてやる。君には休暇をやろう。3日だ、その期間は現時点での役職をないものとする。好きにするといい。……他に用がないのなら、出ていきたまえ」
「……かしこまりました」
彼女はお辞儀をして、部屋を立ち去った。




