3話 仕事を求め
「仕事が欲しいだと?」
ベッドから起き上がり、私が向かったのはカール村長の所だった。
「はい、泊めていただけるのに何もしないというのも。それと正直な話、今現在無一文でして、何か給料が貰える働き口があればいいと思っているのですが」
「ふむ……」
村長は顎に手を当て、考える仕草をしている。
「ここにずっとお世話になるわけにはいきませんし。ただ、現状だとお金がないので少しでも貰える仕事があればいいのですが」
「うーむ、あるにはあるが。……きついぞ?」
数時間後、私は村の近くの森林にいる。
私が取った行動は一先ず従順を装うことだった。
私が誘拐されている可能性があるとするならば、監禁されずとも、監視されている可能性は高い。つまり、少なくとも明るい時間は言動に気を付けなければならないことと、彼らにとってある程度価値を高めておく必要があると考えたからだ。
何より、私のスマートフォンの電波が通ってないことが問題だった。見知らぬ土地で迂闊に行動するには危うい、連絡手段がないなら、尚更だろう。
また、逃げだすなら夜である方が好ましいが流石に初日ともなれば最も警戒されると考えられる。
それにしてもこの作業はきつい、とてもきつい。
『元々この村には職業が少なくてな、男は木を切り倒し、丸太を作る。女は農作業をするぐらいしかないのだ。たまに都市にお使いを頼むことはあるがな。はっきり言って、かなりきつい仕事だと思うのだが、それでもよければ、やるかね?』
とのことだった。
とはいえ、私がしているのは木を切り倒すことではなく、切り倒した丸太を台車に乗せ、村まで運ぶというものだった。運び終わったら再び戻り、切り倒された丸太を積み、運ぶの、繰り返しである。単純な作業だが、ただただきつい、そんな仕事だった。村長が言うには村にはこれぐらいにしか仕事がないので、若い男は都市に出稼ぎに出ているらしい。
「病み上がりにしては中々動けているじゃないか。どれ、今日はここまでにしよう」
明日は確実に筋肉痛だなと思いながら、仕事が終わったことに安堵していていたが、ドンっという音に振り向くと、そこには空の台車と二往復分はあるであろう丸太であった。
「お帰りなさい! お疲れですよね。夕食の準備出来ていますよ。あ、それとも先にお風呂に入りますか?」
帰ってくると、フィオナさんが笑顔で労ってくれた。
しかし、お風呂があるのか。木桶の風呂とかであろうか?村長の家にはトイレはあったが、浴室はなかったと思うのだが。
「お風呂があるんですか? 汗もたくさん掻いたので是非流したいところなのですが」
「ああ、そういえば言ってなかったな。この村は共用風呂があるのだよ。朝と夜の二回入れる。ただ、どちらとも男の時間、女の時間と分かれているからそこだけ気を付けるといい。どちらかわからなかったら、誰か見つけて聞くといい。フィオナ、女達の入浴はもう済んだのかね?」
そうなのか、共用風呂……、銭湯みたいなものだろうか?しかし、男女分かれているという事は、女性が入った後の湯に浸かるという事だろうか? 些か抵抗があるのだが……。
「うん、私も入ってきた。あ、ソトガミさん、お風呂は男女別々に張り替えているので安心してくださいね」
そうなのか。
「男は男で汗を大量に掻くし、女は農作業などで土の汚れがひどくてな。どちらも入った後に風呂が濁ってしまう。だから、どちらかの入浴が済んだら、張り替えているのだよ」
「そうなんですね」
そうして、フィオナさんの言葉に甘えて、共用風呂に浸かりにいくのであった。
「ああ……、いいな、これ……」
一日の疲れが洗い落されるかのようだ。やっぱりお風呂というのは人間にとってなくてはならないものなのだと、改めて痛感する。
「病み上がりで量を控え目にしたとはいえ、中々の量を運んだからな。よく揉んでおくといい。明日の筋肉痛が少しはましになるだろう」
え、あれ控え目だったんですか……。いやでもそれはそうか。初めてだし、普段運動不足の私にこなせた内容であることを考えると、納得がいった。それでも、すごくきつかったが。
「はい。あと、今日はありがとうございました。寝床と食事までいただけるなんて」
うん、とてもありがたい。正直、このうちのどれかがなかったら詰んでいた可能性があるのだ。懸念はあるが、一先ずは安心と言えるだろうか。
「いやいや、こちらも感謝しているのだよ。何せ、普段は一人で切り倒して運んでいるからな。今回は君が運んでくれたお陰で切り倒すことに集中できた」
だから、あんなえげつない量だったんですか。というか普段この作業を一人でやっているのか。それなりに歳を取っているように見えるのだが、かなり元気だな、この人。
「お、お前さんが例の旅人かい?」
二人だけだった風呂に入ってきた男にそう話しかけられる。
年齢は村長と同じぐらいであろうか?
「アルバンか。そうだとも、彼が旅人だ」
アルバン? どこかで聞いた名前だが……、思い出せない。しかし、話しかけられたのだ。一先ずは挨拶と自己紹介をしよう。
「初めまして、外神和平と言います」
「こりゃご丁寧に、俺はアルバン、まあ、この村で副村長をやっている。仕事は主に木こりってとこだな、お前さんどっから来たんだ?えらく堪能だが」
ここでもその質問か。うーむ、返答に困るぞ。
「彼は倒れて、記憶が混乱しているみたいでな。一先ずうちで預かろうと思っているのだが構わないな?」
「ほーん、それは大変だなぁ。まあ構わんよ。うちの食い扶持が増えるわけじゃねえしなあ。それにしても聞いたぞ、カール。丸太を運ばせていたそうじゃないか。なんだって、この旅人にそんなことをさせてたんだ」
怪しまれているのだろうか。まあ、それもそうか。
「彼はどうやら、仕事がなくて困っているみたいでな。この村にいる間はこの仕事でもやらせてみようかと思う」
「そうか、ま、働き手が足りなくて、困ってたしなあ。たまには俺のとこにも寄越してくれよ、カール。お前さんも構わないよな?」
まあ、仕事が貰えるのであれば、有り難いにこしたことはない。
「はい、是非」
「そうか、んじゃあまあ、よろしく、な!」
アルバンさんから手が差し出される。
これは多分握手か。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そういって、がっしりと握手を交わしたのであった。
……少し痛かった。
その後、新たに何人かが入ってきたタイミングで風呂から上がり、家に向かった。
「その……、美味しいでしょうか?」
少し不安げな表情でフィオナにそう尋ねられる。まだ、少し口に入っている。
「んん……、ええ、美味しいです。ありがとうございます」
風呂から上がり、村長の家でフィオナの作った夕食を戴いたのだが、美味しい。
パンに蒸かした芋かこれは?
それとサラダ、スープというシンプルな献立だが、疲れた体に響く美味しさである。特にスープは好ましい味だ。そのまま飲んでも美味しいし、パンを浸しても美味しい。
「それは良かったです。実のところ、お口に合うか心配だったものでしたので…」
そう言うと、彼女は笑顔に戻った。
「…………」
「…………」
因みに今、カール村長はいない。村で会合があるらしく、それに参加するらしい。
まあ、村長だし、そりゃそうか。
しかし、私が言いたいのはそっちではないのだ。カール村長がいない、つまり今、家には私と彼女の二人だけである。
微妙に気まずい。
「……そ、そういえば!」
唐突に話しかけられる。
「はい?」
「今日のお仕事はどうだったでしょうか!」
沈黙の空気も嫌いではないとはいえ、話しかけて貰うのに若干の申し訳なさを感じる。
「そうですね……。明日、筋肉痛にならないことを祈ります」
「そうですか。えっと、あの……、もしよろしければ、肩やお背中をほぐしましょう……か?」
ん? ほぐすって、マッサージをしてくれるということだろうか? 確かにありがたいが、女性に、しかもお世話になっている立場でしてもらうのは流石に如何なものだろう。
「あー……えっと、大丈夫ですよ。流石にそこまでしてもらうのは申し訳ないので……」
うん、流石に断ろう。というか、気を使ってくれているだけだ。真に受けてどうする。
「え……?そうですか……、やっぱり迷惑ですよね。すみません」
ん?何この、酷いことした感じ。単純に気を使って言ってくれていたと思っていたのだが。とりあえず、何かフォローしなければ。
「いや、別に迷惑というわけでは……」
「なら、させてください!」
「は、はい」
いや待て、何がはいだ。唐突にグイッと来たから、反射的に受け入れてしまった。
「良かったです。なら、お休みになるときにお揉みいたしますね」
……孫娘にマッサージさせたことが知られたら、カール村長にどう思われるだろうか。
「んで、カール。あの旅人のこと、どう思う?」
「心配しなくても大丈夫だ、アルバン。彼は何か悪事を働くような事はしない男と見た」
男達は酒を片手にそんなやり取りをしていた。
「そうかあ? 一人旅の若造にしちゃ、えらく上等なもの着てたじゃないか。それに旅をしているには劣化も少ない。第一、明らかに異人だぞ。何で、俺らが違和感を覚えないローカルな発音で会話が出来るんだ?」
「なんだ、気づいていたのか?」
「そりゃ気付くさ。ツァバート訛りならともかく、田舎村の方言で、話しかけられたら怪しまない方が無理ってもんだろう」
「わしも疑問には思っているがね。だが、彼にはこれと言った悪意を感じんのだよ」
「おいおい、えらくお人好しになったじゃあないか」
「わしには彼が悪事を企んで、出身を偽っているようには見えないのだよ」
「……と言うと?」
「にほんという聞いたことがない国について、初めは偽りだと思っていた。そこで、彼に聞いたのだ、試すために、どの方角から来たのだと。すると、彼はこう言った。方角がわからないから地図を見せて貰えないかと」
「おいおい。それでどうして、そういう考えに至るんだ、カール?」
「記憶が混乱していない悪意を秘めた人物だとして、聞いたこともない、存在するかもわからない国の出身だなんて、あからさまに怪しいことを伝えるだろうか? 地図を見せたところで、彼の国は載っていない、納得がいくどころかむしろ余計に怪しくなるだけだ。わしは思うのだよ。地図を見ることによって、納得させたかったのは他でもない彼自身ではないかと。見ても説明のできない地図を見ることで、彼の国はこの中にはないのだと」
「それじゃ何か、天の国から、転げ落ちたとでもいうのか?」
「ははは、滑稽な例えだが、あながち間違いでもないかもしれんな。それにアルバン、実のところ、お前も大して疑ってはないのだろう?」
「なんだ、気づいていたのか」
「本当に疑っていたのなら、酒など用意しているものか。大方、酒のあてが出来て、喜んでいたのだろう?」
「それはお前も同じことだろう? 年寄りは話題に飢えているのさ。ところでフィオナちゃんはあの若造と二人っきりにさせておいて大丈夫なのか? 出会ったばかりとはいえ、年頃の男女二人だ、何が起きるかわからんぞ、んん、おじいさま?」
「ンフゥッゴホッ! ゴホッ! ……ハァハァ。滅多なことをいうな! フィオナに嫁入りはまだ早いわ!」
「ははは! もし旅人から、村人になったら、婿にぴったりかもな! その時は総出で祝福してやる」
「……よし、アルバン、今日はとことん付き合え。飲み勝負だ」
「漸くその気になったか。なら、いつもの樽からだ」
何ともくだらない理由で始まった飲み比べは朝まで続いた。
「気持ちいいですかー? 痛かったら、遠慮せずおっしゃってくださいねー?」
今、私はフィオナさんにマッサージされている。食事後、皿洗いを手伝い、もう寝るだけであった。そのまま寝てしまおうと思ったが、彼女もマッサージをしてくれるために寝室に着いてきたのだ。再び遠慮したのだが、結局断れなかった。
「大丈夫です……っ……気持ちいいです……」
「んっ、それは良かったです。よく、おじいさまにもマッサージしているので。実は結構得意なんですよ」
うつ伏せになっているので顔は見れないのだが、恐らくニコニコしているのだろう。まあ、抵抗はあったが、してもらってよかったと思う。
「それにしても、大分凝っているんですね~。おじいさまも普段似たようなところを凝られています」
……それは私が老人ということだろうか。
「そうなんですね……ははは……」
「はい、なのでおじいさまと同じようにやってみたのですが、気持ちいいみたいで何よりです」
悪意がない分、刺さるところがある。
「さて……と、一通り終わりましたが、他にやってほしいところはありませんか? 遠慮せずおっしゃってくださいね?」
「大分軽くなりました。ありがとうございます。かなりほぐれたのでもう大丈夫ですよ」
もう少しという気持ちもなくもないが、私はフィオナと村長にお世話になっている立場なのだ。これ以上お願いするわけにはいかない。
「本当に遠慮なさらなくても大丈夫ですからね?一日お疲れ様でした」
「はい、色々とありがとうございました」
「いえいえ。それでは、私も寝ますね。何かあったら、扉にノックしてくださいね。では、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
就寝の挨拶を終え、部屋に一人になる。再び、ベッドに寝転ぶ。私は天井を見ながら、ぼんやりと今日のことを考えていた。
ここがどこなのかわからない。私は夢でも見ているのだろうか? 記憶喪失なのか? それとも、この村の人達に騙されているのだろうか? どれも確証は得られていない。この村の人達が集団的な妄想に囚われている可能性も低いが、ないとは言い切れないのだ。こうだと思い動くにはまだ色々と情報が足りていない。
これが夢であるのであれば、覚めれば解決なのだが。もし、そうでないとするならば、明日から、どうすればいいだろうか。
とりあえず、情報の真偽はともかく、今日分かったことはあるし、得られたこともある。一先ず、役割は得ることが出来たのだ。ここで出来る限り情報を集め、機会を伺おう。そのために極力不審がられることは避けよう。向こうの信用を得ることが第一なのだ。
あと、明日は余裕があれば、村の外を見て回ろう。まだまだ分からないことは多い。
憶測が脳裏を巡ったが、段々と思考がまばらになっていく。
一先ずはこの眠気を受け入れ、起きたときに考えるとしよう。起きたら、解決しているかも知れないのだから……。
「お帰りなさい」
聞き覚えのあるクラシックと声。それはこちらを見つめ、にっこりと微笑んだ。