22話 リディア・ヴェラ
「そちらの事情はある程度、わかりました。私の考えも変わりません。お互いに協力しましょう」
「……そうか。ありがとう、ソトガミ君。こちらも君の条件を飲もう」
「ありがとうございます」
アルセドさんのいう異常の脅威はにわかには信じ難いがとはいえ、協力するしかないだろう。私は元の世界に帰る手がかりを探さなければならない。
しかし、もし、アルセドさんの言っていることが妄言でなく、事実であるとするならば、それは非常にまずい。私はこの世界と運命を共にする気はない。可能な限り、手は貸そう。だが、一刻も早く元の世界に帰らなければならなくなった。
「エストリー君、ゴルディアス君は知らない。どうするかは君に任せよう」
「……アルセド殿は父を信頼して、おられないのですか?」
「……ゴルディアス君は、彼は信頼できる友人だとも、生きている限り、それはきっと変わらないと思っている。だからこそ、彼には話していないのだよ。ゴルディアス君は、君の父は、元来、優しい男だ。だから、この事実を知るにはすでに重荷を抱え過ぎてしまったのだよ」
「それは一体?」
「それはわしの口から語ることではない。焦らなくても、時がくれば、いずれ知るときが来るだろう」
えらく意味深でお決まりともいえる台詞だが、一体、何なのだろうか?方便で躱しているのでなければ、エストリー出生の秘話とか、ゴルディアスさんに過去重めのエピソードがあったとか、そんなんだろうか?いや、流石にこの空気に申し訳なくなってくるな。
「……わかりました」
エストリーはどうするのだろうか?まあ、任せよう。アルセドさん達の問題だ、私には関係ない。
「今日はこのぐらいにしよう。 二人とも、疲れただろう。ゆっくり休みなさい」
「はい、そうさせてもらいます」
「では、出口まで送っていこう。エストリー様、ご案内致します」
「わかったわ」
「お願いします」
部屋に戻った後、夕食のため、エストリーと2回目の食事をした。食事中、彼女は今日あったことを触れなかった。
別れた後、再び部屋に戻ってきた。とりあえず、ベッドに横になる。
ああ、枕だ。やわらかい。漸く、今日という日が終わった気がする……。そういえば、フィオナさんに関しては何やら小言を言われたな。
『私が忠告したこと早くも忘れたのかしら?どういう考えで言ったのか知らないけど、その気がないなら、彼女を勘違いさせないことね』
確かに条件にフィオナさんまで巻き込ませる必要はなかった。何故、あんなことを言ってしまったのだろうか。……まあ、いいか。一先ずはお互いに協力するということでまとまったのだ。完全に信用は出来ないが、私は素晴らしい交渉術など持ち合わせた人間ではない。そう考えると、ましな結果ではないだろうか?
まあ、多少なりとも収穫はあった。元の世界とは異なる法則がある世界。私は何としてでも帰還しなければならない。
しかし、帰れると言う事はこの世界の住民がこちらの世界へ渡れることも意味している。下手をすれば、元の世界が侵略されかねないのだ。この世界の文明、科学や魔法技術、異常な法則を持った物質を可能な限り把握しなければならない。
とりあえず、エストリーとの関係性も考えよう。彼女に話す方針はあくまで元の世界に帰還すると言ったことで留めておこう。
一番の問題はアルセドさんだ。ここに世話になっていることもそうだが、元の世界に帰るためには、協力しつつ、目的を悟られないようにうまく立ち回るしかない。とはいえ、誰をどこまで信頼してよいものか。中々、難しい。
ああ……眠い。とりあえず、今日はもう寝てしまおう。フィオナ擬きへの文句は明日でいいや。今日はもう、誰かと話す気分ではない。ただ静かに寝ていたい。
「………」
朝だ。疲れてすぐに眠ってしまったようだ。正直、まだ眠い。二度寝したいところだが、寝坊しそうでもある。しかしまあ、誰かしら起こしに来るだろう。……寝よう。
「………」
何やら、耳障りな音が聞こえる。ああ、これはドアをノックする音か。誰だろうか?って、今何時だ。ああいや、スマホは電源が切れているのだった。探しても意味がない。
とりあえず、体を起こし、素早く顔を横に振る。右手で目頭を押さえつつ、目をぎゅっと閉じる。
眠い。正直、まだ寝ていたい。しかし、流石に呼びに来ている人がいる以上、再び横になる訳にもいくまい。
微妙に頭に重さを残しつつ、私は扉を開ける。
「起きたか」
リテーリアさんか。
「ああ、おはようございます」
「もうそろそろ朝食の時間だ、早めに準備してもらえると助かるのだが?」
「やっぱり、その口調の方が落ち着きますね」
「急になんだ」
「いや、そちらの事情があるとはいえ、変に畏まられるのは慣れないものだったので」
「そうか、私としては、そう思ってもらえる方が助かる」
「とりあえず、お手数をおかけしました、すぐ準備します」
「ああ、頼む」
再び扉を閉め、着替え始める。
あー、眠い中、ベッドのすぐそばで着替えているとそのままパタンと横になりたくなるが、今は我慢しよう。あー、眠いな。うーん、あと、2時間は寝たいが、中々自由に休めないものだなぁ。まあ、仕方ないが。……よし、とりあえず、着替え終わった。
私は扉を開ける。
「終わりました」
「では行くぞ」
「はい」
案内された朝食の席にはすでにエストリーがいた。アルセドさんとゴルディアスさんがいないのは、すでに二人で食事を済ませたかららしい。彼女の父はどうも、本気でエストリーに二人で食事をさせるつもりらしい。
「おはようございます」
「ソトガミ、遅いわ。次からはもっと早く来なさい」
「お待たせして、すみません。食べましょう」
ゲヘナに来て、初めての朝飯だ。しゃきしゃきしたサラダに、あっさりとして飲みやすいスープ、パンが二つに、蒸した魚料理だ。どれも結構美味しかった。今は食後のデザートを食べている。
「そういえば、今日は街を回る予定ですが、そちらは確か、リディアさんが来るんでしたよね。正直、どうすればいいですかね」
「別に勝手にすればいいと思うのだけど。リディアも立場ぐらいわきまえるわ」
「そうですか、安心しました」
「それより、貴方自身のことを心配することね」
「それは何故です?」
「例えば、貴方が喋った言葉。聞いた者に馴染みのある言葉、私の場合はヴァルスフィアの言葉に聞こえているの。だから、怪しまれないように、私と同じく魔術によるものだということにしておきなさい」
ああ、そういえば、そうか。確かに、それで何回か勘違いされたことがあるしな。
「あと、あれは絶対に出さないことね」
「あれとは?」
「あの肉よ」
「ああ……、わかりました」
正直、どうやって出たのかわからないが、とりあえず、あの勾玉を弄るのをやめておけば大丈夫だろう。今も、ポケットに入っている。置いていこうか?まあ、やめておこう。嫌な予感がする。
食事を終え、エストリーと別れた後、街へ行く準備をするため、部屋に戻った。
とりあえず、今日はゲヘナの街をひたすら観察しよう。まずは知るところからだろう。持ち物もこんなものでいいだろう。とりあえず、スマートフォンと勾玉は持っていくことにした。勾玉はともかく、スマートフォンは手元にあった方が何となく落ち着くのだ。中々、中毒と言える。
……よし、準備はこんなものだろう。行くとしよう。
「お待たせしました」
「あ、ソトガミさん、おはようございますっ」
「おはようございます」
フィオナさんがあいさつしてきた。昨日の感じで心配ではあったが、大丈夫そうだ。
見たところ、すでに全員揃っている。フィオナさんにリテーリアさん、エストリー、そして、恐らくリディアとかいう女性。顔はわからないが、消去法でこの人だろう。年齢はフィオナさんと同じぐらいか?髪は背中ぐらいまで長く、全体的にふんわりとしており、また、その目は猫を思わせる顔つきであった。
「ええっと、そちらの方は?」
「わたくしのことはお気になさらず」
わきまえるとは何だったのか。
「……彼女はリディア、私の護衛をするわ」
「そうですか。初めまして、私は外神和平といいます」
「そうですか」
「…………」
わきまえるとは?まあ、いいか。一応、フィオナさんのことも紹介しておこう。
「一応、初めての人も多いでしょうし、フィオナさんのことを紹介しようと思うのですが、どうでしょう?」
「あ、は、はいっ!お願いします」
「リディアさんは彼女の言っている言葉はわかりますか?」
「わかるのでお気になさらず」
そうか、伝わらなかったら、私かリテーリアさんが通訳する予定であったが、大丈夫そうだ。
「ソトガミさん、あの……」
ん?何だろうか。
「どうしました?」
「リディアさんは何と言っているのでしょうか?」
ああ、逆は駄目なのか。
「リディアさん、こちらのフィオナさんはヴァルスフィアとゲヘナの言葉がわからないものでして、良ければ、エストリーと同じ魔術を使っていただけるとありがたいのですが」
「エストリー?……エストリー?お姉…、エストリー様を気安く呼び捨てになさらないでくださる?それに、わたくしの名前も!」
エストリー、わきまえるとは何だったのか。そんな、知らん見たいな顔で返さないでほしい。
「リディア、私が許可したのよ」
「ええっ!?何故ですかっ!そんな、いけません。お美しいお姉さま、そのお名前を呼び捨てにさせるなど!」
その場合、ゴルディアスさんはどうなるのだろう。いや、そんなことはどうでもいいが。
「ああ、お気に召さないようだったら、やめておきましょう」
「ソトガミ?」
エストリーから、変な圧を感じるのだが。こっちは何なのだ。……早速、帰りたい。
「お姉さま、いけません、なりません!こんな、お姉さまのお名前が汚れてしまいます」
正直、どうでもいいのだが、一応、私はゲヘナの後継者って、ことになってるんだよな。本人のごり押しもあったとはいえ、この娘、明らかに人選ミスなのでは……。
「リディア、貴女は帰りなさい」
「……え、あの……お姉さま?」
「聞こえなかったのかしら?帰りなさいと言ったのよ」
「あ、あの……」
「何度も言わせないで。帰りなさい」
リディアとかいう少女はプルプルと震え、涙目になっている。
流石にいたたまれない。
「エストリー、私は特に気にしていませんよ」
「あら、それは優しさかしら、それとも同情?でも、必要ないわ。彼女は私に恥をかかせたもの。理由としては十分でしょう?」
「………っ………っ」
少女は最早、言葉も出さず、ただただ、涙を堪えている。
いや、まあ、エストリーの気持ちもわからなくはないが、正直、街を見回るぐらい、もう少し気楽に行きたいものなのだが。
「あ、あの……」
服の裾を軽く引っ張られる。
フィオナさんか。
「あの、お二人はなんて……?リディアさんはどうしたのでしょう」
小声でそんなことを聞かれる。
「ああ、いや、まあ、後で教えますよ」
フィオナさんにだけ、聞こえるぐらいの大きさでそう言った。
リテーリアさんは私が何とかしろといった感じか。まあ、仕方ないか。
「うーん、いや、私は折角なので他にもヴァルスフィアの人とお話しできたらなと思っているのですが」
「そう、なら、他の者を呼ぶことにしましょう」
うーん、またきっついな。リディアさんはよく耐えていると言える。まあ、自業自得ではあるが。
「エストリー、それは待ってくれませんか?」
「何故?別にこの娘である必要がないと思うのだけど」
「誰しも誤解や失敗はあります。私はそれ自体は仕方のないことだと思います。ただ、それらを挽回する機会というのも可能な限りあった方がいいとも思うのです。それにリディアさんもあくまで貴女を思っての行動でしょう。だからこそ、彼女に挽回の機会を与えてくれないでしょうか?」
そもそもだが、今回も含め、私の目的は知ることだ。情報を得ること、そして、情報を得やすくするには信頼と好感が何よりも重要だろう。なら、私がすべきことは決まっている。可能な限り、友好になるように努め、情報を引き出すことだ。理由のほとんどは元の世界に帰るための手がかり探しだ。残りは好奇心といったところか。
「ソトガミ、下手な同情は余計みじめになるだけよ?」
「あはは、同情ですか。別にそんなことはありませんよ。これはただ、エストリーにお願いしているだけです」
「……お姉さま、申し訳ございませんでした。わたくし、帰ります……」
おっと、こっちはすでにオーバーキルだったらしい。とぼとぼ歩き、去ろうとしている。泣いてないだけ偉い。いや、別に泣いてもいいとは思うのだが、矜持というものか。理由はどうあれ、ある程度尊敬できる。
「エストリー」
「何よ」
「いいんですか?私に借りを作るチャンスを失いますよ」
「……はぁ。仕方ないわね、作ってあげる」
彼女が言い終わると、突如、風が吹いた。周りは無風なのだが、リディアさんの服は軽い風の揺らめきでひらひらと動いている。
「リディア、戻ってきなさい」
「……できません。お姉さまに恥をかかせました」
何故、実行前にそうなると思い至らなかったのか。
「私は今、ゲヘナの後継者に借りを作ろうとしているの。貴女はそれを邪魔するのかしら?」
さて、何を返さなければいけなくなるのか怖いものだが、まあいいだろう。
「……っ。……っ。」
彼女は立ち止まり、プルプルしている。彼女の足元を見ると、何かで地面が濡れている。ふと、フィオナさんが目に入った。
……うん、これだな。
「フィオナ、頼みがあるのですが」
小声で話しかける。
「何ですか?ソトガミさん」
「リディアさんをこっちまで連れてきてくれませんか?」
「わかりましたっ!」
そう言うと、フィオナさんは駆け出し、リディアの手を取ると、こっちに走ってきた。
「えっ!?ちょっと、あなた!何をしていますの!」
「一緒に街を見ましょうっ!その方が楽しいですっ!」
手を引かれ、戻ってきたリディアさん。
「はぁ……はぁ……。急に走らないでくれます!?わたくし、走るのが得意でないのですわ!」
「いえいえ、気にしないでください」
フィオナさん、適当に返事をしちゃだめだと思いますよ。
「さっきも言いましたが、フィオナさんにはゲヘナの言葉もヴァルスフィアの言葉もわからないので、エストリーと同じく、魔術を使ってくれる方が」
「もう使っていますわ!」
えぇ……。まあ、とりあえず、微妙な空気は改善された。少しフィオナさんのことが心配になったが。
「リディア、こっちに来なさい」
リディアさんは彼女の前まで来ると、深々とお辞儀をした。
「お姉さま、ソトガミ殿、大変申し訳ございませんでした!」
意外だ。私にも謝ってくるとは。内心、恨みを買われてなければいいが。
「謝るなら、その後の行動で示しなさい。貴女に挽回の機会を与えてあげる」
「はい、ありがとう存じますっ!」
「リテーリアさん、案内をお願いしてもいいでしょうか?」
「わかった」
出発してすらいないのに中々疲れた。この後は何もないといいのだが。




