20話 ゲヘナとの取引
彼女に着いてきてはいるが、途中から明らかに雰囲気が違う空間に来た。目の前にはおよそ、20はあるだろう扉が並んでいる。
しかし、この空間は不可解なことがある。この部屋に入る前に部屋のサイズは見えていた。せいぜい2、30人は入れるかぐらいのサイズだったというのに中はそれを否定するかのように広い。数百人はここに収容できるだろう。
彼女は広い空間を迷いなく歩き、扉を開けた。私も彼女に続き部屋に入ると、そこは階段であった。上下に続くそれはこれまでの木や石で出来たものとは違い、金属のような鈍い光沢を放っていた。降りる階段を踏みしめるとやはりそれは金属を思わせる硬さを足に伝えてくる。
「じろじろと見ているようだが、ここまでの道を記憶しても何の意味もないことを教えてやろう」
「いえ、単に珍しかったので、まあ、確かにここまで複雑だと覚えられませんね」
「覚えたところで無意味だと言っている」
「そうですか」
何か認証の様なものがいるのだろうか?それともまさか、建物の構造が変わるとでもいうのだろうか?
道中、誰かとすれ違うこともない。ただ、無機質な空間に私と彼女の足音だけがわずかに聞こえるぐらいだ。
「中に入れ」
見たところ、出入り口の扉以外に何もない密室の様だが。
「これは?」
「すぐにわかる」
私が部屋に入ると、彼女は扉を閉め、すぐに開いた。
一見、何の意味もない動作だが、外の景色は先程とは違う。二人の女性、一人はリテーリアさん、そしてもう一人は……。
「ええっと、何故、エストリーがこちらに?」
問いかけると、彼女は少し気難しいといった顔で、口を開いた。
「鏡を見たら、原因が少しは思い浮かぶのではないかしら?」
「ああ、はい。エストリーはどうやってここに?」
「こいつはリテーリアが案内した」
こいつって……、私はともかく彼女は同盟国の姫様だと思うのだが。
「別に気にしないわ、私より明らかに強いもの、下手に出る方が気持ち悪いわ」
「そうですか」
なるほど。まあ、それはそれとしてリテーリアさんと出会えた。早めに要件を済ませよう。正直、こんな光景を見せられて、半ばどうでもよくなっているのだが。一応、目的としては明日のお出かけにフィオナを連れていくことを了承してもらわなければならないのだ。
「リテーリアさん、いいでしょうか?」
「何だ」
「明日のお出掛けなのですが、フィオナさんもご一緒することは可能ですか?」
彼女はぴくッと眉を動かし、少しの間の後、エストリーの方を見ると、口を開いた。
「エストリー様、構いませんか?」
「別に構わないわ」
エストリーは呆れたといった風にこちらを見ながらそう答えた。
「そういうことだ」
「ありがとうございます」
私の用事は一応、済ませておいた。
さて、目の前の二人は、そして、アルセドさんは味方なのだろうか。しかし、敵だとして、殺すつもりなら、いつでも殺せただろう。私もしくは私が来ることを何らかの方法で知っており、何らかの利用価値を見出して、ここまで連れてきたということではないだろうか?ならば、私に関しては何とかなる。
問題があるとすれば、エストリーの方だろう。私とエストリーにあったことを少なからず把握している以上、彼女も放置はできないのかもしれない。殺すのだろうか?脅すのだろうか?それとも、彼女もあちら側だった?彼女には私のことを色々と話している。もし、彼女から私のことが漏洩すれば……、そもそもエストリーは目の前の二人とは何ら関係ないのだろうか?どちらにせよ、これは良くない。ここは……。
「聞きたいことは他にも色々ありますが、まずは私とエストリーの身の安全と自由を保障してください」
それを聞いたエストリーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに呆れ顔に戻りこう言った。
「口封じが目的なら、貴方と会う前にとっくに殺されているわ」
まあ、それはそうか、ならば、彼女はこちらに対しての交渉材料なのか?もしくは共謀して、こちらに何かをさせようとしているか。アルセドさんに直接聞きたいところではあるが、今はエヌルグトースさんが一番知っていそうだ。
「それならば、私とエストリーをここに呼んだ理由は何でしょうか?もし少しでも彼女を害することがあれば、私は一切協力しません」
彼女は思案しているのか、少しの間を置いた後、口を開いた。
「……リテーリア、もう少し愛嬌良く振舞えないのか、誤解されているじゃないか」
「貴女には言われたくない」
リテーリアさんは即答すると、こちらに対してこう言った。
「我らはそのような目的でお二人を連れてきたのではないのです」
「なるほど、そういうことであるならば、保障していただけますか」
「保障しよう。エストリー様も誤解しないでいただきたい」
「……了解したわ」
演技なのか、正直、判断に困る。しかし、口約束でも一先ず、身の安全は保障された。後は彼女達が何を要求してくるかだな。うん、まあ、この際だ。
「何故、貴方達は私があの村にいるとわかったのですか?そもそも、ゲヘナの跡継ぎにするというのも別に私でなくても、他に適性がある人などいくらでもいるでしょう。それを黒いというデメリットを持っている人間を跡継ぎにするために、わざわざあんなに遠くまで出向く方が不自然です。本当の理由があるのでは?」
交渉の余地などあるのかはわからないが、何にせよ、情報が欲しい。それにこの様な施設があるのであれば、ゲヘナという国は、私が元の世界に帰るために役立つ何かしらのものを持っているかもしれない。
そんなことを考えているとエヌルグトースさんが口を開いた。
「貴様もそろそろ自身が異常であることを理解しているだろう」
「どういう意味でしょうか」
「貴様がそれをどう認識しようが勝手だが、我らにはその異常がいる」
……実は私は病院に隔離されているただの精神異常者なんじゃないかって、思う時が何度もあるが、認識できない以上どうしようもない。今はこれが現実と受け入れ行動していくしかない。
しかし、異常……やはりあの女神様とか名乗る女性に何かされたということだろうか。しかしだ……。
「わかりました、一先ずはそれを受け入れましょう。必要だというのなら、協力もしましょう。ただし、私にも協力していただきたいのです」
「…………」
リテーリアさんは少し表情を変えたがすぐに戻り、何を言うでもなく押し黙ったままだ。口を開いたのはまたしてもエヌルグトースさんだった。
「何をすればいい」
「まず、私とフィオナさんに、街に住処を提供してください。生活には困らない程度の資金も用立てて欲しいのです。それと、この…国には少なからず、異常な力を持った人や物があると聞きます。なら、貴方達はそういうものをすでにいくつか持っているのでは?そういった人物を知っているのではないでしょうか?それらの情報の提供と、使用の許可や口利きをお願いしたいのです」
「…………」
ん?エストリーがじっとした目でこちらを見ているが何か
「ここで結論は出せん、何日まで待てる」
ん、ああ恐らくはアルセドさん辺りと相談するのか。
「何日必要ですか?」
「10日欲しい」
「そういうことであれば、2週間は待ちましょう」
結論は早いに越したことはないが、そもそもだ。敵対しているならともかく、そうでないのなら、彼女らも協力者になり得るのだ。最初こそ、焦りはしたが、今はある程度落ち着いた。出来る限り、関係を良くできるように努めよう。
「承知した」
「14日……、何かあるのか?」
「ん?リテーリアさん、特に何もありませんが。2週間ぐらいに延長すれば、余裕を持てますか?」
「……いや、問題ない。感謝する」
引っかかるようなところなどあったか?まあいいか。
「それで、私は具体的にどういった協力をすればいいのですか」
「それは後日、結論が出た時に話す」
そもそも、私の何が役に立つのだろう。そこを把握しないことには交渉も何もなかったのだが、まあこういうときに即座に頭が回り、賢く交渉できるのは本や映画の人物だ。そこまで自身に結果を求めても仕方ない。うまく運ぶといいが。
「情報を私にも提供しなさい」
それまで、比較的静かだったエストリーが急に喋りだした。
「エストリー様、それは……」
「私をこの様な目に合わせたのは貴方達の不手際ではないと?今回の一件とこの様な施設があったことが外に漏れたらどうなるかしら?」
一先ずは何とかこれで落着しそうだったのにかき乱すようなことをしないで欲しいのだが。まあ、彼女が道化を演じているのか、本物なのか。どちらにせよ、近くにいる方がいいかもしれない。
「先ほどの条件にエストリーへの情報提供も付け加えてください。それとこの件は可能な限り、リテーリアさんか、エヌルグトースさんが窓口として、対応してくれるとこちらとしては助かるのですがいかがでしょう?」
「……わかった。それも含め、結論を出そう。何かあれば、私かリテーリアに聞け」
「わかりました。何かあった時はお二人のどちらかに相談しますね」
「他に何かあるか?」
「そもそも何故ここに連れてきたの?話なら、ここでなくても、良かったのではなくて?」
まあ、それはそうだ。情報提供を悩むのなら、そもそもこんなところに連れてこなければいいのだ。私やエストリーにここを教えるメリットがあるだろうか?
「それはアルセドに聞くことだ」
「貴女、アルセド殿は主君じゃなくて?」
「私はやつに協力しているだけに過ぎん」
協力……、彼女も何か目的があるということか。そして、それはアルセドさんと利害が合致しているのだろう。
「そういえば、アルセドさんとも話したいのですが、今はどちらに?」
「やつなら、直に来る。それまでは適当にすればいい」
「そうですか」
「………………」
「………………」
「………………」
適当にと言っても、この空気でどうすればいい?
いや、駄目だな。少しでも何かを聞き出すためには話さねば。しかし、直球なのも怪しまれる。ならば、エストリーに話しかけよう。
「そういえば、エストリー、洗濯は大丈夫でした?」
「死にたくなければ、今すぐその口を閉じなさい」
「いや、もうこの方達には何があったか、知られているようですし、隠したところで意味がないのでは?」
そういうと、気難しい顔だったエストリーは一気ににっこりと笑い、こう言った。
「そう。つまり、貴方は何も隠さなくていいというのね?」
こわ…いや待った。確かにそうだ。エヌルグトースさんは知っているとは言ったが、どの程度知りえているのだろうか?それを知らないのに、こちらから、わざわざ色々晒し出すのは軽率ではないだろうか。
「すみませんでした。ああ、それで思い出しました。あの、リテーリアさん、後で部屋に置いてある服の洗濯をどなたかにお願いしたいのですが、どうすればいいですかね」
「何だ、汚れたのか?」
「はい。結構、汚れてしまったものでして」
「なら、後で部屋に取りに行くように伝えよう」
「ありがとうございます」
「……………」
とぼけているのでなければ、リテーリアさんは服が汚れたことを知らない。つまり、エヌルグトースさんはリテーリアさんには何が起きたか詳細を話していないか、詳しく知っているように振舞っているというと考えられるだろう。なら、安心はしておこう。だが、いずれ、誰にも見られず、聞かれずにやり取りできる手段が必要だ。何かうまい方法がないものだろうか。
まあ、とりあえずはアルセドさんを待ちつつ、適当に会話でもしてよう。




