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白痴の黒  作者: 忌神外
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17話 世界の異物

 肉塊に近づくと、それはぶくぶくと泡を立てながら、不快な臭いと共にエストリーと鍵を差し出してきた。彼女の四肢は肉塊に埋まっているが、見たところ気絶している。


 とりあえず、鍵は受け取り、彼女は起こそう。しかし、女性に触るというのもあれか。


「大丈夫ですか」


 反応はない。仕方ないので肩を揺することにした。


 ああ、目覚めたようだ。


「……迂闊だった」


「まずは落ち着いて、話をしましょう。何故、あのようなことを?」


「体を乗っ取られていたのよ。貴方は信じないでしょうけど」


 乗っ取られていた、と言っても演技をしている可能性もあるわけで、迂闊には信じられないのは確かだ。


「まあ、確かに信じがたいですね。ただ異常なことはすでに目の当たりにしていますから、それに関してはまだ何とも……」


「それで私も食べるつもり?」


 食べる……?彼女を?


「生憎、貴方と違ってカニバリズムの趣味はないものでして」


 調理すれば、味としては美味しいのかもしれないが、少なくとも法と倫理観、それに病気等のリスクを冒してまで手を出すつもりはない。全く興味がないわけではないが、あくまでどんな味か気になる程度のものだ。


容赦ようしゃなく食べておいて、よくその台詞が吐けるわね」


「私は生まれてから一度もそういうことをしたことはありませんよ」


 肉塊に関しては分からないが。というか、これは本当に大丈夫なのだろうか?まあ、半ば諦めてはいるのだ。気が変わらないうちに早いところ、この空間から脱出しよう。


「それで今も私を食べたいと思っているのですか?」


「あれは知らないけど、私は死んでも御免だわ。貴方を口に含むなんて、想像するだけで吐き気がするもの」


 左様ですか。まあ、そっちの方がありがたいが。


「つまり、敵意はないと?」


「……そうね。食べられる前に一発殴らせてくれたら文句ないわ」


 えぇ……。まあここでないって即答する方が怪しいか。


「いつから乗っ取られていたのですか?」


「食事後、……貴方が持っているその鍵、私の持ち物じゃないわ」


「なら、どこでこれを?」


「いきなり現れた何かが、私に押し付けた。それだけよ」


 ……うん、それだけか?わからんがとりあえず、私に明らかな敵意がある存在がいるということだろうか?しかし、何故?


「貴方は乗っ取られていたと言いますが、乗っ取られていた間のことは覚えていますか?」


「覚えているわよ。貴方の腕の傷治っているでしょう?その代わり、私からとてつもない体力を奪っていったの。だから一発殴らせて」


「それはお互い様ということで諦めて貰えませんか……」


 まあ、彼女からは先程とは違い、明確な敵意は感じない。いや……睨まれてはいるが。


「聞きたいことがあります。私と貴方は初対面ではなかったのですか」


「あれは会っていたのでしょうね。私はそうね……、会っていたら、その時の私に「ぶちのめせ」、と教えてあげたいわね」


 とてもいい笑顔だが圧を感じる……。


 言葉を信じるのならば、私と会ったことがある存在がいる。それは私が記憶喪失になる前にここで会った人物であるということか。記憶喪失前の私はこの世界のどこに現れ、どのように過ごしたのだろうか?しかし、記憶喪失していたとしても長くて数年と言ったところだろうな。それが私に対して、明確な敵意を持って、このようなことを起こした。


 ……かなり厄介と言えるのではないだろうか。私はこの存在の正体を暴き、誤解を解くか、脅威をなくさなければならない。そして、出来る限り早く、元の世界に変える方法を見つけなければならない。……そのためには金銭や地位、そして、協力者も必要だろう。


「エストリーさん、あの……」


「命乞いなら、しないから早く殺しなさい」


「いえ、そういうことではなく、提案があるのですが」


「あら、死ぬ前に殴らせてくれるのかしら?それは素敵な提案ね」


「ええと、何て呼んだらいいんだ、これは……。とりあえず、もう大丈夫なので彼女を開放してくれないでしょうか?助けていただきありがとうございました」


 恐る恐る言うと、肉塊は地面に吸収され、跡形もなく消えた。そして、そのまま地面に倒れるエストリーを何とか支える。


 うわっ、ぬめっとしている。


「……何のつもり?」


「私は貴方を害する気などありません」


「私を地面に叩きつけておいて、何を言うのかしら」


 ……ああ、あの時か。あれは不可抗力では?そもそも、あの肉塊が勝手に叩きつけたのであって、私は何もしていない。……後で手を洗わなければ。


「いえ、私に害意はありません。提案の前に貴方に話したいことがあります」


 とりあえず、彼女を支えながら話すものあれなので、座らせることにした。


 年頃だけあって正直、重…っ!


 肩を思いっきりつねられた。


 わかりやすい表情をしてしまっていただろうか?


「ええっと」


「別に?」


「そうですか……」


「言いたいことがあるのなら、早く言いなさい」


「……そうですね、確かにそうだ」


 私は彼女に話した。自身の生まれ故郷のこと、私が恐らくこの世界の人間でないことを。そして、なんとしてでも元の世界に帰りたいということを。彼女は特に遮る訳でもなく、ただ聞いていた。


「教えてあげる、貴方は正気じゃないわ」


「まあ、確かにそう思われて当然とは思います。ですが、私の記憶の限りでは……」


「分からないわね。妄言でないとしても、何故それを私に話したのかしら?」


「私にも正直わかりません」


 ……正直、何故彼女に打ち明けようと思ったのかはわからない。しかし、ここが異常とわかった以上、それを共有している彼女は、今まで会った誰よりも信用できるのではないかと感じたのだ。私も中々どうかしている。普段であれば……。


「私が同じ立場にいたなら、そんなこと他人には絶対に話さないもの」


 彼女の言うことはもっともだ。私もアルセドさんやリテーリアさん、フィオナさんには話せないだろう。何故、よりにもよって、彼女にというのはある。


「私はこの世界に疎く、またあのような力には無力です。だから、エストリーさんに元の世界に帰る協力してほしいのですが」


「帰ったとして、ゲヘナの国は?貴方は仮にもアルセド殿の義理の息子になったのでしょう?」


「正直、私自身、養子に迎え入れ、国を継がせようとする意図が全く分からないのです。もし、アルセドさんが私の存在を何らかの形で知っていたならば、これには裏があります。私以外に適材な人なんてこの世界には大勢いるでしょうから。それに私はこの世界の人間ではありません。継ぐのであれば、それはこの世界の人間であるべきです」


「あの少女はどうするの?」


 あの少女とはやはり、フィオナさんのことだろう。


「私は別の世界の人間ですし、ここに永住する気もありません。ただ、彼女がある程度、精神的に落ち着くのを見届けられたらとは思いますが」


「忠告しといてあげる。中途半端な態度だと、きっとどこまでもついていくわよ、彼女」


「はぁ」


 まあ、彼女も成長すれば、適当にいい相手を見つけるだろう。実際、世話になったので、トラウマを乗り越えて、幸せになってほしいとは思う。


「あと、協力するのは断るわ」


 えぇ……。


「貴方と関わると、きっとろくでもないことに付き合わされるもの」


「ええっと、なら、宝石はお好きですか。これはどうでしょう?」


 左ポケットの勾玉を取り出す。


「冗談で言っているのなら、面白くないから、やめてくれないかしら。貴方も早く手放すことね。多分、見境なしに混沌を呼ぶ類のものよ、それ」


 フィオナ擬き、後でひたすら文句を言ってやろう。今日の件も含めて。


「私に叶えられるかはともかく、エストリーさんは何か望みはないのですか」


 そう言うと、エストリーは少し考え込んでからこう言った。


「貴方は自分のことを『何の異常もない無害な存在』だとでも思っているのかしら」


「私はこの世界にとっては間違いなく異物、異常そのものなのでしょう。だからこそ、私は帰らなければならないのです。私が本来いるべき世界はここではないのですから。しかし、見ず知らずの貴方に協力を求めるのも確かに筋違いでしたね。すみませんでした。とりあえず、ここから出る方法を考えましょう」


「……貴方のそういうところ、嫌いだわ」


「それはすみません」


 と言っても、この鍵、どう扱えばいいのだ。かざしても、鍵穴で回す動作をしても、振っても何も起きない。


 ……恥ずかしいが、試してみよう。


「現れろ、扉よ」


 ……とても恥ずかしいのだが。


「貸しなさい」


 そういうとエストリーは催促するように手を差し出した。


 しかし、あの鍵でおかしくなったのであれば、再び渡すのはまずいのではないだろうか?


「あの黒いのが食べられたのを見たでしょう。早く寄越しなさい」


「わかりました」


 エストリ―に鍵を渡した。彼女は右手でつかむと、鍵は砂のように崩れた。


「えっ」


 刹那、世界が物凄いスピードで揺れる……!


 いや、これ酔うのだが。


 ……気が付くと、私とエストリーはいくつかの長机に椅子が並んだ部屋に倒れていた。


「……どうやら、出られたみたいですね」


 出られたから良かったが、いきなり壊すというのはどうなのだろうか。いや、彼女はあの鍵の性質を理解していたからこそ、壊したのかもしれないが、せっかくなので持っておきたかった。まあ、いいか。出られただけ良しと考えよう。


「ソトガミ、手を貸しなさい。さっきので、完全に体力を使い果たしたわ」


「わかりました」


「まずはその外套を脱ぎなさい!はっきり言って最悪の臭いよ、それ」


 ああ、本当だ。コートの後ろにべったりとくっついている。しっかりと嗅ぐのはやめておこう。しかしまあ、それを言うのであれば、エストリーの方が四肢にべったりとくっついている分、よりひど……。


「それ以上考えたら、殺すわ」


「すみませんでした」


 流石にじっと見過ぎた。


 倒れた彼女を起こし、背負う。


 フィオナさんの時よりも断然に重い……!剣か!剣なのか!?あと、ぬめっとする。


「汗臭いわね、臭いが混ざって最悪だわ」


「まあ、さっきまで全力で走っていましたから」


「まあいいわ、案内するから、早くしなさい。後、誰かに見られたら、その時が貴方の命日だと思うことね」


 先ほどの揺れも加えて、若干気持ち悪いのに無茶言わないで欲しいのだが……!


「もたもたしないで早く進みなさい……!」


「魔術があるというのであれば、人払いとか、周囲の人を感知するだとか、部屋そのものに移動するとか、ないのですか」


「誰のせいで使えないと思っているのかしら……?」


「すみませんでした」


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