15話 エストリーなるもの
少しすると、リテーリアさんが知らない女性と戻ってきた。
「ゴルディアス様、エストリー様、主の準備が整いましたのでご案内いたします」
「そうか、では参ろう」
漸くこの二人から離れられそうだ。
「貴方がフィオナね」
「え……あ、はい」
誰だ、このおば…女性は。
顔に出していたつもりはないのだが一瞬睨まれた。
「部屋の用意が済んだわ。案内するから着いてきてちょうだい」
「わかりました。ソトガミさん、行きましょう」
そう言うと、彼女は私の手を引いてきた。
「え、あ……はい」
「ソトガミ様は私についてきてくれ」
「「えっ」」
フィオナさんと同様の反応をしてしまった。様?急にどうしたんだ。
リテーリアさんはこちらに近づくと、小声でこう言ってきた。
「頼む。今は何も言わず、ついてきてくれ」
まあ、変に逆らっても仕方ない。従うことにしよう。
私は軽く頷いた。
「えっと、ソトガミさんは……」
「ソトガミ様は少しやることがある。フィオナ嬢は先に休んでいてくれ。後で向かう」
「……わかりました。じゃあソトガミさんまた後で……」
リテーリアさんがそう言うと、フィオナさんは渋々納得したのか、もう一人の女性に着いていった。
「アルセド殿、突然の来訪申し訳ない」
「ああ、構わんよ、ゴルディアス君。返書が遅れたこと、すまないね。して、隣の女性はエストリー君で相違ないかな?」
「幼少故、記憶にありませんが素晴らしき行いの数々、聞き及んでおります。改めて、お初にお目にかかります」
「今はいくつになったのかな」
「18になりました」
「……そうか、大きくなったね。母君、エルヴェラ殿の面影を感じる」
「…………」
……早く終わらないだろうか。
「エストリー君も良く来てくれた。話の前にまずは会食などいかがかな?」
「ああ、それはありがたい。エストリー、招かれるとしよう」
「感謝します、アルセド殿」
「リテーリア君、折角だから君も来たまえ」
「……私がいては旧交の邪魔になるかと」
「エストリー、構わないな?」
「はい、お父様」
「承知しました」
ご愁傷様です。
「ああ、それとソトガミ君のことも紹介しよう」
「それなら、伺いました。客人だそうですな」
「ああ、違う違う。わしの息子だ」
……そういえば、そんな会話あったな。親子でこっちを見られても困る。
特にエストリーさんは有り得ないと言った様子である。
「アルセド殿、失礼ですが、お子はいないはずでは」
ゴルディアスさんが、少し訝し気に私を見ながらそう言った。
「親族にいたのを養子に迎えたのだよ」
「……初耳ですな。今まで隠されていたのですか」
「要らぬ混乱を招いてしまうからね」
「同盟相手にはもう少しオープンであってほしいものですな」
「ははは、善処しているとも。さあ、それでは食卓に向かうとしよう」
「お待ちください」
それまで静かであったエストリーさんが急に声をあげた。
「エストリー君?どうかしたのかな」
「ソトガミ……殿、会食の場にその姿のままというのはどうかと思うのだけど」
姿……ドレスコードということだろうか。いや、この感じはあれか。まあ、いいか。
「生憎、服装はこれしかないものでして」
「そういうことではないことは……、貴方もわかるでしょう。他の姿なら何でもいいわ。いつまでも黒い姿に擬態せず、正体を現してくれないかしら」
どうしろと、髪の毛を染めるか、削げとでも?いや、そもそも擬態ってなんだ。
「ええっと、何か勘違いなさっているようですが、変装などはしておりません」
そう言うと、エストリーさんの顔は余計に難しい顔になった。リテーリアさんの方を見るが自分で何とかしろと言った顔だ。
しかし、こういう相手にどうしろと……。
そう思っていたが再びエストリーさんが口を開いた。
「……冗談を言っておられるのかしら?」
「エストリー様、ソトガミ様はこちらの姿で間違いありません」
「アルセド殿、もしや彼に跡を継がせるおつもりなのですか」
「エストリー!アルセド殿とソトガミ殿に失礼だぞ」
「わしはそのつもりだ」
私は継ぐ気がないのだが。
「生まれ持って、黒いものを養子に迎え入れるなんて、有り得ません。ましてや跡を継がせるなど…「エストリー、いい加減にせぬか!」」
「しかし、お父様」
「ここはお前の国か?自分がどこにいるのか、もっと、周りを考えろ。やはり、お前を連れていくにはまだ早かったな。話が終わるまで従者と待機しておれ」
むしろ私を外してほしい。何でこんな出会ったばかりの頭のおかしい親子の喧嘩を特等席で見なければならんのか。
「ええっと、私がお気に召さないのでしたら、私は会食などに参加しませんので、どうか落ち着いてもらえないでしょうか」
一瞬にして、場が静まる。
何かまずいことでも言ってしまっただろうか。
「エストリー君、君はソトガミ君を誤解している。人の善し悪しは見た目だけで決まるものではない。それに君とソトガミ君はいずれそれぞれが跡を継ぐ。お互いの国のためにも、どうかソトガミ君と仲良くしてはくれないか」
「……エストリー、会食はわしとアルセド殿、リテーリア殿の三人で行う。お主はソトガミ殿と二人で食事せよ」
「お父様」
「ソトガミ殿、どうか娘の食事に付き合ってくれぬか」
とてつもなく面倒くさいが、まあ数が減るだけましか。
「ええっと……、エストリーさんがよろしいのであれば」
「…………食事をしましょう」
「仲良くだ、わかったな?」
「……わかりました」
こうして、アルセドさん達と別れ、違う部屋で食事を取ることになった。
「………………」
「………………」
運ばれてきた食事を適当に食べ進めていく。本来ならテーブルマナーなどもあるのだろうが、流石に今ここでそれを求められても、私にはどうしようもない。互いに無言ではあるが、まあ、気は楽ではある。
彼女に宗教、もしくは他の要因での一定の嫌悪感を持たれている以上、変に目を付けられないように穏便に終えた方がいい気がしている。それに正直、目の前の女性も食事もどうでもいいのだ。私は自身が見ている風景に何らかの答えを見つけなければならないのだから。そのためには情報が必要だ。生憎、人に聞きはしたがあれは成果がない。場合によっては髪が黒いため危険も伴うことが分かった。なので地図の入手やスマートフォンの充電手段を手に入れることが先決となるだろう。それと……。
「貴方は誰かと食事をするとき、いつも無言なのかしら」
急にそんなことを言われ、目の前の女性との食事に引き戻される。
「ああ……、いや、別にそういうわけでは」
「……侮辱した件はお互いに水に流しましょう。今まで黒いのは奴隷しか見たことなかったのだもの」
私は黒いとかに関わらず見たことはないのだが。映画とかなら別だが。
「そこまで気にしてはいないので大丈夫です」
「……そう」
再びの沈黙、まあ、私も黙々と食べていたな。このまま食事を終えましたっていうのもあれだろうし、何とか会話してみよう。
「エストリーさんは今18歳なのですね」
「それが何か?」
「ああいや、同じ年齢だなと」
いや、待った。目が覚めてから、ここまで自分の年齢がいくつなのか思い返さなかった。記憶喪失の期間が分からない以上、私は自身の正確な年齢が分からない。今の私に残っている記憶は18歳から途絶えている。ならば、とりあえずは18歳ということでいいだろう。
「そう。……それと、私のことはエストリーで構わないわ。私もソトガミと呼ぶから。いいでしょう?」
「え、いや、まあはい」
急に丸くなったな。何を考えているのだろうか?それに知り合ったばかりの人を呼び捨てで呼ぶのにはそれなりの抵抗があるがまあ仕方ない。
「そういえば、あの少女とはどういう関係なのかしら」
「あの少女とはフィオナさんのことでしょうか?」
「貴方のことを婚約者って言っていた少女よ」
あれはまあ、何でそういったのかは私にも全く分からない。家族や親しい人を亡くして、乱れているのだとは思うが。
「彼女はバウムシュタム村とかいうところの女性で、厚意でお世話になっていました。しかし、村は白い恰好をした女性の集団に襲われ、彼女の祖父は殺され、村は焼かれました」
「多分、彼女達ね。貴方をどこかで見かけたのだとしたら、それが理由だわ」
「私一人のために村ごと襲うというのは正直理解できませんが、結果的に私とフィオナさんはアルセドさん達に助けられました」
「……待ちなさい。何でそこでアルセド殿が出てくるのかしら」
ああ、そういえば、引き取ったとかってことにしていたな。一応話は合わせておくか。
「元々、村でお世話になっていたのをアルセドさんが養子に迎えに来たのです。村を襲った女性達をアルセドさん達が何とか迎撃しましたが、村は壊滅状態でした。村の唯一の生き残りが彼女なのです」
「なら、貴方は何で婚約者と言われたのかしら」
「彼女は壊滅した村に残るわけにもいかず、私と同じくアルセドさんについていきたいと言い、アルセドさんもそれを受け入れました。村を発つ前、彼女に付き添って二人で最後に村を見て回っている時、彼女にこれからも一緒にいてくれ、そう言われたのを私が別の意味に勘違いしていました」
「貴方は彼女を異性として捉えてはいなかったと」
「エストリーさ……エストリー、彼女は15歳ですし、恐らく村が壊滅したショックで混乱しているのだと思います。彼女が現実を受け止めきれるまで、迂闊な行動を後悔させたくもありません」
「それこそ勝手な思い違いだと思うわ。だって、貴方が村を壊滅させた間接的な原因なのよ?」
まあ、結果的に見ればそういう考え方もあるな。しかし、こちらとしては理不尽もいいところだ。白い彼女たちの思想はどうあれ、無関係の人間を巻き込み、殺害した以上、彼女たちは漏れなく罰せられるべきだし、滅ぶべきだろう。
「それに15であるなら結婚していてもおかしくないと思うのだけど」
「確かに法律上結婚が可能な国は探せば他にも多いですが、私が考えるに結婚するにはいささか早いと思いますが」
「貴方がどうと言った話ではなく、結婚するのには決しておかしくないということよ。断った理由にするのなら、もう少し頭のいい方法を考えることね」
「そうですか」
まあ、ここら辺の文化ではそういうことなのだろう。こちらの価値観を押し付け、真っ向から否定するのもあれか。それはそれとして、この肉料理うまいな……あとで聞いてみるか?
さて、そろそろ彼女に聞きたいことがあるが正直、アルセドさんやリテーリアさん辺りに伝わると面倒だしな。どうしようか。
「ソトガミ、一ついい?」
「え、ああ、なんでしょうか」
「貴方は一体どこでそんな魔術教わったの?さっきから私が使ったものをすべて打ち消したなんて」
こういう人物にはどう対応すべきか。まあ、どこに地雷があるのかわからないからな、こういう怪しいところで会話はしたくないのだが、もう普通に話してしまおう。
「冗談であれば、申し訳ないのですが、魔術と言ったものは存在しないと思うのですが……」
「しらを切らないで、貴方は私を侮辱しているのかしら」
目の前の女性は少しイラっと来たのか、語気を強めそう言った。
「決して侮辱はしていません。ですが、私は本当にそういった類のものは知らないのです。勿論、本や映画、昔の伝説などでその手の話があるのは知っています。しかし、今は科学も発展していますし、魔術などは存在しないと思われているのが一般的だと思うのですが」
しかし、存在しないものは存在しない。一般にそういったものの類は人間の思い込み、勘違い、科学的に不透明な部分だからであり、発見されているかいないか、整備されているかいないかというだけだと私は思う。
「そう……、じゃあ、実際に見たら、貴方は納得するのかしら」
「確かに実際に人に見せ、超能力であるという人はいます。ですが、それらは全て、手品であり、何らかの仕掛けがあるものです」
手品はそこら辺をある程度理解した上で楽しむのであり、本当に信じるものではない。まあ、楽しみは色々あるとは思うが、少なくとも悪意のもとに使うなどもっての外だろう。
「……正直、貴方がわからないわ。言葉はヴァルスフィアのものなのにこちらのことはまるで知らない。魔術だって、常識なのよ?私の魔術を全て打ち消しておいて、魔術の存在そのものを頑なに否定する。わからないわ」
私の方が正直何を言われているのかわからないのだが。
「いいわ、納得しなくてもいいから、実物を見なさい」
「……そういうことであれば」
まあ、見る分には楽しもう。
……どういうことだ。
彼女は多彩で、多くのことを私に見せた。手品と呼ぶには度を越えているものもだ。物を一瞬で燃やす、逆に凍らせる、紙を触れずに切り裂く。彼女自身が宙に浮くなどだ。
周りを見たが仕掛けは無さそうだ。先程までの食事に何か盛られていたのだろうか。そうだとすれば、迂闊だった。しかし、ここであからさまに残す方が怪しまれるだろう。何か対策を考えるべきか。
「手品であれば、素晴らしいのですが、もしそれが魔術であると言うのであれば、もう一度、貴方が同じことを行っている間、私は周囲を自由に調べても?」
「はぁ……、勝手にしなさい」
彼女が同じことをやるたびに私は近づき、付近を調べようとしたが、その時も不可解なことが起きた。彼女が燃やしているものは近づくと火は即座に消えた。風もない室内で一瞬で消す仕掛けがあるものだろうか?凍らせたものは触れようと手を伸ばすと氷は即座に消えた。しかし、水溜まりや物体が濡れていた形跡がまるで残っていない。切り裂かれた紙は触れてみたが特におかしい様子はなかった。
「貴方こそさっきから何をしているのかしら」
彼女が怪訝な表情をしているのがまるで理解できない。
「ええと、次はもう一度宙に浮いてもらっても?後ろや天井、足元をみたいので」
「……好きにすれば」
そういうと彼女は再び浮いた。
さて、では調べてみよう。
そう思い彼女に近づいた。
「っ!」
バランスを崩したのか急にこちらに倒れてくるエストリー。勿論避けられるわけもなく。そのまま彼女に押しつぶされる形になってしまった。
「……ええと、大丈夫ですか」
「っ!貴方こそさっきからどういうつもりなの?私が行うこと全てかき消して、魔術なんてありませんなんて、ふざけるのも大概にしてくれないかしら……!」
「いや、私は……」
「大丈夫でございますか!?」
ドタドタとした音から、急に開かれた扉に視線を移すと、給仕の数名がこちらを見ている。今の私はというとエストリーに押し倒された状態であるわけで。
「……あまりこういうことはしたくなかったのだけど」
「……?……?」
赤い目を光らせ、給仕の方を見つめた彼女だったが給仕はわけもわからず、たじろいでいる。すると、今度はこちらを見つめ、苛立った表情ではあったが、給仕に聞こえないぐらいの声でこう言った。
「誤解されたくなかったら、話を合わせなさい。それと、後で覚えておきなさい……!」
「……わかりました」
また面倒なことになったな。まあ、押し倒していなかっただけましだが、それでも誤解が生まれるのはよろしくない。
「つまり、偶然の事故でそのような状況になったと?」
「はい」
隣のエストリーがすました顔で答える。
「エストリー、わしは仲良くと申したはずだぞ。本当に仲良くしていたのか」
「エストリーさんとは、……会話していました」
「ほう、娘と会話を、一体どのような話をしていたのかな?」
「ええと、互いの自己紹介ですね」
「本当にそれだけなのか?」
「後は……手品を……っ」
左足のつま先に痛みを感じ、目をやると、エストリーがいい笑顔でつま先に体重をかけ、私のつま先を踏んでいた。
「彼が私の魔術を見たいとおっしゃったのでお見せしていたのです」
リテーリアさんは呆れた様子でこちらを見ているが、まあ魔術っていう方がおかしいと思うのだがなぁ。
「……もうよい。エストリー、我らは1週間ほどアルセド殿の元で世話になることになった」
「感謝します、アルセド殿」
「エストリー君、ゲヘナは初めてだろう?明日は街を見て回ってはどうかね?」
「エストリー、折角だ。ゲヘナを見てくるとよい。賊の件なら、我らで方針の話し合いはついた」
「……承知しました」
私も明日はどうしたものか。
そんなことを考えていたが、エストリーがこちらにやってくる。
「明日、ゲヘナを案内してくれないかしら」
何を言い出すかと思えば……。
「申し訳ないのですが、案内できるほど、詳しくは……」
「ああ、それなら、案内にリテーリア君を付けよう。ソトガミ君も行ってみてはどうかね」
一人になれるかと思ったのだが、そうはいかないらしい。




