14話 辿り着いた国ゲヘナ
「お久しぶりですね?」
「会ったことはないはずだが?」
会ったことはないはずだ。ならば、私はまた幻覚の様なものを見ている?夢だと思っていたこれはその実、起きているのか?
「首飾りを渡した者のことなど、もう忘れてしまわれたのですね?残念です」
「ソトガミさん、覚えなくていいんです」
「立場は私が上ですからね?」
「そうなのか」
「知りませんっ!」
怒らせてしまったようだ。まあいい。
「あのフードの人物は男性の声だったはずだが、それに背丈も違うと思うのだが」
「なら、こちらの姿に戻すとしましょう。外神様、これで納得していただけましたか?」
目の前には確かに首飾りを渡しに来たフードの男がいた。
姿を自在に変えられるということだろうか いや、それよりは幻覚作用があるものを盛られたということを疑った方がいいだろう。しかし、それでは今までのこれは夢でないことになってしまう。
ならば、やはり夢と考えよう。そして、目の前のこいつは姿を自在に変えられるのだ。
「フードぐらい外せ」
「その様に言われては仕方ありませんね、ではこの様に」
フードから現れたのはやはりというか白い髪、見た目から察するに年齢は私と同じぐらいだろうか。
「お前は見た目を自由に変えられるという認識は間違いないな?」
「さて、それはどうでしょう」
「そのぐらい答えろ」
「残念ながら違います。私は存在そのものになっているのですから」
はぐらかした割にやけに素直に答えたな。まあ、本来なら疑うところだが、夢である以上その通りに受け取っておこう。
「どちらでもいいが、私の前にいるときは今の姿でいてくれ」
「……かしこまりました」
何故か、フィオナ擬きが噴出したのだが……。
「あっははははっ!その命令は流石にずるいですっあはっ!あはははははははっ!」
「うるさいですね」
「私になれます?なってみてくださいよ、あはっ!」
「外神様、少し失礼」
消えた。擬きもか。
「戻りました」
早いな。擬きは先程までの態度と変わり、体育座りで何やらブツブツ言いながら、不満そうな顔をしている。まあ、放っておいても問題ないだろう。
「結局のところ私はいつになったら、目覚めることができるのだろうな」
「さて、ではそろそろ予定がありますのでこれで失礼します」
「いや、おま……消えたか」
「ソトガミさんがそんなこと言いだすからですよ~だ」
何があったのかはわからないが不服そうにこちらを見ないでほしい。
「結局、連絡手段もわからないままどっか行ったぞ、あいつ」
「また呼べばいいじゃないですか。暫くは来てくれないでしょうけど」
「また呼べって……、名前でも呼んだら来てくれるのか?」
「名前何てありませんよ」
はい?
「じゃあ、お前はなんて呼んでいるんだ」
「生ごみです」
真顔でそんなこと言われてもな……。フィオナのそんな表情見たくなかったし、余程嫌いなんだな。
「お前の罵倒はともかく、名前あるだろう」
「ありませんよ」
「なら、生ごみ以外、何て呼ばれている」
「ありませんよ」
……本当に生ごみとしか呼ばれていないのだろうか?
そう思った刹那、フィオナ擬きの頭上からよくわからない粘液が降ってきた。
「うわっ何ですかこれ」
よくわからないが、距離を保っておこう。いや待て、こっちに来るな。
「何で離れるんですかっ!」
「よくわからないが、その粘液に触れたくない」
「私だけなんて、納得いきませんっ!」
「いや、よくわからないが、お前が悪いと思う」
「っ!そうだ、ソトガミさん、今度あい」
何かを言いかけたが急に両手で自分の口を抑えた。
「~~~~~~~っっ!!!」
今度は思いっきり、地団駄を踏んでいる。
こいつは何をしたいのだろうか……。
~ゲヘナにて
そろそろ自身の正気を疑った方がいいのかもしれない。ここに辿り着くまでに隙を見つけては色々聞いたり、見たりはしていたが、こちらが求めていた情報は一切、手に入らなかった。
国ではなく、宗教においてもだ。信仰の有無にかかわらず、彼らの名を一人としてわからない人物がこんなにも大勢いるものだろうか。恐らくだがここには私が知る限りの信仰はなく、曲がりなりにも航空技術や衛星の技術が発達したと考えられる現代において、このような土地が誰にも見つかることなく、隠し続けられるとも思えない。仮に今まで出会ってきた人物すべてが私を騙しているとしても、私にその様なことをする必要性が考えられない。
……現実から目を背けていたのかもしれない。私の記憶が正常でないとしても、正気を保てていると。
だが、もし私の正気がすでにないのならば、ここは病院で、私は今まさに治療を受けるために立っているのではないか?
いや、それならば今までの会話はなんだ。私が発したと思っていた言葉は実は意味不明な言葉の羅列になり、彼らが発した言葉は正常に認識できないのだというのだろうか?それならば、どうしようもない。おとなしく身を委ね、治療に専念するしかないのかもしれない。……だが、もしも私が正気を保っているのならば、異常なのはここにいるすべての人と場所だ。もし、ここが私のいた世界、もしくは地球でないならば。
「着いたぞ、ここがアルセド様の城だ」
「ソトガミさん!見てください!お城ですよ、お城!……ソトガミさん?」
「ああ…、いや、確かに立派ですね」
「ソトガミ、フィオナ嬢と少し待っていてくれるか?貴公らの部屋の用意をするのでな」
「ああ、はい、ありがとうございます」
さて、二人きりになったが、どうしたものか。冷静に考えるとやはり白い髪をした人物がこうも多いと、アルビノで片付けるのも難しくなる。この少女を含め、私が知り得る人類なのだろうか?自身の正気が信用できなくなるというものは少しくるものがあるな。
「ソトガミさん、私、お城を見るの初めてなんです」
「私もこの様な城を見るのは初めてですよ」
「……ソトガミさんは故郷のこと、どう思っていますか」
フィオナさんのことを考えると答えにくい質問が来たな。まあ、無難に答えておこう。
「そうですね、こんなにも長い期間帰ってないのは初めてなので、珍しい経験ですね」
「ソトガミさんはご兄妹はいるのでしょうか?」
「いないですね」
「……故郷に帰りたいと思うことはありますか」
「せめて、連絡を取れればとは思いますね」
「もし、ソトガミさんが帰るときは私も連れて行ってもらえませんか…?」
「可能な限り、力にな…「そこのお嬢さん」」
少し遠くから声が聞こえる。
変わった服装をした中年の男性と若い女性、それに後ろには他にも何人か、女性だけかと思ったが少し男性も混ざっていた。こちらに近づいてきている。
「アルセド殿はいらっしゃるかな?」
「え、あ……えっと……ソトガミさん、この方達は何と……?」
フィオナさんは何て言っているかわからないようだ。さて、どうしたものか。
「仕方あるまい、エストリー頼む」
隣の女性、とてつもなく美人ではあるが、苦手な雰囲気を感じる。服装はやはり珍しい。美人故にお洒落に見えなくもないが。それにしても白髪の女性か、いや少し紫がかっているが。
彼女は頷くと少しフィオナを見つめ、口を開いた。
「私はヴァルスフィアの王にして、貴方の主人アルセド殿の盟友ゴルディアスが娘エストリー。用会って、ゲヘナまで参上したわ。アルセド殿はどちらにいるのかしら?」
「ア、アルセドさんなら先に中に……」
私には何が変わったのか全く分からないのだが、フィオナさんには今ので伝わったらしい。いや、どういうことだ。
「そうか、まだ生きていたようだな」
聞こえているのだが……。まあ、それよりもこの人達が言っていたヴァルスフィアとは?
「失礼ですが、ヴァルスフィアとはどちらの国でしょうか?」
女性はこちらに視線を向け、訝し気に見つめてきた。そしてその顔が嫌悪に満ちたものに変わるのに2秒とかからなかった。
「卑しい分際で我らに話しかけるな。ヴァルスフィアの発音をして、どこの国かとは侮辱してくれるわね、奴隷。お父様、何故、アルセド殿の城にこの様な畜生が」
酷い言われようだな。
「ソトガミさんは畜生なんかじゃありません!」
まあ、今はそんなことはどうでもいいか。
「あなたの奴隷ね。人間に対する態度を教え込まないからこうなるのよ。卑しい分際で人間への礼儀を忘れるとどういうことになるか、きちんと躾けなさい」
そういうと女性は赤い目を鈍く光らせ、私に人差し指を向けてきた。
目が光っている?手品のために壮大な前振り……ではなさそうだしな。
「ええっと……もしかして、何か無くなっているとかですかね」
少し漁っては見るが特にそんなものはない。からかわれたのだろうか?
「何故、苦しんでいない!」
「いや……ええっと……」
大阪とかでは銃で撃ったら、撃たれたフリをするらしいが、私にいきなりそんなものを求められても非常に苦しいのだが……。
「なんかすみません」
「……殺すわ」
そういうと女性は剣を抜いた、いやそれは流石に笑えないのだが。
「やめてください!」
フィオナさんが私の目の前に立ち、手を広げている。
我ながら結構なさけないな。
「あなたを斬りたいわけではないわ。それに奴隷を失いたくないなら、後で何人か買ってあげる。だから、どきなさい」
「もう少し、落ち着いて会話をしたいのですが」
「貴様……!」
ああ、火に油を注いでしまったらしい。うーむ、難しいな。
「あと、私は奴隷ではないのですが」
「生まれに関わらず、黒を刻むものは死か奴隷のどちらかだということすら知らないようね」
「この国にその様な法律があるのですか」
「っ!」
女性が舌打ちをする。
いや、ないんかい。まあ、こちらに差別意識があることは分かった。相手にするのも面倒だし、フィオナさんに任せよう。
「機嫌を損ねたのであれば、失礼しました。とりあえず、聞きたいことがあれば、そこのフィオナさんにでも「黙りなさい!」」
はぁ……、何故、この手の輩はこうも面倒なのだろうか。
「わしはそこの男と話したくなった」
今度は中年の男性が話してかけてきた。
フィオナさんに聞いてほしいのだが。
「まずは非礼を詫びよう」
「お父様、何故、奴隷なぞに謝るのですか!」
「エストリーわからぬか。こやつはお前の力をかき消したのだぞ。優秀であるお前の力をだ。奴隷がその様な力を持っていると思うか?優秀な術師が擬態しているとは考えぬのか。そうでないにせよ、お前もアルセド殿が奴隷を認めていないのは知っているだろう。ここにいる間はそれに従うのだ」
……こっちはこっちで何を言っているのだろうか。とりあえず、アルセドさんやリテーリアさん辺りとは仲良くできそう人種か。
「ソトガミさん……!ひっぐ……」
怖かったのか、フィオナさんがこちらに抱き着き、泣いている。
まあ、あの剣幕は確かにな。少女に無理をさせてしまった。
「何の騒ぎだ!」
リテーリアさんが駆けつけてきた。
「……ヴァルスフィア様、何故こちらに?それと、これはどういったことでしょうか」
「いや、わしと娘エストリーがそこの術師の擬態に気が付けなくてな」
「……非礼は詫びるわ。でもそんな姿に擬態するのはやめて。それに関してはこちらに落ち度はないわ」
「失礼ですが、貴方様は……」
「我が娘エストリーだ。アルセド殿に紹介したく、連れてきた」
「……なるほど。それでどういったご用件でしょうか」
「あのいかれた連中の対策について、直接話したいことが出来たのでな。アルセド殿に会いに来たのだ。アルセド殿の体調はいかがかな」
「……病み上がりのため、まだ少しお疲れの様です。会談の件、伺ってまいります。しばし、お待ちを」
「そうか。返答が来ないため、何か大事があったのではないかと、心配したぞ。此度は、我が国で有名な治癒師を連れてきておるのだ。見させようではないか」
「お気遣い痛み入ります。ですが、我が国にも名医はおります。ご安心ください」
「アルセド殿は何故、魔術を用いたがらないのかわからぬな。わざわざ時間をかけて、治す必要などないではないか」
「それは……」
「よい、アルセド殿の考えにとやかく言いに来たのではない。さあ、向かってくれ」
「わかりました」
そう言うと、リテーリアさんはこちらをちらっと見て、少し眉を動かした。
「ああ、そこの若造は置いていってくれ。興味が湧いた。お主が戻ってくるまで話したい」
「……では、そうしましょう。ゴルディアス様は主君アルセド様の盟友だ。くれぐれも失礼のないように頼む」
リテーリアさんは私に向かい、そういうのだった。
「わかりました」
正直、あのエストリーとかいう女性とは苦手なので一人でいたいのだが。
「それと……」
リテーリアさんが近づいてくる。
「どうしました?」
「……そこのフィオナ嬢も何とかしてやれ」
「あぁ……わかりました」
と言っても、本人が落ち着くまで待つぐらいしか思い浮かばない。まあ、見られている中、このまま放っておくのも気まずい。
「フィオナさん、ありがとうございました」
「ソトガミさん……私、役に立ちましたか?」
何て、答えたらいいのだ……。まあ、確かに彼女がかばってくれなければ、あのまま斬られていた可能性もあるし、助けられたと言えるだろう。
「おかげさまで助かりました」
「フィオナと言ったかしら。男に泣きついている様では情けないわね」
「エルトリーさん、誰であれ、目の前で剣を抜かれれば、驚くものかと思いますが」
「その割には反応が薄かったわね?」
「本当に斬るとは考えていませんでしたからね」
「私は斬るつもりだったのだけど」
そういえば、おかしい人だった。
「フィオナとか申したか、すまなかったな」
少しの間、沈黙が訪れる。
「……父がすまないと」
「……大丈夫です」
ああ、何言っているのか、こちらに言っているのかわからなかったのか。
「失礼ですが、改めて、貴方方はどちら様でしょうか?」
「ヴァルスフィア領主のゴルディアス・ヴァルスフィアである。ヴァルスフィアはゲヘナと隣国なのだがな。まあ、よい、隣は娘のエストリ―だ」
念押しのように強調されても地名にはまるでピンと来ない。
「其方の名はソトガミだな」
「ああ、すみません。私は外神和平と申します。それとこちらは……」
「……フィオナ・バウムシュタムです」
先ほどと違って大分落ち着いたと見える。
「フィオナさん、助けてもらったのはありがたいのですが、こうもくっつかれると」
「……わかりました。離れます」
案外すんなり従ってくれた。まあ、流石に周囲の目がな。
「男の癖にそのぐらいの甲斐性もないのね」
「こういうのは中々慣れていないものですので」
「ソトガミ殿は本当にヴァルスフィアにいたことはないのか?我らに馴染みのある発音だが」
「お父様、恐らくですが、私と似たようなものを使っているのかも知れません」
「ああ、そうか。それならば、アルセド殿に仕えてどのくらいになる?」
「いえ、仕えているというわけでは……」
「つまり客人であると?」
「え、ああまあそうですね。お世話になっています」
「フィオナ殿はどうかな?教えてくれぬか」
「……貴女も客人なのかしら」
「私もソトガミさんと同じです」
「二人はどういった関係かな?」
「貴女と隣の男とどういった関係なの」
関係と言われてもな。何て言ったらいいものか。
「……えっと、あの……婚約者です」
はい?……いや待て待て待て。
「いや、フィオナさん、急にどうしたんですか」
「私、何かおかしいこと言いましたか?」
からかわれているのだろうか。
「婚約者というのは一体どこでそうなったのかと…」
「えっ!?村から出る前に約束してくれたじゃないですか!」
村……約束……?
(……だから!……あの!これからも……私と一緒に!居て……!くれませんか……?)
あれ、そういう意味だったのか……!?いや、流石に飛躍し過ぎでは……。
「ええっと、単純に旅が終わっても交友関係を結びたいということかと……」
フィオナさんが固まっている。
「思いっきり誤解していたと言いますか……。何というか申し訳ないと言いますか」
「あ……はは……私てっきり……」
フィオナさんはぽろぽろと涙を流しているがいやぁ、この空気どうしたものか。
「貴方は一回死ぬべきだわ」
「それに婚約などを考えるにはお互い若すぎるので……は……」
最後まで言い終わる前に、エストリーとかいう人に剣を向けられる。
「今の侮辱、ここで殺すには十分なのだけれど」
剣先が首に当たっている。
「やめてください!」
フィオナさんがエストリーに抱き着いた。
「ソトガミさんがいないと私……、嫌です!」
「何故、この男をかばうのか全く分からないのだけど。こんなごみ、早く見切りをつけて、もっといいのを探した方がいいと思うわ」
「ソトガミさんはゴミなんかじゃありませんっ!私、確かに悲しいですけど、それでもソトガミさんは優しいんです。傍にいないとダメなんです……。だからっ、殺さないでくださいっ!」
エストリーは大きなため息をつくと、剣を収めた。こちらを侮蔑の目で軽く睨んだあと、こう続けた。
「貴方がどうとかまるで興味ないのだけど、私こういうのは嫌いなの。次、彼女を泣かせているのを見かけたら、その時はすぐに殺してあげるわ」
ゴルディアスとかいう人は呆れ、取り巻きはこちらに対する嫌悪、侮蔑、非難、僅かばかりの同情、様々な反応をしている。
「聞いているのかしら……?」
圧があるな。
「気を付けます……」
どうしてこうなった。




