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白痴の黒  作者: 忌神外
13/53

13話 顔の見えない男

「……まあそうか」


 目覚めるたび、そこが自室でないことにも慣れてきてしまった。……ないか。久しぶりに見たとはいえ、夢は夢。真に受ける方がおかしいのだ。


 さて、今は何時……いや、スマートフォンの充電はとっくに切れていたのだったな。


 窓を開けると、まだ薄っすら暗い。


 しかし、変な時間に目が覚めてしまった。二度寝しようにも眠気はない。仕方ない、部屋から出るとしよう。


 私は簡単に身なりを整え、部屋を出る準備をする。


「ああ、起きたのかね」


 部屋を出ると、アルセドさんから、声をかけられる。


「おはようございます、相変わらずお早いですね」


「わしは寝るのが早い、それだけだよ、ソトガミ君。まだ寝ててよいのだよ。夜明けにはまだあるのだから。それに今日はゆっくり出発しようと思うのだよ」


「そうなのですか。それにしてもアルセドさんは元気ですね。見習いたいものです」


「そんなことはないとも。老体は無理がきかないものだよ」


「ですが、同年代の方々と比べるとかなり元気なのではないかと」


「いいかい、ソトガミ君、君ぐらいの頃にしっかりと体を作っておくことだよ。わしがまだ動けるのもそれがあったからさ」


「なるほど。普段運動不足なものでしたので、今回の旅はいい運動になっていますよ」


 おっと、今の発言は嫌みと捉えられないだろうか。そういう意図はなかったのだが。


「ああ、そういえば、私は少し外で軽く散歩でもしてこようと思います。目が覚めてしまったものでして」


「そういう時もあるだろう。あまり遠出せず、戻ってきたらしっかりと休みなさい。若い身には感じにくいものだが、旅の疲れというのはしっかり体に残っているものだからね」


「確かにそうかもしれません。わかりました」


「では気を付けて行ってきなさい」


「はい、それでは行ってきます」


 さて、夜明け前だけあって、少しひんやりしているな。


 昨日、文字の講師を変わると聞いたフィオナさんが涙目で自分を捨てないかと確認してきたのを宥めるのは少し大変だった。


 結果としては、一緒にリテーリアさんからゲヘナの文字を学ぶことで落ち着いた。あんなことがあっただけに不安定なのだろう。仕方ないか。


 まあ、今は何も考えず、そこら辺でも散歩することにしよう。気分転換は大事だ。


 私は気の赴くままに足を進めた。


「しかし、まあ、ここはどこだ」


 時には意味もない呟きをしながら、歩いていく。ふと、耳にそれまでとは違う音が入ってきた。


「水の音……どこからだろうか」


 あまり離れるのも良くないがまあこのぐらいであれば、いいだろう。


 私は耳を傾け、音の方向に進んでいく。次第に音は近くなり、遂に音の正体が見えた。


「泉か……」


 見た目からはかなり澄んでいるように見える、まあ飲もうとは思わないが。少し、この音を楽しんでいくのもいいだろう。


 私は近くまで行くと、泉に右手を入れる。


 うん、冷たいな。


 そう思いながら、泉から手をあげ、何度か手を開閉し、水を払った。


 さて、そろそろ戻るとしよう。


「っ!?」


 急に人がいるものだから驚いた。ローブを着ており、顔はフードで隠れてよく見えない。しまった賊か何かだろうか。


「……外神和平様」


 男の声が聞こえる。何故、私の名前を?もしかしたら、知り合いなのか?様と呼ばれるような関係を持った覚えはないのだが。


「フードで顔が見えないのですが、どなたですか?」


「お気になさらず、私とは初対面ですので」


「ならば、何故私の名前を?」


「……わがままな従妹に届け物を頼まれていましてね。あなたにこれを」


 男はそういうと私にその届け物が入っているであろう箱を渡してきた。


「これは一体?」


「……開ければわかりますよ。ですが、今のままでいたいのなら、余り、興味は持たぬことです。混沌には目を背けるのが大切なことなのですから……。また、ご縁があれば……その時は語らうとしましょう」


 そういうと、男は目の前で消え去った。


 待て、どういうことだ。


 急いで男のいた場所に手をやるが何もない。辺りを見回すが誰も何も見つからなかった。 


 どういうことだ。あれはなんだ。どうやった?いや、ここで慌てても探しても戻れなくなるかもしれない。諦めよう。それにしても、名前ぐらい名乗っても良かったと思うのだが。送り主の名前も聞けなかった。


 私は渡された箱に目を落とした。箱は手のひらに収まる小さなものだ。木製を思わせるような手触りであるものの、鈍く怪しい光沢を放っていた。箱を開けるか開けないか数分考えたが、意を決し、開けてみることにした。


 箱を開けると、中には奇妙な輝きを放つものがあった。手を取ってみるとどうやら首飾りのようだ。輝きを放つ謎の鉱石は勾玉に近い形をしており、赤黒く、どこか揺らめいているように見えた。それは簡素な一本の紐が通っており、引っ張っても千切れない。丈夫ではあるようだ。


 しかし、何故これが?あれは夢だったはずだ。この様な偶然があるというのだろうか。何故、あの少女が言っていたものが今、私の手元にあるというのだ。


 私は試しに首飾りを付けてみることにした。紐の長さは比較的ゆとりがあり、伸縮するので簡単につけることができた。ちょうど胴体の真ん中あたりに鉱石が来ている。それは初めてつけるもののどこかしっくりくる。


 だが、いきなりこんなものを付けて帰ったら、面倒なことになるだろう。それにこれはもしかしたら、高値で売れるかもしれない。そうすれば、この現状を何とか出来るかもしれない。


 私は首飾りを箱に戻し、ポケットに忍ばせた。


 宿に戻る頃には夜が明けていた。扉を開けると、アルセドさんの他に宿屋の主人とリテーリアさんがいる。


「戻ったか、遅かったのでアルセド様が心配していたぞ」


「途中、泉を見つけたものでして、そこでゆっくりしていたらこんな時間に」


「無事に帰って来たのだ。それで十分だよ。わしらは朝食を取っているが、ソトガミ君はどうするかね?」


「朝食ですか、私はもう少し後でフィオナさんと一緒にいただこうと思います。散歩していたら、また眠くなってしまったものでして」


「貴公、散歩などせず、しっかりと休むべきだと私は思うが?」


「すみません、次から気を付けます……」


「起こしに行く。ちゃんと休んでくれ」


「はい、ありがとうございます」


 ふと、リテーリアさんの後ろにいる宿屋の主人がこちらをいぶかし気に見ていることに気が付いた。こちらが見返すとすぐにそっぽを向き、ぶっきらぼうな様子で何かの作業を始めた。


 まあいい、部屋に戻るとしよう。首飾りは……今はいいか。



「……泉なんて、この近くには一つもありませんで」


 ソトガミが部屋に戻るのを見たどけた後、宿の主人がそう言った。


「主人、彼が嘘を言っていたと……?」


 私がそういうと、主人は一層顔をしかめ、こう続けた。


「そりゃ、昔なら、泉の一つや二つありましたよ。しかし、10年以上前にどれも枯れてるもんで、宿の隣に井戸があるのが見えたでしょう。あの井戸は地下水を汲んでいるんで。この辺りの水源と言ったら、あれだけです」


「その話に間違いはないのだな?」


「あっしは生まれてから、この地で過ごしているもんで、この辺りのことを知り尽くしていますが、泉が沸いているのは見たことがありませんな」


「きっと寝ぼけて、間違えたのだろう。主人、この話はここだけにしておこう」


「旦那がそうおっしゃるなら、あっしは構いませんがね」


 ソトガミは一体何と見間違えたのか。いや、この話はここで終わりだ。今日は出発も遅い。私も水浴びぐらいはしておこう。



~ヴァルスフィア領


「エストリー、お前は残りなさい」


「お父様、何故ですか?私は次期領主、ならば、共に公務に出てもいいはずです」


「ここ最近の襲撃のことは聞いているだろう。それでなくとも、万が一のことがあったら、どうする。二人とも死んだら、誰が国を率いるというのだ」


「ならば、私一人に行かせてください!」


「エストリー……、お前の母が亡くなって、もう10年になろうとしている。お前に何かあったらどうするのだ。愛した妻に続き、娘のお前まで失ってしまったら……。父は心配なのだ、わかってくれ」


「一体いつまで子供扱いなのですか。私も18、とっくに成人しています。今回こそは私が行きます!」


「……はぁ、わかった、よいだろう」


「認めていただけるのですね?」


「……ただし、条件がある」



「条件……、一体何でしょうか?」


「今回行くのは長くより、同盟関係にあるゲヘナ。その領主、アルセド殿は立派な御仁であるものの、一つ問題がある。何かわかるか?」


「お会いしたことはありませんが、高齢で子もいないと伺っております」


「お前がまだ赤子の頃、こちらに来たことがあってな。お前を抱いてくれた」


「赤子の時のことなんて、覚えているわけがありません」


「それもそうだ。いや、いかぬな、話が逸れた」


「お父様が逸らしたのでしょう」


「まあ、聞きなさい。前々から、隣国の襲撃に対して、ゲヘナから、共に対処しようと書状を寄越されていてな、それについて、わしは賛同する意向だ」


「それならば、返答をしたためた書状を先に送ればよいではないですか」


「こちらから、何度か書状は送ったのだが、毎度はぐらかされて返ってくるのだ」


「話を持ち掛けたのはゲヘナではなかったのですか?」


「もしかしたらと書状の真偽も確認したのだが、それは確かに送ったという……ますますわからぬ。……これはわしの推測だが、アルセド殿が亡くなったかもしれぬ」


「亡くなった?」


「一国の主が亡くなれば、本来、すぐに広まる。お前は生まれていないから知らぬと思うが、ツァバートの王が亡くなった時は遠方の我が国にもすぐ噂が届いた。後を継いだ者の名もな。しかし、今のゲヘナは仮に主が亡くなったとしても後継者がおらぬ。つまりどういうことかわかるか?」


「後継者を巡って、争いが起きるか、好機と見た他の国が攻め込むということでしょうか」


「どちらとも起きる。アルセド殿という容器を失ったゲヘナは人も土地もすべて、他の国に流れるだろう。そこでだ、今回の公務、表向きは件のことでゲヘナに直接賛同の返答をすることだが、もう一つはアルセド殿の生死を確認することにある。流石のゲヘナもわしが出向いたとあってはアルセド殿を出すしかなくなる。もし、アルセド殿が生きていたら、そのまま帰ればよい」


「亡くなっていたらどうなさるのですか」


「帰って、戦支度だな」


「同盟国を攻めるというのですか?」


「……先ほども言ったであろう。こちらが手を出さなくても、他は攻め込むのだ、その前に勝手に分裂して、大国に取り入ることも考えられる。それならば、少しでも早く手を打ち、領土を増やすべきであろう」


「ですが、それは、あまりにも……」


「これが後の存亡を分けるのだ。わしもアルセド殿には世話になった。心苦しいところもある。しかしな、私情を切り捨てなければならない時もあるのだ。お前もよく理解しなさい」


「……承知しました」


「さて、言っていなかったな。お前にはついてきてもらうに辺り、やってもらいたいことがある。もし、アルセド殿に男の後継者がいた場合だ。その時、お前はそやつと婚約せよ」


「嫌です」


「まあ、聞きなさい。男であった場合だ。婚約しても、実際に結婚するかは後々決めればよい」


「何故、婚約する必要があるのですか」


「婚約すれば、事実上ゲヘナと我が国はこれまで以上の盟約を結ぶということだ。しかしだ、アルセド殿以外にあの国がまとまるとは思えん。アルセド殿が存命ならば、少しずつ後継者として、認めさせられただろうが。ぽっと出の者についていく者はいないだろうな。ならば、他の連中が群がる前に我らが治めればよいのだ。共同統治国という大義名分もある。他の国になぞ、介入はさせん。エストリー、やり遂げる覚悟があるのならば、同行を認めよう。どうする?」


「……お父様はこれが最善だと考えるのですか」


「アルセド殿には恩がある。それはわしもわかっている。だが、それで国の大事誤るわけにはいかないのだ」


「……わかりました。お父様に従います」


「よく言ってくれたぞ、我が娘よ。安心せよ、お主が領主になるまでに父がこの国を強くして見せるぞ」


「はい……」


~宿を発ち、2週間後


「ソトガミさん、いい加減殺さないと女神様が怒ると思いますよ?」


「その前に何で毎回、お前を食べさせられなければならないのか。ご飯だとかパンだとかましな食事を取らせてほしいのだが」


「私、栄養満点なんですからね?それに食べないとどっか消えちゃうじゃないですか」


「消える?どこに?」


「私が聞きたいですよっ!」


 ここ2週間、確かにこの首飾りを付けて寝ることでこの夢を見るようにはなった。しかし、夢を見るたびにこのフィオナ擬きを食べることを半ば強要されている。理由はよくわからないが、フィオナ擬きの紅潮した顔を見ると、あまり考えたくもない。


「そういえば、首飾りが送れるならお前も来れるんじゃないか?」


「……はい?」


「だから、お前が来て、殺せばいいんじゃないか?」


「……行けません」


「はあ?あのフードの男にでも送ってもらえばいいんじゃないのか?」


「嫌ですよ。今回だって仕方なく頼んだんですから」


「お前、従妹だって言われていたが、頼めば快く引き受けてくれるんじゃないか?」


「もう財布はすっからかんですし、あんな性格最悪の生ゴミに借りを作るぐらいなら死んだ方がましです」


 えらい言われようだが、そんなやつなのか?いや正直目の前のこいつも大概だが。


「何か払えば引き受けてくれるのか?」


「気まぐれで要求が変わるのでわかりませんっ」


「お前の時は何だったんだ?」


「んー、手持ちの491人でしたね」


「……491人の何を払った?」


「お肉です」


「…………」


 ……まあ、よろしくはないが、夢である以上どうでもいいか。


「少なくとも頼むのが難しそうなのはわかった。一応、連絡先ぐらい教えてくれないか?」


「そういうことであれば、叶えるのがこの私」


 目の前にフィオナ……いや、フィオナ擬きが二人いる。片方のフィオナ擬きはため息をついている。


「もしかして、片方は首飾りを届けたやつか?」


「そうですよ……はぁ……ソトガミさんがあんなこと言うから……」


 片方はにやにやしており、もう片方はむすっとした顔でブツブツ言っている。


「えらい不満そうだな」


「それは不満ですとも。何せ、私さえいれば、このちんちくりんな従妹は不要ですからね」


 フィオナがフィオナを殴ろうとして、それをフィオナが難なく躱した。


「見た目はお前も同じだと思うのだが」


「見た目ですか、ならば、こちらにしましょうか」


 そういうと、少女は瞬く間にその姿を変えた。


 だが、それは……。


「お久しぶりですね?」


 出会ったことがないはずのあの修道女だった。


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