12話 現実であり、夢
「今日はこのぐらいにしましょう。ソトガミさんすごいです!もう簡単な文章なら書けるようになりました!」
今、私はとある宿の一室におり、隣のフィオナさんに文字を教わっている。もしかしたら、文字でなら、この状況のことを正確に伝えられるかもしれないと思い彼女に頼んだのだ。といってもまだ本当に簡単な文章しか作れないのだが。
「いえいえ、フィオナさんが教えてくれたおかげですよ。本当に助かっています」
「えへへ」
はにかんでいる少女を見つつ、ふと考える。
一週間が過ぎた。毎日かなりの距離を移動していると思うのだが、日本大使館はいまだに見つからず、それどころか、電話も電車も飛行機も、電化製品すら見ない。頼みのスマートフォンも直す手段が見つからず、諦めて、ポケットにしまっている。
ここがどこだかもわからず、連絡手段を探すのも困難だ。どうしたものだろうか。
「ソトガミさん?そんなに考え込んでどうしたんですか」
「ああ、いえ、何でもありませんよ。道中を思い出していたものでして。この宿を見つけられなかったら、野宿になるところでしたね」
「ふふ、そうですね。星は綺麗ですけど、背中は痛いですから」
実際、ベッドは柔らかいに越したことはないので助かる。
「あ、ソトガミさん聞いてください。私、ご馳走の夢を見たら今度こそ食べるんです!」
「そういえば、昨日は食べる直前にリテーリアさんに起こされたと言っていましたね。あんなに悔しがっていたフィオナさん初めて見ました」
「だって、色々あって、どれを最初に食べようか悩んでたんです。ようやく、口に運ぼうとしたら……私、今度は真っ先に食べます!」
リテーリアさんがかなり困惑していたのを覚えている。夕飯に彼女にそれとなく、一品譲っていたのはそれのことだろう。
「ソトガミさんは今夜どんな夢を見る予定ですか?」
予定も何も夢は選べないと思うのだが。しかし夢か……。あれから、夢らしきものは何も見ていない。もしかしたら、記憶に残っていないだけかもしれないが。しかし、正直にそんなことを話しても何とも言えぬ空気になるだけだろう。そうだな……。
「そうですね、私もご馳走の夢がいいかもしれません」
「ソトガミさんもですか?なら一緒に食べましょう。きっと楽しいです」
「ははは……そうですね」
よくわからない会話をしているがまあいいだろう。
「そろそろ部屋に戻ろうと思います。遅くまで付き合わせてしまい申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。明日も頑張って覚えましょうね」
「はい、ありがとうございます」
部屋を出ると、一人の女性が目に映る。リテーリアさんは私が教わっている間、酒を飲んでいたようだ。
「終わりました」
「貴公、熱心に学ぶのはよいが、明日に響かない程度にしといた方がいいと思うぞ」
「確かにそうですね」
「それにフィオナ嬢は貴公より疲労がたまりやすい。できる限り、休ませた方がいい」
まあ、確かにそうだ。私もかなり疲労感は溜まっている。フィオナさんがそれより疲れているのは言うまでもないか。申し訳ないことをしていたな。
「確かにその通りですね、考えが行き届いていませんでした」
「そこまで文字を学びたいのであれば、私が教えてもよいが?」
「いいのですか?」
「貴公よりは体力がある。フィオナ嬢より、適任だろう。それに読み書きが必要になるのは確かだ。だが、貴公には先にゲヘナの文字を身に着けてもらわなければならない。一国の後継者が自国の文字も書けなくては笑いものになってしまうからな」
一国の後継者とか言われても正直、それはいつまで続くのか。彼女が正気ではないのは疑いようがないが。私は果たして、どこに連れていかれるのだろうか。だが、今の私には他に手段もないのだ。従順に振舞うしかないだろう。
「そうですか。それは、願ってもないことです。是非お願いします」
「では、明日から私が教えよう。フィオナ嬢には私が言っておく」
「すみません、ありがとうございます」
「私は部屋に戻る。貴公も早めに休むがいい」
彼女はそういうと席を立ち、部屋に戻っていった。
……私もそろそろ寝よう。
「…ガミさん…ソトガミさん…」
何だろうか、先程から体を揺すられている。
もう朝だろうか。
「ソトガミさん、夢ですよー。起きてくださーい」
ん?今何て言ったんだ。いや、とりあえず、起きよう。
「……は?」
「あ、ソトガミさん起きました」
「……………」
「ソトガミさんー?早く起きてください」
「ああ、夢を見たのか」
「夢って言ったじゃないですか」
「いやまさか夢の中で起こされるとは……」
ろくでもない。そういえば、前回、このフィオナは……。
「女の子の脳は食べても新しいのが生えてくるんですよ」
いや、何を言っているのか全然わからないのだが。
「ふふ、美味しかったです…「いや全く」」
「ひどいです!」
当たり前だろう。久しぶりに夢を見たらこれか。
「そういえば、ここは……」
「ああ、ここですか?よくぞ聞いてくれました!ここ、私のお部屋です!」
フンスとしているフィオナはともかく、確かによく見ると、ベッドだったり、机だったり、生活空間のようだ。やけに赤かったり、生ものっぽかったりするが。
「ソトガミさんのおかげです」
「私の……?」
「ほら、私にくれたじゃないですか」
いや何を。全く記憶にない。
「そうか」
まあ別にいいか。とりあえず、時間潰しに何か聞いておこう。
「そういえば、久しぶりに夢を見たな。どうしてこの一週間見なかったんだろうな」
「ソトガミさん…そんなに私と会いた…「いや全く」」
「ひどいです!私泣きますよっ!」
「はいはい、申し訳ない申し訳ない」
「ソトガミさん、私の扱い雑になってませんか?」
「…………」
「否定してください!!はぁ……いいです、どうせ私は都合のいい少女ですから」
「それで何かわかるだろうか」
「うーん、私、ソトガミさんに居候させてもらっているのでこんなこと言うのもなんですが、ソトガミさんがあまりにお仕事サボっているので私が代わりにお説教といったところでしょうか」
「仕事?私のやるべきことは日本に帰る、もしくは日本で目覚めることだぞ」
「はぁ……ソトガミさん、まだそんなこと思っているんですか?日本なんて忘れましょうよ」
「いや、忘れろと言われてもな……」
「きっと長い夢でも見ていたんじゃないですか?」
「何を言っているのか全くわからない。なら、今私が見ているこの夢はなんだ。フィオナさんやアルセドさん、リテーリアさんがいるあれも夢ではないのか?」
「ソトガミさんはそれを知ってどうするんですか?」
「どうするも何も……いや、まあいい。それより、私が一体何の仕事をさぼったというんだろうか。全く記憶にないのだが」
「女神様と契約したじゃないですか」
女神?そんなファンタジーワードの人とお近づきになった記憶は……あー……いや、でももうほとんど覚えてないのだが。
「『女神』が登場する夢なら、昔見たような……」
「もしかして、覚えてないんですか?」
一週間以上前の夢の内容を詳しく記憶している方がまれだと思うのだが。
「よくわからないが、一応知っているなら教えてもらえるとありがたい」
「ソトガミさん、お部屋くれたので、黙ってますけど、女神様が知ったら、多分物凄く怒ると思いますよ?」
あれからその女神の夢は見てないのだから忘れもする。
「ソトガミさん、あれから殺してますか?」
「誰も殺してないが」
「え……なんでですか」
なんでって、そりゃ駄目だろう。
法律に引っかかるし。一応、倫理的な問題もある。
「そもそも殺す理由がない」
「ならソトガミさんが送ってきた、『あれ』はきまぐれなんですね」
「いや、だれも送っていないが」
「え、だって殺してますよね?」
「そもそも送ったあれとは何のことを言っているのだろうか。全く記憶にないのだが」
「……うーん、ソトガミさんとりあえず、私についてきてください」
部屋のドアが開かれ、猟奇的な空間がこちらを待っている。
まあ、諦めて、ついていくとしよう。
「そういえば、ここはやけに一面にくにくしいというか、控え目にいって居心地最悪なのだが、もう少し良い夢にしようという配慮はないのだろうか」
「可愛い女の子がいるじゃないですか」
「どこに」
「ここに」
「どこに」
「答えたのに何でもう一回聞くんですか」
「それにしても明晰夢とはどういう現象なんだろうな、フィオナ擬き」
「擬きじゃないです」
「ここまでぺらぺらと会話してると現実のように錯覚するから困る」
「確かに夢ですけど、現実ですよ、現実であり、夢なんです」
「意味がわからないのだが」
私が言うと、フィオナは立ち止まり、こちらを向き、こう言った。
「ソトガミさんが日本で過ごした日々だって、今と変わらないじゃないですか。ソトガミさんの意識が向いていれば、そこが夢であり、現実であり、世界なんです」
「なんだそのフィクションの一節の様な説明は」
「ソトガミさん、疑うばかりで信じてくれないです」
「当たり前だろう。ツァバートやエルゲドゥラー、ゲヘナ何て国は存在しない」
「はぁ……、まあいいです」
彼女は少し拗ねた様子でそう言った。
「でもソトガミさんは何もかも忘れてここにいるんですからね?」
忘れている?何を?まあ、一か月前の夕飯とかそういうレベルなら曖昧だが。
「フィオナ達に基準を置くなら、確かにあそこで目覚めるまでの経緯は覚えていないが」
「ソトガミさんが殺せば殺すほど思い出すかも知れませんよ」
「また、それか。私は殺してないし、理由なく殺す気もない」
「ソトガミさんが女神様を見捨てるなら、それもいいんじゃないですか?」
「何の話だ?」
「ふふ、まだ内緒です。さあ、行きましょう~ご馳走が待ってますよ」
もう5分は歩いただろうか。顔のない連中がうろついているが無視して歩き続けている。向こうもこちらに反応する様子はない。
「フィオナ、こいつらはなんだ」
「人ですよ」
「あれは化け物だと思うのだが?」
「何でですか?」
「顔がないから」
「そうですけど、人ですよ」
「それより彼女の元まで私はあとどのくらい歩けばいいのだろうか。夢のなのだから、一瞬で移動できてもいいと思うのだが」
「無理ですよ、私はともかくソトガミさんにそんなことできません。でも、もうそんなにかからないです」
「ならいい」
居心地はよろしくないが、色々と気になる場所ではある。現実であれば、長居はしたくないが。
「着きましたよ」
視界に一体、地面に倒れている。
「この倒れているのがどうした。こいつは他の顔なしと違うのか?」
「それはソトガミさんが確かめてください」
一番嫌な役を押し付けてきたな。まあいいが。
「何だこの失敗した福笑いのような顔は」
「変異してますからね、こんなものです」
つまり、それより前は普通の顔だったということか?まあ、顔見てもわからんし、服を見るしかないか。
「んー、そういえば、家に侵入して来たやつがこんな服だったな」
「やっぱりソトガミさんじゃないですか」
「いや、私は殺してないぞ。勝手に死んでただけだ」
「ソトガミさんが殺さないと、こちらに来れません」
いやだから殺してない。しかしなぁ。
「フィオナ、とりあえず、この女性と同じ衣服のやつがいたのは知っている。だが、家に侵入したのは二人だ。一人はリテーリアという女性が殺し、もう一人は目が覚めたら死んでいた。それだけだ」
「じゃあ、こうしましょう。次、ソトガミさんが殺したら、変異する前に合わせてあげます」
「殺すことはないと言っておく」
「大丈夫ですよ、ソトガミさんやればできるって私応援してますから」
夢だけど、幇助でこいつを訴えられないだろうか。
「はあ、そういえば、私はいつ起きる?」
「起きたいんですか?」
「日本でな」
「それは無理です」
なら、あそこになるのか。いや、あそこがよくわからないがまあ、いい加減こっちを解決しよう。でたらめかどうかはそれで判断できる。
「フィオナ、聞きたいことがある」
「何ですか?」
「私は一週間夢らしき夢を見なかった。そして、今回はこれだ。しかし、聞いた限り、お説教のために私をここに呼んだ、そうだな?」
「そうですよ、でも私は優しいのでこうして慰めてあげてます」
「君は現実というが、私は正直、この夢がでたらめと思ってならない。なのでだ、そちらの都合で呼ぶのは好きにすればいい。だが、こちらからもこの夢を見れる方法があってもいいはずだ。寝る直前に何らかの方法を取ることでこの夢を確実に見られるというのなら。そういうことが出来るのなら、この夢を信じよう」
「何だ、簡単ですよ。寝る前にフィオナ愛してるって言いながら寝るんです…冗談ですよ、そんな睨まないでください。それならこういうのはどうですか?」
そう言うと、フィオナは私に近づき、耳元で囁いた。その囁きを聞き終わったとき、私の視界は揺れ、黒で染まった……。




