見守る人
何も浮かばない。
机の前に座り続け執筆する際に飲むことが癖となってしまったコーヒーを飲んでも、何も浮かばなかった。
どうすれば面白い文になるか、どうすれば人に見られる作品になるか、どうすれば綺麗な文章になるか、そんな事ばかりを気にしていたら何も書けなくなった。
万人受けする文章なんてない。
受け取り方は人それぞれで、感じ方も人それぞれ。
そんな事分かってるのに、欲張ってしまった結果が誰にも見向きされない哀れな作品だ。
昔は無邪気に書いていたはずなのに……自分の思うまま筆を走らせキャラクターを動かして、どんな展開にしようかと考えたりと、作品を誰よりも愛していた筈なのに………欲を欠いてしまったばかりに私は私の愛した作品を汚してしまった。
もう、私は筆を取るべきではないのかもしれない………。
カタカタと暗闇の中キーボードを叩いて文字を打つ1人の女。
厚手のパーカーをパジャマ代わりにしてだらしなく椅子の上で片膝を立てるその姿に彼女の母親がそこにいたら文句を言いそうな位悪い姿勢だが、彼女のPC眼鏡下の目はキラキラと輝いていた。
カタカタカタカタと素早いタイピングで文字を打ち続ける彼女。
執筆の時に飲むのが癖となっているマグカップに入ったコーヒーを飲む彼女は、その創造意欲をPCにぶつけて発散している。
そんな光景を遠いビルの屋上から見つめながら私はあぁ良かった………と安堵の息を漏らした。
何も書けないと俯いて燃え尽きてしまった灰の様な彼女も良かったけれど、楽しそうに文字を打つ彼女を見るのがやはり好きだから、本当に良かったと思う。
今日も今日とて私は軽い引き金を引く事で見知らぬ誰かの命を散らしながら、スナイパーライフルに取り付ける倍率スコープを使って朝日がのぼるまで彼女の事を見守った。
ぽこぽこ。
小気味いいアナウンスが端末から鳴り響き私はそれを見て破顔した。
『編集さんが私の悩みを聞いてくれたお陰でいい作品ができました!メールを送ったので目を通して頂けると嬉しいです!でも、どうして私がスランプだと分かったんですか?超能力?w』
そんな彼女の文面に対して私は『見守ってますからね〜分かって当然ですよ』と返信したのだった。