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私、全てが見えました


 既に目星はついていたのだろう。だが証拠が掴めなかった。その上被害者は一人残らず殺されていると思われ暴行を受けたという証言は取れない。婦女暴行の罪を罪状に加える為には乱暴される直前に踏み込み現行犯逮捕をするしかなかった。


 「わたくしでなければ陛下は囮になどなさらなかったでしょう。危険を冒してまでこうするしかなかったのは他でもない、わたくしを守る為です。陛下は世間の目からわたくしを守ろうとなさった。血を分けた実の娘でありながら金に目が眩んだ父親に売り渡されたという事実を白日の元に晒しより強く印象付けようと……憎むべき犯罪者の娘ではなく……家族にすら裏切られた、哀れな被害者としてです」


 陛下は長く息を吐きながら上を見上げ、それから大きく頷いた。


 「正解だ。君は聡いね。どこで気が付いたんだい?」

 「しきりと援助を求めていた父は再三断られたとはいえパタリと姿を現さなくなりました。それなのに母と妹はとてつもない浪費をしているのが一目で解るほどの出で立ちで高額なオペラの公演に二度も訪れていた。ロビーで母達を見掛けた私は不思議でたまらなかったのです。いくら父が母や妹に甘いからと言って無いものはないはずなのにと。でも、休憩室で薬を盛られたわたくしを待ち構えていたのは母と妹でした」


 あれはパズルのピースがかちりとはまったような感覚で、その瞬間に私には霧が晴れるように全てが見えた。女性達を拉致し誰かに引き渡していたのはお父様と母だったのだと。


 「マクシミリアンは君の妹に『お姉様を消す』と言われたそうでね。彼は実に勘の良い男だ、ロートレッセ公爵とわたしに君を守るように協力を求めてきた。だがね、そこでわたしは待ったを掛けた……その理由も推測出来るかな?」

 「わたくしが守られれば別の誰かが狙われます。それでも彼らを泳がせて証拠を揃え逮捕することはできる、けれどもそれでは本当の意味でわたくしを守ったとは言えない。内実を知らぬ人々は両親と共にわたくしを憎悪の対象として見るからです。陛下はそれを避けようとこのような指示をされたのですね?」

 「わたしはね、賢王だの名王だのの異名で呼ばれるけれど……実のところ世論を操作するのが大好きなんだ。勿論その能力は秀でていると自負しているし誰にも負けない自信があるんだよ」


 陛下は肩を竦めてくしゃりと笑った。


 「狙われているのが君だと解れば裏を取るのは容易かった。実の娘を売り渡そうとしているとは……俄には信じられなかったが……」


 陛下は捜査や取り調べから明らかになった事を詳らかにして下さった。


 女性に対して歪んだ考えを持ち弄んでいたのが事実だったとしてもフレディも初めは単なる遊び人でしかなかった。ところがある時から潮が引くように自分を取り巻いていた令嬢たちが距離を置くようになった。不誠実で不身持なフレディ・オルムステッドに気を付けろ……そんな噂話が一斉に広まったせいだ。フレディが靴屋の女性店員に近付いたのはその状況がきっかけだったらしい。誰にも振り向かれなくなっていたフレディは、美しい彼女に執着心を芽生えさせ、遂には犯罪に手を染めその味に魅了されてしまったのだろう。

 そしてフレディは次々と新しい獲物を求めるようになった。


 被害者と過度に接触すれば真っ先に疑われてしまう。そこで侯爵家の困窮を知ったフレディはお父様に目を付け話を持ちかけた。始めこそとんでもないと相手にしなかったお父様だがフレディは今度は母に取り入りお父様を焚き付けさせた。母はお金を欲していた。お金の為ならどんなことに手を染めても構わなかった。母が愛していたのはお父様ではなく、侯爵というお父様の地位と侯爵家の財産だったのだから。


 そのうちにフレディは私を差し出せと執拗に迫るようになったがお父様は躊躇した。多少なりとも父親として良心の呵責があったのは確かなようだが、いつかまた私には別の利用価値が生まれるだろう、それなのに今手放すのは惜しいと考えたからだ。


 だがそれもヘンリエッタの片思いによって覆された。死んだ姉の代わりに妹が嫁ぐのは良くある事だ。仮にヘンリエッタがブレンドナー家に嫁入りしても、お父様が当主であるうちに二人目の孫が生まれさえすれば侯爵家の跡取りとして指名できる。再三母から『あの方はもう役立たずなのだから金に変えてしまえ』と迫られたお父様は、遂に『仕方がない』と手筈を整えるように指示を出したのだ。


 「これだけの罪を犯したんだ、フレディ・オルムステッドとホルトン侯爵夫妻は間違いなく絞首刑になる。ヘンリエッタは君の拉致を依頼した罪で北部の修道院に送られ一生出てくることはできない。問題は今後のホルトン侯爵家をどうするかと言うことだね?」


 陛下にそう問われた私は自分でも意外なほど冷静で、静かに立ち上がり陛下から距離を取った。


 私には役目がある。ホルトン侯爵家の娘として生きてきた私に課された最後の役目が。今私は精一杯その役目を果たすのだ。


 私は片膝を着き両手を胸にした最上級の礼で陛下に頭を垂れた。


 「嫁いだとはいえわたくしにはホルトン侯爵の血を引く者としての責任がございます。傾いた家門故大した額にはなりませんが、家屋敷と領地を手放し少しでも被害者遺族への賠償をさせて頂きたく存じます。そして爵位は陛下に返上する事をお許し下さいませ。その上でわたくしも両親が犯した罪の為に嘆き苦しむ遺族の心が少しでも安らぐように、ヘンリエッタと共に修道院に」「フローレンス?」


 私の話を遮った陛下は膝に乗っていた白猫を脇に降ろして立ち上がった。そして私の前で跪くと両肩に手を乗せ、驚いて顔を上げた私の目を真っ直ぐに見ていた。


 「言っただろう?わたしは世論を操作するのが大好きだって。それじゃ駄目だ。何よりもわたしが恨まれてしまうじゃないか」


 陛下は目を細めて微笑まれた。


 「大体この作戦自体を反対する意見の方が多かった。せめて囮であることを君に知らせてはどうかとも言われた。けれどもわたしは見極めたかったんだ。君が将来のホルトン侯爵となる人物の母として相応しいかどうかをね」

 

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