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私には役目があるのです


 ジェレミアは子どもの頃から頑固だった。そして両親の前ではどんな理不尽な事にも従順になるしかなかった私だが、ジェレミアに対してだけはとんでもない強情っぱりになれた。今思えばおじさまとおばさまが本来有るべき子どもらしい感情を失くさないようにと心を砕いて下さっていたからだろう。そのせいでお互い一歩も引かない私達の意見が食い違う度に間に挟まれたバーナードお兄様はオロオロしていたのだけれど。そして私が根底に持っていた強情は相当手強い相手だったらしく、毎回最後にはジェレミアが白旗を上げて悔し涙を流していた。


 大人になったジェレミアは相変わらず頑固で、けれども長い間強情も我が儘も忘れかけていた私も本質的には変わったわけではなくて。ジェレミアはどうにか思い止まらせようと宥めたり諌めたり、時には声を荒げて怒鳴ったりもしたけれど結局私の強情には敵わなかった。


 私達はその日のうちにアークライト領を発って王宮に向かった。


 ジェレミアは聴取に立ち会う事だけは譲らなかったので付き添いとして一緒にいて貰ったが、沸き上がってくる憤りを堪え理性を保とうと必死だったのだろう、終始事務的に冷淡に話す私の手を痛いほどぎゅっと握っていた。


 「ブレンドナー夫人、ご協力に感謝し心から敬服いたします。フレディ・オルムステッドの取り調べができない為動機の解明が進まなかった、ですがこれで全て明らかになりました」

 「どうして取り調べられないのですか?」


 捜査官に咄嗟に聞き返した私の手を緩んでいたジェレミアの手が再び強く握り治した。


 「拘束された時、フレディは様子がおかしくなっていただろう?」

 「……変な叫び声を上げてはいたわね」


 捜査官は険しかった顔をふっと和らげて私に微笑んだ。


 「あのまま正気に戻らないのだそうです。今は怯えきってひたすら謝罪の言葉を繰り返しているのだと聞いています」

 「そうでしたか……」

 「あの様子では刑の執行まで元に戻ることはないでしょう。最後まで恐れ戦き怯えながら残りの時を過ごす、それは処刑よりもずっと重い天誅と言えるのかも知れませんね。一矢報いてくれた貴女によって被害者達の魂も慰めを得られたことでしょう」


 それまでの厳めしさが嘘のように優しい声でそう言った捜査官が聴書を纏めて立ち上がった。そして突然隅に不自然に置かれてた衝立をごとごととずらすと、その向こうには一人掛けのソファが置かれていた。


 私の思考が停止した。


 私だけじゃない、ジェレミアもあまりにも意外過ぎて混乱したんだと思う。咄嗟に私を後ろから抱えてズルズル引き摺るように後退ったんだもの。


 そんな私達をソファにゆったり腰かけた国王陛下は嬉しそうに見ている。まんまと成功した悪戯に気を良くしたやんちゃな男の子みたいに。


 「挨拶は要らないよ、こっそり聞き耳を立てていた行儀の悪いところを見つかったんだからね」


 陛下は狼狽えながらスカートを掴んだ私を制してそう言うとニヤリと笑った。


 「サンルームにお茶の用意をさせてあるんだ。わたしのお茶に付き合って貰いたくてね。あぁ、アークライト卿はここで待っていてくれ。可愛らしい女性との時間を邪魔されたくはないだろう?」


 『おいで』と言って陛下はスタスタと歩き出した。直ぐに追いかけようとしたけれどジェレミアは握り直した手を離してはくれず、『ローレ』と絞り出すように私を呼んだ。


 「私にはまだやることが残っているの、だから行くわ」

 「ローレ……」

 「私は……あの人の血を受け継いだホルトン侯爵家の娘なの。それは否定できない事実、だから私には役目があるのよ」

 「ローレ……」


 ふわりと緩んだジェレミアの手をそっと払い一歩後退ったが、ジェレミアは縋るように私を見つめている。


 「だけど……私の心はアークライト家の子よ。おじさまとおばさまに沢山愛された幸せな子ども。そしてバーナードおにいさまとジェレミアの小生意気な妹……私の心はずっとずっとこれからも、永遠に変わらないわ」

 「ローレ……」


 最後の『ありがとう』は胸が一杯で声にならなかった。私は立ち尽くすジェレミアに背中を向け小走りで陛下の後をおいかけた。


 ジェレミアの目に最後に映った私が、笑顔の私であるように。



 **********



 柔らかな西日が差し込むサンルームのソファに座り膝の上の白い猫を撫でながら陛下は私を待っていた。勧められるままに向かい側に座ると陛下はしげしげと私を眺め、それから切なそうな微笑みを浮かべた。


 「全てわたしの指示だ。君は恨んでいるだろうね」

 「いいえ……陛下はわたくしの為に敢えて囮になさったのでございましょう?」


 白猫を撫でる手をピタリと止め、陛下の碧い瞳が私の瞳を射抜くように捉えている。心のうちを全て読み取られているような味わったことのない感覚に呼吸すら忘れてしまうくらいの緊張が走り、私は指先の小刻みな震えを隠そうと両手を握り合わせた。長い長い時間に感じたが、ほんの数秒の事だったのだろう。まるで止まってしまったかのようだった時間は、もっと撫でろと催促する白猫の声で再び動き出した。


 「君がどこまで見抜いたか興味が湧いたなぁ。是非聞かせてくれないか?わたしが君を利用した理由を」


 俯いて白猫の背中をを撫で耳の後ろをくすぐり、陛下は眉を上げるように目線だけを私に向けた。


 


 


 

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