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僕は震える手を握り締めた


 騎士団長の報告を聞きながら僕は震える手を握り締めていた。フローラに危険は無い、そう判っていてももしも不測の事態が起きたら?そんな不安が頭に浮かび何度も作戦を止めフローラの元に駆けつけたい衝動に駆られた。


 「よく耐えてくれた。礼を言うよ」


 俯いている僕の肩を叩いたのは陛下だった。


 「これで全てが明らかになる。夫人からの証言も得られるし何より現行犯逮捕に持ち込めたのだからね」

 「夫人は今何処に?屋敷に戻ったのか?」


 ロートレッセ公爵が尋ねると騎士団長は一瞬視線を泳がせた。

 

 「それにつきましては、ジェレミア・アークライトからブレンドナー卿に直接お話申し上げたいと……」


 僕は立ち上がり訝しげな視線を送っている陛下と公爵に一礼してから団長と共に部屋を後にした。



 団長に案内されたのは騎士団が使う会議室だった。足音に気が付いたのかノックするよりも先にドアが開きジェレミアが顔を覗かせる。顎をしゃくるようにして促された僕が会議室に入るとジェレミアが後手でバタンとドアを閉じた。唇を噛み締めて僕を見つめるジェレミアの瞳は燃え上がるような怒りを孕んでいる。そしてくしゃりと眉間を寄せたジェレミアはツカツカと僕に歩み寄って腕を伸ばし胸ぐらを掴んだ。


 「何故ですか?何故ローレを危険な目にあわせたんですか?貴方、全部知っていたんですよね?知っていながら止めるどころかこの作戦に加担した。どうしてなんですか?ローレには幸せになってほしいと言った筈だ。それなのにどうしてアイツはこんな事に巻き込まれたんですか?しかも……アイツは……これをどう受け止めるか……」


 ジェレミアは力を無くしたように手を離し近くにあった机に両手を着いて俯いた。


 「僕は何よりフローラにとっての最善を選んだ、としか言えない」

 

 静かに答えた僕を顔を上げたジェレミアがキッと睨んだ。

 

 「どこが最善だ!確かに外見上の怪我は何もない。でもそれが何です?」

 「もう犠牲者は一人たりとも増やしてはならなかった。この好機を逃せば証拠が掴めないまま奴らを野放しにすることになる。そうすれば必ず次の誰かが犠牲になるだろう。これでもう誰も傷付かないんだ。フローラもきっと理解してくれる。君だって当然作戦の内容は理解していたはずだよ?知らなかったのは監禁されているのが誰かだけ、そうだろう?」

 「だからって……こんな残酷な……」


 ジェレミアは片手で顔を覆って肩を震わせていた。


 

 『もうすぐお義兄様は自由になれるの。鬱陶しくて重たい足枷なんか消してってヘンリがお願いしたのよ!だからお義兄様、楽しみに待っててね!』


 仕事を終え帰ろうとした僕を待ち伏せていたヘンリエッタの言葉。それが妙に気になって僕は直ぐに引き返しロートレッセ公爵の執務室に向かった。


 フローラが歌劇場に行くという情報を意図的に流すと監視されているとは思いもせずに奴らは直ぐに動き出した。劇場の休憩室を貸し切り動線を確保するために大道具係に金を握らせ、トランクを運ぶ荷馬車を用意するその行動は前回と同じ犯行現場とあって手慣れたものだった。作戦が進む中この先フローラを待ち受けているとてつもなく大きな苦悩を思うと、僕は何度も本当に良いのかと自問自答を繰り返した。けれどもこれは他の誰でもない、フローラに任せるからこそ意味があることなのだ、そう陛下に諭され自分を納得させるしかなかった。こうするしかない、危険を冒しても自分の手で決着を付け幕を引くことでフローラは救われるはずだ。確かにこれはフローラにとっての最善なのだ。


 例えフローラが僕の手の届かない場所に行ってしまうとしても。



 「ローレには母がついています。明日の朝ローレを連れて領地に向かいあちらで療養させるつもりです」

 「そうか……」


 ジェレミアは僕を見ていない。何の表現もない顔を真っ直ぐに顔を上げ、感情のない冷たい声で淡々と話している。そうでもなければ腹の中で暴れる怒りを抑えることができないのだろう。


 「薬の切れたローレはなんてことなく振る舞っています。怯えることも取り乱すことも無く直ぐにでも聴取に応じるとまで言っていますがそれはまだ……どうやら心配をかけぬように、大した事ではなかったのだと自分に言い聞かせ強引に思い込もうとしているようなんです。団長にも今は何より無理をさせるなと言われていますので。それから……」 


 ジェレミアは苦しげにぎゅっと目を閉じてから目蓋を開くと僕に目を向けた。


 「恐らく何事もなかったとは思いますが医師の診察は受けさせません。これ以上辛い思いはさせたくない。つまり何もされていないという診断も得られないということです。構いませんね?」

 「あぁ、必要ない」


 こくりと頷いたジェレミアは僕に向き直り僕の目を突き刺すように鋭く睨んだ。

 

 「『怖かった……』ローレはそう言いました。腕白だった俺達と同じことをしたがってどんな無茶をさせても怖くなんかないと言っていたローレが怖かったと……。やはり貴方はローレを幸せにしてくれる人じゃなかった。もう貴方にローレは渡しません」


 『では失礼』と言い残しジェレミアは踵を返しドアを開けた。そして僕を一瞥することもなく早足で立ち去っていった。

 

 

 

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